第42話 決着
「なっ?何だ?この化け物は?」
崩れた冒険者ギルドの壁から姿を現した人物は、目の前に佇むトカゲの化け物……トカゲ男を目の当たりにして声を上げていた。
ツンツンと尖り散らした金髪を手でかき上げ、周囲を見渡していた。
この冒険者ギルドのギルドマスターだ。
ノソノソと外へと出てきた。
「ギルドマスターか」
怒りに満ちた声を灰色のローブに身を包んだ男……ロロド導師が吐き捨てるように言った。
その声に振り返り「ロロド導師?」とギルドマスターは呟いた。
「これは、一体……どういうことです?ギルド職員たちが、訳の分からないことを叫んで、怯えていましたが……」
今までこんなにも大騒ぎになっていたにもかかわらず、ギルド内から出てこなかったのは、エリエリス達ギルド職員がギルド内に逃げ込んでいったから、その彼女たちから状況報告を受けていた為なのかな?
「どうもこうもあるまい。見ての通り、儂が作り出した魔物……トカゲ男が冒険者よりも優秀であり、最強であることを証明しようとしておるのじゃ」
「?……魔物が優秀で、最強?」
ギルドマスターは困惑している。
状況が理解できていない様子だ。
「お前たち冒険者は、鬼王を打ち取り、我こそは最強と謳っておったであろう?」
そう言えば、鬼王の遺体をギルド前にまで運び込んで、死体蹴りしながらギルドマスターはそんなことを言っていたはずだ。
宿屋の窓から、その光景を僕たちは見ていたからね。
「それが何だというのです?」
「冒険者なんぞは屑じゃ。儂の作り上げた魔物こそが最強で最高の強さの証明。このトカゲ男を見てみよ。冒険者なんぞよりも力が強く、鱗に覆われた身体はどんな武器の攻撃もはじき返し、長い尻尾は離れた相手をも攻撃し叩き潰す。最強の魔物じゃ」
肩を激しく揺らして、狂ったように声を張り上げるローブの男。
しわがれた声が、紡ぐ言葉は異常者の狂った思想を語っていた。
「魔物が最強って、何だってそんなに魔物に執着しているんだい?それに冒険者に恨みでもあるのかい?」
モグリーナが疑問に思ったことを口に出していた。
僕も、それを聞きたい。
このおじいさんは、冒険者を目の敵のように思っているみたいな感じがある。
「恨み?恨みなら、あるわい」
フードの奥の瞳が怪しく輝いた。
それは憎悪を含んだ、悍ましいものに見えた。
「冒険者が、あなたに何をしたって言うのですか?あなたは、この街の治安を守るために尽力してくださったではないですか?それが、なぜこのようなことを?」
「恨みがあると言ったであろう」
ひときわ大きな声をロロド導師は張り上げた。
「冒険者の手伝いをするために、幾度となく儂は冒険に出た。行く先々で洞窟内を明るく照らして道を示し、またある時は襲い来る魔物たちを眠らせ、冒険者どものピンチに助力してきた」
「それは知っています。あなたのおかげで、無事に帰って来た冒険者は多かった。でも、いつの頃からか、あなたは冒険者とともに行動をしなくなってしまった」
「それはそうじゃ。冒険者どもが儂を必要としなくなったからじゃ」
どういうことだろう?
冒険者のピンチを救ってきたのに必要とされなくなったって……。
このおじいさんは、かなり強力な魔力を持っている。
一緒に冒険に行けば、絶対に重宝されるはずだ。
「儂が攻撃魔法を使えないと知るや否や、厄介者扱いをしてきおった」
えっ?
攻撃魔法が使えない?
この人は、何を言っているんだろう?
確か、人狼に対して爆炎の魔法を使っていたはず。
あれが攻撃魔法じゃないの?
「おいおい、あんた、何言ってんだい?人狼に対して炎の魔法を使っていたじゃないかい?」
モグリーナが、横から言葉を挟んだ。
「あんな紛い物は、炎の魔法ではない」
じゃあ、一体何だったんだろう?
あの時、人狼に当たった爆炎魔法は何?
爆音と熱風を僕は感じた。
「爆炎の魔法じゃなかったの?爆音と熱風を感じたよ」
叫んだ僕の方に少しだけ身体を向け、「ふぉっふぉっふぉっ」と愉快そうにフードの奥から笑い声が響いた。
「あれは、炎の魔法に似せた光の魔法じゃ。暗い洞窟内を照らしたりする光の魔法を炎のように見せておっただけじゃ。爆音も光魔法を弾けさせたときに生ずる余波で生まれたものでしかない。熱風は、風の魔法と光の魔法を掛け合わせた紛い物じゃ」
しゃべる言葉が次第に物寂し気な感じに聞こえた。
「光の魔法を炎のように見せていたの?」
「そうじゃ、だから、そこの女が言うていたであろう?なぜ本気で攻撃しないとな」
ローブの裾から、しわしわになった指先をモグリーナに向けていた。
確かにモグリーナは言っていたよ。
「攻撃のための魔法を使えんのじゃから、どんなに強力な力を振るおうとも人狼など倒せんわい。それに人狼も儂が作ったものじゃからな」
「人狼を作った?」
ギルドマスターは、困惑しっぱなしだ。
「攻撃魔法が使えないだけで、儂は必要とされなくなった。いかに強大な魔力を持っていようと宝の持ち腐れじゃ。冒険者どもは、今まで助けてやった恩も忘れ、儂のことを邪険にしおった。許せなかった。今まで助けてやったのに……だから、儂は自分の魔法を役立てられる方法を模索した。それが魔物づくりじゃった」
いやいや、それは飛躍しすぎじゃない?
何で魔物づくりなんてものに考えが行っちゃうの?
僕には理解できない。
僕だったら、攻撃魔法を練習して見返してやろうって思うんだけれど、この人は違ったみたいだ。
「最強の魔物を作り出し、冒険者どもに儂の魔法の力を見せつけてやろうと思ったのじゃ」
「小さい奴だねぇ~」
モグリーナが、ぼそっと呟いた。
「黙れい!」
モグリーナに向けて、ロロド導師が叫んだ。
それに合わせて、トカゲ男が斧を振り下ろした。
モグリーナは横っ飛びに飛び跳ねて、これを躱した。
「ついに出来上がった、こいつこそ最強の魔物じゃ」
自慢げにローブの男は、斧を振りかざすトカゲ男を指さしていた。
「全く持って、理解できませんね。ロロド導師。こんなことをしていいはずがない」
癖なのか金髪を手でかき上げながら、ギルドマスターが叫んだ。
「良いに決まっておるじゃろう。自分の力を見せつけるには、こうするのが一番じゃ」
ローブをはためかせながら、指を振った。
それに呼応するかのようにトカゲ男は身体を回転させるモーションを描く。
尻尾を振り回すつもりみたいだ。
モグリーナはそれが分かったみたいで、いち早くその場から跳躍していた。
トカゲ男の尻尾は、モグリーナが佇んでいた場所を掠めていった。
その尻尾は、金髪ツンツン髪へと迫っていた。
「うわあぁぁぁぁぁ」
悲鳴を上げるギルドマスターの身体は、尻尾に打ち据えられ、ギルドの壁に尻尾とともに叩きつけられていた。
尻尾はギルドの壁を突き破り、壁と尻尾に挟まれる形となったギルドマスターの身体はグシャグシャと奇怪な形になって砕かれた壁とともに石畳の上に転がった。
全身の骨が砕け、人の形を成していない。
ギルドマスターは、ピクリとも動かなかった。
「お前、恨みを持っているのは冒険者じゃなかったのかい?」
モグリーナが叫んだ。
「こ奴も同罪じゃ。陰で儂のことを役立たず呼ばわりしておった。儂は役立たずなどではない。こんなに素晴らしいものを生み出すことができるのじゃ」
ロロド導師は、自分が生み出した魔物……トカゲ男を誇らしげに見つめていた。
「魔物を生み出して、素晴らしいも何もないだろう。あたいがぶっ飛ばしてやる」
ハンマーをトカゲ男へ突き付けながら、モグリーナは大きな声で宣言した。
「ふぉっふぉっふぉっ……やってみるがいい。儂のトカゲ男は冒険者などには負けん。最強なんじゃ」
フードの奥底から、怒声が張り上がった。
身体を回転させ、トカゲ男は尻尾を振るう。
「何度も何度も同じことしているんじゃないよ。見飽きたんだよ」
尻尾が迫りくるタイミングに合わせて、モグリーナはハンマーをフルスイングした。
尻尾とハンマーが激しくぶつかり合う。
モグリーナがハンマーを力いっぱい振り切った。
尻尾の先がグニャリと曲がった。
「キシャァァァァァァ」
ハンマーとの打ち合いに負けたトカゲ男は悲鳴を上げた。
「何じゃと?鱗で覆われているはずなのに……何故、打撃が……」
どんな攻撃も鱗に阻まれて阻止できると思い込んでいたみたいだ。
けれど、モグリーナの膂力と白銀に煌めくハンマーが、鱗の耐久力を上回ったようだった。
あれ?
これって、僕の着ている服やメルティナの鎧にも同じことが言えるんじゃないだろうか?
服や鎧を作ってくれたドワーフのリベリアは言っていた。
どんなに防御力の高い素材を使った防具でも、その耐久力を上回る攻撃を受けた際は破壊されることがあると言っていた。
それが、これのことと同じことかもしれない。
いかに強靭な鱗で守られた身体をしているトカゲ男でも、モグリーナの破壊的な強さの攻撃を防ぎきることはできなかったみたいだ。
「モグリーナ、一気にやっちゃえ」
僕は、叫ぶ。
「やってやるよ」
気合とともにモグリーナは、やる気にみなぎっていた。
尻尾の受けた激痛に苛まれているトカゲ男の腹部へとハンマーを打ちつける。
少しだけれどトカゲ男の身体がくの字に折れ曲がった。
「もう一発」
立て続けに同じ場所へとハンマーが撃ち込まれる。
今度は大きく身体を前屈みにさせて、くの字に折れる。
「おりゃああああ」
下から掬い上げるようにハンマーを振り上げた。
やや項垂れるような形になっていたトカゲ男の顎にクリーンヒットした。
ゴキ!っと鈍い音が響いた。
顎を砕き割ったようだ。
「反撃をせんか」
フードの奥から、怒声が張り上がる。
トカゲ男は、慌てた様子で斧を振り回した。
モグリーナの攻撃で受けたダメージが大きいみたいで、振り回した斧には力もスピードもなかった。
振り下ろされる斧に合わせるように、ハンマーが振るわれた。
トカゲ男の手から斧が滑り落ち、ハンマーで打ち返されたその斧は、砕けた顎に斧の刃が突き刺さった。
トカゲ男は暴れ狂う。
受けた激痛に地団太を踏んで暴れるたび、石畳が割れていく。
「大人しくしな」
モグリーナは、トカゲ男の膝頭に向けてハンマーを振り下ろした。
バキ!っと子気味良い音を立て、膝周りの鱗がはじけ飛んだ。
おそらく膝の骨も砕いたことだろう。
トカゲ男は膝から崩れ落ちて前のめりに倒れ込んだ。
「うおおおおおお」
石畳に突っ伏したトカゲ男の顔面目掛けてハンマーを振るう。
左頬を打ち、深々とハンマーが減り込む。
今度は右頬を打ち据える。
「止めだ」
モグリーナは、ハンマーを大きく振り上げると、その場から跳ねた。
冒険者ギルドの二階の屋根に着地し、そこからさらに飛び跳ねる。
ハンマーを振り上げた状態のまま、中空でグルグルと前転して回りだす。
風車のように回転したモグリーナは、一直線にトカゲ男へと向かっていく。
そして、そのままトカゲ男の眉間に握りしめたハンマーの先端が激突した。
遠心力を得て激突したハンマーは眉間深くへと突き刺さった。
ジタバタと暴れていた巨大なトカゲは、いつしか大人しくなり、終には動かなくなった。
「そんな馬鹿な……人間に……冒険者に……儂の最高傑作が倒されるとは……」
がっくりと膝をついて項垂れるローブの男。
「この程度で最高傑作とはね。聞いて呆れるよ」
モグリーナは、ハンマーを肩に担ぎあげると、ローブの男に向かって吐き捨てるように言い放っていた。




