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ヴェスタラ戦記  作者: 槙原勇一郎
帝国崩壊
11/23

帝都白狼に奪われ、ニ将信を得ず、女帝誕生す

「エリクソン将軍はどこに行ったっ?」


 ヴィクトル・クルーガーは苛立っていた。レーナと共に脱出した文官達は、二千の第三騎士団に護衛されながら、旧スオメル公国首都ヘルシンフォスに到着した。ヘルシンフォスは旧スウェーダ王都スタクファルムと帝都レールムの中間にある。内戦と藩国同盟によって破壊しつくされたスタクファルムと違い、ヘルシンフォスはヴェスタラ王国誕生後に再建され、かつての栄華を取り戻し、ヴェスタラ帝国建国後は副帝都に指定されている。この都市を治めるのは帝都から派遣された地方官僚である都市総督で、封建体制のヴェスタラには珍しい封建領主のいない皇帝直轄の都市である。


 武官達は先に到着しており、都市総督の手引きによって、政府高官たちの宿舎も用意されていたのだが、武官たちと一緒にいたはずのクリストフェルの姿が見当たらないのである。ヴィクトルが問い質したのは、高級武官の一人で皇帝直轄の統帥府を統括する軍監総長ボルガー・キュレーゲル伯爵であった。


「は、クリストフェル・エリクソン将軍は我々とヘルシンフォスまで来た時点で、単身、第二騎士団領に向かわれました。極秘のはずの選帝会議の情報が漏れていたなら、ブレーキング公も動かないはずはないからと・・・」

「それも含めて、このヘルシンフォスで対応を打ち合わせてからのことではないかっ!」

「し、しかし、騎士団長には独立した指揮権がありますし、明らかな不正でもない限り、私には騎士団長への命令権や逮捕権はありませんので・・・」


 統帥府は本来位置づけ的には全帝国軍の上位に位置する監査機関である。だが、実際の戦場での功績を上げるのは各騎士団に所属する者達であり、組織としても発言権は低下、集まってくる人材は武官というよりも文官に近い官僚的な人物ばかりになってしまっている。元帥の称号を持つカール・ビラン出るに比べ、どうしてもボルガーの存在感は薄い。決して無能な人物ではないのだが、その態度には何処か卑屈で打算的な傾向が見られ、事なかれ主義の面が目立つのだ。このような人物を全軍の監視役である軍監総長に任じたのはアンデルス帝のミスであった。


 武官も文官たちも生命の危機から脱すると、フリース城襲撃という事態の異様さに気付き始めた。まず、皇帝の崩御すら秘されているというのに、極秘の選帝会議の開催をどのようにして首謀者達は知ったのかということである。皇帝崩御は宮廷内では厳しい戒厳令が敷かれ、文武の高官のみにしか知らされていない。選定会議もしかりで高官たちは別の出張先を部下たちに告げて集まってきていたのである。内部に情報を漏洩した者がいたとしか思われないのだ。


 次に帝国一の智将と呼ばれるハンス・アクセル・フリースが本拠地への襲撃をやすやすと成功させてしまった失態についての疑念である。五千を超える軍勢を秘密裏に城砦の近くに潜ませるということ自体不可能に近いことであるが、それも、完璧主義のハンス・アクセル・フリースに気づかせずにというのはありえないことのように思われた。あっという間に東門が占領された経緯からすれば、内部に埋伏の兵が潜まされていた可能性が高い。だが、そんなことに気づかぬ男でもないのである。軍事に明るい武官達はいぶかしんだ。


 そこに来て、クリストフェル・エリクソンの無断での単独行動である。皇帝不在の状況にあって、軍部の最高幹部たちの行動に不審な点があることは、政府の高官達を大いに不安にさせた。帝国元帥たるカール・ビランデルの負傷が不安に拍車をかえる。


 レーナの手には、本来、カール・ビランデルのみが所持を許されている元帥杖が握られていた。カール本人はヘルシンフォスにはいない。フリース城からの脱出の際、右腕を失う重症を負った老将はヘルシンフォスまでの道程にも耐えることは難しく、第三騎士団の護衛三名と共に、途中の村落に預けてきたのである。意識を取り戻したカールは、自分は老いたと言いながら、レーナに元帥杖を譲り渡した。これは、正式な形ではないが、代理として全軍の指揮を取ることを依頼したことになる。これをしなければ、帝国軍の指揮系統は麻痺してしまうのだ。


 


 相互に疑念を持ちながら、帝都への期間の計画を立てようとした矢先、新たな混乱の種が舞い込んできた。ヘルシンフォスの総督府にボロボロの騎士たちが突然現れたのである。




「さ、宰相閣下・・・帝都で変事が・・・」


 総督府に現れた騎士の服装をよく見れば近衛騎士団の制服であった。代表者として現れたのはレーナの腹心の部隊長である。レーナ不在の間の近衛騎士団長代理であった。


「何があったっ!?」

「はい。帝都レールム・・・十日前にブレーキング公爵の軍に強襲され、僅か三日で落城いたしました・・・」




 十日前、それはちょうどフリース城で選帝会議が催され、所属不明の軍隊に強襲を受けた正しくその日であった。騎士団長レーナ・クルーガーが不在とはいえ、近衛騎士団五万のうち主力の二万はレールムにある。また、その他にも市街の治安維持を目的とする保安兵や城兵を合わせれば、帝都の防備には平時でも五万近い兵力がある。レールムの巨大な城壁を以てすれば、五倍以上の兵力を以てしても、簡単に落城させることは難しいはずであった。


 ブレーキング公爵軍は、フリース城を襲撃した軍よりもさらに手の込んだ方法でスカーディナウィア最大の城塞都市であるレールムを占領してみせたのである。ブレーキング公爵マルティン・アンドレセンは、僅か三千の兵力を持って、秘密裏に帝都に接近していた。山道を選び、少数の目撃者は全て殺害しての進軍である。この程度の兵力であれば、公領を監視している第二騎士団の目を盗んで進軍することも不可能ではない。だが、もちろん、三千程度の兵力で帝都を落城させられるはずがない。


 実際には攻城戦と言えるものはほとんどなかった。攻撃は帝都の内部から始まったのである。


 帝都レールムの人口はこの三年ほどで一気に膨らんだ。五十万人程度と言われている。従来の城壁がめぐらされた範囲では土地が足りなくなっており、拡充も検討されていた。膨らんだ人口の多くは、戦災によって土地を失った者たちで、アンデルス帝は彼らを手厚く保護する政策を取っていた。戦が減り、再び急速な発展を始めた商人や手工業者にとっては、人手はいくらでも必要であった。帝都に出れば、職にありつけることができ、それまでの生活も保証されていたのである。これは、ブレーキング公爵との和睦直後から始まった政策であった。


 マルティン・アンドレセンはその頃からその巧妙な策略を思いついていたのである。ブレーキング公領はスカーディナウィア半島の付け根にあり、厳しい自然環境ではあるが、人口はそれなりに多い。それゆえに、単独でヴェスタラ帝国に反抗し得る力を持っていたのだが、経済力の面では厳しかった。和解の結果、ブレーキング公領の軍事力は著しく制限され、兵士たちも解雇せざるを得ず、失業対策も考えねばならなかった。彼はそれを逆用したのである。


 帝都レールムへの移住を奨励したのだ。これは、実はアンデルス帝とも打ち合わせてのことである。長らくの間、戦費を費やし続けて来たツケで、領内は荒廃しており、流民が出ていることから、彼らを発展著しい帝都に移住させたいという申し出で、先の保護政策もこの話を皮切りに立案されたことであった。実際に送り込まれたのは流民ではなく、形の上では失業した兵士たちだったのである。ブレーキング公領では、住民達はいくつかの部族にわかれており、部族内での結束は極めて強いものだった。軍隊も部族単位で結成されているもので、マルティンにとってみれば、族長さえ説き伏せれば、決して裏切らない強力な軍隊を組織できた。それを密かにレールムの市街に送り込ませたのである。


 彼らはこの三年間、主に商人や手工業者の見習いとして生活していた。若者に限らず、拡大し続ける需要に追いつくために、中年の者であっても労働力として重宝されていたのである。その数は三万ほど。ブレーキング公領の和睦前の総戦力五万と試算され、和睦後の軍縮で二万ほどになっていたはずであるから、軍縮によって解雇された兵力の全てがレールムに潜伏していた計算になる。


 その彼らが一気に蜂起し、宮殿と城門を襲撃したのである。レールムの戦力は合計五万、しかし、三万のブレーキング軍の行動は極めて迅速であった。はじめから、宮殿に全兵力を集中したのである。宮殿そのものは城ではない。近衛騎士団が警備していたとしても、三万の軍勢が一気に攻めこまれて守れるような体制にはなっていなかった。何より、臨戦態勢になく、騎士団長も不在のために指揮系統は混乱を極めた。数時間のうちに城内にあった近衛騎士団は壊滅し、宮殿はブレーキング軍の手に落ちた。三日という時間は城内での掃討戦にかかった時間である。城門から悠々と乗り込んできたマルティンは翌朝にある宣言文を発布したという。


「宣言文?」

「はい。発布されたのは我々が脱出する直前でした。恐らく、数日のうちに帝国全土に広がるのではないかと思います。こちらです」


 騎士が差し出した書簡を広げたヴィクトルはわなわなと震えだした。


『臣ブレーキング公マルティン・アンドレセンは、君側の奸たる帝国宰相ビクトル・クルーガーを弾劾する。アンデルス陛下の崩御という重大事を隠匿し、臣下として最高位たる公爵位を持つ我々をないがしろにし、奸臣達と計り婦人たるレーナ・クルーガー内親王を推戴して、帝国の実権を手中にする謀が明らかになった。それを阻止するため、臣は心ならずも武力を用い、汚泥に満ちた宮廷を改めることとした。ついては、速やかに嫡子たるアーギュスト大公殿下を推戴し、アンデルス陛下の国葬を行うと共に、ビクトル・クルーガーの一党を掃討する。心ある帝国の貴族は帝都に参集せよ・・・』


 アンデルス帝の崩御を隠匿したのはブレーキング公爵らに隙を見せないためであった。だが、その情報が彼に漏れていたとなると、こちらが逆に弱みを握られた形になる。マルティンの言うことにも一理あった。地方公爵に相談せずに、中央政府の高官のみで事を計ろうとしたのは、新帝の即位によって、自分たちの特権が失われることを恐れてのことである。地方公爵が皇帝の後ろ盾になることで、独自には広大な領地を持たない自分たちが、要職を負われることを恐れたという面は確かに文官たちにはあったのである。


「しかし・・・なぜ、ブレーキング公はアストリッド殿下ではなく、アーギュスト殿下を推戴するのだろうか・・・自分の孫を皇帝に出来きれば磐石であろうに・・・」


 そう疑問を口にしたのは、アルフレード・バウエルであったが、アンデシュがすぐに答えた。


「多少なりとも体裁を取り繕おうとしてのことでしょう。アーギュスト殿下はお体が弱い。亡くなった後でアストリッド殿下を推戴すれば良いということでしょう」

「しかし、お体が弱いと言ってもいつ亡くなるかなど・・・まさか・・・」

「元々お体の悪い殿下が少しずつ病状を悪化させても誰も不思議に思いません。手元に置くことができればいくらでも方法はあります」





 さらに追い打ちを懸けるように新しい報告が入る。また、別の騎士が伝令として現れたのである。騎士は第二騎士団領から書簡を運んできたが、それも宣言文であり、帝国全土へ同じように発布されたものであった。


『臣第二騎士団長クリストフェル・エリクソンは、アンデルス帝の弑逆犯たるブレーキング公爵マルティン・アンドレセンを誅滅するため、心ある帝国貴族をここに募る。ブレーキング公はアンデルス帝の病臥をきっかけに開催された選帝会議によって、重臣が不在となった帝都を強襲し、病床にあったアンデルス帝を殺害した。謀反人に天誅を加えるため、心ある帝国貴族は第二騎士団領に集結されたし。すでに、アストリッド殿下は救出され第二騎士団領にあり・・・』


 グスタフによって読み上げられた内容に全員超えもでなかった。


「おかしい・・・」


 最初に疑問を口にしたのは、会議の場ではいつも発言を控えているレーナである。


「クリストフェル卿はまだ第二騎士団領に到着していないはず。日数が足りませぬ。それに、レールムからのブレーキング公爵の檄文とほぼ同じタイミングで届くのもおかしい。これは、公爵の激に対してのものではなく、事前に用意されていたとした思われませぬ・・・それに・・・アストリッド殿下がなぜ第二騎士団領に・・・」


 クリストフェルの檄文が発布されるのは、まず、ブレーキング公爵の動きを事前に察知し、さらに、公爵の帝都強襲の直前にアストリッド大公を脱出させる手はずが整っていなければならない。そして、檄文自体は事前に作成し、署名した上で選帝会議に出席していたことになる。


「それだけではありません。フリース城の襲撃についても、事前に知らなければ、このような動きはできないはずです」


 フリース城の襲撃がなければ、クリストフェルが独自の行動を取れるような隙はなかった。帝都が攻略されたからと言って、フリース城かヘルシンフォスに全騎士団を集結させ、帝都奪還の軍を起こすことになり、騎士団長はそのまま高官たちと共にいなければならないからである。


「多分・・・ブレーキング公爵も同様でしょう」


 現在、帝国中枢は機能を停止している。高官はフリース城を追われてヘルシンフォスにたどり着いたばかりである。このような状態でなければたとえレールムを占領したところで、すぐに奪還に向かうことができた。問題は中央の指揮系統が混乱をきたしていることである。皇帝不在の場合は、政権を掌握するのは宰相たるビクトルであることは問題ない。しかし、立太子されていない状態での次期皇帝を選ぶ手続きは確立されていないのである。ビクトル達宮廷貴族の動きが鈍くなる瞬間をついて、別の者が皇帝を推戴してしまうと誰が正当とは言い切れ無い状態になってしまう。それでも、選帝会議が開催され、その場で議決が取れていれば、それなりの体裁は整っていたのである。ブレーキング公爵の行動は、フリース城襲撃による選帝会議の中断が大前提となっているのであった。


「ふーむ・・・つまり、エリクソン将軍はフリース城襲撃と、ブレーキング公による帝都襲撃を事前に予測していた。ブレーキング公爵もフリース城襲撃を予測し、それ以前にアンデルス陛下の崩御と選帝会議を知っていた。フリース城を襲撃した者たちもアンデルス陛下の崩御と選帝会議を知っていた・・・と言うことですな」


 妙に落ち着いた様子でそう話を纏めたのはグスタフ・ストーメアであった。若手からはすでに過去の人物と思われがちだが、数々の修羅場をくぐってきたヨハン王の三傑の一人は、極めて冷静に状況を分析していた。


「エリクソン将軍の不可解な行動には二つの可能性がありますな」

「それは?」


 グスタフの発言に、疑問を投げかけたのはレーナである。この場を仕切るべき立場にあるビクトルは何も言えないでいた。


「一つはエリクソン将軍はフリース城襲撃とブレーキング公の帝都襲撃を事前にある程度予測し、最悪の場合に備えていた可能性。彼には元々秘密主義的なところがありますからな。完全な確信が持てなければ、自分だけで備えて我々には一言も言わないということもあるでしょう」

「もう一つは?」

「もう一つは情報漏えいの源泉である可能性。つまり、フリース城襲撃もブレーキング公の帝都襲撃も、彼の意志によって起こされ、我々も彼らもエリクソン将軍の手のひらで踊らされているだけということです。その場合、彼の狙いはアストリッド帝を推戴して自らその後見となることでしょうな。ブレーキング公爵とはぐるの可能性もある・・・」

「そんな・・・」

「いや、不審なのはエリクソン将軍だけではない。フリース将軍も事前に襲撃を予測していながら、それに対してわざと備えてなかった可能性がある。彼ほどの男が、気づかぬはずがないし、逆に元々気づいてなかったにしては、脱出や防城戦の手際が良すぎますな。いかにフリース将軍と言えど。襲撃されてからの準備だけをしていたように思われる」


 グスタフの話が何処に執着するのか、誰もが息を詰めて見守っていた。


「エリクソン将軍にしても、フリース将軍にしても、その意図は今は推測するしかありませんし、確信が持てないならばそれも無意味でしょう。ストーメア侯爵は我々はどうすべきとお考えですか?」


 グスタフと会話をしているのはレーナだけであった。他の者達は完全に思考を停止している。


「両将軍の意図については、おっしゃるとおり。考えたところで仕方ありません。が、エリクソン将軍について言えば、アストリッド殿下を保護されてはいらっしゃるようですが、皇帝として推戴するとの記述は宣言文にありません。あくまで、彼が独立した行動を得るための正当性を象徴させているに過ぎないように思われます。問題はブレーキング公爵がアーギュスト大公の推戴を宣言していること」

「・・・」

「我々は、正体不明の軍に占領されたフリース城とブレーキング公爵によって占領された帝都レールム・・・その中間にいるわけです。短期間のうちにこの二つの城を奪還できればよし、それがかなわなければ・・・」

「かなわなければ?」

「他の地方公爵達は帝国政府を頼りなしと見て、独立に動き出すことでしょう。再びスカーディナウィアは群雄割拠し、戦乱の時代を迎えることとなりましょう」


 レーナはこくりと頷いた。グスタフの言葉には明確な意志が籠められている。


「まず、今の時点での地方公爵たちの旗色を確かめて置く必要があるでしょう。ブレーキング公爵に付く者や、ひょっとしてフリース城襲撃について裏で糸を引いていた者がいないか、いや、これは、地方公爵だけでなく、第二、第三騎士団についても同じですな・・・」

「そのためには何から始めるべきでしょうか?」

「ブレーキング公爵がアーギュスト殿下の戴冠を宣言してしまうと、地方公爵達はブレーキング公爵についてしまうかもしれません。ここはなるべく迅速に・・・」


 そこまで言いかけて、グスタフは上目遣いにレーナを見た。レーナはいつの間にかすっくと立ち上がった。


「帝国の重臣達よ・・・聞いてのとおりです。まず、たった今、この国は未曾有の危機に瀕しています。このまま二代皇帝の元でヴェスタラ帝国を忠臣としたスカーディナウィアの発展が続くか、再び分裂し、戦乱へと時代を逆行するか・・・そのどちらかですっ!」


 レーナは元帥杖をテーブルの上に置き、変わって腰の剣を引き抜いた。これは皇族にのみ許された意匠の施されたものである。引き抜いた剣を斜めに突き出した姿勢で宣言する。


「アンデルス帝が皇妹レーナは、自らを皇帝として推戴されることを帝国の重臣に対して求めるっ!この場に異議のある者はいるかっ?!」


 部屋の中はしーんと沈まりかえった。誰も動き出そうとしない中、まずグスタフがレーナに近くに寄って跪いた。


「グスタフ・ストーメア、女帝レーナ陛下に忠誠を誓いまする」


 慌てて、他の重臣たちも跪いた。


「女帝レーナ陛下に忠誠を誓いまするっ!」


 夫であるビクトルも含めた全員がそれに従った。


「グスタフ・ストメーア侯爵!そなたを臨時に宮廷書記総監に任じるっ!」

「はっ!」


 宮廷書記総監という地位はヴェスタラ帝国には存在しない。しかし、スウェーダ王国には存在した。スウェーダ王国における宮廷書記総監は、宰相とは独立に国王に仕え、国王の代理として文書を起草、発布する役割を持ち、皇帝が親政する場合には、宰相以上の力を持つこともあった。


「早急に戴冠宣言書を起草せよっ!」

「承りましたっ!」


 レーナとグスタフを皆交互に見ていた。驚きを隠すことができない。レーナは皇妹にして、騎士団長と言う型破りな人物ではあるが、自ら女帝として戴冠しようと言い出すような人物ではなかった。武人としては大胆不敵な作戦と神がかり的な直感力で評価を上げていたが、結婚後は、軍事以外は夫である宰相を立てて、目立たたぬように心がけていたのである。会議の場でもほとんど自分の意見は述べていない。


 グスタフ・ストーメアもここ数年、ビクトルに宰相の職を譲ってからは、時折助言をする程度で、宮廷顧問という自分の職務から外に出ることは全くなかったのである。


「それ以外の高官は当面留任とするっ!軍監総長ボルガー・キュレーゲル伯爵っ!」

「は、はっ!」


 武人というより軍官僚というべき人物は慌てて返事をした。


「二将軍の意図を知る必要があるっ!戴冠宣言書の直後に届くように、第二、第三騎士団長に対して、状況の報告をするように伝える書簡を出せっ!」

「はっ!」

「もう一つ、第一騎士団領にも使いを出し、二万の軍勢をヘルシンフォスに向かわせよっ!残りの兵力で管轄公爵領のうち、特にセーデル公領の動きに警戒せよとも伝えよっ!」

「しょ、承知いたしましたっ!」


 すぐさま、ボルガーはその場を走り出て行った。


「近衛騎士団部隊長イングマール・ワルドナー男爵っ!」

「はっ!」


 そう呼ばれたのは、帝都陥落を報告してきた近衛騎士団の部隊長である。


「そなたを臨時に近衛騎士団長代理に任ずるっ!急ぎ、帝国本領内に分散している近衛騎士団の残存兵力をヘルシンフォスに集結させよっ!」

「拝命っ!承ったっ!」


 くたくたになっていた騎士が、弾かれるように立ち上がり、下がっていった。


「帝国宰相ビクトル・クルーガー侯爵っ!」

「はっ!」


 今この時点から、レーナは皇帝であった。それは夫であるビクトルに対しても、明確に上位の人物になったことを意味する。否、帝国においては人間以上であることを意味するのである。私においては妻と夫であっても、公にあっては皇帝と宰相なのである。


「ブレーキング以外の地方公爵達に書簡を送るっ!レールム及びフリース城奪還の為に、それぞれ一万以上の兵力とそれに見合った糧食の提供を依頼せよっ!返答によって、彼らの立ち位置を計るっ!」

「はっ!承知いたしました・・・」


 ビクトルは唇をかみしめた。これでは、妻であるレーナの右筆でしかない。自分の意見や判断ではなく、皇帝たる妻の指示のままに書簡を作成するという仕事だけが与えられたのである。戴冠宣言書を起草するグスタフよりも格下になったようにすら思われたのだ。実際、この場にいる高官達はそのように思っていた。レーナを女帝にしたのは夫であるビクトルではなく、グスタフ・ストーメアだったのである。




 女帝レーナ一世の誕生、それは秋も終わりに近づき、長く厳しいスカーディナウィアの冬が目前に迫る季節の出来事であった。

今回、やたらと長いですね・・・。そして急展開と・・・。

なかなか重たい話ばかりですが・・・。


不死騎のカリスみたいなキャラを出したいんですが、

馴染むかなぁ・・・色恋沙汰もちょっとは書きたいなぁ・・・


と、悩んでおります。

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