2話 灰色の審判――跳弾という名の罪
控訴が即日受理されたことを伝える記事は、ラグドレア日報の三面の下段に小さく掲載されただけだった。
それも、見出しすらない地味な扱い。
だが、そこには確かに記されていた。
「王都方面より巡回高等裁判所、第二審を管轄予定。裁判長はカロル・ネストス氏」
多くの市民は気にも留めなかった。
第一審のあの判決、そして記録された命令書、保存された証人証言。
すべてが明白だった。
誰がどう考えても、無罪以外の結論はありえない、と。
だが、何かがおかしかった。
裁判の通知が届いた数日後。
ギルド関係者が提出した証言書は、理由もなく却下された。
証人申請された者たちは、「公序保持上の問題」として却下された。
さらには、市民が撮影していた魔獣討伐時の記録水晶も、「編集の可能性あり」として証拠採用されなかった。
「これは……最初から結果が決まってる裁判だ」
ギルドの古参書記が、歯噛みしながらつぶやいた。
* * *
そして半年後――
判決は、予告なしに、静かに告げられた。
その日、空は不吉なほどに灰色に曇っていた。
雨も雪も降らない。ただ、雲が重たく都市の上に垂れ込めていた。
風はなかったが、人々の間には言葉にならない寒気が流れていた。
誰もが無罪だと信じていた。
だが、法廷の扉が開かれた瞬間、その希望は凍りつく。
壇上に座る、漆黒の法服に金の襟章を纏った裁判長――
カロル・ネストス。
その目は、まるで何も見ていないような冷たさを宿していた。
「被告、オルドー・ガレス
被告オルドー・ガレスに対し、以下の罪状を認定する」
その声は冷たく、感情の欠片すら含まなかった。
第一、市街地における魔導兵器の危険な使用。
第二、警備隊命令の誤認および職権越権による発砲行為。
第三、跳弾による警備隊装備の損壊。
第四、市民に対する危険を生じさせた重大な過失行為。
「以上を踏まえ、有罪とする」
法槌の音が打ち下ろされる。
乾いた音が、聴衆の胸に杭のように打ち込まれた。
誰もが、一瞬耳を疑った。
だが、次に裁判官が発した言葉が、それを現実に引き戻した。
「魔導銃の所持許可は永久剥奪、ギルド認証の停止。執行猶予なしの拘束処分とする」
沈黙。
誰も声を上げなかった。
いや、上げることができなかった。
その場の空気は、もはや“法律”ではなく、“力”によって支配されていた。
後にして思えば、それは“法の顔をした暴力”だった。
老ハンター、オルドーは何も言わなかった。
ただ、静かに法廷の天井を見上げていた。
その瞳に、怒りも悔しさも浮かばない。
そこにあったのは――静かな覚悟だった。
「なるほど……そうくるか」
小さなつぶやきは、誰にも聞こえなかった。
だが、ただひとつ確かなことがあった。
この判決は、何かを終わらせるのではなく、何かを始めてしまったということ。
ギルド本館の旗は、その日、半分だけ降ろされた。
“喪に服す”という意味ではなく、“抗議”として。