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現れたアイドル

「あ、俺の写真がある。あ、CDも」

 高村リョウはひびきの部屋をぐるぐると見回していた。テレビで見たのと同じだ、とひびきは思った。陽気でよくしゃべる。かっこいいが、なんとなくひょうきんで、二枚目半的なイメージで売れていたアイドルは、実際会ってみてもそのままだった。

「もしかして、ファンだったんだ、俺の。うれしいねぇ」

ニコニコしながらリョウはベッドに腰をおろした。ひびきには今の状況がまだよくわからなかった。なぜ、高村リョウがここにいるのだろう。笑いながらしゃべっている。死んだはずではなかったのか。あまりの悲しみに幻覚を見ているのか。

「ねぇねぇ、森山ひびきちゃんだろ?」

名前を呼ばれて、ひびきははっとした。

「どうして」

「え?」

「どうして私の名前を知ってるの?あなた本当に高村リョウなの?どうしてここにいるの?だってテレビで死んだって。お葬式もすんだって。‥さっきどうして私は、あなたを、あなたの体を‥」

「まぁまぁ、ちょっと落ち着いて」

せきを切ったように話すひびきをイスにすわらせて、リョウは話し始めた。

「これから、説明するよ」


 彼の名前は高村リョウ。まぎれもなくあのアイドルだ。彼はバイクを運転中、カーブを曲がりそこねて転倒。気がついたら雲のような白いものの上に立っていた。下を見下ろすと、たくさんの女の子が泣いている。自分の両親も。テレビカメラをかかえた人たちが何人も右往左往している。たくさんの花に囲まれた写真。その顔が自分だと気づいたとき、後ろから肩をたたく人がいた。

「誰だと思う?」

あいかわらずリョウは笑顔だ。ひびきの方が死人のような顔をしている。リョウの問いにひびきは首をかしげた。

 振り向くと長いひげの老人が立っていた。リョウが誰だと聞くと、自分は寿命の神だと言う。

「神様?」

ひびきは目を丸くした。

「そう、信じらんないだろ。でもホントなんだな、これが」

 寿命の神はリョウに謝り始めた。本当に申し訳ない。これは私の手違いだ。君はまだ生きるはずだった。すまないことをした。リョウは驚いた。そこでさっきの写真の意味が理解できた。あれは自分の葬式だったのだ。

「たまにあるんだってさ。こういう手違いが」

「そんな‥」

ひびきの目が潤んだ。

「ちょっと、まだ続きがあるんだから」

リョウはあわてて話を続けた。

 人間は誰でも、将来結ばれるべき相手が決まっている。寿命の神はリョウにこんなことを言い出した。

「それと俺の死と、何の関係があるんだよ」

陽気なアイドルもさすがにふさぎこんでいた。寿命の神はまだ申し訳なさそうに続けた。

 たまにこういう手違いがある。一生独身で過ごす人がいるのは、最初からそういう運命か、またはこういう手違いで運命の相手が先に死んでしまったかのどちらかだ、と。

「今までこういう時には私もそれなりの対策は考えてきた」

「対策?」

「そうだ。お前さんにも運命の相手がいたのだ。ところがこの事故でその子の未来は変わってしまう」

寿命の神はリョウに土下座した。

「頼む。これから私の言うことをきいてくれ。お願いだ」

「ち、ちょっと。何だよ、いきなり」

 リョウと結ばれるはずだった子は森山ひびき。現在16歳。彼女は将来テレビ局に勤めることになり、そこでリョウと出会うはずだった。

「なにそれ!ほんとなの?」

 ひびきはリョウの話に目を輝かせた。リョウは手でまぁまぁ、というしぐさをして続けた。

「ところが俺が手違いで死んでしまった。ということは、君は一生独身でいることになる」

「そんな‥」

 そこで寿命の神はリョウにこんなことを言い出した。

「こういう時のために、一生独身という運命の者がいる。その中から、お前さんの代わりを探してきてほしいのだ」

リョウにはよく意味がわからなかった。不思議そうにしていると、寿命の神はまた続けた。

「お前さんは今から森山ひびきのところへ行って、そのもう一人の運命の相手を探す手伝いをしてきてほしいのだ。お前さんは実体がないから人間の目には見えないが、森山ひびきには見える。事情を説明して一緒に探してもらえないだろうか」

自分の代わり。森山ひびきという子と結婚するはずだった自分の代わり。それを探す?なんとなく意味はわかったが、リョウは森山ひびきなどという女の子は知らない。そんな見ず知らずの子のために自分がどうしてそんなことをしなければならないのだろう。また、そんなことができるのだろうか。人の人生をそんなに簡単に変えることができるのだろうか。変えてもいいのだろうか。

 考えこんでいるリョウを見て、寿命の神はあわててつけ加えた。

「いや、お前さんが行ってくれるならの話だ。実を言うと、これまで行ってくれた者はなかった。ほとんどの者が運命の相手を知らない場合が多かった。そんな知らない者のために骨をおるなど馬鹿げとる。相手を知っていた者も、自分の愛した者が他の人間のものになるなど嫌だと言う。それに、死んだ自分がまた出て行っては悲しみを増すだけだ」

 はぁっと神はため息をついて言った。

「お前さんを生き返らせることができれば一番いいのだが。手違いとはいえ、もう起きてしまったことだ。私に時間は戻せない。お前さんの体はもう‥」

寿命の神の言葉が終わらないうちに、リョウは神の白い衣の襟をつかんでいた。

「だいたいなぁ、あんたあっさりしすぎてんだよ。あんたにとっては大勢の中の一人の運命かもしれないけど、俺にとってはたった一度の人生だったんだ。それを、手違いだって?何が手違いだよ!」

息をついてリョウはその手を放した。

「俺は行かない。誰があんたの尻ぬぐいなんかするもんか」

神は襟を正して、もう一度土下座した。

「本当にすまない。お前さんには何度謝ってもすむことではない。だが、私のためではない。森山ひびきという子は何も知らないのだ。彼女には何の罪もないのだ。彼女の未来はお前さん次第なのだ。私のためではない‥」


「それで、どうするの?」

そこまで聞いたひびきは、固い表情のリョウに尋ねた。リョウは顔を作り直すように笑って言った。

「君はもちろん、一生独身なんて嫌だろ?」

「そりゃ、幸せな結婚を夢見てないこともないわ」

うん、とうなずいてリョウは明るく言った。

「というわけで、俺は君の運命の相手探しに協力する。ただし、期限は一年。一年間俺は君の隣接霊(りんせつれい)になる」

「隣接霊?」

「そ、俺はまだ正式に死んだわけじゃないから背後霊ってわけにはいかないんだ。んで、君の隣につくというわけ」

霊がつく、というと気味が悪いが、なんせあのアイドルなのだ。

「一年たっても見つからなかったら?」

ひびきが不安そうに聞いた。

「んー、そん時は、一生独身ってことかな。あ、でも大丈夫。絶対見つけてやるから。俺にまかせて」

自信たっぷりに言うリョウにひびきはまだ不安そうな顔で聞く。

「違うってば。その時、リョウ、あ、いや、あなたはどうなるの?」

「あ、俺?俺は消えちゃうだろうな。だからけっこう無責任なんだけどさ。見つかっても見つかんなくても結局いなくなるんだからさ」

そうだった。高村リョウは死んだのだった。ひびきは改めて気づいた。アイドルのリョウ。ずっと会いたいと思っていた。そのリョウが今、目の前で笑って話している。もし自分が今「一生独身でもいい」と言えば、リョウはもう消えてしまう。たとえ一年でも、たとえ幽霊でも、リョウが自分のそばにいてくれるなら。

 ひびきの思考は短絡的に結びついた。

「いて。隣にいて」

「ち、ちょっと待てよ」

リョウは驚いた。まさか自分の話をこれほど簡単に信じてもらえるとは思っていなかったのだ。

「なぁ、俺が言うのもなんなんだけどさ。俺の話、信じるの?」

「どうして?」

「だって、運命の相手とか、隣接霊とか、とっぴな話だと思わない?」

ひびきは少し考えたが、真面目な顔で答えた。

「だって、あなたがいるじゃない」

「え?」

「だって、あなた、笑ってるじゃない。私には見えてるんだもの。見えるものを信じられないなんて言えるわけないじゃない」

ひびきの不思議な迫力にリョウは圧されていた。なんなんだ、この子。でもまぁ、信じてくれた方が、こっちもやりやすいか。

 リョウは思い直してひびきにうなずいた。

「OK。契約成立。それじゃ隣に行くから」

座っていたベッドからリョウが動くとすうっと引かれるようにひびきの左隣に来た。イスからひびきが立ち上がると、肩の高さは10センチほど違う。リョウの顔を見るには、ほんの少し見上げる格好になる。じっと見ているひびきにリョウはウインクしてみせた。

「よろしく。ひびきちゃん」

ひびきは真っ赤になってうつむいた。






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