第38話 ギルドからの依頼
冒険者ギルドの職員たちが鬼王の死体を街に運んで戻って来た、その日の夜のことだった。
「きゃああああああ」
「うぎゃああああああ」
複数の悲鳴が突然聞こえ、僕はベッドから跳ね起きた。
「何?今の悲鳴は?」
辺りをきょろきょろと見回す。
声は宿屋の外から聞こえてくる。
「何なの?」
メルティナも上半身を起こし、眠そうに目を擦っていた。
「窓には近寄るな」
モグリーナは、愛用のハンマーを片手にカーテンを乱暴に開いた。
月明かりが窓のガラス越しに差し込んでくる。
外は夜の闇に覆われている。
その闇色の中をキラキラと自らの存在を主張してはかなげに輝く星々の煌めきが見えた。
窓のそばに身を置いて、ガラス越しに外の様子をモグリーナは注意深く確認していた。
再び、いくつかの悲鳴が上がる。
何か争いをしているような音も聞こえてくる。
皿などが割れるような音だ。
「何が起きていやがる?」
街は大抵の人々が寝静まっている時間帯だ。
起きているのは、酒場や屋台などで飲んだくれている人たちくらいだと思う。
酔っぱらって口論にでもなって、喧嘩でも始めちゃったのかな?
それにしては、鬼気迫るような悲鳴だった。
ガタンと大きな物音を立てて、不意に僕たちの部屋の窓のそばを何かが横切った。
「何だ?今のは?……狼?」
閉じられた窓のそばにいたモグリーナの口から、そんな言葉が漏れていた。
僕も今、ガラス越しに黒い靄のような何かが見えたような気がしたけれど、一瞬のことで何かまでは判別できなかった。
モグリーナは、窓越しに気配を探る。
怪しげな気配は感じられないようだったけれど、何が起こるかわからない。
用心深く静かに窓をそっと開ける。
周囲を警戒しながら慎重にだ。
ハンマーを両手で抱え、いつでも攻撃できる体勢をとっている。
「おい、しっかりしろ」
「ダメだ、死んでる」
「こっちもやられた」
「冒険者じゃないか?」
宿屋の前の広場から声が聞こえてくる。
広場には露店があり、酒やつまみなどを提供しているお店がある。
そこで飲んでいた人たちが襲われたみたいだった。
「モグリーナ?どういう状況?」
「広場の露店で人が襲われたみたいだねぇ~。襲われたのは……冒険者か?そんな感じの連中だねぇ~。酒飲んで仲間割れかもしれないな」
モグリーナは、他に何かめぼしいものが見られなかったので、窓を閉めてしっかりと施錠した後にカーテンを閉めた。
「そうなんだ?人食い鬼が報復にでも来たかと思ったよ」
「それらしい姿は見えなかったよ。とりあえず、朝まではあたいがここで見張っているから、ヴィオもメルティナもしっかり寝ときな」
モグリーナにそう言われ「はい、寝ます」とメルティナはすぐに倒れるようにベッドに横になって眠ってしまった。
「何かあったときは頼むよ、モグリーナ」
お願いをして僕もベッドに横になった。
「ああ、安心して寝てな。あたいが守ってやるから」
モグリーナは、僕のそばに歩み寄ると、頭を撫でてくれた。
撫で慣れていないのだろう。
かなり荒っぽい撫で方で、首がもげるかと思ったよ。
僕は目を閉じると、すぐに夢の中へと誘われていった。
その時、「あいつは……一体何だったんだ?」と小さく呟くモグリーナの声が微かに聞こえていた。
次の日の朝。
宿屋の一階で朝食をとっていると、昨夜のことが話題になっていた。
「昨晩、冒険者が何者かに襲われたらしいぞ」
「ああ、そうらしいな」
「すぐそこの広場で襲われたみたいだな」
「いや、それ以外にも冒険者らしき男女が、孤児院の近くで襲われたって聞いたぞ」
「襲われたのは、全員冒険者かよ?」
「露店の店主も怪我したって聞いたぞ」
食事をしていると、周囲の人たちから様々な話し声が聞こえてくる。
「皆、何の話をしているのかしら?」
メルティナは、ミルクを一口口にしながら、小首を傾げていた。
「えっ?夜中の悲鳴のこと覚えていないの?」
「悲鳴……?そう言えば……そんなの聞いたかも?」
顎に手をあてがいながら思い返している。
まあ、メルティナは寝ぼけていたから覚えていなくても仕方ないかな。
「目の前の広場で冒険者が何者かに襲われたんだよ。あまりにもあっという間だったし、窓の外を見た時には犯人らしき人物はいなかったねぇ~」
深夜の出来事を思い返しながらモグリーナが言った。
「夢かと思っていたけれど、現実だったなんて……」
パンの上にベーコンを乗せてメルティナはパクリと食いついた。
食欲旺盛なようだ。
僕もお腹が減っているので、同じようにお腹に流し込んでいく。
モグリーナは、何も口にしていなかった。
召喚獣であるモグリーナは、何も食べなくても平気らしい。
眠る必要もないので、昨夜はずっと起きて見張りをしてくれていた。
食べたり、眠ったりしなくていいのは便利そうだけれど、それはそれで楽しみがないなと僕は思ってしまう。
どうせなら、行く先々の街で美味しいものをたらふく食べたいじゃん。
それが旅の楽しみの一つでもあると僕は思う。
「だけど、冒険者を狙うって、一体……」
モグリーナがそんな呟きを漏らしたとき、冒険者ギルドの制服に身を包んだ女性が僕たちのテーブルに歩み寄り、声を掛けてきた。
「失礼ですが、メルティナ・メーベリアさんでお間違いないでしょうか?」
落ち着いた丁寧な口調で、女性は言葉を吐いた。
「ええ、そうですけれど……」
メルティナが答える。
「もしかして、人食い鬼討伐の報酬の話?」
僕は、横槍を入れた。
「はい、そうです。他にも何かお話したいことがあるとのことです。ギルドの方へお越しください」
「ご飯を食べ終わってからでもいい?」
「もちろんです。ですが、出来るだけ早めに来てほしいとの託けです」
ギルド職員は、言うことを告げると即座に立ち去って行った。
「何かしら?話したいことって?」
メルティナは、そう呟きながら何やら不安な面持ちを抱えている。
何か悪い予感を感じ取っているのかもしれない。
「考えるだけ時間の無駄さ。飯を食ったら、さっさとギルドに行けばいいだけだろう?」
モグリーナは、あっさりしていた。
「それは、そうだね」
僕は、パンをもう一枚手に取ると再びベーコンを乗せて食いついた。
ちゃんと食事しておかないと、肝心な時にお腹が減って力が出せないもんね。
朝食を摂り終わった後、僕たちは冒険者ギルドへと向かって足を延ばした。
と言っても、冒険者ギルドは僕たちが泊まっている宿屋の前にある広場を挟んで向かい側にある。
あっという間に辿り着く距離だった。
ギルド内に入っていくと、やはり昨晩の冒険者が襲われた事件のことで噂の花が咲いていた。
誰も彼もが、その話題を口にしている。
僕たちは、受付のカウンターへと向かって歩く。
「あっ!メルティナさん、こっちです」
僕たちに……いや、メルティナの姿に気が付いたランドレイクの街のギルドマスター補佐であるエリエリス・エリューズがカウンターから腰を上げて大きく手を振っていた。
長い緑色の髪の毛を揺らしながら、自分の存在を主張していた。
僕たちは緑髪の女性の元へと歩み寄る。
「お待ちしておりました、メルティナさん」
エリエリスは、満面の笑みでメルティナを迎えてくれていた。
ギルド内は、仲間が何者かに襲われて意気消沈している状態だったけれど、この人はそんなのどこ吹く風といったような感じだった。
いや、よく見れば無理やり笑顔を作っているような、そんな感じには見えた。
「どいつもこいつも辛気臭い顔をしているねぇ~」
モグリーナが、周囲を見渡しながら吐き捨てるように呟いた。
そうなるのも仕方ないと思うよ。
「それは仕方ありません。昨夜、この前の広場で冒険者が何者かに襲われたことはご存じですか?」
急に笑顔が消え、神妙な表情になるエリエリス。
「ああ、知っているよ。悲鳴が聞こえた時に宿屋の窓から外を確認したからねぇ~。襲った人物の姿は見えなかったけれど、数人が倒れているのが見えたよ」
モグリーナが返答を返していた。
「そうですか……一般人一人を含む冒険者三名が怪我をし、五名の冒険者が亡くなっています。たった一晩でですよ。それもそこそこの実力を持った冒険者たちですから……皆……困惑しています」
「冒険者ばかりを狙った犯行かもしれないってことだねぇ~」
「そうとも言えますし、夜遅くまでお酒を飲みあかしていたのは冒険者だったので、たまたまそこに居合わせた冒険者が重点的に狙われたってことにもなりますね」
いずれにしても、犯人が分からなければ、動機もわからない。
皆、疑心暗鬼にもなるだろうね。
「そんなことよりも、人食い鬼討伐の報酬は?」
僕はカウンターに向かって背伸びして何とか鼻の辺りまでをカウンターの上に出しながら尋ねていた。
「そうでしたね。人食い鬼討伐と行方不明だった冒険者及び同行者の捜索の報酬でしたね。こちらになります」
エリエリスは、ドカリと重量感ある音を響かせながら、カウンターに報奨金の入った皮袋を置いた。
今にも溢れんばかりにパンパンにお金が入っている。
かなり良い報酬を用意してくれたみたいだ。
僕は、その皮袋を受け取る。
何故、君が受け取るのかな?といった表情をしながら、エリエリスは「メルティナさんの冒険者証明書をお返ししますね」とカウンターの上にメルティナの冒険者証明書を置いた。
厚手の紙で作られた冒険者ギルドに登録したことを証明する証明書だ。
これがないと、どこの街のギルドに赴いても冒険者としては認めてもらえない。
それにこの冒険者証明書には名前や年齢だけでなく、討伐した魔物の数や依頼を受けた内容と成否、称号などが記載されている。
それを受け取りながら、メルティナは絶句している。
今度は、またどんなことが書かれているんだろうと気になった僕は、モグリーナに目で合図を送る。
仕方ないとばかりに、モグリーナは僕の脇に手を入れるとひょいッと軽々持ち上げた。
そのまま、カウンターの上に置かれた冒険者証明書が見えるように傾けてくれた。
「『鬼殺し』って称号が増えているね」
「ええ、その称号は人食い鬼と鬼王を退治したメルティナさんに贈ってくれというギルドマスターからのお達しです。お受け取り下さい」
メルティナは、溜め息を吐いて素直に冒険者証明書を受け取ると、背負い袋にしまい込んでいた。
「また称号が増えたね」
「そうね……」
メルティナは、うんざりしたような表情で呟いた。
喜びの表情もなければ何の感慨もなさそうだった。
自分の実力ではない実績が次々と記されていく冒険者証明書。
あと、いくつの称号がもらえるのか僕は楽しみだけれど、メルティナは辟易としているようだ。
「称号を貰える方って少ないんですよ。嬉しくないんですか?」
エリエリスは、メルティナの反応が薄いことに疑問を感じたようだ。
「えっ?……ああ……嬉しいですよ……あはははは……」
乾いた笑いを漏らすメルティナ。
全くと言っていいほど言葉に感情が籠っていなかった。
自分の実力でもらったものではないから素直には喜べないことは理解できる。
まあ、この実績をやたらと自慢しまくって鼻高々になるような人物だったら、僕はすでにメルティナを置いて去っているけれどね。
自分の実力が伴わない冒険者証明書の内容に、やや困り顔のメルティナの姿を見るのがささやかな僕の楽しみでもある。
メルティナから見たら嫌な奴と思われるかもしれないけれどね。
「そう言えば、ギルドの使いの奴が報酬の話以外にも何かあるって言っていたけれど、何なんだい?」
「ああ、そうでした。メルティナさんに頼みたいことがありまして……」
「頼みたいことですか?」
メルティナは露骨に嫌そうな顔をしていた。
だいたい、ギルドから頼みごとがある時は、面倒ごとしかない。
「はい。先ほど話題に出た、昨晩の冒険者襲撃事件に関してです」
「犯人探しでもさせる気かい?」
モグリーナがそう言うと「いいえ」とエリエリスが答えた。
「犯人は、わかっています」
「えっ?襲撃した人は、わかっているの?」
エリエリスの言葉に僕たちは驚いた。
冒険者を襲撃した犯人が分かっているんなら、メルティナに何をさせたいんだろう?
「はい、襲撃犯は魔物です」
「魔物?」
僕たちは怪訝な表情をするしかない。
「人狼です」
「ウェアウルフ?」
僕は、オウム返しに聞き返した。
「そうです。襲撃犯は人狼です。冒険者が襲撃された際にそばにいた人たちが見たと証言がありました」
「それって狼の頭をした魔物かい?」
モグリーナが確認するように尋ねていた。
「そうです。人型の魔物で頭部が狼なんです。体長や体格は個体によってまちまちですが、驚異的な身体能力を持ち、鋭い爪を持つのが特徴的な魔物です」
「そうか……あれがウェアウルフか……」
モグリーナは、考え込むように顎に手を当てながら呟いた。
「知っているの?モグリーナ?」
「昨晩、窓のそばを何かが通り過ぎただろう?」
確かに何かが横切っていったのは見たけれど、何かまではわからなかった。
「うん。何かはわからなかったけれど、窓を揺らして行ったよ」
「その時、狼の顔のようなものが一瞬だけだけど見えた。あれが人狼かい」
「その人狼の討伐をメルティナさんにお願いしたいのですが……」
様子を窺う様にエリエリスは、メルティナを見据えている。
「どこにいるのか、わかっているのかい?」
「多分……この街のどこかにいると思います」
「多分って……探し回らないといけないじゃん」
「そうなんですよ。でも、街中にいることは間違いないと思います」
何で、そう言い切れるんだろう?
「街中にいる確証はあるのかい?」
「ええ、以前から時折、人狼が現れては、目撃されているんです。今回のような人的被害はなかったんですけれど……それと同じ個体かどうかはわかりませんが、街の中にいるのは間違いないです」
エリエリスは、街の中にいると確信しているようだ。
「そう言えば……この街に来た時に警備兵のおじさんが、街の中に魔物が入り込んでいるって言っていたわよね?」
記憶を思い返しながらメルティナが呟いた。
「そうだね。確かに言っていた気がする」
僕も記憶を辿っていく。
「ダサインとかいう冒険者が暴れていた時だったっけ?」
「話を聞いたのは、暴れる前よ。あの冒険者が暴れておじさんたちは、その対応に当たっていたじゃない」
僕とメルティナの会話にエリエリスが割り込んできた。
「あの……ダサインさんを知っているんですか?彼は、今どこに?」
「?」
僕もメルティナも首を傾げた。
「ああ、すみません。毎日、ギルドに顔を出していたダサインさんがここ数日、来ていないんです。それなりの強さの冒険者なので、人狼の討伐をお願いしようと思っていたんですけれど……何かご存じありませんか?」
「あのダサインって人、酔っぱらって暴れて、灰色のローブを着た人に魔法を掛けられていたよね?」
「ええ、眠りの魔法だったわよね。その後……そうそう、ローブの人……ロロド導師って言ったかしら?その人の屋敷に連れていかれたんじゃなかったっけ?」
記憶を呼び起こしながらメルティナは答えていた。
確か……そんな感じだった気がする。
「ロロド導師のお屋敷ですか?」
何か気になることがあるのか、エリエリスは考え込むように黙り込んでしまった。
本日は、2025.12.31 大晦日。私の拙い作品を読んでくださった方々、どうもありがとうございます。来年も精力的に書いて投稿を行っていく予定ですので、引き続き一読いただければ幸いです。2026年も『召喚獣戦士 ヴィオ』をよろしくお願いいたします。また、『剣王戦記』という作品も同時進行で書いて投稿しています。こちらも読んでいただければ嬉しく思います。では、良いお年を~‼




