娘は売りました
「爵位を返上しに来たと聞いた、シャリオット子爵」
「はい、その通りにございます、陛下」
王宮へ爵位返上を申し出たシャリオット子爵。
そのことを聞きつけた国王が子爵を謁見の間に呼び出し、事情を聞くことになった。
「なぜだ」
「領地の運営が思わしくなく、このままでは立ちいかぬと考えた次第でございます」
「……それほど子爵領は困窮していたか?」
「はい、陛下。資料を持参しておりますので、目を通していただければ」
国王は、従者の手から子爵が持参した資料を受け取る。
玉座に座ったまま資料に目を通す間、子爵は動かず、静かにその場に立っていた。
「……屋敷の家財を処分しているらしいな」
「はい、その通りでございます、陛下」
「ずいぶん多くの……貴重な物まですべて。子爵の亡くなった夫人の遺産もか。家族の肖像画、夫人の形見に至るまで、すべて……?」
「書いてある通りでございます」
「このようなもの、どこに売ったのだ」
「伝手を使い、どうにか値をつけてくれる商人を見つけまして。金になるのなら、と隣国の商会を通して売り払いました」
亡くなった子爵夫人の宝石、ドレス、肖像画等。
その他、子爵家の屋敷に飾ってあったであろう絵画の類、貴重な家具類に至るまで、すべて売却済みだ。
「なぜこのようなことを」
「金銭を得るためでございます、陛下」
「……領地の税を引き上げればよかったのではないか」
「領民たちも生活が苦しく、これ以上の税を取れば彼らの生活を壊してしまい、領地そのものが立ちいきません。それより、まずは屋敷にある物を処分し、凌ごうと思いました」
「……だが、それでも残すべき物はあったはずだ」
「私の力が足りず、面目次第もございません」
国王は子爵を見下ろし、少し苛立ちをみせる。
「子爵」
「はい、陛下」
「そこまでやって、なお立ちいかず、爵位を返上するというのか」
「仰る通りにございます。これ以上、私が領主を続けていれば、領民が苦しむことになります。この上はどうか、爵位を返上し、領地を王家に委ねたいと思っております。どうか民をお救いください、陛下」
「だが、このタイミングだ」
「は……」
苛立ち、睨みつけながら国王は続ける。
「子爵の娘は、婿を取る予定だったな?」
「はい、陛下」
「その娘の婚約を、子爵は一方的に破棄したと聞いた」
「はい、そのようにしました」
「なぜだ」
「娘には別の縁がありまして……」
「別の縁だと……?」
ピリピリとした怒気を滲ませる国王。
だが、子爵は国王の怒りを肌で感じつつも、どこかひょうひょうとした態度だった。
「子爵は爵位を返上するという。もし、娘が縁をつないだなら、婿となる者の家から支援を受けられるのではないか」
「支援、でございますか……」
「そうだ」
「ある意味で、支援は受けておりますが」
「ある意味で?」
「娘の縁をつないだことで金銭は受け取っております」
「……それはどういう意味だ」
国王は訝しげに眉間に皺を寄せる。
子爵は国王に答えた。
「娘は売りました」
「…………は?」
「娘を買っていただきました。そのことによって金銭を得たのでございます」
「な……なん、だと?」
まったく悪びれず、堂々とおぞましいことを言ってのける子爵。
謁見の間にいた宰相や大臣、王宮の使用人たちでさえも、その言葉に息を飲んだ。
「しかし、娘を売った金も、焼石に水であり、どうにもならず」
「ばかな……!」
国王は玉座のひじ掛けを強く叩き、子爵に怒りをみせた。
「なんてことをする、貴様、それでも親なのか!」
「面目次第もございません」
「……!」
ギリギリと歯ぎしりをする国王。
「どこへ娘を売ったというのだ。娼館か? まさか、鉱山か」
「隣国に、でございます、国王陛下」
「……! それは!」
「…………」
激情を見せる国王に対し、子爵の表情はどこまでも冷ややかだ。
「つまり、こうか。子爵家の屋敷にある家財、亡き夫人の遺した品々、絵画・調度品に至るまで、果ては子爵の娘ですら、すべて隣国の商会に売り渡したと」
「はい、陛下。その通りにございます」
「その上、子爵は爵位を返上すると」
「はい、そのようにお取り計らいいただきたく」
「そこまでやって金を作っても、まだ領地の運営が上手くいかぬと!」
「はい、陛下」
子爵は悪びれない。まったく。
それどころか挑発すらしているかのように冷淡な表情のまま。
「……貴様、わかっていてそうしたか、子爵」
「…………」
子爵は国王を見定めるように見上げ、だが無言を貫いた。
返事をしない子爵に、国王は追い込まれたようにグッと唇を噛み、悔しげに表情を歪める。
「……子爵の娘は優秀だと聞いている」
「ありがたきお言葉にございます」
「子爵の娘がいれば、領地の運営もうまくいったはずだ。爵位の返上などすることなく」
「そこまで娘を評価していただき、感謝致します」
「……不敬だと思わないのか」
「…………何を、でございましょう」
「娘が……」
「…………」
「くっ……」
冷ややかな表情の子爵に、国王は思わず目を逸らした。
「……子爵は、子爵の娘は知っていたのか」
「…………」
「子爵」
「……どのことをおっしゃられているのか」
「我が娘のことだ」
「……王女殿下でございますか」
子爵は確認のための言葉だけ口にし、それ以上を踏み込まない。
「子爵の娘の婚約者……。子爵の家に婿入り予定だった男は……」
「…………」
「我が娘と、恋仲になっていた……」
「陛下」
思わず、その場にいた宰相が口を挟み、止めようとする。
だが、それ以上を続けられなかった。
「元より、我が娘は……王宮メイドの母を持ち、王女としての立場が弱い。その上、我儘な性格だ……」
「……」
子爵は目を伏せ、国王の言葉に相槌すら打たず、沈黙する。
「それでも私は娘を愛している。娘が望む相手と結ばせてやりたいと……」
「…………」
「それが許せなかったか……?」
「陛下」
子爵は国王を冷めた目で見上げながら口を開く。
「それだけが陛下の望みならば、我が家は喜んで身を引いたことでしょう」
「…………」
「しかし、陛下は。……王女殿下は。我が娘の婿入り相手との愛を育みながら、我が家に入りこもうとなされました」
「……それは」
「では、我が家はなんなのですか。娘をなんだと思っておられたのですか」
「……子爵」
「陛下と王女殿下は、優秀だという我が娘に仕事だけをさせ、押し付け、己らは愛を育み、自由に、放蕩に生きたいと。その自由を支える金は、我が家と、我が娘が稼いだ金で。そうなるように事を運んでおられた」
「子爵」
言葉を止めるように子爵を呼ぶが、子爵は口を閉じない。
「王命が下るから、どうしようもできないだろうと王女殿下は笑っておられましたよ」
「……!」
「なるほど、王命ならば逆らえません。私が子爵であるかぎり」
「……ッ! だから、爵位を返上するというのか。娘のために、貴族の身分を捨て、一族の誇りを売り渡すと……」
「一族の誇りも、貴族の身分も、代えられません。陛下なら、おわかりではありませんか。父親にとって娘はそれほど大切な存在だと」
国王は表情をひときわ強く歪ませる。
「だが、子爵は娘を売った」
「はい。娘は売りました」
「それが娘を愛する父親のすることか?」
「面目次第もございません」
「……ッ! どこに売ったのだ。子爵の娘は優秀で、それならば我が娘を任せられると……!」
「陛下」
「……! ……今のは」
子爵の目には怒りが込められる。
「我が娘が優秀だから。それだけで。……浮気相手が家に寄生し、浮気相手と夫が愛し合うのをそばで眺めていろと?」
「そのような言い方をするな……私は、ただ娘の幸せを……」
「私も陛下と同じでございます」
「だが、子爵は娘を……」
「ええ」
「………………待て。子爵は、どこに娘を売った?」
「隣国の商会にでございます、陛下」
「それはどこだ」
「隣国のバスティーユ商会でございます」
「バスティーユ……。大きな商会の名だ。だが、人身売買などする商会ではない……」
「当然、そうでございますな」
「では、娘を売ったというのは」
「あちらもまた優秀な娘を欲しておりました。バスティーユ商会長が、ご子息の妻を求めておられたので、娘は売りました」
「それは!!」
バスティーユ次期商会長に、子爵の娘が嫁いだ。
ただ、それだけのこと。
「まさか、子爵の屋敷の家財、亡き夫人の遺した物を買い取ったというのは……」
「縁がありましたので。娘が嫁いだ先のバスティーユ商会にすべて売り払いました。……今頃、嫁いだ我が娘が、すべてをきちんと管理していることでしょう」
「子爵ッ!!」
国王は、子爵が『娘を売った』という口で、ただ隣国へ逃したのだということを理解した。
王女の我儘から始まるだろう、地獄のようなこの先の未来から、娘だけを逃がしたのだ。
亡き夫人の形見や、思い入れのある品とともに。
「わかっているのか」
「…………」
「それは王家に盾突くような真似だと」
「…………」
「たとえ、娘が隣国に逃れたとしても、子爵はこの場に残っている。残った貴様がどうなっても」
「それが」
静かに。
国王の言葉を遮るように、子爵は告げた。
「父親というものでございましょう」
「…………!」
国王は子爵の言葉を受けて、何も言えなくなる。
その身が犠牲になったとしても娘の幸せを願う。
それが子爵の覚悟だった。
一人で国に残り、王と対峙しながら、それでも。
「陛下、もう……」
宰相が国王に言葉をかけ、首を横に振る。
そうすると、国王はガクリと肩を落として、玉座に深く沈みこんだ。
「……わかった。子爵の、爵位返上を認める……」
「ありがたき幸せにございます、陛下」
「………………子爵も、いや、元子爵も、隣国へ渡るのか」
「はい、陛下。幸い、娘と次期商会長の仲は良好でございますので。あちらも快く迎えてくれるとのこと。しばらく世話になろうと考えております」
「そうか……」
「……子爵領は、これより王領になります。王女殿下にかつての我が領地を与えることも、殿下が愛する者と過ごされることにも、否はありません。ですが、領地の運営に優秀な者を王宮から派遣していただきたく。どうか、領民の、王国の民に、陛下の慈悲が行き渡りますよう、お願い申し上げます」
「…………わかった。…………達者でな」
「は……」
こうして子爵家の爵位は返上され、子爵領は王領になった。
その後、王女は、かつての子爵家に婿入りする予定だった男と結ばれることになる。
だが、その関係はあれよあれよという間に破綻してしまった。
不貞関係こそが彼らの情熱を燃え上がらせていたのだ。
すべてを押しつけるつもりの相手であった子爵令嬢がいなくなり、王家の監視下に置かれた不自由な生活の中で、彼らの思惑通りの生活はできず、言い争うことが多くなっていく。
しかし、いくら関係性が破綻しても、彼らが離縁することは許されなかった。
一貴族家を爵位返上まで追いやった王女の我儘と、それを許容し、助長させる国王の振る舞いに国内貴族が反発したのだ。
結局、この件をきっかけにして国王は、真っ当な判断力のある王太子に譲位することになる。
それが王国貴族たちの総意だった。
そうして、隣国では。
「お父様、また新しい仕事ですか」
「ははは! いやぁ、この年にして新しい挑戦の毎日だ。なんとも楽しい、楽しい!」
「……もう。私よりこちらの生活を気に入ってらっしゃるんだもの」
かつての子爵家親子は、新しい環境を充実して過ごしている。
「なぁ」
「なんです、お父様」
「今、お前は幸せか?」
元子爵は、愛する娘に問う。
「もちろんです!」
彼の愛した娘は、もう商人らしくなった大らかな笑顔でそう答えたのだった。




