9
翌日。
ピンポーン、とチャイムが鳴った瞬間、一誠はドアを開けた。
そこに立ってたのは、相変わらず間延びした表情の凪。
その足元には、控えめに置かれたダンボール2箱だけ。
「……お前、これだけか?」
「うん」
凪はコクンと頷くと、すっと片方の箱を軽々と持ち上げて家の中に入っていく。
そのまま、もう一箱も器用に持ち直し、結局自分で全部運び込んだ。
「……手伝う気失せるわ」
一誠が苦笑いしつつ言うと、凪はふわりと微笑む。
「必要ない、でしょ?」
「まあな」
居間にダンボールを並べて、一誠は中を覗き込んだ。
一つ目の箱には、きっちり畳まれた服が少しと、下着が数枚。
もう一つの箱には、ゴツめの調理器具と、何やら物騒な武器類と、その手入れ道具。
「お前なぁ……」
一誠は呆れ半分、感心半分で凪を見る。
「少なくねぇ?普通、もっと色々あるだろ」
凪は少し首を傾げて、穏やかに言った。
「必要ない、から」
「は?」
「いつ死ぬか分からない、仕事だった、から。ものを増やすの、嫌だったの」
その言葉に、一誠は一瞬だけ黙る。
確かに、凪は軍の総帥だった。最前線に立ってた人間だ。
命の保証なんか、最初から無かった。
「だから、服は最低限だけ。あともう少し古いのとか壊れかけのは、無理やり使ってたけど……こっち来る前に捨てた」
凪は淡々と説明しながら、ダンボールの中の調理器具を撫でた。
「……こっちだけ、趣味だったから、ちゃんと揃えた」
一誠は溜め息をついて、凪の頭をポンと叩いた。
「お前なぁ……そんなんじゃ生活できねーだろ」
「ん?」
「よし、決まり。明日は買い物行くぞ」
「……買い物?」
「ああ、服とか、日用品とか。ちゃんと増やしてけ。もう死ぬ覚悟しなくていい生活なんだからよ」
凪は少し目を丸くして、一誠を見つめたあと、ふわりと笑った。
「……んー。ありがと。甘え、させてもらう」
「最初からそのつもりだろーが」
一誠がニヤリと笑い、凪は照れたように視線を逸らす。
「明日、よろしくね」
「おう、任せとけ。お前が人間らしい生活できるよう、しっかり揃えてやるからな」