……上がっていく?
「どうしたの中村さん。少し顔が赤いけど」
「別に大丈夫ですよ。それよりももうそろそろ頂上ですよ」
優が葵を意識して顔を赤くしていることに気づいた葵だが、優はそれを知られたくなかったので誤魔化す。
頂上の景色は壮観で、下を歩いている人間がまるで人形のように見える。
「来る」
頂上の景色を数秒間堪能すると、ジェットコースターは落下モーションに入る。
フワッという浮遊感と同時にどんどん勢いを増すジェットコースター。
優の体にたくさんのGと風が襲い掛かる。
「「「きゃぁー」」」
みんなで叫びながらジェットコースターは落ちていく。
目の前では安全バーが上がっていく。
……上がっていく?
しっかり安全バーがされていなかったのか、優の安全バーが完全に外れる。
突然のことに優はパニックに陥る。
このままだと飛ばされる。
優は命の危機を感じ、思いっきり葵の手を握り締める。
痛みを感じた葵は優の方を見ると、葵も血相を変える。
「中村さんっ」
葵は力強く優を自分の方へと抱き寄せる。
「おい、ヤバいだろ」
「中村さんっ」
後ろに座っている瞳も実乃里も優の緊急事態に気づき、悲鳴を上げている。
「怖い怖い怖い怖い怖い」
「大丈夫よ中村さん。私がしっかり抱きとめてるから」
あまりの恐怖に優は泣き叫ぶ。
こんなスリルはジェットコースターに求めていない。
葵は優を絶対に離さないようにゴリラにも負けないぐらいの力で抱きしめる。
ここで手放したら優が死ぬことが分かっているから葵も優も必死で抱きしめ、しがみつく。
一体どのくらいの時間が経ったのだろう。
時間にすれば一、二分だったが、命の危機を感じていた優からするとあまりにも長い時間だった。
その後、恐怖のジェットコースターは終わりゆっくりと発着場へと向かう。
「ごめんなさい……楠先輩。私のせいで服を汚してしまって」
「そんなことはどうでも良いのよ。でも本当に良かった~中村さんが無事で。本当に良かった」
優はずっと泣き叫んでいたせいで顔がぐちゃぐちゃで、葵の服を涙や鼻水で汚してしまったことを謝罪する。
葵は優の涙や鼻水で汚れたことは全く気にしておらず、優が無事だったことを目を潤ませながら喜んでいた。
「よくやったな葵。よく中村さんを離さなかった」
「私……中村さんが飛んで行ったらと思うと……怖くて……」
「大丈夫だ実乃里。中村さんはちゃんと生きてる」
後ろに座っていた瞳も実乃里も気が気ではなかったらしく、実乃里は涙を流しながら優が生きていることを喜び、瞳はそんな実乃里を抱き寄せている。
みんなの言うとおり、もしどこかに飛ばされていたら優の命はなかったかもしれない。
そう思うと本当に九死に一生を得た。
その後、発着場に着くと係委員が慌てながら駆け寄ってくる。
「これは一体どういう……」
「すみません。ここの責任者を呼んでもらえますか。楠葵の名前を出せばすぐに来てくれると思います。それと一旦ジェットコースターを止めてください。走行中に安全バーが機能せず上がりました。整備不良、もしくは人為的にミスかもしれません」
ジェットコースターを降りた後、葵は怒りを抑えながら係員に指示を出す。
「は、はい。分かりました」
葵に気圧された係員が急いで乗り終わったジェットコースターを止め、責任者を呼びに行く。
初めて怒っている葵を見て、怒られていない優まで気圧される。
体が無意識に震えるほど、本能的な恐怖を感じる。
すぐ後ろでは瞳と実乃里が葵を見守っていた。
「ここの責任者の佐々木です。葵お嬢様、部下から聞きました。本日は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
四十代ぐらいの中年の男性、多分胸がないから男性だろう、が葵に対して深々と頭を下げて謝罪する。
「別に私に対しての謝罪はいらないです。あなたならこの事態がどれほど危険なことだったか分かるでしょ。もし安全バーが外れて人が飛ばされたら最悪死んでいてもおかしくはありません。そうなっていたら謝罪だけでは済まないことぐらい佐々木さんになら分かるでしょ」
「お嬢様のおっしゃる通り、謝罪だけではすみません」
「亡くなった人の未来を閉ざすだけではなく、遺族も悲しみます。それに楠グループやこの遊園地に対して不買運動が起こったらここで働いていた従業員も路頭に迷うことになります。それがグループ全体に広がると、さらに路頭が迷う人が増えます。良いですか、まずはなぜこのようなことが起こったのか原因を究明してください。それが設備不良だった場合、いつもどのような設備をしていたのか、その設備は誰がやり誰が指示を出していたのかを聞くこと。もし人為的ミスの場合、誰がこのようなミスをしたのか、その指導係や上司はその人にどのように指導をしていたのか確認してください。今日一日はその原因究明に時間を使い、またこのような事件が起こらないようにどうするべきか対策案を考え、お客様に対しては今日は終日乗れないことを丁寧に説明し謝罪するようお願いします」
「分かりました。本当にこの度は申し訳ございませんでした」
葵は責任者の佐々木に次々と指示を出し、佐々木は今回のことを重く受け止めており深々かと平謝りを続ける。
テキパキと指示する葵を見て、まるでここの経営者に見えた。




