第43話 感情
「そんな馬鹿な……儂の最高傑作であるトカゲ男が冒険者などに……」
モグリーナのハンマーで滅多打ちにされて、ピクリとも動かないトカゲ男の姿を目の当たりにしながらも、信じがたいといった様子のローブの男……ロロド導師。
「次は、どんな魔物が出てくるんだい?」
右肩に白銀のハンマーを担ぎ上げて、モグリーナは仁王立ちしている。
「もう……魔物は、おらぬわ」
どうやら、打ち止めみたい。
「図体ばかりでかくて、無能な冒険者ではダメなようじゃな」
ローブの男は、独り言のように呟いた。
「あん?あたいは、冒険者じゃないんだけれどねぇ~」
自分のことを言われたと思ったみたいで、モグリーナが声を荒げた。
モグリーナは、比較的小柄な方だ。
メルティナよりも頭一つ分くらい背は小さい。
なので、図体はでかいとは言えない。
どっちかというと、おっぱいと態度はでかい。
「お前さんのことではない。そこにぶっ倒れとるトカゲ男のことを言っておるのじゃ」
モグリーナの背後で倒れ伏す全身を鱗に覆われたトカゲ男をローブの男は指を指した。
モグリーナもメルティナも僕も首を傾げ「んっ?」と唸り声を漏らしていた。
何を言っているのか、わからない。
トカゲ男を指さしながら冒険者ってどういうこと?
最強と謳っていた魔物を倒されて、思考が壊れてしまったのかな。
「何を言っているのか、さっぱりわからないんだけれど。耄碌しちまったのかい?」
「馬鹿にするでない。理解力のない、お前さんの方が馬鹿じゃわい」
フードを吹き飛ばすような勢いでロロド導師が怒鳴った。
ものすごい大きな声だった。
「ああっ?」
モグリーナの顔が怒りに歪む。
今にもローブの男に向かってハンマーを振り下ろしてしまいそうな、そんな感じだった。
「もっ……もしかして……そのトカゲ男……ダサインっていう冒険者だったとか?」
冗談めかしてメルティナが声を発した。
「ほっほぉ~、そっちの娘の方が幾分か賢いようじゃ」
灰色のフードを揺らしながら、チラリとメルティナを一瞥した。
「ええっ?じゃあ、あのトカゲ男は人間だったってこと?」
僕は驚きの声を上げていた。
どうして人間がトカゲ男なんかになれるの?
訳が分からないよ。
「そうじゃ。儂が作り出した魔物は全て、元人間なのじゃよ」
衝撃的なことを、さらっとローブの男は言った。
「人狼も、虎頭人も、トカゲ男もすべて元は人間。冒険者どもを儂が魔物に変えてやったのじゃ」
何なの、この人。
滅茶苦茶、やばい人だよ。
人間を……冒険者を魔物に変えたって、言っているよ。
でも、どうやって人間を魔物に変えたんだろう。
本当にそんなことができるんだろうか?
「法螺を吹くんじゃないよ。人間をどうやって魔物に変えるって言うんだい?そんなことできるはずがないね」
モグリーナは、真っ向から否定していた。
僕も同じ意見だ。
二足歩行という部分に関しては人間ぽいけれど、頭が狼だったり、虎だったりで人間であったという原型がなくなっている。
身体中を体毛や鱗などに覆われていて人間味はない。
「先ほど言ったじゃろう?儂の魔法で冒険者どもの身体をいじくりまわしたのじゃよ。どうすれば腕力が強くなるのか。俊敏性を上げるにはどうすればよいのか。どんな攻撃をもはじき返すにはどうすればよいのか。様々なことを考えた。その結果が、人狼であったり、虎頭人であったり、トカゲ男だったのじゃ」
「それって、魔物を生み出したっていうよりも、人間の身体を弄んだだけじゃないのかい?鬼畜野郎が!?」
今までに見たことがないような憤怒の表情で声を張り上げるモグリーナ。
「儂が作り出したものを冒険者ギルドは、魔物と称しておったぞい。故に、儂は魔物と認識しておる」
「そんなことはどうでもいい。お前みたいなのを野放しにしておくと、被害者が増える一方だ。あたいが終わらせてやる」
ハンマーを抱え上げて、身を屈めた。
「出来るかのう?お前さんは、さぞ良い魔物になりそうじゃ」
ローブの男の右手に魔力が集中していく。
集まっていく魔力の波動は相変わらず、どす黒い怨念染みたものが入り混じった不快に感じるものだった。
魔力が風船のように大きく膨らんでいくと、魔力の波動はそれに伴って邪悪さを増していった。
「遠慮しておくよ」
モグリーナは、ローブの男へと向かって一直線に疾走していく。
ローブの裾から突き出した右手が、迫るモグリーナに向けられた。
「モグリーナ、避けて。眠りの魔法が来るよ」
僕は叫んだ。
「!?」
モグリーナは、石畳を踏み割りながら、横へと身を躍らせた。
直後。
「睡眠魔法」
ロロド導師は、突き出した右手から眠りの魔法を放っていた。
灰色の煙のようなものが右手から飛び出していくのが見えた。
魔力を圧縮して眠りの魔法の濃度を極限まで高めたものを放ったみたい。
あそこまではっきりと眠りの魔法が可視化されたとなれば、どんなに魔法耐性が高い人でも喰らったら、その瞬間に意識を失って眠りこけてしまうと思う。
あんなものを放てるこのローブの男へは、下手に近づけない。
モグリーナに回避され、眠りの魔法は不発に終わる。
もしも直撃を喰らっていたら、如何に召喚獣であるモグリーナでも眠らされていた可能性が高い。
「くっ……あの小童が……」
恨めしそうに、僕の方を一瞥して呟いていた。
どうして、眠りの魔法が来ると思ったのかと問われたら。
攻撃魔法が使えないとこの人は言っていたし、これまでの会話で魔物を眠らせたり、光の魔法を使ったことを豪語していた。
だとしたら、この人が使うのは眠りの魔法しかない。
だって、この二つの魔法のことしか言っていなかったからね。
光の魔法では、モグリーナを捕獲することはできないだろう。
ダサインのように眠りの魔法で眠らせてしまえば、簡単にモグリーナを捕獲できる。
「近づいたら危険だよ」
「わかった。なら、こうするまでだねぇ~」
モグリーナは、ハンマーを大きく振りかぶった。
そして、手首のスナップを利かせて、ハンマーを投擲した。
グルグルと回転しながら、白銀のハンマーが灰色のローブ男へと迫る。
「ぬおおお……」
悲鳴を上げてのけ反るも、モグリーナのハンマーは正確無比にロロド導師のローブを捉えていた。
ハンマーは、ローブを巻き込みながら石畳へと食らいつく。
ドガンと破砕音を響かせ、石畳を砕き、圧し潰すようにローブはハンマーの下敷きになった。
「やったか?」
モグリーナの呟きが聞こえた。
「あそこを見て」
メルティナが叫ぶ。
彼女の指先は一軒の家の屋根の上を指していた。
何やら悍ましい姿の人型が佇んでいた。
存在を包み隠すように靄のようなものが身体の周りを漂っている。
その靄の隙間からは、継ぎ接ぎのような肌や獣の一部と思われるような姿が見え隠れしていた。
「見るな。儂を見るな」
声から察するにローブの男……ロロド導師だ。
あの姿は、一体何?
はっきりと全身が見えなかったけれど、身体の一部が人狼や虎頭人みたいな感じになっているように見えた。
ロロド導師と思われる人は、屋根から屋根へと飛び移り、この場から一目散に立ち去って行った。
「待ちな。逃がしはしないよ」
モグリーナは、追いすがろうとしていた。
「モグリーナ」
僕は静止の声を上げる。
追いかけようとしていたモグリーナの動きが止まった。
「あの人に、これ以上関わると危険な気がするよ」
「ちっ……そうだねぇ~。あんたを守るのが、あたいの役目だ。そいつを忘れちゃいけないねぇ~」
モグリーナは、冷静さを取り戻してくれたようだった。
逃げ去っていったロロド導師と思われる者の行く先をモグリーナは、睨み据えている。
ある程度まで逃げ去ると、ロロド導師の姿は消えた。
「まさか……あたいがぶっ倒した魔物が……元人間とはねぇ~……あまり、考えたくはないねぇ~……」
視線の先を石畳の上に倒れ伏す全身を鱗に覆われた生物に向けなおして、溜め息交じりでモグリーナは呟いた。
冒険者ギルド内に逃げ込んでいたエリエリス達ギルド職員の面々。
僕たちは、先ほどの出来事を彼女たちに話した。
ギルドマスターの死。
人狼、虎頭人、トカゲ男のこと。
もちろん、ローブの男であるロロド導師が関与していて、自ら作り上げたと言っていたことも報告した。
エリエリス達も、人間を魔物に作り替えることなどできはしないと言っていた。
でも、もしもローブの男が言っていたことが本当であるならば、あってはならないことをモグリーナはしてしまったことになる。
けれど、これは仕方がない。
そんな言葉では割り切れないけれど、戦わなければもっと多くの冒険者や街に住む人たちが危険にさらされることになっていたとも思う。
冒険者ギルドは、人狼や虎頭人、トカゲ男の遺体を詳しく調査していた。
元人間だったという事実は何も見つからなかった。
わからなかったというべきだろう。
どう調べても魔物としか言いようがなかったという。
けれど、後々新たな結果がもたらされることになる。
ギルドは、ロロド導師の自宅へと踏み入った。
その時、地下にある施設で衝撃的なものを見たという。
円筒形の筒状の物の中に、身体の所々が魔物とよく似た特徴を持った人間が入れられていたという。
何かの液体で満たされた筒状の中に保管されていたらしい。
それらは複数見つかり、ロロド導師が人間を魔物に作り替える実験をしていた証拠とされた。
生命体として生存はしていなかったということだけれど、胸糞悪いことこの上なかった。
家の中には、ロロド導師はいなかったみたい。
たまたま鉢合わせなかっただけなのか、どこかへと逃亡したのかはわからない。
けれど、地下施設の床に散らかっていた書物の類がいくつか持ち出されたような形跡があったらしい。
「この街にいられなくなって、逃亡を図ったのかもしれないねぇ~」
モグリーナの表情は、優れない。
ロロド導師をやっつけるか捕まえるかするべきだったというような、後悔と迷いに苛まれている。
「人道的観点から、許されざることとは思えません。そこで、メルティナさんに依頼したい事柄があるのですがよろしいでしょうか?」
エリエリスは、すがるような表情でメルティナを見ていた。
「嫌な予感がする」
誰にも聞こえないような小さな声をメルティナは漏らしていた。
「ロロド導師を見つけてください。あの人をこのまま放っておくわけにはいきません。また、冒険者を……人間を魔物に作り替えてしまうかもしれません。そんなことをさせるわけにはいきません。ロロド導師の捕獲をお願いしたいのです」
エリエリスの訴えはわかる。
放っておくのは、ものすごく危険な人物だと僕も思う。
だけど、メルティナにはどうあがいても手に負えない相手だ。
「ギルドマスターの仇も取りたいし……」
エリエリスは、拳を強く握りしめていた。
ギルドマスターを……日々顔を突き合わせていたであろう仲間の冒険者たちを……死に至らしめるようなことをしたロロド導師を許せない気持ちは強くあることだと思う。
でも、メルティナや僕たちにとっては、初めてこの街にやってきて、たまたま依頼を引き受けてこんな状況になった。
亡くなった冒険者やギルドマスターには悪いけれど、彼らとの繋がりは僕たちにとっては非常に薄っぺらいもので、エリエリスと同じ気持ちにはなれない。
「そう思うのなら、あんたらがやるべきだ」
モグリーナは、エリエリスに面と向かってはっきりと言い放った。
「あたいらは旅の者だ。この街のギルドマスターや殺された冒険者たちとは何の縁も所縁もない。そんな奴らのために、メルティナがなぜ動かなきゃならない?仇を取りたいと思うのならば、あんたらギルドの面々がやるべきだろう?」
「ですが……この街のギルドの人間では……実力が……」
人狼に手も足も出ないような冒険者ばかりのこのギルドの実力はたかが知れている。
あのロロド導師にも、手も足も出ないと思う。
それでも一矢報いたいという気持ちがあるのなら、自分たちの手でやるべきだろうね。
「なら実力をつければいい。本気で仇を打ちたいのなら、自分たちの手でやりな。あたい達はこれ以上は関わり合いにはなりたくないんでねぇ~」
モグリーナの心情としては、魔物と思って人狼やトカゲ男を討伐していた。
でも、それは元は人間だったものだった。
モグリーナは、人を殺したのだ。
ロロド導師にかかわるのであれば、再び彼が生み出した……いや、魔物に作り替えた人間と戦うことになりかねない。
モグリーナは、きっぱりとそれを拒否していた。
「あなたには聞いてはいません。メルティナさんにお尋ねしているのです」
モグリーナを睨みつけた後、エリエリスはメルティナに視線を向けた。
お願いします、引き受けてくださいとその視線が訴えかけていた。
メルティナは、その視線から目をそらす。
だって、メルティナにはロロド導師を捕まえるだけの実力はない。
僕たち……いや、僕の召喚獣を当てにされても、モグリーナは完全に拒否を表明している。
僕もモグリーナとは同じ意見だ。
あのローブの男には、これ以上関わるのは危険だと思う。
もしも、メルティナが引き受けるというのなら、一人で引き受けて一人で行動してもらうことになる。
ここでお別れだ。
「お願いします。メルティナさん」
エリエリスは、メルティナの手を握りしめて再度、声を上げた。
「ごめんなさい、引き受けられません」
エリエリスの手を引き剝がして、メルティナは突っぱねた。
「そんな……あなただけが頼りなんです」
それでも縋りつこうとするエリエリスをひょいっと躱して、メルティナは僕の後ろに隠れるように逃げた。
「メルティナもこう言っている。諦めな」
モグリーナは踵を返してギルドの出入り口の方へと足を進めた。
僕もモグリーナの後に続く。
一瞬、逡巡した様子だったけれど、メルティナもすぐに僕の後を追いかけるように続いた。
背後で、ドン!と床を手で叩く音が聞こえたけれど、虚しく響くだけだった。
数日後には、宝湖祭というお祭りが開催される予定だったけれど、僕たちはその前に街を出た。
お祭りを楽しむというような気分には、ならなかったからだ。
ランドレイクの街を離れ、街道を南へと向かって歩く僕たち。
「ちょっと可哀想な気がしますね」
メルティナが、ポツンと呟いた。
「そう思うなら、引き返して依頼を受けてあげたら?」
「私があのおじいさんを捕まえられると思う?」
「メルティナ一人じゃ、無理だと思うよ」
僕は、はっきりと言う。
「私だってそう思うし、あのおじいさんと関わって魔物の姿になんて変えられたくはないわよ」
メルティナは、自分の実力をしっかりと把握しているようだ。
「それに、モグリーナさんがあんなにも拒否していたから……」
先頭を無言で歩くモグリーナの背に視線を向けた。
モグリーナは、街を出てから一言もしゃべってはいない。
何かを思い詰めているような感じだった。
やはり、魔物だと思って対峙していたものが人間だったってことが尾を引いているのは明らかだった。
モグリーナの足が急に止まった。
その真後ろを歩いていた僕は、モグリーナのお尻に顔面から突っ込んでいた。
弾力のあるお尻にはじき返されて、僕はその場に尻もちをついていた。
「急に立ち止まらないでよ、モグリーナ」
「ああ……すまない、ヴィオ」
モグリーナの声のトーンは低い。
「あの……どうかしたんですか?モグリーナさん?」
メルティナが声を掛けるも、モグリーナは返事しなかった。
僕とメルティナは顔を見合わせる。
「ヴィオ。あたいを聖獣界に戻してくれるかい?」
チラリと背後を振り向いたモグリーナの表情はあまりにも思いつめたような表情をしていた。
普段のモグリーナからは考えられないほど、ギャップがあったので、面食らってしまった。
「そして、しばらく呼び出さないでもらいたい」
こんな訴えをするのは初めてだ。
魔物だと思い込んでいたとはいえ、元冒険者……元人間を手にかけてしまったことが、モグリーナを思い悩ませていることだろう。
召喚獣とはいえ、彼女には感情や心情などがある。
ただ命令に従うだけの人形じゃあない。
ちゃんと考え、各自の行動理念に基づいて行動している。
それを僕は尊重したい。
こんなにも思い詰めているモグリーナは、しばらく休ませた方がいいと僕は判断した。
「わかったよ、モグリーナ。今回もありがとうね。ゆっくりと休んで」
僕は魔力を集中させ、モグリーナの足元に光の魔法陣を浮かび上がらせる。
「我が儘言ってすまないな、ヴィオ」
光に包まれて、聖獣界に戻っていく際にモグリーナはそう言い残していた。
「モグリーナさんは、どうしちゃったのかしら?」
普段のモグリーナとのギャップがありすぎて、訳が分からなそうな表情をしているメルティナ。
「召喚獣にも、感情や考え方があるんだよ。今は、モグリーナをそっとしておいてあげるべき時なんだよ」
「何よ、わかったようなことを言って……」
メルティナは、肘で僕の頭を軽く小突いて来た。
「あんなに思い詰めているモグリーナは初めて見たよ。元気になってくれるといいんだけれど……」
「そうね……うん、そうね……」
メルティナも同意するように頷いた。




