第44話 湖のほとり
「やっほ~!早い、早い」
テンション高く声を張り上げて少年は、大はしゃぎしている。
彼は、水上を自由自在に移動していた。
大きなイルカの背びれにしっかりと掴まりながら。
漆黒の髪やほんのりと日焼けした肌は、すでに水に濡れている。
時折、水から飛び上がり、イルカは大ジャンプをして見せる。
少年は驚きながらも楽しそうだった。
派手な水しぶきを上げて着水し、そのままイルカは水の中を疾走する。
湖面にイルカの背びれが見えなければ、少年が両足を広げて座り込んだ姿で湖の上を移動している異様な光景にしか見えない。
「メルティナも一緒にやろうよ。楽しいよ」
湖のほとりのしゃがみ込んでいた私のそばに、彼らが近づいて来た。
青紫色の体表をした大きなイルカ。
ぱっちりしたお目目が可愛らしく愛嬌がある。
キュィー、キュィーと鳴き声を上げていた。
そのイルカの背びれに小さな手で掴まりながら、背の上に跨っている彼は私に声を掛けてきた。
パンツ一丁で、満面の笑みを湛えて楽しそうにしている。
私のそばには、彼が脱ぎ捨てた洋服が乱雑に転がっていた。
「私は遠慮しておくわよ。下着姿でイルカに乗って遊びたい気分じゃないわ」
さすがに洋服と鎧を身に着けたまま、イルカの上に乗る気はない。
びしょ濡れになるのは間違いないので、脱ぐしかない。
周囲には誰もおらず、人目はないけれど、少年の前で自らの露わな姿を晒す気もない。
「ヴィオ君、一人で楽しんできて」
ぶっきらぼうに私は言った。
「そう……乗りたくなったら声かけて」
ヴィオ君は、イルカの背に乗ったまま、再び湖の中を楽し気に駆け回っていた。
ランドレイクの街を出た私たちは、街道を歩み、次の街を目指していた。
街道沿いには、小さな湖が点々と存在していた。
ランドレイクの街のそばにあった湖よりかは遥かに小さい湖だけれど、湖は湖。
端から端まで泳いで渡るには、それなりに体力がなければ成しえれないと思う。
それくらいの規模の湖が、いくつもあった。
そのうちの一つで、ヴィオ君は陽気に遊んでいた。
今日の日差しは、いつもより強い。
暑かったので涼みたいと言い出し、最初は湖に足を浸けて涼んでいるだけだったけれど、そのうちパンツ一丁になって湖の中に入りだした。
湖の中は、そこそこ深かった。
小魚などが泳ぎ回り、底が見えるくらい綺麗な湖だった。
湖の中には、魔物などがいる様子もない。
最終的には、イルカの召喚獣であるメイドリアンさんを呼び出して今のような状態だった。
イルカの召喚獣の背に跨って、湖の中を駆け回っている。
すごく楽しそうだった。
「子供って、無邪気でいいわよね……」
声を上げて、はしゃぎまわっているヴィオ君を私はボォ~と眺めていた。
私は、気分が塞ぎ込んだまま上がらない。
その原因は、先ほどのランドレイクの街で起きたことが原因なのは明白だった。
ロロド導師というおじいさんの魔法使いが、冒険者を魔物に作り替え、ギルドに所属している冒険者を襲ったという事件。
魔物にされてしまった冒険者を倒したのは私ではない。
ヴィオ君の召喚獣の一人であるモグリーナさんが倒してくれた。
けれど、彼女は自分が倒した魔物が元は人間であることを知り、ショックを受けたような感じだった。
私も衝撃を受けた。
人間が魔物に姿を変えられてしまうなんて、そんなことあるはずはないと思っていた。
けれど、実際に人間が魔物に姿を変えられ、ロロド導師の言いなりに操られていた。
もしも、今まで私がかかわった魔物……私自身が倒したわけではなく、ヴィオ君の召喚獣の力によって倒した魔物がすべて元は人間だったらと思ったら、尻込みしてしまう。
世の中に存在する魔物が元人間ということはありえないけれど、このようなことを経験してしまうと疑ってしまう。
私は冒険者だ。
まだまだ駆け出しの新人冒険者。
実力は皆無に等しい。
けれど、私の『冒険者証明書』……冒険者ギルドに所属する冒険者であることを示す書類には、とんでもない記録が記されている。
凶暴凶悪な魔物を何体も討伐した記録が書き込まれている。
とても新人冒険者が達成できる記録ではない。
私自身、嬉しくはない。
私の実力を示す記録ではないから。
すべてヴィオ君の召喚獣が倒した魔物の記録が、私の実績として書き込まれてしまっている。
さらに称号なんてものも貰ってしまった。
普通の人は称号なんてものはもらえない。
それなり以上の実績がなければもらえない代物だ。
私の『冒険者証明書』には、『龍殺し』、『巨漢殺し』、『小鬼殺し』、『人形破壊者』、『鬼殺し』の五つの称号が刻まれている。
どれも喉から手が出るほど欲しがる人がいる称号だけれど、私は嬉しくない。
私の実力で勝ち取ったものではないから。
こんなものが書き込まれていると、どこの街へ行ってもとんでもない凶暴で凶悪な魔物退治の依頼を冒険者ギルドからされてしまう。
私の本当の実力に見合っていない称号。
もしも、私一人になってしまったら……ヴィオ君や彼の召喚獣がいなくなってしまったら。
私は冒険者を続けられない。
いえ、実力に見合わない魔物退治を押し付けられて、瞬殺であの世行きになっていることだろう。
私は、何が何でもヴィオ君の旅について行くしかない。
助けてもらわなければ、冒険者としてやっていけないから。
非情に情けないことだと思う。
あれ?
そう言えば、私ってどうして冒険者になったんだったかしら?
確か……強い思いがあって、冒険者になるために登録したはずだったのに……。
あれは……いつだったかしら……?
冒険者になろうって決めたのは……。




