回想編:《黒衣との接触》
数多の魔獣を討ち、数多の命を救い、オルドーは青年期を迎える頃には“北の砲眼”と呼ばれるようになった。
その夜、山は不自然に静かだった。
風が止み、獣の声も、木々のざわめきも聞こえない。まるで“何か”がこの森の空気を止めたような感覚。
オルドーは小高い丘で監視任務に就いていた。
ギルドからの依頼で、最近不可解な“魔物の消失”が相次ぐ地帯の調査だったが、痕跡があまりに不自然だった。
魔獣の足跡は途中で途切れ、魔素反応は微かに“人為的”な痕を残していた。
やがて、彼の眼前に“それ”は現れた。
黒ずくめのローブ、銀の縁取り。顔を仮面で覆い、足音すら立てずに近づいてくる存在。
複数人。すべて同じ装束。言葉もなく、ただ静かに、狩り場を歩いていた。
「……獲物を追ってるんじゃないな。痕跡を消してる……?」
木陰に身を潜めながら、オルドーは“観察者”の眼で分析した。
あの連中は狩人ではない。戦士でもない。
だが、彼の本能は警告していた――あれは、己と同じ“殺しの業”を身に宿す者たちだと。
彼は銃に手をかけたが、撃たなかった。
その場で戦う意味がなかったのではない。
彼には、わかったのだ。
――撃った瞬間、返しが来る。しかも“速い”。
そのとき、黒衣の一人がゆっくりと振り返った。
仮面越しの視線が、まっすぐにオルドーの潜伏場所を見抜いている。
距離は50メルド。十分に射程内。だが、男は撃たなかった。
代わりに、黒衣は指先で“口元に手を当てる”しぐさをした。――「黙っていろ」とでも言うように。
そのまま、一行は音もなく闇へと消えた。
残されたオルドーは、ただひとり、風の戻った森で立ち尽くしていた。
「黒衣の……秩序」
ギルドでも噂には聞いていた。
“公安直属の裏部隊”、もしくは“王都の影”。
国家秩序を保つという建前のもとで、動機も素性も不明な工作を行う者たち。
彼らが魔物の死体を持ち去る理由はわからない。
だが、ただの隠蔽ではない。
そこには“実験”か、“兵器利用”か、あるいは……もっと恐ろしい意図があるように思えた。
その夜から、オルドーの狩猟記録には「不可解な魔獣の消失」が増え始めた。
報告すれど、ギルドの上層は“触れるな”と黙殺。
公安直属の件には手出し無用という通達が、まるで王国全体に圧をかけているようだった。
「……なるほどな。見逃されたんじゃない。“黙認”されたのか」
あの時、黒衣たちは撃てば即応できたはずだ。
だが撃たなかった――オルドーを「使える目」として観察していたのではないか。
それとも、父の銃を手にしていた彼を、“知っていた”のか。
それから数年後、オルドーのもとに公安から「特定銃使用の再審査」なる通知が届いた。
その一文に記されていたのは、かつて父が使い、オルドーが継いだあの銃――《ランデル式三型》の名だった。
「……やっぱり見られてたか。あの時からずっと、な」
オルドーは仰ぐ。
あの夜の仮面の視線を思い出す。
戦っていない。だが、静かに“選別”は始まっていたのだ。
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