第4話 街中での激闘
今日の天気は、朝から晴れて気温も暖かくて洗濯日和だ。
街中のそこここで女の人たちが洗濯物を干している。その様を横目に僕とメルティナは、街の中央を南北に走るメインストリートを北門方面に向けて歩いていた。
「そろそろ、この街を出て北の山を越えて新しい街へ行こうと思っているんだけど、メルティナはどうする?」
今後の予定を僕は大雑把に話す。
「どうするって…置いて行かれても困るわよ。私の冒険者証明証には、こんな討伐記録が記録されちゃったんだもの。責任取ってよね。何があっても付いて行くわよ」
メルティナは、冒険者証明証を開いて、魔物の討伐記録の部分を指さして強調してくる。
そこには、キラーベアー2匹、ブレスフェンリル1匹、ジャイアントオーク1体の討伐記録がしっかりと記録されている。
全て、僕の召喚獣たちが倒した魔物で、新人冒険者であるメルティナが討伐したものではない。この記録を冒険者ギルドに見せれば、凄腕の新人だと、もてはやされることだろう。それくらいの記録である。メルティナが仕事を請け負う時になったら、同等レベルの魔物討伐の仕事が回されることだろう。その時、メルティナが一人で仕事を達成できるかと言えば無理だろう。そうなれば、僕についてくるしか選択肢はないはずだよね。
「じゃあ、今日は山越えのための準備をするよ。明日の朝には出発をすることにするからね」
「ええ、そうね。何も準備しないまま、山の中で飢え死にとかしたくはないからね」
僕とメルティナは、食料の買い出しなどをするために街の北側の店が密集しているエリアへと足を進めた。
「わあああぁぁぁぁぁぁ…」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ…」
「助けてくれぇ~」
街の北門にほど近い広場までやってきたときに、街の人たちが大慌てで口々に悲鳴を上げながら、僕たちの脇をすり抜けていく。
「何?」
僕とメルティナは、顔を見合わせながら首を傾げた。
北門の方から走ってくる人々の間に交じって、何か小汚い子供のような生き物が奇妙な雄たけびを上げながら飛び跳ねている。
体長は本当に子どもくらいの大きさだけど、ボロボロの服のような布切れのようなものを申し訳程度にまとい、尖った耳と醜い顔が特徴的な魔物だ。しかも、頭に小さな角のようなものが1本~3本生えている個体もある。石や木を削って作ったようなナイフみたいなものを手にして暴れ回っている。1匹や2匹ではなく、たくさんいる。パッと見ただけでも30匹くらいはいるようだ。
「あれって、ゴブリンじゃない?」
「ゴブリン?」
「ええ、森や洞窟なんかを住処にしている、いたずら者の小鬼よ。1匹1匹の能力は人間の子供とそんなに大差ないけど、群れで行動して集団で人を襲ったりするから厄介なのよ」
さすがは新人冒険者のメルティナ。魔物の知識は多少はあるようだ。
「でも、何で人が暮らしている街の中にまで入ってきているわけ?」
「魔物なんだから、街を襲うこととかあるんじゃないの?」
「魔物でも、人がたくさん暮らしている街に襲撃をかけるようなことは、よっぽどのことがない限りしないはずよ。街には、冒険者だってたくさんいるわけだから、返り討ちにあう危険性もあるし、魔物にとってメリットがないと思うけど…」
でも、事実、街の中にゴブリンの集団が入り込み、街の人々に襲い掛かっている。
逃げ惑う人々を追いかけて、ゴブリンたちは次々と街の中に入ってきて暴れ回っている。
その中の1匹のゴブリンが僕に向かって飛び掛かってきた。僕は右に身を投げ出して躱す。
そして、素早く両手を前に突き出すと意識を集中した。僕の目の前に光の魔法陣が浮かび上がる。
「ポンティーヌ、召喚」
僕の呼びかけに応じて、瞬時に魔法陣の中に光に包まれた狸の姿のが現れる。光が霧散した後には、大きな狸の召喚獣であるポンティーヌの姿が、そこにはあった。
僕に向かって再び飛び掛かろうとしていたゴブリンの左頬にポンティーヌの右ストレートが炸裂する。
ゴブリンは、首を正面から180度折り曲げた状態で数メートル吹っ飛ぶと、ピクピクと痙攣しながら動かなくなった。
「ポンティーヌ、ゴブリンたちをなんとかできる?」
僕の呼びかけに、ポンティーヌは周囲を一瞥し、微妙な表情をして見せた。やっぱり、数が多いのかな?
周囲には50匹くらいのゴブリンがいると思う。街の中心方向へ逃げる街の人々に交じってゴブリンたちも街の中心方面に行ってしまっているゴブリンの姿もある。正確に何匹が街の中に入り込んだのかはわからない。結構、大きなゴブリンの群れみたいだ。
「とりあえず、できる範囲で…」
僕の声を遮って、メルティナが悲鳴に似た大きな声を張り上げた。
「とっ…トロル!トロルが入ってきたわ!」
北門の方に目を向ける。
巨人?と思えるような大きな人型の魔物が鎧に身を包んだ冒険者風の人たちを跳ね飛ばしながら街の中に入ってきた。
体長は3メートルはありそうなほど大きな体格で、見た目はゴブリンを大きくしたような印象だ。頭に左右非対称の大きさの角を生やしている。動物の毛皮みたいなものを身体に巻いているし、手には生えている木を引っこ抜いて削ったみたいなでっかいこん棒を右手に持っていた。そのこん棒で殴り飛ばされた冒険者たちが、立ち並ぶ家の壁に叩きつけられている。ものすごい膂力だ。あんな攻撃を喰らったらひとたまりもない。
トロルの出現で、街の人々は我先に北門の広場周辺から逃げ出していく。冒険者と思われる人たちも慌てて逃げ出しているのが見えた。
「ヴィオ君、グレイトロルよ」
「グレイトロル?」
メルティナが震える声で呟く。この間購入したばかりのショートソードを引き抜いた状態だけど、腰が引けて足がガタガタと震えている。
まあ、あの巨人を見て、率先して戦おうと思う人はいないと思う。でかすぎるもん。
「グルガァァァァァァ…」
グレイトロルが、一声吠える。
メルティナは、その声を聴いた瞬間、恐怖で腰を抜かして、その場にへたり込んでしまった。彼女の周囲の地面が濡れる。
「あっ!また、漏らした?」
「もっ…漏らしてなんかないわよ…」
震える声で何とかメルティナが呟くが、確実に漏らしているのは間違いない。
「グレイトロルって何?」
「まっ…まれにゴブリンを配下にしているトロルがいるらしいの…そのトロルをグレイトロルって呼んだりするみたい…」
「ふ~ん…」
あまり、興味のない答えだったので、気のない返事を返していた。
そんな僕とメルティナ、召喚獣のポンティーヌを囲う様にゴブリンが20匹ほど距離を取りながら、じりじりと近寄ってきている。
この広場に残っているのは、いつの間にか僕たちだけになってしまっていた。
「ポンティーヌ、何とかなりそう?」
かなりやばい状態だ。戦えるのは狸の召喚獣であるポンティーヌだけだ。
メルティナは腰を抜かしているし、僕は武器も持っていないし、戦い方も知らないから。
ポンティーヌは右手の親指を立てると、任せな!と言わんばかりにニヤリと笑みをこぼした。
ポンティーヌは、いきなり駆け出した。
疾走するたびに数が増えていく。狸の召喚獣が1体、2体と増えていく。あっという間に10体にまで増え、ゴブリンたちに襲い掛かった。
これって、ポンティーヌの分身の術かな?
ゴブリンたちの顔面を殴り飛ばし、尻尾で吹き飛ばし、腕や足を嚙み千切っていく。
ポンティーヌの方がゴブリンたちよりも体格ははるかに大きい。それに攻撃の一撃一撃が強烈だ。攻撃を受けたゴブリンの身体が数メートルは吹っ飛び、次々にゴブリンたちが絶命していく。
ゴブリンたちは、ポンティーヌに勝てそうにないことを悟ると散り散りに逃げ出していく。または、グレイトロルに助けを求めるかのように逃げていく。
僕とメルティナの周囲には、ゴブリンたちがいなくなった。
それを確認すると、ポンティーヌはグレイトロルに向かって疾走する。
10体あまりのポンティーヌと分身が一気にグレイトロルの全身を襲う。
腕を、肩を、腹部を噛みついたり、引っかいたりするが、グレイトロルは全く受け付けないみたいだ。
攻撃を仕掛けるポンティーヌを鬱陶しそうに腕を振り回して、分身を打ち払っていく。グレイトロルの攻撃を受けた分身は煙のように消えていき、いつの間にか分身は全ていなくなり、ポンティーヌの本体だけになっていた。
そのポンティーヌの本体に1匹のゴブリンが不意を突いて掴みかかった。
ポンティーヌは、振りほどこうと身をよじる。その際、動きがその場で止まってしまった。
グレイトロルは、右手に持ったこん棒を力いっぱい振り下ろしてきた。
ゴブリンにまとわりつかれ、ポンティーヌの動きが一瞬遅れた。
ドゴン!
鈍い音とともにポンティーヌの背中にとりついていたゴブリンの身体がぐしゃぐしゃになって地面に転がった。
ポンティーヌの身体も同時に吹き飛ばされて地面を転がる。
ゴブリンにこん棒が当たらなければ、ポンティーヌは致命傷を受けていたかもしれない。それでも、受けた衝撃のために、すぐには起き上がれずに表情を苦痛に歪めていた。
「ポンティーヌ!」
僕は彼女に駆け寄った。身体を抱きかかえて支える。
彼女は、まだ戦う気があるようだ。瞳に宿る闘志は、消えていない。
でも、僕にはわかる。
これ以上は、ポンティーヌは戦えそうにない。立ち上がるのも、ままならない状態だ。
無理をさせるわけにはいかない。
「ポンティーヌ、ありがとう。聖獣界に戻って休んで」
僕の言葉に、首を横に振る。
「これ以上、傷ついてほしくないんだ。だから、送り返すよ」
僕は魔法陣を描き出すと、ポンティーヌを聖獣界に送り返した。
ポンティーヌの姿が、光に包まれて消えたことを不思議に思ったのか、グレイトロルが不思議そうな顔をしていた。
僕は、再び魔法陣を描き出す。
「クインエリス、召喚」
僕の叫びに応じて魔法陣が輝きだして、召喚獣の形を形作る。
光が消え去ったその場所には、黒い豹の姿をした召喚獣のクインエリスの姿があった。
クインエリスは、漆黒の体毛を持つ豹の召喚獣だ。鋭い牙と爪をもち、深紅の双眸でグレイトロルを凝視していた。
グレイトロルは、突然現れたクインエリスの姿に驚いていた。
クインエリスは、かなり大きな体格をしている。メルティナが背に跨っても平気なくらい大きい。先ほどのポンティーヌと比べると一回りくらい大きい。
「ガガオォォォォォ」
グレイトロルが、何かを呼ぶような声を上げた。
周辺にいたゴブリンがグレイトロルの前にワラワラと集まってくる。自分を守るように命令でもしたのだろうか?ゴブリンの数は、15匹くらい集まってきた。
「クインエリス、あいつらをやっつけられる?」
僕の問いかけに、グレイトロルとゴブリンの群れを一瞥してから、小さく首を横に振るのが見えた。けれど、深紅の瞳は闘志を燃やしているのがわかる。数が多いのかもしれない。
「成獣化したら行けそう?」
それならば、任せろといった感じでクインエリスの口元に笑みが浮かんだ。
「なら、行くよ」
僕は両手を前に突き出して、意識を集中し、クインエリスの足元に魔法陣を描き出す。
「我、汝の封印を解き、解放するものなり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ」
呪文を唱えると、クインエリスの身体が光に包まれる。豹の姿から人型に変わっていく。
光が消え去った後には、黒い洋服で全身を覆ったクインエリスの姿があった。テカテカとした光沢のある材質の洋服で、全身にぴったりとフィットした身体の線がはっきりとわかる服装だ。所々、ベルトのようなもので服を固定しているようにも見える。なんか、エッチな感じがする。ちょっと、ドキドキ…。
クインエリスは、両手に握った長い鞭を振るい、地面を叩いた。
ビシッと、痛そうな音が鳴り、ゴブリンたちはビクッと身体をのけ反らせた。
「おいたをするような悪い子には、お仕置きよ」
鈴の音のような心地よい声とは裏腹に、怖いことを口走りながら深紅の瞳が獲物を捕らえる。
二本の鞭がゴブリンたちを襲う。
数匹のゴブリンは鞭に殴打され、鞭にからめとられて上空高くに放り投げられた後、一気に地面に叩きつけられていく。叩きつけられた衝撃で首の骨や背骨に損傷を受け、動かなくなっていく。
一瞬の出来事に泡を食ったようにその場から逃げ出そうとしたゴブリンの一匹をグレイトロルは、素手で殴り飛ばす。吹き飛んだゴブリンは地面に激突して数回転げまわり、腕や首などがありえない方に曲がって絶命した。逃げるならこうなるぞと言わんばかりの行動だった。
ゴブリンたちは、必死に抵抗するしかない。
数匹が一斉にクインエリスに飛び掛かっていくが、リーチが違いすぎる。
ゴブリンたちの手にしている木のナイフや石のナイフは非常に短い。
逆に、クインエリスの鞭は蛇のようにうねり、遠く離れたゴブリンたちを正確に狙い、打ち据える。
クインエリスの縦横無尽に荒れ狂う鞭から逃げ切れるゴブリンは1匹たりとていなかった。
ゴブリンの死体が、辺り一帯に無残に転がる。
残るは、グレイトロル1体のみ。
「あんたには、きつ~いお仕置きが待っているからねぇ~」
クインエリスは、二本の鞭を振るい、バシッと大きな音を立てて地面を叩いて威嚇する。
グレイトロルは、こん棒を無我夢中で振り回す。
しかし、クインエリスには当たらない。
狙いを定めていない、むやみやたらに振り回すこん棒など当たるわけがない。
こん棒は時折、地面を押しつぶすように大きな音を立てて地面をえぐる。
その大きな隙を見逃すクインエリスではない。
二本の鞭で腕や足、顔など全身を打ち据える。
グレイトロルの全身が徐々に赤く腫れあがっていく。何度も何度も鞭打たれれば、いくら強靭な肉体をしていたとしてもダメージを受けていくはずだ。
徐々にグレイトロルの動きが鈍くなる。苦痛に時折、顔を歪めている。だけど、こん棒を振り回すことはやめない。
「そろそろ、飽きてきたわ。こんなんじゃあ、物足りないのよね」
クインエリスは、つまらなそうにグレイトロルに向かって呟く。
馬鹿にされていることが分かったのだろう。
グレイトロルは、雄たけびを上げると突進して、全体重を乗せたこん棒の一撃を叩きこんできた。
ズドン!
地面を大きくえぐり、地面を激しく揺さぶる強烈な攻撃。
クインエリスは、易々と躱して飛び上がる。グレイトロルの頭の上を飛び越えるくらいに飛び上がった。そのままクルクルと前方に回転しながら、右足を突き出している。
かかと落としがグレイトロルの脳天に叩きつけられた。
叩きつけたかかとが頭蓋骨に減り込み、陥没している。そのまま、力任せに足を振りぬく。
グレイトロルの巨体が背中から地面に倒れこむ。
「グガガァァ…」
苦しそうな、または悔しそうな呟きを漏らす。
「スタンピングプレス」
クインエリスの振り上げた右足が淡く光を帯びている。その足が倒れているグレイトロルの顔面に打ち付けられた。
激しい衝撃とともに地面が陥没する。
グレイトロルの顔から胸辺りにかけての地面が沈み込み、地面に埋まっている。
グレイトロルのこん棒がえぐった地面よりも、クインエリスの足蹴の攻撃の方がはるかに深い。
衝撃の激しさを物語っている。地面に半ばまで埋まってしまっているので正確にはわからないけど、衝撃を受けた部分の骨は恐らく粉砕されていることだろう。
グレイトロルは、二度と動くことはなかった。
「クインエリス、強い!」
僕は、クインエルスに飛びつく。
「もう少し、歯ごたえのあるやつと遊びたいです」
不満そうに呟くけど、僕は周囲を見回して「これだけ暴れれば十分じゃない?」と見上げた。
クインエリスの手が優しく僕の頭を撫でまわした。
「ヴィオ君の召喚獣って、どの人も強いのね…?」
ヨロヨロと立ち上がって、メルティナが歩み寄ってきた。
「お漏らしした人だ」
「漏らしてません。あれは汗よ」
先ほどまで、メルティナがへたり込んでいた場所にはバッチリと漏らした跡がクッキリと残っている。
そこを指さしながらメルティナは言い切った。
「ご主人様になんて口の利き方を…お仕置きが必要なようね」
クインエリスが鞭を振るって地面を叩く。鞭の音にビビッてメルティナは再び腰を地面に落とすことになった。
「それよりも、他にもゴブリンがいたけど、大丈夫かな?」
僕は街の中心の方へ街の人たちとともに行ってしまったゴブリンのことが気になった。
「おそらく大丈夫でしょう」
クインエリスが、顎をしゃくる。
見れば、冒険者たちがゴブリンを倒している姿が見えた。
まあ、ゴブリン程度じゃあ、冒険者であれば誰でも倒せるよね。と、言いながらメルティナに視線を向ける。
「どうせ、私は…スライムにも勝てなかった女ですよ…」
そんなことを小さな声で呟いているのが聞こえた。
僕とクインエリスは、ププッと吹き出しそうになってしまった。
スライムって、ウニョウニョしたゼリーの塊のような魔物だ。いくら初心者の冒険者でも、動きの遅いスライムに負けることはないと思うんだけど。
「グニョグニョしていて気持ち悪かったのよ。そしたら、何匹も集まってきて、身体にまとわりつかれて、大枚はたいて買ったナイフまで取られちゃって…命からがら逃げることはできたけど…最悪な目にあったんだから…」
それは災難だったようだ。だけど、スライムに負けるようじゃあ、冒険者は向いていないような気がするが、そこは口に出さないでいてあげる。それにこの間まで安物のナイフを使っていたのは、そういう理由もあったんだね。
これ以上、意地悪をするのは気のどくに感じてしまった。
「私もこんな魔物を倒せるようになりたいものだわ」
メルティナは、手にしたショートソードで絶命しているグレイトロルを突っついている。
何とかしてあげたいけど、そこは自分で強くなる努力をするしかないね。
そんなやり取りをしていると、聞き覚えのある声がした。
男の人の声で、ドンドン近づいてくる。
「やや、メルティナさん?そこに倒れているのは、グレイトロルですか?メルティナさん、凄いですよ。こんな巨大な魔物を倒してしまうなんて」
大興奮しながら男の人がグレイトロルの周りをグルグル回りながら魔物を観察している。
冒険者ギルドの制服に身を包んだ、ヒョロヒョロの眼鏡をかけた男の人。
ギルドの職員で…オムニって名前の人だったような気がする。
今回もメルティナが討伐したと思い込んでいるようだ。
僕とクインエリスにとっては、その方が都合がいい。
召喚獣のことだったり、その召喚獣が人型に変身することなんかをいちいち説明するのが面倒くさいし、呼び出すところや変身するところを見せるのは見世物みたいで嫌だから、メルティナが討伐したことにしてしまう。面倒ごとは、メルティナに押し付けるに限る。
「メルティナにかかれば、こんな魔物なんて余裕だよね」
「……」
『持ち上げるのは、やめて』と訴えるような表情でメルティナが無言で僕の方を見てくる。
「いやぁ~、メルティナさんは新人冒険者の中でも凄腕ですよ。キラーベアーにブレスフェンリル、ジャイアントオークに続いてグレイトロルの討伐を果たすなんて」
「もしかして…これって、私の記録に残ります?」
「ええ、もちろんですよ。ゴブリンは元々雑魚の魔物なのでいくら倒しても記録することはできませんが、このグレイトロルは別です。こんなにも巨大で凶悪な魔物ですから、当然、メルティナさんの冒険者証明証には記録させていただきます。私に任せてください」
眼鏡のギルド職員の言葉に、メルティナは絶句したまま立ち尽くしていた。
「ねえ、何でこの魔物はグレイトロルっていうの?」
僕は、ギルド職員に尋ねてみた。やや体表がグレー(灰色)に見えるからなのかと思ったんだけど。
返ってきた答えは違った。
「グレイトなトロルだから、グレイトロルですよ」
自信満々に眼鏡のギルド職員は、答えてくれた。
「本当に?」
「冗談に決まっているでしょう」
ギルド職員は、ゲラゲラと笑い声を上げていた。
僕とメルティナは呆れたような表情で彼をジト目で見つめ、クインエリスはイラっとした表情を見せた後、鞭でしばき倒そうとしていたので僕はそれを止める羽目になった。