第47話 偽りと真実
怪力巨人の極太の腕は、街路の石畳を叩き割り、粉塵を巻き上げる。
手応えがないことを不審に思ったのか、首を傾げるようなしぐさを見せた。
「大丈夫かい?」
声を掛けられ、私は自分が生きていることを実感した。
私は、誰かの肩に担ぎ上げられていた。
怪力巨人の腕が直撃する寸前で助けられたようだった。
声の主は、女性だと思う。
彼女は数回、街路を蹴り上げて軽やかに跳ね上がると、大きく後ろへと後退していた。
「ベイン、この子を頼むよ」
肩に担ぎ上げられていた私は、多少手荒く街路に下ろされた。
そのため、お尻をしたたかに街路に打ち付ける羽目になった。
「おいおい、ロゼリアンナ。お前、ひとりでやる気か?」
「当り前でしょう?怪力巨人一匹くらいあたし一人で十分でしょう?」
「たまには、俺たちにも回せよ」
「他にも魔物が入ってきたら、好きにしなよ。こいつはあたしがやるって決めたんだから、手出し不要だよ」
私は、身を起こしながら見上げた。
私を担ぎ上げて助けてくれたのは、やはり女性だった。
細身ではあるものの、出るところは出ていて、腰はキュッと締まっていて細く、抜群のプロポーションを誇っていた。
私を軽々と担ぎ上げることができるような人には見えない。
けれど、よくよく見れば、肌を露出している腕などは筋肉質で力強い印象を受けた。
女性にしては、かなりの高身長のように見える。
彼女は、紫色の髪を頭の後ろで一つに束ねていた。
勝気で力強さの中に優しさを含んだような印象を受ける切れ長の瞳。
そして、余裕の笑みを浮かべている様が、ものすごく印象に残った。
自分よりも倍以上もの巨体を持つ魔物を前にしても一切動じない度胸を持った人のようだった。
あれ?この人……どこかで見たことあるような気がする。
そうだわ。
この人って、前に騎士団が魔物退治に出発する際の行軍を見ていた女性で、男の人に役立たずの冒険者とか言われていた人だと気づいた。
「ちっ……しょうがね~な。俺たちは、とりあえず我慢してやるよ。その代わり、他の魔物は俺たちにやらせてくれよな、ロゼリアンナ」
長身の紫髪の女性に比べると、かなり背が低い男の人が不満そうに声を掛けた。
二人の身長差は激しい。
この男の人は、私よりも頭二つ分ほど背が低いようだった。
男の人は、紫髪の女性の仲間なのかしら?
こう言ったらあれだけれど、ちょっと悪党面をした男の人だった。
左頬から鼻の頭を通って右頬までに、何かに引き裂かれたような古い傷跡があった。
ガミガミ声と口の悪さも相まって、私的には最悪な印象を受けた。
「ずいぶんと聞き分けが良くなったじゃない、ベイン」
振り返りながら紫色の瞳で、背の低い男を見詰める女性……ロゼリアンナさんでいいのよね?
男の人は、彼女のことをそう呼んでいたから。
「うるせ~よ。怪力巨人なんてさっさと殺しちまえよ、ロゼリアンナ」
ベインと呼ばれた背の低い男は、気に入らないといった様子で声を上げた。
「口先でロゼリアンナに勝てるわけないだろう?いい加減、学習しなよ。ベイン」
ベインという背の低い男の後ろにいた女性が、薄ら笑いを浮かべながら腕組して立っていた。
オレンジ色の短い髪をした女性だった。
その横にもう一人、男の人がいた。
隣の女性よりも一回りくらい体格の大きな人だった。
無口そうな印象の人だった。
「うるせー、うるせー。俺だって、たまには暴れたいんだよ」
ベインという男の人は叫んでいたけれど、背後の二人の男女はそれを無視していた。
二人の視線は、その先に向けられていた。
紫髪の女性にだ。
彼女は、かなりの軽装だった。
肌の露出がやや多い服装をしていた。
騎士団のように鎧や兜などは身に着けていない。
ましてや盾も持っていない。
あるのは、背中に背負った物だけ。
鞘のようなものを背負っている。
その中には、金属製の棒が納められている。
柄の部分だけが見えていた。
ロゼリアンナさんは、背負っていた金属の棒を右手で掴む。
ゆっくりとした動作で引き抜いた。
姿を現したのは、白銀の棒だった。
先っぽには鋭く尖ったものがくっついていた。
短い槍のようなものだった。
長さは300ミリくらいかな?
まさか、あんな短い武器で戦うつもりなのかしら?
攻撃範囲が短すぎて、攻撃が怪力巨人に届くのか怪しい。
かなり接近しないとならない。
「あれで戦うの?」
思わず私は呟いていた。
「んっ?あれがロゼリアンナの武器だからな」
背の低い男は、短い槍を右手に持った紫髪の女性を見詰めながら答えた。
「あなたたちは……冒険者?」
首を傾げながら尋ねると「ああ、そうだ。おれたちゃ、冒険者さ」と、自信満々に答えてくれた。
「あの人……強いの?」
思わず呟いた私の言葉を耳にした背の低い男は「まあ、見てなよ。お嬢ちゃん。お漏らししている場合じゃないぜ。くくく……」と不敵に笑った。
その時になって気づいた。
私は……恥ずかしいことに失禁していた。
石畳が濡れて変色している。
自分では、そんなことに気づいてもいなかった。
あまりの恥ずかしさに耐え兼ね、背の低い男……ベントさんを私は睨みつけていた。
「本当に……肝心な時に役に立たない騎士団よね。所詮は、お飾りの団長さんだから仕方ないか」
ロゼリアンナさんは、瓦礫の下に埋もれてしまい、わずかに金色の鎧の一部が見えるアルティマリア様に視線を向けながらぼやいていた。
そう言えば、前に見た時もそんなことを言っていたような気がする。
その呟きを聞いた男の人が、ロゼリアンナさんに向かって罵声を浴びせていたっけ。
それにしてもお飾りの団長さんて、どういうことなのかしら?
「お飾り……?」
「お前たち……この街の人間は、アルティマリア騎士団を最強無敵の騎士団とか持ち上げていたようだけれどな。あいつらは、ロゼリアンナが言う様にお飾りの騎士団だったのさ。実際に魔物の討伐に出て行っても戦うことはしない。安全な場所にいて見ているだけだ」
衝撃に事実だった。
それを聞かされて、すぐさま、はいそうですかと納得はできない。
「戦いもせず、戻ってきた際には、如何にも私たちが退治してきました的な装いで振舞っていただけだ。実際に戦っていたのは、あいつらだよ」
ベントさんは、巨漢と必死に戦いを繰り広げている白銀の鎧に身を包む一般の騎士たちを指さしていた。
「アルティマリア達は、この街の連中を欺いていたんだ。長年に渡ってな」
「どうして?」
「どうしてって……いろいろと都合があるのさ。最強無敵の騎士様がいるってだけで、お前たちは安心できただろう?人心掌握って奴だな。そのためには、作られた英雄が必要だったってことさ」
ベントさんの話が本当なら、私たちは騙されていたってことよね?
アルティマリア様とその騎士団がいれば、この街は絶対に安全だと私たちは思い込んでいた。
でも結果は、見るも無様な結果になった。
アルティマリア騎士団の面々は、戦うことすらなく逃げ出していった。
そして、アルティマリア様も怪力巨人に一太刀すら入れることなく、一撃で倒されてしまっていた。
私たちが信じていたものは、一体何だったのかと思ってしまう。
「騎士団の影響力を高めたかったのさ。冒険者ギルドが台頭して来て、それに焦ったんだろうな。いつかはこうなると思っていたが……それが今日だとはな……」
喉の奥で笑いを堪えているかのようだった。
彼にとっては滑稽だったのだろう。
「私たちが信じてきたものって……」
「作られたものだ。まんまと騙されていたんだよ。無敗で無敵の騎士団なんて存在しなかった。魔物と戦わずに戻ってきていたんだから、そりゃ返り血一つ受けるわけないだろう?」
訳が分からなくなった。
何を信じていいのかわからない。
アルティマリア様の強さは偽物だった。
アルティマリア騎士団の無敵で無敗という話しも嘘だった。
この街を守っていたのは、白銀の鎧に身を包んだ一般の騎士たちだった。
アルティマリア様……いえ、アルティマリアは道化だった。
それを信じてた……憧れていた……崇拝していた私達って、ただの馬鹿じゃない。
真実が見えていなかった。
いえ、見ようとしていなかったから、見えなかったのかもしれない。
疑わしい一面はちらほら見えていたけれど、それに蓋をしていたのは私達、この街の人間たち。
すごく情けなく、恥ずかしい気持ちになった。
「けれど、よく見ていろよ。俺たちゃ違う。騎士団とは違う。俺たちは誇り高き冒険者だ。あいつが……ロゼリアンナが、それを証明してくれるさ」
ベントさんは、ロゼリアンナさんを信頼しているようだった。
「なあ、そうだろう?ロゼリアンナ?」
紫髪の女性の背に問いかける。
「ふふん、強さの証明かい?節穴な目をよ~くかっぽじいて見ていな」
ロゼリアンナさんは、目の前の巨人……怪力巨人を目の当たりにしながらも減らず口を叩いていた。
楽し気に笑みを浮かべ、余裕の表情を崩していない。
右手に握った短い槍を器用にクルクルと片手だけで回していた。
「さ~て、ショータイムと行こうか」
短い槍の柄を握りしめ、ロゼリアンナさんは石畳を蹴り上げた。
一瞬、姿が消えたように見えた。
突然、素早い動きで動き出したので、視覚が追い付かなかったみたい。
怪力巨人の腹部に横一線に赤黒い筋が刻まれた。
短い槍で付けた傷痕だった。
それに気づいた怪力巨人は、自分のお腹のあたりに拳を振るう。
空を切り、手応えはない。
「ゴガッ?」
怪力巨人が、困惑とも取れる声を上げた。
背中に痛みを受けたようで身を捩っていた。
見れば、背中に赤黒い筋が刻まれている。
ロゼリアンナさんが短い槍で付けたものだろう。
「どこを見ているの?うすのろさん」
ロゼリアンナさんの声が響く。
彼女の動きは素早い。
右へ左へと不規則に動き、次の行動を予測させない。
そのためか、怪力巨人は、ちぐはぐな動きを余儀なくされていた。
頬に赤黒い筋が刻まれた後に、頬のあたりを腕で薙ぐ。
けれど、その腕は空を切るだけだった。
太腿にも赤い筋が刻まれる。
その後に太腕が太腿のそばを横切った。
これも空振りに終わった。
怪力巨人の身体に赤黒い筋が次々に刻み込まれていく。
無数の傷跡が痛々しく見える。
けれど、怪力巨人は怯む様子はない。
決定打と言えるような攻撃ではないからだ。
怪力巨人にしたら、皮膚の薄皮を裂かれた程度にしか感じていないんだと思う。
弱っている様子は見られない。
むしろ、攻撃を受けまいと激しく動き回っている。
丸太のような極太の両腕を振り回している。
手近の家にその腕が触れれば、家は壁ごと粉砕されていた。
石畳に当たれば、石畳は粉塵と化して舞い上がった。
怪力巨人は、ロゼリアンナさんの動きについていけていない。
だからこそ、ロゼリアンナさんを近づけさせないために、腕を振り回し続けていた。
「あれで、怪力巨人を倒せるんですか?」
一向に弱る気配を見せない怪力巨人を見詰めながら、私はベントさんに尋ねる。
「ロゼリアンナの悪い癖が出ているな」
ベントさんは、ぼやきを漏らした。
悪い癖とは……?いったい何のことなんだろう?
「ロゼリアンナ、遊んでいるんじゃね~よ。さっさと始末しちまえよ」
もしかして、ロゼリアンナさんは余裕で怪力巨人を翻弄しているってこと?
「歯ごたえがなくて、つまらないわ」
残念そうにロゼリアンナさんは呟いた。
動き回っていた足を止めた。
そこを狙って、怪力巨人は極太の腕を叩きつけていた。
ロゼリアンナさんは、避けるそぶりすら見せない。
そのまま直撃を受けたら潰されてしまう。
私はそう思った。
けれど、怪力巨人の振り下ろした腕は、ロゼリアンナさんには当たらず、すぐそばの石畳を砕いただけだった。
「外れた?」
私には怪力巨人が外したように見えた。
「いいや、違う。紙一重で、最小の動きで躱したんだ」
よく見れば、確かに腕が叩きつけられた場所は、ロゼリアンナさんが数瞬前まで立っていたところだった。
でも、今はほんの少し……一歩くらいか、移動した場所に立っている。
躱した動きが見えなかった。
それほどに最小の動きで移動したみたい。
その移動速度も尋常ではないと思う。
動いたようには見えなかったのだから。
「もう少し遊びたかったけれど、ベントの奴がうるさいから……決めるよ」
チラリとロゼリアンナさんが、ベントさんを一瞥していた。
「うるさくて悪かったな」と言葉を返していた。
ロゼリアンナさんは、右手に握っていた短い槍を器用に両手を使ってクルクルと回し始めた。
余裕の現れなのだろうか?
はたまた、怪力巨人を挑発する動きなのだろうか?
「来たれ、ゲイボルグ」
ロゼリアンナさんが叫ぶと同時に、クルクルと回していた短い槍の柄を右手で掴んで勢いよく横に振るった。
刹那。
短い槍の柄の部分が長く伸びた。
それは普通の槍と同じ長さへと変貌した。
まるで銛の様な姿だった。
「柄が伸びた?」
驚きの声を上げる私に「あれが、あの槍の真の姿だ。零槍ゲイボルグ」とベントさんが呟いた。
「零槍ゲイボルグ?」
聞いたことない武器の名前だった。
まあ、私が武器のことに精通しているわけがない。
名前がついているってことは、よほど名の知れた武器なのだろう程度にしかわからない。
左手を怪力巨人に突き付けるように前に突き出し、右手には『零槍ゲイボルグ』の柄を握りしめて後ろへと身体を捻って独特の構えをとっている。
何をする気なのだろうか?
ロゼリアンナさんは、真っ向から怪力巨人を睨みつけている。
身体中から赤黒い液体を垂れ流しながら、怪力巨人も負けじとロゼリアンナさんを睨み返していた。
『零槍ゲイボルグ』から何か湯気の様な……靄のようなものが立ち上っている。
それは、小さな粒となって、ポロポロと石畳の上に転がり落ちていく。
何が落ちているのかしら?
氷の粒?
不思議な現象が起きていた。
ロゼリアンナさんが構える槍から立ち上る靄が、小さな氷の粒となって落ちている。
これは一体どうしたことなの?
疑問が増すばかりだった。
二人の睨み合いは、そんなに長くは続かなかった。
先に動いたのは、怪力巨人の方だった。




