5
辞表を出す時、凪は妙に静かだった。
あのふわふわした喋り方のまま、上司――直属の司令官――にだけ、ひっそりと辞職の話を切り出した。
「……すみません。私、もう人間、じゃないかもしれないから」
司令官は驚いた顔をしたが、凪の穏やかな表情と、どうしようもない事情を察して、それ以上は聞かなかった。
軍の人間は、時に異形に関わる。
だからこそ、凪が「辞める」と言った理由も察せるのだろう。
「……わかった。何も聞かない。すまんな」
「ん、ありがと」
そのまま、何事もなかったかのように手続きを進めた。
騒ぎにはならなかった。
凪ほどの有能が辞めるのに、噂ひとつ立たないのは不自然かもしれないが、そこは軍内部の忖度ってやつだ。
無事、退役。
それでも、凪の顔は晴れなかった。
夜。
一誠の部屋、畳にぺたりと座った凪が、ぼんやりと口を開く。
「……これから、どうしよっか」
「は?」
「軍、辞めたし。私、もう……多分、普通じゃないし」
ぽつりぽつりと語る凪は、やはりどこか掴めない。
穏やかで、でも距離がある。
自分でも自分をどう扱っていいのか、まだ分からないんだろう。
「だから、一誠。もう、私に構わなくていいよ。迷惑、かけるし」
凪のその一言に、一誠の顔色が変わった。
「おい、ふざけんな」
怒気を含んだ声に、凪が目を見開く。
「……一誠?」
「迷惑? 誰がそんなこと言った? ふざけんな。お前、何年の付き合いだと思ってんだ」
一誠は床を蹴って、凪の目の前に座り込む。
「お前がどんな姿だろうが、何と混ざってようが、凪は凪だろ。俺の親友に変わりねぇよ」
「でも、私――」
「黙れ。勝手に自分の価値決めんな。お前がいなくなったら俺が迷惑なんだよ」
その言葉に、凪の目が揺れた。
ふわふわと笑うばかりだった彼が、珍しく黙り込む。
「お前、自分で言ったろ? 最後に俺と話せてよかった、って。あの時、俺どんな気持ちだったと思ってんだよ」
「……」
「今さら置いてく気なら、ぶん殴るぞ」
冗談とも本気ともつかない言葉に、凪は肩を震わせた。
だが、笑ったのは穏やかに――どこか、昔の凪に近いものだった。
「ん……やっぱり、一誠、怒るんだね」
「あたりめぇだ」
「そっか。ふふ……じゃあ、迷惑、かけるね」
一誠は黙って頷いた。