↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

泣き虫公爵令嬢ですが、竜騎士になったので帝国の呪い、全部ふっ飛ばします!

作者: 恋するアヒル
掲載日:2026/10/22


 竜って、こんなに大きいの?もう少し小さいのかと思ってた。

馬より少し大きいくらいで、つぶらな瞳をしていて、鼻先を撫でたら「きゅう」と鳴いてくれる感じの可愛い生き物を想像してた。


 でも、目の前にいる竜は全然違う。


 まず、顔が馬車くらいある。この時点で想像とは違いすぎる。


 牙なんて、わたしのお腹から背中まで、余裕で突き抜けそうなくらい長いし。


 その大きな口が、ゆっくり開いて――。


「ひょっ……」


 喉の奥で、火が光った。


 無理です。


 これは無理です。


 ごめんなさい、わたしを食べてもおいしくないです!だから、食べないで!!


 そう思ったところで、わたしの意識は、すこんと落っこちた。


     ───────────


『あ〜、よかった。やっと繋がった』


 目を開けると、白い空間にいた。


 床も壁もない視界が真っ白な中で、ふわふわ浮いているってわけでもなく、不思議なその空間の真ん中で。真っ白い服を着たびっくりするくらい綺麗な男の人が手を振っている。


 その顔を見た瞬間、わたしは思い出した。


 日本に生まれて、私を可愛がってくれる家族がいて、学校に通っていたこと。


 友達みんなと、おそろいで買った、通学鞄にぶら下げてるキーホルダーのこと。


あれ、めっちゃ可愛いの。私のお気に入りなんだよ。


って、待って待って?


「……あれ? わたし、学校に行く途中で…あれっ?…」


『うん。そのあたりのことは、無理に思い出さなくていいよ』


なんだか記憶を辿ると頭がぐるぐるしだした。


「もしかして、私、事故に遭っちゃったんですか?」


しっかり覚えてるわけじゃないから断言は出来ないけど。


 でも、そう言ったあと男の人は、困ったように眉を下げた。


 それだけで、胸がきゅっとなった。


そうなんだ。


 お母さん、泣いただろうな。でも、そう考えただけで頭が真っ白になって考えられなくなる。


 目に涙がたまると、男の人が慌てて、どこからともなくハンカチを取り出した。


『君がここに来たときも、その話をしたんだ。それから、もう一度生きてみることに決めた』


「……あ」


 そうだ。私、この人と前にも話をした。


 この人、神様だ。


 前も、ここで会って、転生のこととか、転生先のこと、剣と魔法の世界があること。

そして、その世界に、ずっと昔から解けない呪いが巣食っていること。


 その呪いを、何にも染まっていない、外の世界の魂でほどいてほしいと頼まれたことを思い出した。


『怖い仕事になるかもしれないって、一応、説明したんだけどね』


「わたし…そういえば…」


『「魔法、使えるんですか? 空も飛べます? じゃあ、やります!」って』


 うん、言った。思い出しちゃったよ。


「ごめんなさい。もうちょっと、ちゃんと考えたほうがよかったんですよね」


『いや、いや、助かったよ』


 神様は笑うと、わたしの前に、小さな光を差し出した。


 中には、翼のある女の子が眠っている。


『約束した贈り物。君と契約するために生まれた、暁の精霊だよ』


「……かわいい」


『君の魔力なら、この子と一緒に呪いをほどける。ただし、忘れないで。呪いだけを見て、その結び目を切るんだ。君の力は大きいから、人や土地まで壊さないようにするんだよ』


「はい!頑張ります」


『あと、あの竜は君を食べようとしたんじゃないよ』


「え?」


『くしゃみ』


 そこで、白い景色が消えた。


     ─────


「――おい。聞こえるか」


 低くて、とても良い声だった。


 目を開けると、知らない男の人が、わたしを覗き込んでいた。


 黒い髪に青い目の。すうっと通った鼻筋をしためちゃくちゃ美形のお兄さん。


 白い軍服の肩には、物凄く豪華な銀色の竜の刺繍の飾りがついている。


 ……え。誰ですか?


 と言うか、お顔、かっこよすぎない?


「気分は?」


「お顔が……」


「顔?」


「はい、お顔がすごく、かっこよくって、………びっくりしました」


 言った直後。近くで、誰かが噴き出した。


 男の人は一度だけ瞬きをして、それから、ほんの少し口元を緩めた。


「受け答えはきちんとできるようだな」


「団長。今の、どの辺がきちんとしてたんでしょうか?」


 眼鏡をかけた、こちらもびっくりするくらいきれいな顔の男の人が言った。


 団長。


 ……団長?


 そこで、今のわたしの記憶が、一気に戻ってきた。


 わたしの名前は、リリアーナ・アシュフォード。


 アシュフォード公爵の孫娘で、今現在の年齢は十六歳。


 そして今日は、王国竜騎士団の入団試験、その真っ最中だった。


 しかし、この試験。わたしが受けたいと言ったわけではない。


 いや、竜騎士には、なりたかったんだよ。でも、さすがのわたしも無茶だってわかるし。


 でも、憧れてはいたの。空を飛ぶ騎士って、すごくかっこいいから。


 でも、その気持ちを従姉のベアトリスお姉様に知られたのが、よくなかった。


『そんなに憧れているなら、受けてみればいいじゃない』


 そう言って、勝手に願書を出されてしまったのだ。


『もし、試験に落ちたら。

私は公爵家の恥です。申し訳ございませんでした。身の程をわきまえます!って、皆様の前で謝りなさいよ。もちろん、わたくしの前に跪いて、床に手をつくの』


 お姉様は、そういうことを言う人だった。


 わたし以外に三人いる公爵家の孫娘たちの中でも、一番年上で、一番声が大きくて、一番、わたしを泣かせるのが上手な人。


 今までのわたしは、怖くて逆らえなかった。


 でも。


 前世の記憶が戻った今、ちょっと思う。


 この人、学校にいたら、絶対に先生に呼び出されるタイプのだいぶいっちゃってる系の人だ。


「リリアーナ!」


 鋭い声がして、わたしは反射的に肩を跳ねさせた。

びっくりしたぁ。


 試験場の入口に、ベアトリスお姉様が立っている。


 金色の髪をきれいに巻いて、乗馬服まで着て、ぴしっとかっこよく決めているけど、般若のような表情が際立ってて、ただただ怖い。


「竜を見ただけで気絶するなんて! なんて情けない子なの!公爵家の恥をさらして、どうするつもりなのかしら!」


「ひぇ、ご、ごめんなさい」


「さっさと起きなさい。そして皆様に謝罪して、試験を辞退するのよ」


 わたしはひとまず起き上がろうとして、自分が長椅子に寝かされていたことに気づいた。


 肩には、白い上着がかかっている。


 かなり大きいこれは、団長さんのものらしい。


「あの。もしかして、団長がここま運んでくださったんですか?」


「ああ、一番早く気付いたからな」


「重くなかったですか?」


「ふっ、いや、まったく」


「よかったぁ……。ありがとうございます」


 上着を両手で抱えて、お礼を言う。


 団長さんは、何か言いかけてから、わたしの頭にそっと手を置いた。


 大きくて、あったかい手だった。


「怪我がなくてよかった」


 ……やさしい。


 さっきまで怖くて泣きそうだったのに、今度は安心して泣きそうになった。


「リリアーナ! いつまでそうしているつもり!聞いているの?」


「あ、はい。辞退のお話ですよね」


「当然でしょう」


「でも、まだわたし、試験を受けてないです」


 お姉様が黙った。


 わたしは首を傾げる。


「落ちてから謝るお約束だったので、先に試験を受けて来てもいいですか?」


 眼鏡の人が、すっと顔をそらした。


 なんだか肩が震えている。


 ……寒いのかな。


   ─────────


 竜騎士になるには、何やら三つの条件と言うものがあるらしい。


ひとつ、 一定以上の魔力があること。


 ふたつ、 剣を扱えること。


 そして、


みっつ、 精霊と契約すること。


「最初の二つは、入団後の訓練で補える部分もあります」


 眼鏡の人――副団長のジュリアン様が、説明してくれた。


「ですが、最後の、精霊との契約ばかりは、本人の資質次第です。竜が人を乗せて飛ぶためには、契約精霊の仲立ちが欠かせません。そういうわけで、先ず初めに精霊との契約からはじめます」


「竜さんと、仲良くなるためですか?」


「ええ。その理解で結構ですよ」


 試験場の真ん中には、丸い石の台があった。


 そこに手を置いて、精霊を呼ぶらしい。


 見学席には、いつの間にかお父様がいらしていた。


 二百八十歳なのに、大学生くらいにしか見えないお父様は、いつもどおり、きれいなお顔で座っていて、表情はやっぱりいつもどおりの無表情だった。


 そして隣には、とっても珍しい事にお祖父様までいた。いつもお仕事が忙しいからと、お屋敷にいても滅多にお会い出来ない、私の中ではレアキャラのおじいちゃんだ。


 七百歳。見た目は四十代。


 この世界では魔力の保有量によって寿命が違う。

魔力量の多い王侯貴族の中でも、王族や高位貴族の平均寿命は500歳。

精霊の子孫と言われるうちの家系は、魔力が多いぶん、とても長生きする。


 分家の娘だったらしい八十歳のお母様なんて、ちょっとロリ顔だから、十代前半にすら見えちゃって、いまだにわたしのお姉さんに間違えられるくらいだ。


 ちなみに、この世界の成人は三十歳。


 十六歳のわたしは、この世界基準でいうと、まだまだお子ちゃまである。


「リリアーナ。無理ならば、怪我をしてからでは遅い。今すぐ下がりなさい」


 お父様が言った。


 心配しているのか、恥をかくなという意味なのか、よくわからない。


 今まで、あまりお話ししたことがなかったから。


「あの、わたし、一回だけ、やってみます」


 石の台に、手を置く。


 ひんやりした感触が、指先に伝わった。


「あのぉ」


 呼び方って、これでいいのかな。


「神様から、ご紹介いただいた者なんですけど……」


 団長さんが、わたしを見た。


「もし、今、ご都合がよろしかったら、出てきていただけますか?」


 次の瞬間。


 石の台が、ぴかっと光った。


 それから、光が伸びていって、天井まで光った。


 窓も、床も、壁に刻まれた魔法陣も、全部いっぺんに金色になった。


「防御結界を展開しろ!」


 団長さんの声と同時に、白い壁が見学席の前に立ち上がる。


 その向こうで、光が花弁が広がるように解けた。


 現れたのは、手のひらに乗るくらいの大きさの小さな女の子。


 朝焼け色の髪に、透き通った四枚の羽。


 神様のところで眠っていた、あの子だ。


『遅いわ、リリアーナ!』


「ごめんなさい。さっき、竜さんが……」


『知ってる。くしゃみ、しちゃったんでしょう』


「そうなんです」


『それで、びっくりしちゃったのね』


「うん……」


 精霊の女の子が、わたしの頬にぺたっと触れた。


『私は暁の精霊、アウローラ。あなたの空を照らして、あなたの剣に道を示すもの』


 小さな指が、わたしの額に触れる。


『リリアーナ。私と一緒に、この世界を綺麗にしましょう』


お掃除は割と得意だったな。


「うん!よろしくお願いします」


手の甲に、金色のお花みたいな模様が浮かんだ。


 熱くはなかった。


 むしろ、日なたの干したお布団みたいに、なんだかぽかぽかする。


 わたしがほっと息をついた、そのとき。


 ごとん、と音がした。


 お祖父様が、大切にいつも持っている魔法の杖を取り落としていた。

大丈夫かな?




「……暁の、大精霊」


 ジュリアン様の眼鏡が、ずれている。



 団長さんまで、目を見開いていた。


 わたしはなんだか不安になって、手の甲を見た。


「あの……。この子じゃ、駄目でしたか?」


「駄目なものか!」


 お祖父様がいきなり立ち上がった。


 いつも難しい顔で、わたしの相手なんてする暇もなく、いつもお仕事に熱中しているはずの祖父が、まっすぐこちらへ歩いてくる。


「リリアーナ。お前は、我が一族が三百年待ち望んだ契約を成し遂げたのだ」


「……えっと」


「よくやった」


 大きな手が、わたしの頭を撫でた。


 少し、不器用な撫で方だった。


 でも、褒めてもらったのは、本当に初めてで。


「……えへへ」


 笑ったら、なぜか涙が出た。


「お祖父様に、褒めてもらっちゃった。嬉しいです」


 お祖父様の手が、止まった。


 その後ろで、お父様が、なぜか苦しそうな顔をしていた。



  ────────



「間違ってますわ!こんなの認められるわけがありません!」


 そう叫んだのは、ベアトリスお姉様だった。


「お前、何か細工をしたのでしょう! リリアーナに、お前ごときにそんなこと、できるはずが――」


「お前ごとき、だと?ベアトリス」


 お祖父様の声が、低くなる。


「おじい様!こんなこと、あるはずがありません!リリアーナがそんな」


 でも、お姉様は止まらなかった。いや、興奮しすぎて止まれなくなっていたのかも?


「お前が選ばれるなんてありえないのよ!剣もまともに振れないくせに! 魔物を見れば泣くくせに!」


「それは……はい、そのとおりです」


 事実なので、うなずいた。


「でも、練習します。お姉様も、精霊さんを呼ぶ練習、一緒にしますか?」


 急に、お姉様のお顔が真っ赤になった。


「お前ごときが、このわたくしを侮辱する気!?」


「えっ」


 違う。


 今のは、本当に、普通にお誘いしただけだったのに。


 困ってアウローラを見ると、彼女はわたしの肩で、ため息をついていた。


『あなた、そういうところよ』


 えっ?どういうところ?


 お姉様がなんだかわなわなと震え、腰の杖を抜いた。


 先端に、赤い火が灯る。


わたしは声もなく震えた。びっくりしたのだ。


 怖い、と思った。


 そう思った瞬間、団長さんがわたしの前に立った。


「杖を下ろせ」


 静かな声なのに、試験場の空気がぴんと張った。


「ここで受験者に魔法を向ければ、どうなるか。理解しているな」


 お姉様の手が震えた。目を見開いて、周りを見回している。

ここに来て漸く、自分が竜騎士達に包囲されている事に気が付いたみたい。


 お姉様が泣きそうな、悔しげな顔をして、手を下ろした。


火が消える。


 そのまま騎士の人たちに付き添われて、お姉様は試験場から出ていった。


 去り際、ものすごい目で睨まれたので、わたしは思わず団長さんの背中に隠れた。


「……ごめんなさい。わたし、また怒らせちゃいました」


「君が謝ることではない」


 団長さんは振り返ると、目線を合わせるように、少し屈んでくれた。


「残りの試験は受けられるか?」


「はい。でも、剣は、あんまり……」


あんまり、どころではない、かも?


「今の実力を見るだけだ。できないことは、これから覚えればいい」


 その言い方が、なんだかうれしかった。


 できなかったら、そこで終わり、失格、とかじゃないんだ。


 これから、できるようになる、その努力をする、でも良いんだ。


   ────────


 剣の試験は、たぶん想定していたよりもかなり散々だった。


 まず、構えた剣の先が床についた。


 持ち上げたら、今度は後ろにひっくり返りそうになった。


「腕だけで支えるな! 足を開け!」


「はいぃ!」


ふぅーん!!と力いっぱい剣を握りしめて持ち上げる。


でも、めちゃくちゃよろよろしてる。


「返事をしている間に腰を落とせ、膝を曲げろ!」


「ひゃい!」


 試験官のガレス教官は、大きくて、顔にも身体にもたくさん傷があって、声がものすごく大きい人だった。


 怖い。


 すごーく、怖い。


 でも、わたしが手の皮をむいたら、すぐに試験を止めてくれた。


「痛かったら言え。握り方から直す」


「……怒らないんですか?」


絶対、怒られると思ったのに。


「怪我を隠すほうが怒る」


 わたしが泣きながらうなずいたら、教官は困った顔をして、飴を一個くれた。


 親戚の、大阪の叔母ちゃんみたいだ。たぶん、この人もやさしい人なんだ。


 魔力試験では、逆のことが起こった。


「的に向けて、小さな火球を一つ当てろ」


「はい。小さいのですね」


 指先に火を思い浮かべる。


 ゲームで最初に覚えるような、ぽんっと飛ぶやつ。


「ファイアーボール」


 出た。火が確かに出た。


 ただし、馬車くらいあるやつが。


「小さいのだと言っただろうがぁ!」


「ごめんなさぁい!」


 ガレス教官が叫ぶ横で、団長さんがすらりと剣を抜いた。


 青白い一閃が走って、火の玉が真っ二つになる。


 割れた炎は、ジュリアン様の張った結界の中で、ぱちぱちと消えた。


 …わぁ…かっこいい。


 剣で魔法って、切れるんだ。


 わたし、あれがやりたい。


「今の! 今の、教えてください!」


「まず、小さい火球だ」


 団長さんは、ちょっとだけ笑っていた。


   ────────


 わたしは、条件付きで合格した。


 精霊契約と魔力量は申し分なし。


 剣と魔力の制御は、基礎からやり直し。


 学校に通いながら訓練を受ける、竜騎士団の候補生になったのだ。


 帰りの馬車では、お父様が難しい顔をして、向かい側に座っていた。


 窓の外には、蜂蜜色の石で造られた家が並んでいる。


 尖った三角の屋根。白い窓枠。たくさんの花籠が下がった可愛らしい建物のパン屋さん。


 石畳を走る馬車を、街灯に腰かけた妖精たちが見送ってくれた。


「リリアーナ」


「はい」


「……ベアトリスとは、いつも、あのような会話をしていたのか」


 わたしは膝の上で、指を組んだ。


「今日は、まだ、優しいほうです」


 お父様が黙った。


 あ。


 言っちゃいけなかったかな。


「あの。でも、わたしが泣くから、余計に――」


「泣かせる者が悪い」


 お父様は、はっきり言った。


 それから、わたしの小さな傷に巻かれた包帯を見た。


「知らなかった、では済まないな」


 馬車が揺れる。


 お父様の手が伸びてきて、迷った末に、わたしの肩に触れた。


「すまなかった。これからは、時間を作る。だから、お前の話を聞かせてほしい」


 わたしはしばらく、お父様の顔を見ていた。

お父様はおじい様同様、仕事人間だ。いつも「行ってくる」とか「今日は寒いぞ」とか、一応何か一言を告げて、去って行く背中ばかり見ていた気がする。夜遅く帰って来るからおかえりなさいを言った記憶がない。


そんなお父様が眉を寄せてわたしを見ている。


 この人も、こんなふうに困るんだ。


「……じゃあ」


「ああ」


「明日の朝ご飯、一緒に食べてもいいですか?」


 お父様は、泣きそうな顔で頷いて笑った。


「もちろんだ」



  ─────────



 それからの毎日は、すごく忙しかった。


 朝は公爵邸で、お父様とお母様と朝ご飯を食べる。


 昼は、貴族の子供が通う国立魔法学園。


 夕方は、竜騎士団で訓練。


 学園は、薔薇の絡まる赤煉瓦の美しい、ちょっとメルヘンチックな校舎で、尖塔には時計がついている。中庭の噴水では水の精霊が遊んでいて、ときどき授業を抜け出した妖精が、お菓子をねだりに来た。

前世を思い出して改めて見るとめちゃくちゃメルヘンな世界だな、と思う。




 この国も、この街も、かわいい。


 ものすごくかわいい。



 ただし、学園と竜騎士団の課題の量は全然かわいくなかった。


 魔法陣を十枚書いて、古代精霊語を覚えて、さらにガレス教官の腕立て伏せが待っている。


「もう、腕、なくなっちゃいますぅ……」


「なくならん! あと三回!」


 そう言いながら、教官はわたしのために、軽い訓練用の剣を用意してくれた。女の子が持つからか、柄の部分に可愛いリボンの飾り彫りが入ってる。


 ジュリアン様は、魔力を細く流す練習を見てくれた。


 団長のレオンハルト様は、忙しい合間に、剣を振るところを確かめに来てくれた。


「今日はどうだ」


「火球が、りんごくらいになりました!」


「そうか、見せてみろ」


 ちゃんと小さくできたら、褒めてもらえた。


 うれしくて、もっと練習した。


 半年後には、自分の背より大きかった剣も、きちんと振れるようになった。


 そして一年後。


 わたしは、初めて竜に乗った。


 相棒は、白銀の飛竜、フィン。


 最初の日に、わたしの前でくしゃみをしちゃった竜だ。


「今度は、お顔をそむけてね」


 鼻先を撫でると、フィンは喉を鳴らした。


わたしは、フィンを撫でながら、ふと目に付いた額を見る。


 その額には、黒い糸みたいなものが巻きついていた。


 アウローラと契約してから、ときどき見えるようになった良くないものだ。


 街路樹にも。


 井戸にも。


 騎士さんたちの古傷にもあった。


 細いものは、指でほどくと消えた。


 でも、フィンの額にある糸は、太かった。


『王都の地下から伸びているわ』


 アウローラが言った。


『これが、神様の言っていた呪い』


 わたしは、フィンの鼻に額をくっつけた。


「頭、痛かったの?」


 大きな瞳が、ゆっくり閉じる。


 胸の奥が、きゅっとした。


「……すぐ、取るね」


 指先で、黒い結び目に触れた。


 どこをほどけばいいのか、なぜか、わかった。


 絡まったネックレスみたいに、一本ずつ。


 でも最後の一つは、固くて。


「アウローラ。ここ、切っていい?」


『ええ。そこだけ』


 訓練剣を抜く。


 刃に、朝焼け色の美しい光が宿った。


「悪霊退散!」


 細く振り抜いた光が、黒い結び目だけを切った。


 糸がほどけて、きらきらした粒になる。


 フィンがうれしそあに翼を広げた。


 その背中に乗るように促されて、フィンに乗ったわたしは、次の瞬間、空へ飛び出していた。


「わ……!」


 街が、小さくなる。


 蜂蜜色の屋根も、お城の尖塔も、遠くまで続いてる川も、全部、きらきらと朝日を浴びて光っていた。


「すごい……すごぉい!」


 風で涙が出た。


 でも、全然怖くなかった。


 隣を飛ぶ黒い竜の上で、レオンハルト様がこちらを見ている。


「リリアーナ! 手綱を離すな!」


あっ、本当だ。危ない、危ない。

「はい! あのっ、団長様!」


「何だ」


「わたし、竜騎士になってよかったです!」


 風の向こうで、団長様が笑った。



  ───────



 フィンの呪いを解いた翌日、わたしは王城に呼ばれた。


 国王陛下は、お母様のお兄様だ。


 つまり、わたしの叔父様。


 でも、今までは式典で遠くから見るくらいだった。


「竜の慢性魔力障害を治したそうだな」


 叔父様は、立派な机の向こうで言った。


「はい。黒い糸が、絡まっていたので」


「黒い糸?」


「はい、良くないものです。叔父様にも、ついてます」


 部屋が、しんとなった。


 わたしは慌てて付け足した。


「ほ、埃じゃないです。呪いのほうです」


「余計に問題だな」


 叔父様はそう言ったけれど、逃げたり、怒ったりはしなかった。


「リリアーナ、取れるか?」


「たぶん。でも、先にお聞きしてもいいですか?」


「何をだ」


「取ったら、お城の厨房で、お菓子を一ついただいても……」


 後ろで、レオンハルト様が咳き込んだ。


 叔父様は、しばらくわたしを見て、それから声を上げて笑った。


「一つと言わず、好きなだけ持っていけ」


 やった。


 陛下、すごくいい人。


 叔父様の胸に絡む糸をほどくと、黒い線が、床の下へ逃げようとした。


 わたしはそれを掴んだ。


「こら。まだ終わってないですよ」


 掴んだ、その瞬間、お城全体が揺れた。


 窓の外で、警鐘が鳴り始める。


『見つかったわね』


 アウローラが、羽を広げた。


『王都の地下にある呪いの核が、動き出したわ』


 ───────────



 地面の下から這い出てきたのは、黒い竜だった。


 でも、フィンたちとは違う。


 鱗の隙間から煙が漏れていて、煙の中から魔物が湧きだしている。そして、目のあるはずのところに、赤い光が三つもあった。


 古い戦争で地中に封じられた、呪いの塊。


 それが、王都の広場を割って、顔を出したのだ。


「竜騎士団、出撃!」


 レオンハルト様の号令で、空に竜が舞い上がる。


 地上では騎士たちが人々を避難させ、冒険者ギルドの人たちが、割れた地面から這い出す魔物を食い止めていた。


 わたしも、フィンの背に乗った。


 怖い。


 正直、すごく怖い。


 でも、黒い竜の体から伸びた糸が、お花屋さんにも、パン屋さんにも、逃げる子供の足にも絡もうとしている。


 それを見たら、帰りたいとは言えなかった。


「アウローラ。糸だけ、光らせて」


『任せて』


 景色が変わった。


 街中を覆う黒い線が、わたしにだけ、はっきり見える。


「まずは、全部、離してください!」


 両手を広げる。


 空に、小さな金色の魔法陣が、次々に開いた。


 どんどん数を増やし、そして、ついに百個。


「《スターライト・レイン》!」


 それぞれの魔法陣から光の矢が、雨みたいに降った。


 屋根をすり抜け、人を避け、黒い糸だけを射抜いていく。


 地上で、ガレス教官が何か叫んでいる。


 たぶん、「先に言え!」だと思う。


 ごめんなさい。


 でも、今、ちょっと忙しいです!


 黒い竜が口を開いた。


 喉の奥に、黒い炎が集まる。


「リリアーナ、右へ!」


 団長様の声に合わせて、フィンが旋回した。


 さっきまでいた場所を、炎が突き抜ける。


 熱風で頬が痛くなって、涙がにじんだ。


 その向こうに、団長様の剣が光る。


 一振り。


 竜の首に絡む、太い呪いの鎖が切れた。


 黒い竜が、ぐらりと傾く。


 喉の奥に、小さな赤い宝石が見えた。


『あれが核よ!』


「フィン、お願い!」


 白い翼が、風を叩いた。


 真っ直ぐ、黒い竜へ飛び込む。


 怖くて、剣を握る手が震えた。


 でも、教官に何度も直してもらったとおり、腕だけでは持たない。


 腰を低くして、足を踏ん張る。


 息を吐く。


 切るところを、ちゃんと見る。


「わたしの大好きなこの街で――」


 刃に、光が集まった。


「暴れないでくださぁいっ!」


 一閃。


 赤い宝石が、真っ二つになった。


 黒い竜の体が、内側から光った。


 その光が、亀裂が入ったように地下へ走る。


 街へ、森へ、川へ。


呪いがほどけていく。


 ほどけた呪いが、無数の花びらとなって、王都の空へ舞い上がった。


 あんなに大きかった黒い竜は、もうどこにも見当たらない。


 代わりに、フィンの鼻先へ、小さな花びらが一枚落ちた。


「……終わった?」


『ええ。上手にできたわ』


 その声を聞いた途端、膝から力が抜けた。


「こ、こわかったぁ……」


 泣き始めたわたしを、隣に飛んできた団長様が見て、ほっとした顔をした。


「よく頑張った。帰ろう、皆が待っている」


「はい……。お腹減りました。あっ厨房のお菓子……」


「陛下に忘れられる前に、もらいに行こう」


 わたしは泣きながら、ちょっと笑った。



   ────────



 それから、いろいろなことが変わった。


 王都では、ずっと枯れていた木に花が咲いた。


 原因不明の不調に悩んでいた竜たちが、元気に飛べるようになった。


 わたしは国王陛下から勲章をいただいて、お菓子も、約束どおり頂くことができた。


 お祖父様は、わたしの勲章をたくさんの人に見せるためだけに、何度もお茶会を開いた。


 お父様は、訓練で遅くなる日にも、夕食を一緒に食べようとしてくれた。


 お母様は「私の娘が可愛すぎる」と言って、肖像画家を三人も呼んだ。ちょっぴり疲れたけど。


 そこは、一人でいいと思う。


 ベアトリスお姉様は、以前のようにわたしを呼びつけられなくなった。


 杖を向けた件と、今までしていたことを調べられて、しばらく領地で教育を受け直すことになったからだ。


 ほかの二人の従姉たちは、お手紙をくれた。


 止められなくてごめんなさい、と書いてあった。


 わたしは、次に会ったら一緒にお茶を飲みたいです、と返した。


 そして、わたし自身も、少しずつ変わった。


 泣き虫なのは、あまり治らなかったけれど。


 魔物が街道に出たら、竜に乗って駆けつける。


 群れなら魔法でまとめて吹き飛ばして、一匹だけ残ったら、剣を抜く。


「《フレイム・バースト》! それから、はいっ!」


 炎が弾けて、光の剣が走る。


 後ろから来たガレス教官が、倒れた魔物を見て、深くため息をついた。


「……見事だ。だが、技の名前の後の『はいっ』は何とかならんのか」


「剣のほうにも、名前、つけたほうがいいですか?」


「そういう話ではない!」


 教官は、相変わらず声が大きい。


 でも今は、もう、怖いだけの人じゃない。


 ───────────



 それから十五年が過ぎた。


 三十一歳になったわたしは、昨年、立派な成人式をしてもらった。

そして、正式な竜騎士として、王国の空を飛んでいる。


 そして今日は、わたしの結婚式なのだ。


 鏡の中のわたしは、白いドレスを着ている。


 アウローラが選んでくれた花を髪に挿して、お母様の首飾りをつけて。


 お父様は、さっきから何度も室内をうろうろして、懐中時計を何度も見ていた。


「まだ、間に合う。結婚などまだ早い。やめてもいいのだぞ」


「お父様。それ、昨日も聞きました」


「別に、レオンハルトが嫌いなわけではない。ただ、もう少し、家にいても――」


「週に一回、ご飯を食べに来ます」


「二回」


「じゃあ、二回」


 お祖父様まで、隣で重々しくうなずいた。


 七百十五歳になっても、見た目はほとんど変わらない。


 でも、わたしの結婚式では、男泣きしていた。


 レオンハルト様とは、長い間、団長と部下という関係だった。わたしが成人して、自分の部隊を任されるようになってから、初めて、二人だけで出かけた。


 訓練の話も、任務の話もしないで。


 可愛い焼き菓子のお店に入って、お茶を飲んで、川沿いを歩いた。


 あの人が、わたしの歩幅に合わせてくれるのが、昔から好きだった。


 でも、隣に並んで歩けるようになった今のほうが、もっと好きだ。


 礼拝堂の扉が開く。


 花に飾られた道の向こうに、レオンハルト様が立っている。


 初めて会った日と同じ、白い軍服。


 わたしを見ると、あの日よりずっと柔らかく、笑ってくれた。


「泣いてるのか」


「だって……」


 差し出された手を取る。


「うれしいときも、涙って出ちゃうんですよ!」


「知っている」


 大きな指が、目尻にそっと触れた。


 後ろでは、叔父様がやたら偉そうにうなずいていて、ジュリアン様がハンカチをガレス教官に差し出し、ガレス教官が「まだ式は始まっておらんぞ」と鼻をすすっている。あ、ハンカチで鼻をかんだ。


 窓の外では、フィンが花輪を首にかけて待っていた。


 式が終わったら、二人でその背に乗って、王都の上を飛ぶ予定なのだ。


「リリアーナ」


「はい」


「これからも、一緒に飛んでくれるか」


 わたしは笑った。


 今度は、ちゃんと、満面の笑みで笑えた。


「はい。どこまでも!」


 泣き虫だった公爵家の孫娘は、竜騎士になりました。


 大好きな人たちができて、大好きな街を守れるようになって、今日は、大好きな人のお嫁さんになります。


 だから、神様。


 わたし、あの日、引き受けてよかったです。


 窓から差し込んだ光の中で、アウローラが、いたずらっぽく片目をつむった。


 ――めでたし、めでたし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。