6話 魔導ライフルの覚醒
牢の奥、闇のように沈む空気が突然ざわついた。
黒い靄がゆっくりと渦を巻き、そこから滑るように一人の影が姿を現す。黒衣の男――その装束と威圧感から、ただの信者でないことは明らかだった。黒衣の中でも上位、いや、指導者格――リーダーだ。
「オルドー……やはり、あの銃は応えたか」
低く抑えた声が、石の壁に吸い込まれるように響いた。
「《ランデル式三型》。魔導技術の失われた時代に生まれた、異端の兵装。造られた数はごくわずか、そのすべてが所有者と共に消えた……君を除いてはな」
オルドーは黙っていた。だが、その目にはかすかな怒りが宿る。
黒衣の男は、まるで友人に語りかけるように言葉を続けた。
「成長する銃――馬鹿げた話に聞こえるだろう? だが《三型》は応えるのだ。持ち主の執念に、記憶に、戦いに……」
彼はオルドーを見下ろすように静かに言った。
「1審――あれは、我々が《ランデル式三型》の状態を確認するために用意した“場”だった。形式だけの裁判であり、我々の目的は、銃に“成長”の兆しがあるか否か、それだけだった。そして結果は……見事だった。銃は応えた。眠っていた力が目覚め、主を護ろうとした。ならば、我々にこれ以上関与する理由はない」
黒衣の声に、敵意も後悔もない。ただ淡々と、事実だけが語られる。
「2審――あれは我々の意図ではない。もともと無罪で幕を引くはずだった。だが、警備隊長と教団、それぞれの利害が交錯し、愚かな工作を行った。証拠は捏造され、裁判は私怨に染まった。黒衣は関与していない」
彼はふっと口元に笑みを浮かべた。
「だが、結果的にそれすら終わる。教団が他国と結託した侵略の尖兵であることは、すでに王都が掴んだ。2審の判決はすでに無効とされ、関係した貴族も含めて全員が粛清されるだろう。君の名誉は正式に回復され、銃もまた、正しく戦場に戻る」
黒衣の男は、目の奥にわずかな光を宿しながら言った。
黒衣の男は、宙からオルドーの魔導ライフル《ランデル式三型》を手に取った。
「……この銃に、最後の鍵を渡そう」
そう呟くと、男は宙を指先で撫でた。空間が歪み、紅蓮の光が漏れ、拳ほどの大きさの魔石が、ふわりと出現した。深紅に燃えるその魔石は、まるで生き物の心臓のように脈を打っていた。
黒衣の男は、迷いなく魔石をライフルの核心部に押し当てる。
黒と赤、二つの光が渦巻きながら交錯し、まるで意思を持つようにライフルの内部へと吸い込まれていく。
しばしの静寂のあと、魔導ライフルはまばゆい白銀の光を放ち、静かに落ち着いた光を取り戻した。
「これは、黒衣からの詫びだ。
《ランデル式三型》……覚醒済みだ」
ライフルを両手で掲げ、黒衣の男は慎重にそれをオルドーの前に差し出す。
オルドーが手に取った瞬間、銃はかつてのように、否、それ以上にしっくりと馴染んだ。力強いが、扱える。大きすぎず、だが確かに“重さ”を増している。まるで、長年連れ添った相棒が、ようやく真の力を明かしたかのようだった。
「なるほどな……こいつも、ようやく腹を括ったか」
オルドーの唇がゆるみ、深く静かな笑みが浮かんだ。
立ち上がると、壁にかけられたコートを羽織り、銃を背に担ぐ。
「魔獣が街で暴れているんだろう。……仕事をしにいくぞ」
まるで誰に問うでもなく、誰に命じられるでもなく。
老猟師の足取りは、ひどく静かで、ひどく確かなものだった。