第41話 新たなる敵
虎頭の人型をした化け物……虎頭人は、獣の咆哮を張り上げた。
耳を劈く強烈な咆哮に、僕もメルティナも両手で耳を塞いだ。
モグリーナだけは、虎頭人を睨み据えて、しっかりと戦えるようにハンマーを両手で抱えて構えていた。
そんなモグリーナへと向かって、虎頭人は突進していく。
人狼と違って、両手の指先には長い爪はない。
けれど、漆黒の短い爪が鋭く尖り、その存在を主張していた。
両腕は丸太のように太く、逞しい。
がっしりとした体型で、腹筋が割れている。
鍛え上げられた肉体という感じだ。
太もももそれなりに太く、足全体が毛深いけれど、力強く石畳を蹴り上げながら走り込んでくる。
かなり鍛え上げられた身体を持つ冒険者のようなそんな印象を受ける虎頭人だった。
モグリーナの眼前まで走り込んできたと思ったら、突如、視界から姿が消えた。
石畳を踏み割りながら、右へと飛び跳ねていた。
かなりの巨体にもかかわらず、動きはそれなりに早い。
モグリーナの左手側に回り込み、極太の腕を大きく振り上げて、突き下ろしてきた。
飛び跳ねてモグリーナは躱す。
その動きを予想済みだったのか、虎頭人は追いすがり、二撃、三撃と両手を振り回して鋭い爪を突き上げてくる。
それをハンマーで受け止めて、モグリーナははじき返している。
「どりゃあああ」
モグリーナは、渾身の蹴りを虎頭人の鳩尾へと放った。
虎頭人は、その場で踏ん張り、お腹に力を入れたようだった。
鍛え上げられた腹筋が、モグリーナの蹴りを真正面から受け止めていた。
「何?受け止めやがった」
吹っ飛ばせると思っていたモグリーナは、驚いた様子だった。
逆に虎頭人は、この程度かと言わんばかりに口元に余裕の笑みを浮かべて見せた。
モグリーナは、その場から後ろへと跳躍して距離を取る。
「調子に乗るんじゃないよ。あたいの蹴りを受け止めたからって」
虎頭人の、にやけ顔が気に入らなかったみたい。
モグリーナは、ものすごく不快そうな表情を露にして怒声を張り上げていた。
「はっはっはっ……いいぞ、いいぞ。その調子じゃ」
身を包み隠す灰色のローブを揺らしながら、ロロド導師は愉快そうに声を漏らした。
何なの?
このおじいさんは?
この虎頭人を作ったとか言っていたけれど、そんなことできるはずがない。
人間が魔物を生み出すなんて……そんな話し聞いたことはない。
法螺を吹いていると思いたいけれど、虎頭人はこのおじいさんの言うことを聞いている。
それを考えたら、本当にこの人が作ったのかもしれないと思えてしまうけれど、僕は信じない。
人間が魔物を一から生み出すなんて、できっこないと思っている。
このおじいさんは、かなり強力な魔力を有している人みたいだし、魔法に精通しているみたいだ。
だから、何らかの魔法で魔物を操っていると考える方が自然だ。
魔物を作り出すなんて……背徳な行為を進んでやるなんて……。
魔法を扱う者として、許されることではないと思う。
「ガオォォォォォォ」
歓喜の叫びか、勝利宣言なのかはわからないけれど、虎頭人が吠えた。
「うるさい奴だねぇ~。負け犬の遠吠えかい?」
右手一本でハンマーを抱え上げて、モグリーナは飛び出した。
あっという間に間合いを詰める。
下から掬い上げるように、振り上げた。
虎頭人は、その巨体からは考えられないほど身軽に飛び跳ねた。
あっさりとモグリーナの頭上を飛び越えていた。
中空で一回転して、右腕を振り下ろしてくる。
それをモグリーナは、ハンマーで受け止める。
虎頭人は、その巨体でのしかかるように態勢を変えた。
受け止めているモグリーナの腕が押し込まれていく。
このままだと虎頭人の身体がのしかかって潰されてしまう。
「舐めるなぁ~」
怒声とともに、モグリーナの細枝のような両腕の筋肉が膨れ上がったように見えた。
虎頭人の巨体を押し返して、放り投げていた。
そんな馬鹿なといわんばかりの驚きの表情を虎頭人はしていた。
でも、すぐに態勢を整えて身を翻し、石畳の上に着地した。
その時には、モグリーナの姿は虎頭人の視界内にはなかった。
どこへ消えたと、辺りを見回している。
「どこを見ている。後ろじゃ」
ローブの男が、顔を覆い隠しているフードの奥から声を張り上げて叫んだ。
虎頭人が振り返る。
だが、遅い。
モグリーナのハンマーは、すでに振り下ろされていた。
脳天に白銀のハンマーが直撃した。
頭蓋骨を叩き割り、首を陥没させ、虎頭人の頭は、胴体深くにうずもれていた。
「うりゃああああ」
虎頭人の背中へとダメ押しの一撃が繰り出される。
フサフサの毛皮に覆われた身体にハンマーが深々と突き刺さるように潜り込んでいく。
背骨が砕ける音が辺りに木霊し、そのまま虎頭人の背中を圧し潰しながら石畳へと叩きつけた。
石畳は木っ端微塵になり、無残にも上半身が潰れた虎頭人は二度と動くことはなかった。
「ふん、魔物ごときが、手間かけさせるんじゃないよ」
虎頭人の血に塗れたハンマーを引っ張り上げ、軽々と振り回す。
どす黒い虎頭人の鮮血と肉片が、ハンマーから拭い落とされて、石畳の上に飛んで斑点模様を描き出す。
「馬鹿な……儂の虎頭人が……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……」
よほど自信があったみたいで、地団太を踏んでものすごく悔しがているローブの男……ロロド導師。
「魔物を作ったとか言っていたけれど、この程度かい?」
バカにするかのように、蔑んだ眼差しで見据えながらモグリーナは言い放った。
「まだじゃ」
ローブの男は、足を一歩前に踏み出して力強く叫んだ。
「儂が作り上げた最高傑作には、誰も勝てはせん。冒険者などには負けんのじゃ」
このおじいさんは、冒険者を目の敵にでもしているのかな?
そう言えば、人狼たちは、冒険者を狙って攻撃しているようだったし、このおじいさんが冒険者を狙うように命令していたのかな?
「儂が作った究極の魔物を見せてやるぞい」
ローブの男は、そう叫ぶと、指をパチンと掻き鳴らした。
「……」
何も来ない。
さっきは、虎頭人がすぐさま飛び跳ねてやってきていたけれど、何かが来る気配がない。
「何も来ないじゃないかい」
苛立ったようにモグリーナが叫んだ。
「来ておるよ。すぐそばにな」
ちょっとイラッとするような笑い声がフードの奥から洩れた。
ドガン!と大きな音を立て、手近にあった一軒の家が吹き飛んだ。
「何?家が?」
まるで強烈な暴風に吹き飛ばされたかのように、木造の家がバラバラになって破片が僕たちの周囲に舞い落ちた。
ズン!……ズン!……と鈍重な音を立てて、吹き飛んだ家があった場所から何かが姿を現した。
土煙の舞い上がる中。
そこに何かがいるのはわかる。
けれど、明確な姿は見えず、奇怪なシルエットだけが不気味さを煽っていた。
「何なの?あれは?」
モグリーナの倍くらいはありそうな大きな巨体であることは間違いない。
「キシャアアアアア」
不気味な奇声が張り上がり、土煙を引き裂きながら、それは姿を現した。
土気色をした物体。
まるで大きなトカゲのような生き物だった。
ギョロギョロと大きな目玉が、僕たちを値踏みするかのように見下ろしている。
横に大きく裂けた口からは、先が二股に割れた長い舌がチロチロと不気味に出入りしていた。
二足歩行で立ち上がっている様が悍ましさを倍増させているように感じる。
全身に小さなヌメヌメとした鱗がびっしりと生え、隙間なく覆われている。
後頭部から背中にかけて背びれのようなものが生え出ていて、お尻からは長く太い尻尾が生えている。
その尻尾も鱗に覆われている。
しかも、この魔物は手には木製の柄に両刃の金属が取り付けられた斧を持っていた。
かなり大きな斧で、この斧で一軒家を薙ぎ払ったみたいだ。
虎頭人よりも一回りも二回りも大きい体格の大トカゲ。
「儂の最高傑作である。トカゲ男じゃ」
よほど自慢なのか灰色のローブを激しく揺らしながら高笑いしている。
「リザードマン?」
初めて見る魔物に、僕は不気味さを覚えた。
鱗がヌメヌメしていて気持ち悪い。
しかも、ヒョウ柄の腰巻なんか巻いているし、人間のつもりなのかな?
「トカゲ男って、沼地なんかの水辺に生息している魔物だって聞いたことあるけれど……街のそばに湖があるから生息してても不思議ではないかもしれないわね」
物珍しそうな瞳でメルティナが眺めていた。
興味津々ではあるものの、やや腰が引けているのでビビっているようだ。
僕だってビビっているよ。
ものすごく大きな魔物だし、何よりも鱗がヌメヌメテカテカしていて気持ち悪いこと、この上ない。
「面白そうなもんが出てきたじゃないかい」
モグリーナは、ハンマーを肩に担ぎあげると戦闘態勢に入った。
「トカゲ男よ。そいつを……冒険者なんぞを捻り潰して、その強さを示すのじゃ」
目深にかぶったフードからは、相変わらずその素顔が見えないけれど、冒険者を目の敵にしている様は伺えた。
トカゲ男は、手にしていた斧を振り上げた。
「ヴィオ、メルティナ。巻き込まれたくなかったら、もっと離れていな」
僕もメルティナも冒険者ギルドの入り口のドア付近にいた。
モグリーナからはそれなりに離れた場所になるけれど、彼女はこの辺も危険だと思ったみたいだ。
「メルティナ、離れるよ」
僕は、メルティナの手を掴むとモグリーナから距離を取るために離れて行った。
僕たちがそばにいたら、モグリーナは思う様に戦えない。
思う存分、持てる力を発揮して戦ってもらえるように、足手まといにならないためにも僕とメルティナは離れて距離を取った。
トカゲ男の持つ両刃の斧が振り下ろされた。
巨体のため、攻撃モーションは大きい。
モグリーナは、石畳を蹴り上げると左へと身を躍らせた。
モグリーナがいた場所の石畳に斧の刃が激突し、石畳はあっさりと砕かれて粉々になっていた。
パワーも半端じゃないみたいだ。
左回りに駆け出し、モグリーナはトカゲ男の背後へと回り込んでいく。
だけど、トカゲ男は腰を捻る。
お尻から生え出た長い尻尾が鞭のようにしなやかにしなる。
「何?」
咄嗟にハンマーを自分の前に掲げて、叩きつけられた尻尾を受け止めた。
けれど、尻尾の威力はすさまじく、モグリーナの身体はハンマーともども吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
冒険者ギルドの壁に背中から打ち付けられ、苦鳴を漏らす。
壁に大きな亀裂が入り、その威力を物語っていた。
「モグリーナ」
心配になり、僕は声を上げた。
「心配すんじゃないよ。このくらい平気さ」
モグリーナは、ヨロヨロと立ち上がった。
そこへ再び、尻尾が飛び掛かってくる。
「何度も同じ手は通用しないよ」
モグリーナは、飛び上がって尻尾を躱す。
からぶった尻尾は、先ほどモグリーナが背を打ちつけた冒険者ギルドの壁に当たり、壁を破壊して風穴を開けていた。
尻尾攻撃を回避したモグリーナは、着地と同時に石畳を蹴る。
低い体勢からトカゲ男の足元へと飛び込んでいく。
トカゲ男はすぐに反応を示し、手にしていた斧をモグリーナに向けて振り下ろした。
足を止めて、白銀に煌めくハンマーを力いっぱいに振り上げる。
斧とハンマーが、激しく激突した。
火花を散らして、弾かれる。
トカゲ男は、二歩、三歩と後退し、尻尾を支えにして倒れるのを免れた。
モグリーナは、尻もちをついていた。
「かぁ~……痺れたねぇ~」
互いの武器がぶつかり合い、モグリーナは手が痺れたようだった。
ハンマーを取りこぼしてしまっている。
トカゲ男は、平気そうな顔をしながら横薙ぎに斧を振るった。
「ちっ!」
舌打ちし、尻もちをついた状態から距離を取るために横へと飛んだ。
斧は、柄を上に向けた状態で石畳の上に転がるハンマーの柄にぶつかった。
ガツン!と硬質な音が高らかに鳴り響いた。
今度はトカゲ男が斧を足元に取りこぼしていた。
よほどの衝撃が手に加わったのだろう。
だけど、モグリーナのハンマーは、斧の激突を受けてもピクリとも動いてはいなかった。
確か、モグリーナのハンマーってものすごく重たかったはず。
巨大な体格のトカゲ男の斧の一撃を受けても動かないってことは、どれだけ重たいものなんだろうか?
いや、むしろそんな重たいものを片手で振り回しているモグリーナが異常なのかもしれない。
モグリーナは、チャンスとばかりにハンマーに手を伸ばす。
トカゲ男も足元に落としてしまった斧へと手を伸ばした。
互いに武器を手に取る。
モグリーナは、バックステップを踏むと、トカゲ男から距離を取った。
その時だった。
冒険者ギルドの崩れた壁から人影が現れた。




