回想編:オルドー少年ハンターになる
――雪が降っていた。冷たさで肌が切れそうな朝だった。
オルドーがはじめて“命の匂い”を嗅いだのは、八つの歳の冬。
北辺の村、タムルの端にある粗末な木小屋。その裏に、小さな獲物が横たわっていた。
父が仕留めたのは、凍えた灰色の山犬。片耳が裂け、片目が潰れていた。
「これが、お前の“はじめての授業”だ。見るんだ、オルドー」
父・ジグルドは、村でも名の知られた狩人だった。寡黙で厳しく、酒を飲んでは滅多に笑わぬ男。
けれど、獲物を前にした時だけは、どこか遠くを見るような目をしていた。
その日、父はオルドーに解体のやり方を教えた。
小さな体では、皮一枚めくるのもやっとだった。だが、指の感覚だけは今でも覚えている。
温かかった。血の匂い。骨のきしみ。毛皮のぬめり。
「命を奪うなら、無駄にするな。どの骨も、どの筋も、すべて使い切れ。
ハンターとは、“生かしきる者”のことを言うんだ」
その晩、獣肉のスープが煮えた。
大鍋に浮かぶ脂を見つめながら、オルドーは震える手で器を持った。
一口飲んだとき、胸の奥に何かが灯った気がした。冷たい雪の中に、確かに灯った火のようなもの。
それが、“誇り”という言葉の意味を、彼が初めて知った瞬間だった。
* * *
やがて十の歳。父とともに初めて山に入った夜。
風が唸るなか、巨大な猪に囲まれた。恐怖に膝が抜けそうになったオルドーを、父は背に庇いながらこう言った。
「撃て。怖いならなおさら撃て。震えてる手で撃ち抜けるようになって、初めてお前はハンターだ」
オルドーは泣きながら、父の渡した“短銃”を構えた。
そして、撃った。
銃声が木霊し、野獣が倒れたとき、父は初めて、息子の肩に手を置いて言った。
「……ハンターになったな」
その後まもなく、父は別の狩りの遠征で命を落とした。
遺されたのは、ひとつの魔導銃と、血に染まった猟師服。
その日から、オルドーはひとりで山に入るようになった。
父の背中を追いながら、誰よりも静かに、誰よりも確かに獲物を追う目を手に入れた。
彼にとって狩りは、仕事ではなかった。誇りであり、祈りであり、約束だったのだ。
父が残した“誓い”――「命を奪う者は、生かすことに責任を持て」。
それが彼の人生の軸となった。
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