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「……あ」
微かな声がして、目の前の氷室がゆっくりとまぶたを開けた。
深い灰色の瞳に、濁りはない。
昨日までの、あの霧がかったような虚ろさも消えてる。
だが、なんつーか……中身が違うのは、一発で分かった。
「……おはよう、かな。ふふ……」
ふわりと、氷室が微笑む。
その表情が、妙に穏やかで、柔らかくて、……らしくない。
「凪……か?」
そう問いかけると、氷室はのんびりと首を傾げた。
「うん。氷室凪、だよ。ちゃんと、私」
「私?」
思わず聞き返したが、氷室はまた、ふわりと微笑む。
「んー……そういう、気分なんだ」
相変わらず、0.9倍速どころか、さらにのんびりとした喋り方。
けど、昨日までのぼんやりした感覚はもうないらしい。
目ははっきりしてる。
本人も、何が起きたか理解してるようだった。
「……統合、終わった。もう、ぐちゃぐちゃじゃない」
そう言って、氷室はベッドの上で体を起こす。
仕草はゆっくりだが、ふらつきはない。
本当に、完全に落ち着いたんだろう。
「喋り方、そのままなんだな」
「これが、今の私。いや、俺?」
自分でもどっちが正しいのか曖昧らしい。
だが、本人はそれを楽しんでるように見えた。
肩の力が抜けて、リラックスしてる氷室なんて、初めて見る。
「ふふ……心配、してた? 一誠」
名前を呼ばれて、少しだけむず痒さがこみ上げる。
普段の氷室なら、そんな風に呼び方を変えるなんてありえなかった。
「ま、そりゃ心配もするだろ……お前、死ぬかもしれねぇとか言ってたんだぞ」
「うん、ごめんね」
軽い謝罪と共に、氷室はまた、ふわっと笑う。
あの冷徹で、隙のない軍の総帥の面影は……確かにもう半分くらい消えてる気がした。
だが、俺の目の前のコイツは、間違いなく氷室だ。
「……まぁ、いいか。無事なら」
「うん、無事」
氷室はのんびりと、そう繰り返した。
その声を聞いて、俺もようやく肩の力を抜いた。