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異世界恋愛短編

元恋人が届けた、断りたい縁談

作者: 待鳥園子

「どうか、お願いします。ソフィ様。こちらの書状を受け取って、お読みください」


「いいえ……お断りします。どうか、その書状をお持ちになって……そのままお帰りください。なんと言われましても、私は誰にも嫁ぐつもりはありません」


 ああ。数日ほど前から、何度も何度も飽きもせずに繰り返されるこの会話!


 けれど、いい加減に終わりにしたいと思って居るのは、どうやらその縁談を持ち込まれた私だけのようだ。


 隣国である帝国よりの使者である彼は、何を考えているかわからない無表情で、私へと同じような文言を繰り返すだけ。


 美しい銀色の髪に、透き通る青の瞳。人形のようにやたらと顔が整っている美形の使者は、広い領土と大きな権力を持ち栄えている帝国をそのものを思い起こさせて洗練されて優雅だ。


 彼の名はジョサイア・オラージュ。


 主君であるクラシャン帝国の第二皇子様より、私への縁談……つまり、自分と結婚しないかという求婚の内容が書かれた手紙を持って私の元にまで来たのだ。


 私への縁談は本来であれば、お父様……つまり、シュトルム辺境伯が、どうするという判断も含め直接対応するところだ。


 けれど、シュトルム辺境伯家はシャッテン王国の貴族で、私の縁談の使者を送り込んだクラシャン帝国は他国、つまり身分は上だとしても権力の因果関係がない。


 たとえ、帝国の王族たる皇子様からの縁談だとしても、私たちは属する国が違うのだ。


 五番目の子で三番目の娘であり、政略結婚をする必要もない今、私に送られた異国の皇子様からの縁談に、お父様は『お前の好きにしろ』と仰った。


 つまり、判断を私自身に丸投げされた状態だった。


 そして、大きなクラシャン帝国の二番目の皇子様からすると、これが五番目の皇子妃選びになる。


 しかも、二番目だとしても、兄皇帝にはまだ成人した子どもが居ない。


 皇弟であり皇太子である彼には後宮があり、属国からも美姫たちが集められていると聞く。これから私が嫁いだとしても、私の産んだ子が皇位を継ぐ可能性は低い。


 父も私の属するシャッテン王国としても、将来両国の火種となる可能性とならないならば、これを受けても受けなくても、別にどちらでも構わないと言いたいのだ。


 だから、こうして私は何度も何度も、その書状を受け取るのを断っているんだけど……。


「ソフィ様。どうか、お願いします。書状を受け取って頂かねば、私は国に帰れません」


「それは、そちらの事情でしょう? 私は絶対に、受け取りません……失礼します!」


 きっぱりと言い切って靴音も高らかに、私は使者としてやって来たジョサイアを振り切った。


 彼だってそんな私を追いかけるのも仕事だ。受け取り拒否されても、主からの私への書状を受け取って欲しいと、お願いして食い下がるのも。


 それは、頭ではわかっていた。


 ……けれど、私はこの縁談は絶対に、受けたくはない。ある個人的な理由から。


 だから、ジョサイアには申し訳ないけれど、断るしかない。


 シュトルム辺境伯家の居城は、元々は国境を守る砦を増改築を繰り返した建物をそのまま城にしたので、ぱっと見は普通の城なのだけれど、迷路のような道筋になっている部分もある。


 初見だと入口付近で迷ってしまう人も多い。


 なので、そんな『迷路城』で生まれ育った私には、構造を良く知らない誰かを撒くことなんて、お手の物なのだ。


 ジョサイアは長い足を使い最初は追いかけていたはずだけど、先々入り組んだ通路を行く私を見失ってしまったのか、背後を何度か確認しても彼は付いて来ていない。


 ジョサイアがそこに居ないことを確認して、ホッと安心するところだけど、少しだけ寂しくなった。私が居なくなって彼は困っているだろうとも。


 いけない。


 けど……私は絶対に、ジョサイアに同情なんてしないわ。


「ソフィ。お疲れ様。書状くらい受け取ってあげれば良いのに」


「そうよそうよ。彼だって書状を届けなければ帰れないって言っているし、別に良いでしょ。縁談の書かれた書状くらい、受け取ってあげたって」


 そのまま近道をして中庭を突っ切ろうとした私に、楽しそうな声が聞こえてきた。


「……マデリンお姉様。リディアお姉様。言ったでしょう。あれは、死んでも受け取りたくないの……もし、使者が彼以外だったら、受け取ってあげなくもないわ。ええ。そうね。受け取るだけならね」


 結婚もしてすでに家を出ているのに、実家であるここへ示し合わせて帰って来ていた二人の姉は、大きく開けたバルコニーで優雅にお茶会をしていたようだ。


 私の言葉に姉たちは顔を見合わせて楽しそうにけらけらと笑うと、二人揃って仏頂面で不機嫌な妹を見た。


「まあまあ……可哀想だわ。皇子の使者という大事な役目を、無事に果たせなかったらジョサイアはどうなるの?」


「良くて降格……悪くて、もしかして、解雇になってしまうのかしら。なんだか、可哀想……若くして皇子から信頼を得るなんて、とっても大変だったでしょうね。それが、この使者の役目のせいで、何もかもおしまいよ!」


 そんなわかりきったことを、嬉しそうに語る姉二人。


 私の姉二人は美しく知的と国内でも有名で、高位貴族との結婚だって早々に決まったものだった。


 シュトルム辺境伯家で将来の行き先が決まっていないのは、一人だけ姉たちとは違い平凡な顔立ちで出来の悪い私だけ。


 ええ。ええ。わかってますよ。私だってそのくらい。


 ……だから、私だって良い人との縁談があれば、受けたいと思って居た。


「ジョサイアは断ることだって、出来たはずよ。届けるのが私だって、わかっていたら……」


 そうよ……なんで、ジョサイアはそれを断らなかったの? 断ろうと思えば、出来たはずだ。帝国には彼と同じ立場の人間だって、たくさん居るはずなんだから。


「そうよね」


「ひどいわよね」


「信じられないわ」


「わざわざ、傷つけに遠方から来たのかしら」


 にやにやと笑う姉二人。


 末妹である私の今の状況がとても面白いことになっているので、揶揄い甲斐がありすぎて楽し過ぎると顔に大きく書いてある。


「姉様たち。いい加減にしてよっ……」


「「元恋人が主君の縁談の使者として、やって来るなんてねー!」」


 声を合わせてまたけらけらと楽しそうに笑い出した姉二人に、眉を寄せた私は両手をぎゅっと握りしめ、黙ったままで踵を返した。




◇◆◇




 私ソフィ・シュトルムは、シュトルム辺境伯家の五人兄弟の末子として産まれた。


 両親仲や兄弟仲は、良好だ。気安い家族として遠慮なく揶揄われる時はあるけれど、意地悪はされていない。兄も姉も遅くに出来た妹を、とても可愛がってくれた。


 兄二人は既に既婚者だし、姉二人だって結婚して家を出ている。


 ……けれど、私には婚約者が居ない。


 何故かというと、政略を目的とする結婚なら既に上の兄姉たちが済ませているし、私には丁度良い身分の頃合いの相手が居なかったということもある。


 それに父も母も五番目で歳の離れた末娘には何も期待していなかったし、政略結婚などの必要もなく、自分の好きに生きれば良いくらいに思っていたようだった。


 将来を勝手に決められていないという面では、貴族令嬢だというのにとても恵まれていたかもしれない。兄や姉たちは幸い愛せる伴侶を得たようだけど、私は愛せない人と婚姻させられることもない。


 だから、私は幼い頃に王都にある貴族学校に通いたいと、両親へお願いをした。


 両親はあまり良い顔はしなかったけれど、五番目の子であったことも、兄姉が彼らの望むような進路へ進んで居ることもあり、私の好きにさせてくれた。


 そして、十の頃に入学した貴族学校には、女の子は少なかった。


 誰しも、貴族令嬢にそこまでの学問は必要ないと思って居るし、婚約者を得て結婚することになれば、卒業を待たずに学校から居なくなる。


 そんな中で変わり者の私のように、勉学に集中している子は少なかった。


 勉強することについては好きだったし、幸い進路を何処でも良いと言われていたから、そのまま学問を究め研究者になるのも悪くないと思えた。


 そこに、隣国からの留学生ジョサイアは現れた。


 ジョサイアは、転校して来た時から、一際目立つ存在だった。美麗な容姿に優秀な成績、それに隣国だとしても高い地位にある父を持っているから、きっと帝国に帰れば出世なども確定だよ……と。


 ひそひそと囁かれる噂話にも、無表情を保つ彼は特に反応しなかった。


 クラスも違う彼と私との接点は、放課後の図書室での勉強。貴族学校だから、社交を重視している子は多く、放課後勉強を頑張ろうという子は少なかった。


 図書室で二人きりになることもあったし、集中しすぎて気が付けば、彼が私の隣で勉強していたこともあった。


「……あの、良かったら、ここ教えて貰える?」


「え! え……うん。良いよ」


 彼はほとんどの科目で主席だったけれど、当然のように数年前から住みだしたシャッテン王国の歴史には疎い。私は細かい背景を説明して、彼は興味深くそれを聞いていた。


「あの……どう? 説明……わかりにくくなかった?」


「ううん。すごくわかりやすかった。ありがとう」


 お礼を言ってにっこり微笑んだジョサイアの笑顔を見たその時、私の心は彼に奪われてしまったのだと思う。


 私たちはそれから、放課後の図書室で仲を深め、いつしか『付き合って欲しい』とジョサイアから切り出された。


 そして、私が何も言えずに頷くと『クラシャン帝国で必ず地位を築いて、ソフィを迎えに来ます。それまで、待って居てくれませんか?』と告げられた。


 私はそれを聞いた時、不思議に思った。だって、ジョサイアはここからもうすぐ居なくなってしまうような口振りだったからだ。


 そして、話を聞けば何故私にこうして告白して来たかと言うと、もうそろそろ帰国せねばならないから、私にどうしても言いたかったとのこと。


 それから私たちはジョサイアの帰国までの二月間、とても仲良く過ごした。だから、別れる時もまったく不安がなかったと言えば嘘になるけれど、笑顔で手を振って別れた。


 ……そんなジョサイアから別れの手紙が届いたのは、半年後のことだった。



◇◆◇



 結婚まで考えていた相手から手紙一通で別れを告げられるというつらすぎる失恋に傷心した私は、このシュトルム辺境伯領に戻り、父の望むような相手と結婚しようと思って居た。


 そこに、突然訪れた自分の主君からだと『縁談』を持って来た使者がジョサイアだったなんて……神様は私のことが嫌いなの?


「ええ……わかってますよ……貴方以外の誰かと、いつか結婚しないといけないことは……」


 ひとりごちた私は高い位置から、夕暮れの光の中、城をうろうろと探し回るジョサイアを見下ろしていた。


 彼から書状を受け取ることから逃げ出した私のことを、探しているのだろう。けれど、自分が私に縁談を届けるという残酷な行為に、とても同情は出来ない。


 こうして彼の姿を見れば、心が浮き立つ……あんなに傷つけられた今だって、私はジョサイアのことがとても好きなのだ。


 第二皇子からの書状を受け取れば、ジョサイアは帰ってしまう……いいえ。いけない。


 私は何がしたいんだろう。


 本当に彼のことが好きなら……こんな風に困らせるべきではない。書状を受け取り、第二皇子との縁談に応えることは出来ないと……そう彼に伝えるべきなのだ。


 ジョサイアのことが、今でも好き。けれど、こんなにも辛い想いにさせる彼を罰したい気持ちもある。


 私は貴方のことが好きなのに、それなのに、どうして別の人との縁談を持って来たりするの!? って。


 別れてしまった今では、そんな言葉は困らせてしまうだけだった。


「もう……逃げ回るのは、やめなきゃ。だよね」


 どんな状況でも学生ではない、大人になった彼に会えたのは嬉しかった。私宛の縁談を持って来たけれど、それは彼の仕事だし……もう、彼をここには留めておくべきではないと思う。


 そう決意した私は近道を通って、ジョサイアが居た近くの扉から出た。


 見失って途方に暮れていたジョサイアは、突然現れた私に驚いているようだ。


「……ソフィ」


 こうして近くで見ても、嫌になってしまうくらい容姿が良い。


 私だって別に容姿だけで好きになる訳ではないけれど、四角四面な性格で真面目なところも優しいところも、全部ひっくるめて彼のことが好きだった。


 もう、終わりにしなきゃ。


 ……私は別れの手紙を受け取ってから、返事を返せていなかった。


「ジョサイア。逃げ回っていて、ごめんなさい。貴方が持って来た、第二皇子からの書状を受け取るわ」


 私は彼の事が好き。困らせたい訳ではない。別れているけれど、大事な人だもの。


「あの……ソフィ。これは……」


「良いの! 気にしないで。私はちゃんとわかっているわ。ジョサイア」


 そう言い切って、私は彼の目をまっすぐ見た。


 なんだか……何かを言いたげな彼を見れば、今でも、別れた気がしない。すぐに寄り添えそうなくらいの気持ちが、湧いてしまった。


 ……いけない。別れを告げた女に親しげにされるなんて、気持ち悪いと思われても仕方ないわ。


「ソフィ……」


 悲しそうな表情のジョサイアに、私ははっとした。


 もう彼をこの役目から解放したくて私はここまで来たのに、何をしようとしたのかしら。


「……ごめんなさい。けど、受け取りたくない気持ちもわかるでしょう? 私はジョサイアのことが、好きなの! 別れを告げられた今でもね。けれど、貴方の仕事の邪魔をしたい訳ではないわ……さあ。それを渡して」


 ジョサイアの持っていた、仰々しい書状を指さした。女好きで有名な、第二皇子からの書状。書かれているのは、私への縁談。


 隣国で第二皇子の腹心として働くジョサイアは、私にこれを持って来るために、シュトルム辺境伯領にまで来たはず。


「……ソフィ。君が知りたかったことは、ここにすべて書かれているはずだ」


 そう言ってジョサイアは、私に立派な書筒に入れられた書状を手渡した。その時に、私の手をぎゅっと握って目を合わせた。


 え……何?


 別れた恋人である私のことなんて、どうでも良いはず……でしょう?


「ジョサイア?」


「僕は今晩は、宿に泊まるよ。もし、殿下に返事があるのならば、それを受け取って僕はクラシャン帝国へと帰る」


 ジョサイアは私の目をじっと見つめながら、そう言った。何かを伝えたがっている……? 何なの?


「……ええ」


 私は彼の気迫に押されるように頷き、書状を胸に抱いた。


 ジョサイアはほっと安心したように息をつき、使者としての挨拶を述べた後で踵を返した。



◇◆◇



「え? 結局受け取ったの?」


 私はそれからすぐに夕食に呼ばれ、家族と共に食事を取っていた。お父様とお母様は、私たちとは離れ、何かこそこそと話しているようだ。


 同席しているマデリンお姉様とリディアお姉様は、私が元恋人ジョサイアから逃げ回っていた癖に書状をようやく受け取ったと聞き、つまらなそうな表情を浮かべていた。


「ええ。受け取ったわよ」


 使者からの書状を受け取って不満げな顔をされるなんて、本当に意味がわからない。


「なーんだ。ソフィとあの子の追いかけっこは、もう終わりなのね。つまらない」


「本当よ。私ももっと、二人のじゃれ合いを楽しみたかったわ」


「何言ってるの。お姉様たち。早く受け取ってあげなさいって言っていたのは、二人の方でしょう」


 私の色恋沙汰がそんなにも面白かったのかと姉二人を睨めば、彼女たちは目を合わせて悪気ない様子で肩を竦めていた。


「だって……ねえ?」


「ええ。ソフィは結局、あの書状を読んだの? クラシャン帝国第二皇子から、どんな条件で後宮入りしろって?」


「まだ読んでないわ。だって、さっき受け取ったばかりだもの」


 私は先ほどジョサイアから受け取った手紙を、彼女たち二人に見せた。


「まあ……条件くらいは、確認しても良くない?」


「そうよ。縁談を断るにしても受け入れるにしても、条件は大事よ。どうするの?」


「もちろん。断るわよ……私を妻にと望むなら、色々と調べは終わっているはず。それなのに、使者にジョサイアを選ぶなんて、第二皇子殿下の人間性が知れているもの」


 あれほどの大きな帝国が、皇族に嫁入りする貴族令嬢の経歴などを調べない訳がない。私に起こったこれまでの出来事なんて、丸裸になってしまうほどに調べられているだろう。


「ねえ。ソフィ。書状を見てみましょうよ。私たちも吟味してあげるから」


「そうよそうよ。一回妻になれば、人生数回遊べるくらいのお金が貰えるなら考えてあげても良いじゃない?」


 楽しそうな二人の姉は、私の後ろへと回り、左右の肩に手を置くと書状を開くようにと促した。


 元恋人が持って来た縁談の書状なんて、一人で見たいものでもないから、私は黙ったままで書筒からどこからどう見ても高価な丸まった紙を取り出した。


「まあ、仰々しい挨拶ね……いかにもクラシャン帝国って、感じだわ」


「けど、字は綺麗よね」


 私が紙を伸ばすと、二人の姉たちは一斉に茶々を入れ始めた。


「もう……二人とも、静かにしてってば」


 そんな二人は私の背後から手紙を覗き込み、どんな条件の縁談なのと、面白がっている空気がやがて冷えていった。


「……?」


 私より先に読み進んでいる二人の姉は、私の肩を持つ手が強くなっていった。


 なになに? 私への宛名と、季節の挨拶。そうよね。公の使者が持って来る正式な書状だものね……。


 今回、私の書状の使者としたジョサイアは、自分の幼馴染みであり大事な存在で?


 へー……そうなんだ。知らなかった。彼の学生時代の優秀な成績を見れば、第二皇子に腹心とされるほどの人になってもおかしくないと思って居たから、そういう繋がりがあると知らなかったわ。


 え。


 ……ジョサイアが私との別れを選んだのも、私を守るためだった……ですって?


 第二皇子である自分には、後ろ盾は心許なく、それでも兄に子どもが出来ぬ以上は、皇位継承権は常に第一位。常に暗殺の危険性があった。


 ジョサイアは自分の家族を持つことを諦め、第二皇子を守るために尽くしてくれたと書かれていた。


 ……今は皇妃にも子が生まれ、側室も何人か子どもが出来ている。やがて、成人すれば皇太子は自分ではなくなる。


 もうこれで、政治などに興味のない女癖の悪い放蕩者を、演じる必要性はなくなった。


 第二皇子の腹心であったジョサイアも異国からの妻だろうが、今では誰でも結婚出来るから、彼との結婚を考えて欲しい……?


「え……?」


 嘘でしょう?


「ねえ」


「ええ」


 呆然としてしまった私の後ろで二人の姉がうなずき合い、何かをわかり合っていた。


「これ……これって……」


「嘘でしょう。これって、まさかの逆転大勝利だわ。大失恋したから、様子を見てやって欲しいとお父様に頼まれていたけれど、これで必要はなくなったわね」


「えっ……お姉様たち、ここに帰って来たのって、もしかして……」


 私が帰って来てから、長いこと居ると思って居たけど、お父様にそんなことを頼まれていたの!?


 私の疑問なんてどうでも良いと言わんばかりに、二人は目を輝かせて語っていた。


「そうよ。あの使者、なんて言っていた? ソフィへの縁談を持って来たと言っていたわね。もしかして縁談って、元恋人との縁談を第二皇子が仲介したということなの?」


「彼がその内容を明かすことなんて、出来る訳がないわよね。だって、主君から預かった書状よ。内容を先んじて相手に話すなんて……」


「「キャー!! 失恋してないわ!! 良かった!! ソフィ!!」」


 私は声を合わせた二人の姉に背中を何度も叩かれて、我に返った。え? 夢ではないわよね。だって、この書状は目の前にあるもの。


「え? ……え? 私って、これからどうすべき?」


「「早く会いに行きなさいよ!!」」


 わかっていたけれど、聞いてしまった。それはそう。


 これを持って来たジョサイアは、私と『どうしようもない理由で別れてしまったけれど、やり直したい』を伝えるために、ここに来たし何度も受け取らないと伝えても帰らなかったんだ!


「早く早く……もう、服も化粧も良いわよ。気持ちが大事よ!」


「馬車を用意なさい! すぐに街で一番大きな宿屋に行くのよ!」


 二人の姉に促されて、私は馬車に乗せられた。慌てて窓の外を見ても、二人は微笑んで手を振っていた。喜んで妹の門出を送り出す姉の姿。


 ええええええ。どういうこと、まだ……まだ状況が理解出来ない。


 私……私……これから、ジョサイアと何を話すの? 話したら良いの?


 混乱したままで私は宿屋に着いた。なんとそこには、ジョサイアが立っていた。夜の大通り中、一人で立ち尽くす彼は目立っていた。


「ジョサイア……どうして」


「あれを読めば、ここに来てくれるかなって思って居た……ずっと、待ってた」


 ジョサイアは馬車から降りた私のことを、嬉しそうな表情で抱きしめた。懐かしい匂いだ。もう二度と触れることもないと思って居た。


 ……だって、ジョサイアが、私に別れを告げたから。


「……私……私、もう二度と会えないと思ってた……あんな、あんな手紙で、もう……二度と会えないんだって……そう思って……」


「うん。ごめん……」


「ひどいよ。ジョサイア。私はすごく好きだったのに」


「ごめん」


 私はジョサイアの胸に顔を埋めて泣いた。彼から別れの手紙を貰った私の様子は、本当にひどいものだった。


 理由もわからなくて、何が悪かったのだと自分を責めた。


 食事も取れず夜も眠れず、先生たちも家族に心配して手紙まで書いた。あまりにも悲しくて心がぺしゃんこに潰されてしまって、元通りになんて戻るはずないって思って居た。


 だから、私は自分から、このシュトルム辺境伯領に帰ることを選んだ。


「……どうして、何も説明してくれなかったの?」


 少しでも事態がわかれば、私だってあんなに悲しむこともなかったのに。


「あの時は、危険だった。僕の恋人だとわかれば、攫われるかもしれないくらいに事態は逼迫(ひっぱく)していた。別れることで君を守ったつもりだった。本当にごめん……ソフィは何も悪くないのに」


「ひどいよ……ひどい……けど」


 どうしようもない立場に立たされたジョサイアが私に別れを告げ、そして、それを哀れに思った第二皇子が取りなしの書状を……? 今ならそれも、理解出来るけど……!


「ごめん。ソフィ。君を諦めることが出来なくて、ごめん」


 諦めるって何。


 彼を諦めたのは、私だった。ジョサイアから別れの手紙をもらったからって、彼に会いに行くことだって、出来たはずなのに……。


「ううん。もう良い……これから、一緒に居てくれるなら、もう何でも良い……」


 そうか……ジョサイアには、理由があったんだ。


 別れの手紙をもらった時、私はその可能性を必死で打ち消した。彼が別れたいと言っているのに、何を変な希望を持って……と。


「ジョサイア……もう何処にもいかないで。ずっと傍に居て……」


「うん。ごめん」


 泣きながらかたく抱き合った私たちは街の皆に囲まれ、領主である辺境伯一家も全員見物に紛れていたのは、また別の話。


Fin






どうも、お読み頂きありがとうございました。

もし良かったら最後に評価お願いします。


待鳥園子

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