新しい日々
どうやって運命の相手を探すのか。その方法をリョウはひびきに話していない。ひびきから聞かれたときも、わからないとごまかしていた。
自分の未来がわかってしまうなんて、これほどつまらないことがあるだろうか。この先何が起こるかわからない。そんな気持ちがあるからこそ、人は不安になったり、逆に期待したりできるのではないだろうか。
そう思ったので、リョウは寿命の神と出会った時のことを一部省略してひびきに話した。もし運命の相手が見つかっても、なんとかひびきが気づかないようにできないだろうか。そう思っていた。
リョウがここまで気を使うのは、ひびきのためではない。誰にしろ、リョウにとっては初対面で、これが運命の相手だと言われても何の感情も起こらない。ただ、リョウは自分の運命が途切れたことでがっかりしていた。ひびきという平凡な高校生が自分の運命の相手だったということも、いささかがっかりだ。もう一人の運命の相手を見て、ひびきががっかりすることもあり得るだろう。それなら、最初から何も知らない方がいい。そう思ったのだ。
悪いのは誰なんだろう。あの寿命の神か。あの日、バイクに乗った自分か。そんなことを考えてみても、誰を責めても、自分はもう死んでいるのだ。誰も自分を振り返らない。ひびきと並んで歩きながら、リョウはそんなことを考えていた。
ひびきは時々左隣を見た。目が合うとリョウは写真のように笑ってくれる。ひびきの話にうんうんとあいづちを打ってくれるし、よく冗談を言ってひびきを笑わせたり、テレビの撮影の裏話をしてくれたりする。アイドル誌に載っていた少年の素顔そのままだ。ひびきはそう思い、舞い上がっていた。やさしいリョウ。かっこいいリョウ。おもしろいリョウ。すべてひびきのものだった。ずっと一緒にいるのに、ずっと楽しい。運命の相手って、やっぱりこんな人なんだわ。そう思った。このままでいい。もう一人の運命の相手なんていらない。リョウが隣にいてくれればいい。ひびきの毎日は楽しく過ぎていった。
四月、桜が咲き誇り、ひびきは二年生になった。クラス替えも行われたが、幸い麻里と同じクラスになった。
リョウが生前撮っていたドラマは三月で終了し、四月からの番組改編で、リョウの姿はブラウン管から完全に消えた。が、リョウがすぐそばにいる今のひびきにとって、テレビなど必要なかった。リョウは相変わらず笑っているように見え、四月も終わりにさしかかったころ、リョウの表情が変わり始めたことにもひびきは気づかなかった。
「この前撮ったクラス写真できたって」
クラス委員が配る写真をひびきは何気なく見ていた。
「ちょっと、何これ」
クラスメートの一人が騒ぎ出した。
「森山さんの横。なんか写ってる」
ひびきはギクリとした。リョウが写真に写ることは予測していた。それで考えて、ひびきの左隣の子と重なるようにして写ったのだ。リョウの顔や体はそれでなんとかごまかせていたのだが、リョウの手がその子の体からはみ出していたのだった。
「なにこれー」
「いやだぁ、気持ち悪ーい」
口々に皆騒ぎ出した。
「森山さん、なんかあったんじゃない?」
「お祓い、してもらった方がいいよ」
ひびきはどういう顔をしていいのかわからずに黙っていた。
「なんだよ、みんな。それじゃ、森山さんのせいみたいじゃないか」
教室の後ろの方から大きな太い声がした。安藤一真だった。
「心霊写真なんて、理由がないことが多いんだぜ。光の加減とか、写し方とか」
自信たっぷりに言う安藤の方を皆見ていた。
「それにもし本物だったら、テレビとかに出したら話題になるかもしれないぞ」
安藤の言い方があまりにも明るく、おどけた様子だったので、それまで騒いでいた女子たちの表情も和んだ。
「そうよそうよ。ひびき、インタビューとかされたらどうする?」
麻里が安藤の話をひきついで目を輝かせた。教室の空気が、張りつめたものからざわざわとしたいつもの雰囲気に変わっていくのをリョウはぼんやりと感じていた。
その日、ひびきは一度もリョウの方を見なかった。左を見ても、リョウと目を合わせないように気を使った。リョウの方もひびきのそんな様子に気づいてか、一言もしゃべらなかった。隣には誰もいない。ひびきはそう念じながら一日を終えた。
家に帰ってからも、リョウになんとなく声をかけづらかったひびきは、そのまま夕食をすませ、お風呂に入った。
気持ち悪い。リョウは昼間ひびきのクラスメートが言った言葉を思い出していた。気持ち悪い?あんなに女の子たちに囲まれてたこの俺が?子役の時から皆にかわいがられて、愛されてきたこの俺が?学校も行けなくて、友達と遊びたいのも我慢して、ドラマのセリフを覚えたり、ダンスの練習をしたりしてがんばってたこの俺が?気持ち悪い?
次の瞬間、リョウは目隠しのタオルをはずしていた。お風呂の水面に浮いた白いタオルにひびきは気づいて、リョウの顔を見た。
「な、なに?どうしたの?リョウ」
そのタオルで胸を隠しながら、ひびきは声をあげた。リョウは何も答えなかった。
部屋に戻ってからも、リョウは怒ったような顔をして黙っていた。こんなリョウを見るのは初めてだった。快活でよくしゃべるいつものアイドルとはまるで別人だった。
「どうしたの?どうしてタオル、はずしたの?」
ひびきは思いきって聞いてみた。
「‥俺、何やってんだろうと思ってさぁ」
意外にもリョウは淡々と話し始めた。
「写真に写って、気持ち悪いって言われて、こんな所でタオルで目隠しして、何やってんだろ、ほんと」
なげやりなその口調にひびきの胸は痛んだ。リョウがここにこうして今いるのは、もとはといえば自分のせいなのだ。自分が隣にいてくれと頼んだばかりに、リョウは気持ち悪いと言われ、普通の人が見るはずのないであろう自分の死んだ後の世の中を見ることになってしまったのだ。今までリョウのことなど、リョウの気持ちなど一度も考えなかった。リョウはいつも笑っていたので、ひびきと同じ気持ちでいるとばかり思っていたのだった。
「もう、消えることってできないの?」
ひびきはおそるおそる聞いた。
「え?」
「今から神様に頼んで、消えることはできないの?」
リョウは驚いた顔をしてひびきを見ていた。
「私、もういいから。もう一人の運命の人なんて探さなくていいから」
リョウが辛そうだ。リョウが笑っていないのは嫌だ。そう思いながらひびきはその言葉を発したのだった。
「ね、今から神様に‥」
ひびきのその言葉をさえぎるようにリョウが大声をあげた。
「なんだよ、それ」
リョウの髪が怒りで震えていた。聞いたことのないリョウの大声にひびきは息を飲んだ。
「なんだよ、自分が隣にいてくれって言ったくせに、いまさらどういうつもりだよ!気持ち悪いって言われたからか?」
ひびきは首を横に振るのがやっとだった。ひびきは怖さで震えていた。
「じゃあ、なんで今日、俺の方を見なかったんだよ。俺と目を合わせなかったんだ。だいたい、勝手なんだよ。いてくれって言ったり、見えないふりしたり。俺のこと邪魔になったんだろ。お前のためになんか来た俺がバカだったよ!」
「だから、‥だから今から消えてって‥」
ひびきは涙声でとぎれとぎれに言った。涙があふれそうなその目にも、リョウの怒った顔ははっきりと見えていた。と、その時、
「‥姉ちゃん、誰かいるの?」
隣の部屋にいたたかしがひびきの声を聞いてノックしてきた。ひびきは急いで涙をふいて、
「なんでもない」
とドアに向かって答えた。