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ヴェスタラ戦記  作者: 槙原勇一郎
隻腕元帥
15/23

老将を継ぐ者

 スヴェンとカール・ビランデルは馬に乗ってフレデリカとニルスの待つ馬車に向かった。スヴェンの乗る馬は第三騎士団の騎士から奪ったものである。カールも元々は第三騎士団のものであった馬を盗んで逃亡に使っていた。


「ま、この程度は戦利品と思っていいだろうな」

「ハンス・アクセルは騎士団を使って国を乗っ取ろうとしているんだ。奴のしようとする盗み比べたらかわいいものだろう」


 そんな戯言を言いながらゆっくりと馬を歩ませる。スヴェンとカール・ビランデルは既知であった。スヴェンが騎士として所属していたのは、カール・ビランデル直属の第一騎士団である。クリストフェルと並んで若手の出世株であった。ステファン・エリクソンの推薦であるから当然だが、それ以上に、カール自身が二人を気に入って重用していたのである。寡黙で生真面目なクリストフェルに対し、自由奔放で型破りなスヴェンには手を焼いていたが、同時に最も期待していた部下でもある。面白みのある男がカールは好きであった。




「先生っ!けが人は?」

「ああ、大丈夫だ。負傷していない。飯にしよう。用意してくれ」

「フレデリカさんが準備しています。お腹をすかせているだろうって」


 馬車の外ではニルスが待っていた。ニルスは両親を殺された際にカール・ビランデルと会ったことがあるが、すぐには気付かなかった。なにせまだ幼かったし、自分の面倒を見てくれたのはスヴェンで、カールとは二、三尋問を受けただけである。カールの側でも、ニルスの両親の事件は苦い記憶として覚えてはいるが、成長したニルスを一目で記憶の中の子供と直結させることはなかった。


「叔父様っ!鹿の干し肉を戻してスープを作ってみました」

「そいつはありがたい。客人にも出してやってくれ。ワインもまだあったか?」

「だいぶ減ってますけど・・・まあ、無くなっても私とニルスには関係ないですから・・・出しましょうか?」

「ああ、頼む」


 スヴェンはカールを馬車の中に案内した。その広さと行き届いた設備にカールは驚く。グラスにワインが注がれ、フレデリカの用意したスープや干し肉などの食事を四人で始めた。


「これまた・・・ずいぶんと贅沢な旅のようだな・・・」

「ああ、俺でもこんなのは始めてだ。農園の経営者が用意してくれてな・・・」

「農園・・・ウィルゴットの農園か?」

「そうだ。ウィルゴットは死んだがな・・・」

「何っ?」


 カール・ビランデルはステファン・エリクソンと並び称させるヨハン王の三傑の一人である。また、ウィルゴット、スヴェン、クリストフェルの三人を引き受けて自分の騎士団に入団させたのも彼であった。ウィルゴット・クラインの騎士団引退の真相を知る数少ない人物の一人である。


「耳には入っていないか・・・第二騎士団と斬り合いになってな・・・」

「クリストフェルが?しかし・・・奴にとっては兄のようなものだろう?」

「ステファンが死んでから、俺もウィルゴットもあいつには会っていなかった。立場が変われば考え方も変わる・・・」


 カールは深い溜息をついた。すでに宮廷の権威が失墜し、領内が諸勢力に割拠するところまで来ている。詳報は入ってきていないが、四剣候もうち二人が独自の動きを始めていた。


 クリストフェルもハンス・アクセルも自分が見出して、四剣候にまで取り立てた男たちである。ハンス・アクセルはともかく、クリストフェルに帝国に対して異心があることなど想像できなかった。いつまでも、単純な武人のままではいれない。これは、ヨハン王の三傑の中では若年であったカールに対し、生前のステファンがしつこく言い聞かせていたことである。カールは己の不明を恥じた。


「あの、叔父様?お知り合いの方だったのですか?」


 親しげに話す二人を見ながら訝しげにフレデリカが尋ねた。


「叔父様?」

「ああ、ウィルゴットの娘だ。フレデリカという言う。ウィルゴットの代わりにおれが預かることになった」

「フレデリカ・クラインです」

「ウィルゴットの娘・・・ということは・・・」

「ああ、そういう事だ」


 スヴェンはバツの悪い表情を浮かべた。つい先刻、フレデリカには身分ある人物にはできるだけ会うなと言ったばかりである。しかし、片腕のカールを放置するわけにも行かず、ここに連れてきたのであった。


 一方で、カール・ビランデルは策略や野心とは無縁の武人肌の人物で、その点では信頼もできた。


「フレデリカ・・・ニルスも、こちらは第一騎士団長カール・ビランデル元帥だ。昔の俺の上司。ああ、ニルスは一度会ったことはあるな」

「こちらは?」

「俺が騎士団を辞めた時のあの事件の・・・」

「ラーソン一家への略奪事件か?じゃあ、君が・・・」

「ニルス・ラーソンです」

「大きくなったな。スヴェンのお供か。こいつは気まぐれだから大変だろう?」


 ニヤリとカールは歯を見せて、笑いかけた。謹厳実直を絵に書いたような人物であるのだが、今は優しい父親といった趣がある。


「で、おやっさんはどうして第三騎士団に追われていたんだ?そもそも隻腕になったのは?」


 フレデリカのことはカール・ビランデルも承知している。無理に内親王として迎えるとか、陰謀に利用するとかそういう思考法をする人物ではない。だが、それでも、スヴェンはできるだけ、フレデリカの身元に関する話題からは遠ざかりたかった。


「腕については、フリース城を脱出するときに不覚をとっただけだ。フリース城の襲撃事件については耳に入っているのだろう?」

「ああ」


 途中に滞在したいくつかの村で、すでにこの時点までにあった出来事は概ね耳に入っていた。スヴェンは村に泊まるときは必ず酒場に赴く。酒を呑むためというより、情報収集のためであった。


「あの時、フリース城では選帝会議が開かれていた。俺は要人たちを脱出させる際の殿に立ったんだが、ヨハン王の三傑も年齢には勝てん」

「なるほどな」


 右腕を失うという大きな事態に対して、二人の会話はあまりにも気楽に聞こえた。それは、スヴェンもカールも一流の騎士であるが故であった。戦場で指揮官として先頭に立つものが、負傷をむやみに恐れてはならないし、その結果を甘んじて受けて、かつ、うろたえない必要がある。スヴェンにしてみれば、カール・ビランデルガこの程度の事態で悲嘆にくれることなどありえなかった。


 カールはフリース城脱出の経緯を詳しく語ってみせた。


「ところがだ、最初は三名だった私の護衛は一人、二人と増員されていった。そのうち、宿舎を提供した村落の長老はいくつの間にか姿が見えなくなった。俺も耄碌したと思うが、冷静に考えれば、ハンス・アクセルの様子には怪しいところばかりだ。密かに脱出を試みてみれば、完全武装の第三騎士団の連中が十人も集まって俺を追跡し始めたというわけだ」

「耄碌したというが、達者なものだな。慣れない左腕一本で乗馬も剣もこなしてみせたということか」

「ふんっ・・・それぐらいはどうにかなるが、何分、病み上がりだし着の身着のままだったからな。これは久々の飯だ。保存食で用意した割にずいぶん上等な料理だ」

「ありがとうござます。おかわりもありますから、どんどん食べてください」


 フレデリカがニコリとしながら答えた。箱入り娘だった割に、ニルスに比べればよっぽど社交的である。周りは年上の大人たちばかりだったので、目上の人間への対応は慣れているのだろう。


「第三騎士団の動きも怪しいが、あんたの第一騎士団だっておかしかないか?」

「ああ、こんな状況だ。騎士団長代理が動いてヘルシンフォスと連絡を取るぐらいはするはずなんだがな・・・」

「今回の事件は後ろでハンス・アクセルが手引きしたのか、単に状況を利用したのかは分からんが、あいつのことだ、一番近くの主力騎士団をそのままにしておくはずもない。どうなっているかは分からんが、状況だけは俺自身で確認しなければ気が済まなくてな・・・」

「はんっ!今頃レーナ陛下は周りにまともな将士がいなくて困っているんじゃないのか?」

「ああ、クリストフェルが領地に戻ったらしいからな。高位の武官はあの(・・)ボルガー・キュレーゲルだけだ・・・」


 ボルガー・キュレーゲルは元々は第一騎士団の部隊長だった男だ。家柄の良さから出世したが、武人としては半人前もいいところだし、そもそも胆力が足りない。実を言えばボルガーが軍監総長まで出世できたのは、ウィルゴットとレーナのお陰であった。この二人が最初に所属したのが、ボルガーの部隊だったためである。二人の功績を認めるためには、上官も認めなければならない。反乱鎮圧における二人の功績は膨大なものであり、その上司にも何か報いなければならなかった。カール・ビランデルに相談したアンデルス帝は、実戦とはもっとも関わりのない軍監総長への昇進と言う人事を決めたのであった。


「さて、ところで、スヴェンよ。お前はこれからどうするつもりだ?」

「どうするってなんだよ?」

「手紙配達人なんて仕事は平和なうちしか出来んだろう?子供ふたりも連れてどうする気だ?」

「金は間に合っているよ・・・」

「で、ただ単にぶらぶらとしているだけか?」


 スヴェンはまたバツの悪い顔になった。実を言えばカール・ビランデルのことが苦手なのである。自分の奔放な性格を認めてくれる数少ない人物なのだが、自分の痛いところをずけりと口にする人物だからだ。


「フレデリカの事情は・・・あんたも知っているだろう?今の状況じゃ、戦乱に巻き込まないだけで精一杯だ。あんたも誰にも口外しないようにしてくれ」

「ああ、彼女のことは忘れることにしてもいいが・・・出来の悪い元部下については気になるところでな」

「だから、フレデリカを連れて、ノール公領あたりで戦乱が終わるまで隠れているか、エスラの港から、フリップ王国とやらに出てみるか・・・どのみち俺もフレデリカもこの国の状況に興味なんてないさ・・・」


 カールはワインを一気にあおった。フレデリカがすぐにおかわりを注ぐ。


「俺はいい加減、引退時だ。第一騎士団がどうなっているかはわからないが、クリストフェルやハンス・アクセルとやりあえる奴じゃないと後を任せられない。なにせこの状況だ。ウィルゴットが死んだ今、そんな奴は一人しか思い浮かばないのだがな」

「興味ねぇって・・・引退するなら、全軍引き連れてヘルシンフォスに向かえばそれで済むだろ?」

「お前なら分かっているはずだ・・・単にレーナ陛下に力を集めるだけで、戦乱を終わらせることはできん・・・」

「まだ、フリース城とレールムだけだろう?合戦があったのは・・・」

「冬になったから先に伸びただけだ。合戦はなくとも、この冬の間に帝国の分裂は進むことだろう」


 スヴェンにもそんなことは分かっていた。自身はそれほど戦争そのものを嫌っているわけではない。戦があれば、先頭を切って一騎駆けすることだろう。だが、それにともなって、一般の民に振りかかる不幸や、軍隊内の矛盾や人間関係、内部での勢力争いや謀略、策略など、そうしたドロドロとした部分には触れたくないのである。


 気楽な一兵卒ならともかく、主力騎士団である第一騎士団の司令官になるなど想像したくもなかった。高位の貴族や出世主義の連中とやりあわねばならないところなどに戻る気など一切なかったのである。


「フレデリカ様・・・」


 カール・ビランデルはあえて丁寧な口調でフレデリカに話しかけた。


「あ、あの・・・か、カール元帥?」

「私はすでに元帥杖をレーナ陛下に返上しております。今は一将軍。それも療養中の身です・・・」

「ええ、ええと、では・・・ビランデル卿、私は『様』付けや敬語が必要な相手ではありません・・・」

「あなたが、宮廷や政治の世界に入ることを望まないのなら、それは無理にとは申しませぬ。おそらくは、ご自分の出生を知ったのも最近のことでしょう?各地を旅しながらゆっくりと考えていただければ良いのです。スヴェンについても、今すぐどうしてくれとは申しませぬ・・・」

「ビランデル卿・・・」

「ただ、あなたにはどうしてもお話しておかなければならないことがあります。ウィルゴット・クラインの志についてです」


 スヴェンはすでに幾分酔ってはいたが、カール・ビランデルはまったくその兆しはなかった。恐らく一目見て直感的にフレデリカのことは気づいていたのであろう。


「長い話になりますが・・・ウィルゴットは私の部隊におりました。そこで、レーナ陛下と出会ったのです」


 老元帥は、ゆっくりとウィルゴット・クラインとレーナ・ステンロースの過去について語り始めた。


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