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娘は売りました

作者: 川崎悠
掲載日:2026/09/09

「爵位を返上しに来たと聞いた、シャリオット子爵」

「はい、その通りにございます、陛下」


 王宮へ爵位返上を申し出たシャリオット子爵。

 そのことを聞きつけた国王が子爵を謁見の間に呼び出し、事情を聞くことになった。


「なぜだ」

「領地の運営が思わしくなく、このままでは立ちいかぬと考えた次第でございます」

「……それほど子爵領は困窮していたか?」

「はい、陛下。資料を持参しておりますので、目を通していただければ」


 国王は、従者の手から子爵が持参した資料を受け取る。

 玉座に座ったまま資料に目を通す間、子爵は動かず、静かにその場に立っていた。


「……屋敷の家財を処分しているらしいな」

「はい、その通りでございます、陛下」

「ずいぶん多くの……貴重な物まですべて。子爵の亡くなった夫人の遺産もか。家族の肖像画、夫人の形見に至るまで、すべて……?」

「書いてある通りでございます」

「このようなもの、どこに売ったのだ」

「伝手を使い、どうにか値をつけてくれる商人を見つけまして。金になるのなら、と隣国の商会を通して売り払いました」


 亡くなった子爵夫人の宝石、ドレス、肖像画等。

 その他、子爵家の屋敷に飾ってあったであろう絵画の類、貴重な家具類に至るまで、すべて売却済みだ。


「なぜこのようなことを」

「金銭を得るためでございます、陛下」

「……領地の税を引き上げればよかったのではないか」

「領民たちも生活が苦しく、これ以上の税を取れば彼らの生活を壊してしまい、領地そのものが立ちいきません。それより、まずは屋敷にある物を処分し、凌ごうと思いました」

「……だが、それでも残すべき物はあったはずだ」

「私の力が足りず、面目次第もございません」


 国王は子爵を見下ろし、少し苛立ちをみせる。


「子爵」

「はい、陛下」

「そこまでやって、なお立ちいかず、爵位を返上するというのか」

「仰る通りにございます。これ以上、私が領主を続けていれば、領民が苦しむことになります。この上はどうか、爵位を返上し、領地を王家に委ねたいと思っております。どうか民をお救いください、陛下」

「だが、このタイミングだ」

「は……」


 苛立ち、睨みつけながら国王は続ける。


「子爵の娘は、婿を取る予定だったな?」

「はい、陛下」

「その娘の婚約を、子爵は一方的に破棄したと聞いた」

「はい、そのようにしました」

「なぜだ」

「娘には別の縁がありまして……」

「別の縁だと……?」


 ピリピリとした怒気を滲ませる国王。

 だが、子爵は国王の怒りを肌で感じつつも、どこかひょうひょうとした態度だった。


「子爵は爵位を返上するという。もし、娘が縁をつないだなら、婿となる者の家から支援を受けられるのではないか」

「支援、でございますか……」

「そうだ」

「ある意味で、支援は受けておりますが」

「ある意味で?」

「娘の縁をつないだことで金銭は受け取っております」

「……それはどういう意味だ」


 国王は訝しげに眉間に皺を寄せる。

 子爵は国王に答えた。


娘は売りました(・・・・・・・)

「…………は?」

「娘を買っていただきました。そのことによって金銭を得たのでございます」

「な……なん、だと?」


 まったく悪びれず、堂々とおぞましいことを言ってのける子爵。

 謁見の間にいた宰相や大臣、王宮の使用人たちでさえも、その言葉に息を飲んだ。


「しかし、娘を売った金も、焼石に水であり、どうにもならず」

「ばかな……!」


 国王は玉座のひじ掛けを強く叩き、子爵に怒りをみせた。


「なんてことをする、貴様、それでも親なのか!」

「面目次第もございません」

「……!」


 ギリギリと歯ぎしりをする国王。


「どこへ娘を売ったというのだ。娼館か? まさか、鉱山か」

隣国に(・・・)、でございます、国王陛下」

「……! それは!」

「…………」


 激情を見せる国王に対し、子爵の表情はどこまでも冷ややかだ。


「つまり、こうか。子爵家の屋敷にある家財、亡き夫人の遺した品々、絵画・調度品に至るまで、果ては子爵の娘ですら、すべて隣国の商会に売り渡したと」

「はい、陛下。その通りにございます」

「その上、子爵は爵位を返上すると」

「はい、そのようにお取り計らいいただきたく」

「そこまでやって金を作っても、まだ領地の運営が上手くいかぬと!」

「はい、陛下」


 子爵は悪びれない。まったく。

 それどころか挑発すらしているかのように冷淡な表情のまま。


「……貴様、わかっていて(・・・・・・)そうしたか、子爵」

「…………」


 子爵は国王を見定めるように見上げ、だが無言を貫いた。

 返事をしない子爵に、国王は追い込まれたようにグッと唇を噛み、悔しげに表情を歪める。


「……子爵の娘は優秀だと聞いている」

「ありがたきお言葉にございます」

「子爵の娘がいれば、領地の運営もうまくいったはずだ。爵位の返上などすることなく」

「そこまで娘を評価していただき、感謝致します」

「……不敬だと思わないのか」

「…………何を、でございましょう」

「娘が……」

「…………」

「くっ……」


 冷ややかな表情の子爵に、国王は思わず目を逸らした。


「……子爵は、子爵の娘は知っていたのか」

「…………」

「子爵」

「……どのことをおっしゃられているのか」

「我が娘のことだ」

「……王女殿下でございますか」


 子爵は確認のための言葉だけ口にし、それ以上を踏み込まない。


「子爵の娘の婚約者……。子爵の家に婿入り予定だった男は……」

「…………」

我が娘と(・・・・)恋仲になっていた(・・・・・・・・)……」

「陛下」


 思わず、その場にいた宰相が口を挟み、止めようとする。

 だが、それ以上を続けられなかった。


「元より、我が娘は……王宮メイドの母を持ち、王女としての立場が弱い。その上、我儘な性格だ……」

「……」


 子爵は目を伏せ、国王の言葉に相槌すら打たず、沈黙する。


「それでも私は娘を愛している。娘が望む相手と結ばせてやりたいと……」

「…………」

「それが許せなかったか……?」

「陛下」


 子爵は国王を冷めた目で見上げながら口を開く。


「それだけが陛下の望みならば、我が家は喜んで身を引いたことでしょう」

「…………」

「しかし、陛下は。……王女殿下は。我が娘の婿入り相手との愛を育みながら(・・・・・・・)、我が家に入りこもうとなされました」

「……それは」

「では、我が家はなんなのですか。娘をなんだと思っておられたのですか」

「……子爵」

「陛下と王女殿下は、優秀だという我が娘に仕事だけをさせ、押し付け、己らは愛を育み、自由に、放蕩に生きたいと。その自由を支える金は、我が家と、我が娘が稼いだ金で。そうなるように事を運んでおられた」

「子爵」


 言葉を止めるように子爵を呼ぶが、子爵は口を閉じない。


「王命が下るから、どうしようもできないだろうと王女殿下は笑っておられましたよ」

「……!」

「なるほど、王命ならば逆らえません。私が子爵であるかぎり(・・・・・・・・・・)

「……ッ! だから、爵位を返上するというのか。娘のために、貴族の身分を捨て、一族の誇りを売り渡すと……」

「一族の誇りも、貴族の身分も、代えられません。陛下なら、おわかりではありませんか。父親にとって娘はそれほど大切な存在だと」


 国王は表情をひときわ強く歪ませる。


「だが、子爵は娘を売った」

「はい。娘は売りました」

「それが娘を愛する父親のすることか?」

「面目次第もございません」

「……ッ! どこに売ったのだ。子爵の娘は優秀で、それならば我が娘を任せられると……!」

「陛下」

「……! ……今のは」


 子爵の目には怒りが込められる。


「我が娘が優秀だから。それだけで。……浮気相手が家に寄生し、浮気相手と夫が愛し合うのをそばで眺めていろと?」

「そのような言い方をするな……私は、ただ娘の幸せを……」

「私も陛下と同じでございます」

「だが、子爵は娘を……」

「ええ」

「………………待て。子爵は、どこに娘を売った?」

「隣国の商会にでございます、陛下」

「それはどこだ」

「隣国のバスティーユ商会でございます」

「バスティーユ……。大きな商会の名だ。だが、人身売買などする商会ではない……」

「当然、そうでございますな」

「では、娘を売ったというのは」

「あちらもまた優秀な娘を欲しておりました。バスティーユ商会長が、ご子息の妻を求めておられたので、娘は売りました(・・・・・・・)

「それは!!」


 バスティーユ次期商会長に、子爵の娘が嫁いだ。

 ただ、それだけのこと。


「まさか、子爵の屋敷の家財、亡き夫人の遺した物を買い取ったというのは……」

「縁がありましたので。娘が嫁いだ先のバスティーユ商会にすべて売り払いました。……今頃、嫁いだ我が娘が、すべてをきちんと管理していることでしょう」

「子爵ッ!!」


 国王は、子爵が『娘を売った』という口で、ただ隣国へ逃したのだということを理解した。

 王女の我儘から始まるだろう、地獄のようなこの先の未来から、娘だけを逃がしたのだ。

 亡き夫人の形見や、思い入れのある品とともに。


「わかっているのか」

「…………」

「それは王家に盾突くような真似だと」

「…………」

「たとえ、娘が隣国に逃れたとしても、子爵はこの場に残っている。残った貴様がどうなっても」

「それが」


 静かに。

 国王の言葉を遮るように、子爵は告げた。


「父親というものでございましょう」

「…………!」


 国王は子爵の言葉を受けて、何も言えなくなる。

 その身が犠牲になったとしても娘の幸せを願う。

 それが子爵の覚悟だった。

 一人で国に残り、王と対峙しながら、それでも。


「陛下、もう……」


 宰相が国王に言葉をかけ、首を横に振る。

 そうすると、国王はガクリと肩を落として、玉座に深く沈みこんだ。


「……わかった。子爵の、爵位返上を認める……」

「ありがたき幸せにございます、陛下」

「………………子爵も、いや、元子爵も、隣国へ渡るのか」

「はい、陛下。幸い、娘と次期商会長の仲は良好でございますので。あちらも快く迎えてくれるとのこと。しばらく世話になろうと考えております」

「そうか……」

「……子爵領は、これより王領になります。王女殿下にかつての我が領地を与えることも、殿下が愛する者と過ごされることにも、(いな)はありません。ですが、領地の運営に優秀な者を王宮から派遣していただきたく。どうか、領民の、王国の民に、陛下の慈悲が行き渡りますよう、お願い申し上げます」

「…………わかった。…………達者でな」

「は……」


 こうして子爵家の爵位は返上され、子爵領は王領になった。



 その後、王女は、かつての子爵家に婿入りする予定だった男と結ばれることになる。

 だが、その関係はあれよあれよという間に破綻してしまった。

 不貞関係こそが彼らの情熱を燃え上がらせていたのだ。


 すべてを押しつけるつもりの相手であった子爵令嬢がいなくなり、王家の監視下に置かれた不自由な生活の中で、彼らの思惑通りの生活はできず、言い争うことが多くなっていく。

 しかし、いくら関係性が破綻しても、彼らが離縁することは許されなかった。

 一貴族家を爵位返上まで追いやった王女の我儘と、それを許容し、助長させる国王の振る舞いに国内貴族が反発したのだ。


 結局、この件をきっかけにして国王は、真っ当な判断力のある王太子に譲位することになる。

 それが王国貴族たちの総意だった。



 そうして、隣国では。


「お父様、また新しい仕事ですか」

「ははは! いやぁ、この年にして新しい挑戦の毎日だ。なんとも楽しい、楽しい!」

「……もう。私よりこちらの生活を気に入ってらっしゃるんだもの」


 かつての子爵家親子は、新しい環境を充実して過ごしている。


「なぁ」

「なんです、お父様」

「今、お前は幸せか?」


 元子爵は、愛する娘に問う。


「もちろんです!」


 彼の愛した娘は、もう商人らしくなった大らかな笑顔でそう答えたのだった。


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― 新着の感想 ―
 蜂の一刺しにはなってるけど、結局は王家丸儲けで全く何のザマァにもなってはいないという。
身の程知らずな元種馬の爵位が気になる 伯爵の三男とかかな?
バカ親を親ばかで殴る! 新しい!! 途中まで健気な子爵と慈悲深い王だったのが、おかしな奴と戸惑う人となり、突然ひっくり返る。 うわーってなりました。言葉を失う。 宰相も首振ってるけど、今の今まで…
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