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ヴェスタラ戦記  作者: 槙原勇一郎
帝国崩壊
13/23

三帝乱立し群盗全土に猖獗を極める

 帝都レールムでは二代皇帝の戴冠式が執り行なわれた。新たな皇帝の誕生を祝う式典としては質素すぎる、皮肉とも思われる規模のささやかな式典である。


 ブレーキング公は元々虚飾にまみれた式典等を好む質ではないが、極端に式典が質素になった理由は帝都周辺の食糧事情の悪化であった。本来刈り取り後の時期であるのだから食糧不足など考えられる話ではない。凶作であったわけでなく、むしろ、近年稀に見るほどの豊作だったのだ。しかし、本来であれば帝都の大市場に溢れ返るはずの食料が極端に少なかった。


 その理由は一つは、遠方の特に食料生産が近年著しく向上したスコーネ公領からの商隊が宮廷の異変により、帝都への輸送を見合わせたことによる。若輩ながら名君と名高いスコーネ公爵の取った政策であった。だが、一部の特産品などを覗けば帝都で消費される食料の大部分は周辺の大農園で生産されたものである。帝都周辺に複数存在する大倉庫に蓄えられた食料が必要に応じて運び込まれるのだが、ブレーキング公がそれらの食料の一部を糧食として徴発しようとした時には、ほとんどの大倉庫は空であった。


 大倉庫を管理する農務府の担当者を聴取したところ、ブレーキング公が帝都を手中に収めた数日前から、数度に渡って第二騎士団の小部隊が現れ、穀物のほとんどを買い占めて行ったというのである。食料は第二騎士団の部隊が運びだした以外に、ポッテン公領の商隊と思われる一団に引き取られていったものもある。結果として、大人口を抱えるレールムは僅かに残された分の穀物のみで冬を越さねばならず、急激に値段が高騰し経済的な混乱に陥ったのであった。大規模な戴冠式を行うことなど望むべくもない状況だったのだ。


 ブレーキング公は皇帝の後見人として摂政を務めることになったが、戴冠式は終始苦虫を噛み潰したような表情であった。




 同様のことは、スウェーダ王国の残党によって占領されたフリーズ城でも起こっていた。主城を奪われたハンス・アクセル・フリースは、脱出のついでに敵の旗頭を切り捨てただけでなく、フリース城内の食料倉庫に内堀の水を引き込み、倉庫を水浸しにして穀物を食べられなくしてしまったのである。


「サウリ様、食料の欠乏は由々しき問題ではございます。しかし・・・」

「兵士を飢えさせるわけにはいかないだろう?簒奪者たるヴェスタラに抗して、正当なスカーディナウィアの統治者たるスウェーダの復権のためだ。民も進んで食料を提供し、我々の聖戦に手を貸すのが筋というものだ」


 アルヴァ・シべリウスの言葉に答えたのは、先日戦死したインゲよりもさらに若い男であった。サウリもスウェーダ王国最後の国王となったホーコンの弟、ハルステンの息子である。インゲとは異母兄弟にあたった。ハルステンは僅か二十二歳でヘルシンフォスの獄中に繋がれ、数年後には病死したが、十六歳から浮名を流し、十八歳から立て続けに多くの庶子を設けていた。先日亡くなったインゲも、その異母弟であるサウリも正式に認められた遺児ではない。だが、王家の血を引く者がハルステンの私生児しか残されてない以上、アルヴァはハルステンが大量生産した落胤の誰かを旗頭にせざるを得なかったのだ。


 そして、それは、単に正式に認知されていないというだけでなく、極めて質の悪い人物を頭上に戴かざるを得ないということであった。


 サウリの発言にアルヴァは大きくため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。スウェーダ王国の終焉を迎える頃には没落貴族そのものであった家柄の娘が後宮に女官として務めた時、ハルステンが手をつけて産ませた男である。母親はそれにより莫大な財宝を下賜されたが、元々浪費家の質であった母親はそれをあっという間に使い尽くしただけでなく、息子にまともな社会常識を教えることすらしなかったのである。まして、為政者としての自覚や矜持が簡単に芽生えるはずもない。


 アルヴァはここ数年の間にハルステンの遺児を数名かき集めた。相互に争うことのないよう、互いの存在は教えずに別々の場所で、体裁を取り繕える程度には教育を施したつもりではある。だが、一人として彼が満足するような生徒ではなかった。ほとんど娯楽として『戦に関心を持つ』インゲや、多少なりとも『政治に興味がある』サウリぐらいしか、新生スウェーダの君主候補になれる者はいなかったのである。


 捨て台詞にハンス・アクセル・フリースが口にした『相変わらず担ぐ神輿の見栄えは悪い』という言葉が思い起こされた。


 糧食不足は深刻な問題であり、確かに何らかの形で手を打たなければならない。旧スウェーダ貴族のうち、ヴェスタラに下った者たちの同調を期待していたのだが、初戦で旗頭を失ったために、印象が著しく悪くなった。結果として彼らは様子見をしている。ヴェスタラの女帝レーナ側に積極的に協力を申し出た者がいないだけましで、何らかの形でもう一度実績を示すことができれば、次は味方となることは確信している。問題は、次に戦を行うとすれば、それは冬が終わった雪解けの後ということだ。女帝レーナの陣営同様、冬に入れば大軍を動かすことは難しい。その冬の間の糧食の確保に問題を抱えていることは不安ではあるが、アルヴァの説得で糧食の供出程度の協力を得られる貴族はいないわけではなかった。


 アルヴァは別の事を話題にした。


「糧食の件はともかく、サウリ様には急ぎスウェーダの再生を宣言していただかねばなりませぬ」

「ああ、分かっている。いよいよ私が国王となるわけだな」

「いえ、国王ではありませぬ」


 サウリは驚いてアルヴァを見た。


「スウェーダの再生を宣言するためには、新たな国王が立たねばならぬではないか!」

「旧スウェーダ本領を独立させる程度であれば、それでも十分でしょう。しかし、再びスカーディナウィア全土に覇を唱える大スウェーダを再生するためには、国王では不足です」

「どういう事だ?」


 怪訝そうな顔をする共に、傷付いた子供のような表情になる。サウリは多少なりとも政略に自信を持っていた。アルヴァに言わせれば『興味がある程度』なのだが、努力も経験もろくにないこの若者は、自分のことを優れた政治家だと過信している。アルヴァの策略の意味が理解出来ていないということは、彼の薄っぺらなプライドを傷つけた。


 アルヴァはそれに気づきながら、無視して話を続けた。


「スウェーダの再建を宣するなら、それはヴェスタラ以上か少なくとも同等の権威を示さねばなりませぬ。サウリ様は国王ではなく皇帝ととして登極していただきます」

「皇帝・・・スウェーダ皇帝サウリとなるわけか?」

「作用でございます。それでこそ、スカーディナウィアの支配者として認められるのでございます。日和見の旧臣たちも、皇帝とならば味方する者もでてくることでしょう。そうなれば、糧食など大した問題ではありませぬ」


 サウリはこの策略を思いつかなかったことを恥じる気持ちはあったが、すぐに皇帝という肩書きを得る優越感がそれに取って代わった。


「そうかっ!皇帝かっ!そういえば、ヴェスタラでは二人の皇帝が並び立つ異常事態。そんな不安定な地位の皇帝よりも、古来よりスカーディナウィアを支配するスウェーダの皇帝の方が権威があるにきまっているっ!アルヴァよ、お前こそスウェーダの頭脳だっ!」


 アルヴァを絶賛すると共に、自分の言葉に酔いしれ始めた。異母兄であるインゲは感情的で思慮に欠ける男であったが、サウリの場合はそれに過信しやすい性格という、より大きな欠陥が伴っていた。それでも、アルヴァ・シベリウスは自身の策によって、スウェーダ帝国の建国は可能であると考えていたのである。





 新帝アーギュストとスウェーダ皇帝サウリが誕生して、ニヶ月が経過した冬の日、クライン農場ではウィルゴットが百人を相手に戦って以来の流血が迫っていた。


「急げっ!女子供は先に逃がせっ!」


 柄にもなくズラタン・エドベリは声を張り上げた。すでに季節は冬。この日はひどい吹雪であった。戦に巻き込まれたならすぐに逃げろとスヴェンには言われていたが、戦が始まる前に別の惨禍に見まわれ、農園を後にせざるを得なくなってしまった。


「荷物は積み終わりましたっ!」


 若い使用人がズラタンに大声で報告にきた。


「大馬車一台はここに相手行けっ!近づいてきたら、横に倒して逃げるぞっ!」


 街道のレールム方面から軍隊とは違った、より危険な集団が近づいてきた。ブレーキング公の徴発により、食料を奪われた飢民の群れである。その数二万。農園の使用人たちではあまりに多勢に無勢であった。


 飢民の群れは軍隊ではない。ある意味では軍隊よりも質が悪かった。軍隊の略奪は指揮官さえしっかりしていれば、それなりの規模で終わらせてしまう。過剰な収奪は戦略的に見てもうまくないからだ。だが、彼らにはそんな戦略などない。すでに複数の農園が彼らに襲われ、種籾までが奪われていた。そうして、農民の使用人たちも暴徒の中に飲み込まれていくのである。


 人獣の集団がズラタン達に近づいてきた。雪の中を徒歩で進んでくるのだから素早くはない。それが、数十メートルの距離まで来た瞬間、ズラタンは使用人たちに鋭く指示を発した。


「今だっ!荷馬車を倒せっ!」


 先の指示で道を塞ぐように配置してあった大きな荷馬車が数十名の使用人たちの手によって横倒しにされる。荷馬車の上からは、大量の麻袋がこぼれ落ちた。中には麦などの穀類が詰まっている。


 飢民達はすぐに麻袋の中身に気づき、それに群がった。輸送用の荷馬車は以前、第二騎士団長公邸に騎士たちの死体を運んだものと同じものだ。それに満載された麻袋はかなりの量ではあるが、二万の飢民を食べさせるには十分とは言えない。統制されているわけでもない彼らは、それを奪い合い、仲違いを始めた。


「今だっ!乗れる者は馬に乗れっ!それ以外の者は橇に乗れっ!」


 使用人たちのほとんどは、四頭のトナカイに惹かれた複数の橇に飛び乗った。ムチを入れると、トナカイは勢い良く走り始める。目の前の食料しか目に入っていない飢民達は、それ以上彼らを追うことはできなかった。




 飢民、野盗はレールム周辺だけの話ではない。ヴェスタラ宮廷の心証を良くしようと考えた、ヘルシンフォス周辺の旧スオメルの遺臣達は、無理な徴発で糧食を準備した。フリース城周辺では、皇帝に推戴されたサウリ自身の指揮する略奪部隊によって、民衆たちはやはり飢え、野盗となる者があとを絶たなかった。


 各地方公領では、そうした野盗の侵入を食い止めることに必死であった。冬のことであるから、飢民達の移動も楽ではない。しかし、命がかかっていれば、その程度の苦難は乗り越えてくる。それに備える側も必死であった。


 皇帝の乱立、食糧不足、それに伴う治安の著しい悪化は、ヴェスタラ宮廷の権威を損なった。各公領領主たちは、宣言こそしないものの、自らの領地と領民を守るためには、独自に行動を起こさねばならない状況に追い込まれる。


 こうして、スカーディナウィアは再び複数の地域に割拠し、戦乱の時代へと突入していったのであった。

久ぶりの更新となりました。そして少し短いです。

これでやっと、プロローグが終わったというところです。

次回以降、久々にスヴェンやフレデリカ達が登場します。

少しはテンションの高いキャラや、ちょっとコメディ的な要素も入ってくることでしょう。


『Kらぼ』などと並行しての更新ですが、あわせてお読みいただけると嬉しいです。

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