第35話 探索と捜索
階段や壁、天井がほんのりと淡い光を放っている。
この光がなかったら、ここは真っ暗で何も見えないはずだ。
ものすごく明るいというわけではないけれど、この仄かな明かりは僕たちの視界を確保してくれているので大変ありがたかった。
「やはり、誰かが魔法で作ったトンネルのようだねぇ~」
ある程度階段を下りた後、ホールのような広い場所に出た。
そこには何もなく、ただ広い空間があるのみだった。
広い空間の先には、まっすぐなトンネルが僕たちの前に広がっていた。
「馬車がすれ違えるほど大きなトンネルですね」
メルティナは、両手を広げてトンネルの大きさを表わしてくれた。
確かに馬車が余裕ですれ違えるほど大きいトンネルだ。
高さもそれなりにあるので、あの体格の大きな鬼王ならこのトンネルを通ることは可能だと思う。
「人食い鬼の住処にしては広いね?」
「う~ん……そんな感じはしないわよ。何もないし、生活感がないわよ」
確かに、この広い空間には何もないと言っていい。
ここに巣食っているのなら、食事をした形跡などがあってもいいと思うけれど、メルティナが言う様に生活感のかけらもない。
「とりあえず、一本道のようだから進んでみようじゃないかい」
モグリーナは、無警戒でスタスタと歩き出す。
魔法の明かりによって視界は確保されているし、まっすぐなトンネルだ。
そんなに警戒しなくても、人食い鬼が向かい側から来ればすぐに気づける。
「誰がこんなトンネル作ったんだろうね?」
キョロキョロ見まわしながら、僕は何気なしに呟いた。
「よほどの暇人じゃないかい?明らかに手で掘ったというよりは、魔法を使って掘ってあるし、このトンネル内を魔法の明かりで照らし出すようなことができるんだから、それなりの魔法の使い手のはずだ」
モグリーナは、淡く光る壁に手を触れながら、告げた。
それを聞いて思い当たる人がふと浮かんだ。
「メルティナ、僕たちがランドレイクの街に来た時に酔っぱらって暴れた冒険者を魔法で眠らせたローブの男の人がいたよね?」
「ああ……ロロド導師って呼ばれていた人だっけ?」
顎に指を添えながら、メルティナはその時のことを思い出したようだ。
「そうそう。その人だったら、こんなことできそうだよね?」
強い魔力の波動を感じた人だ。
あの人だったら、これくらいのことはできそうだ。
「ごめん。私は魔法のことはよくわからないから、何とも言えないわ」
そうだった。
メルティナは、魔力の波動とかを感じられないんだった。
それじゃあ、聞いても無駄だね。
「何だ?こんなことが、できそうなやつがいたのか?」
「強い魔力を感じたよ。それも邪悪な感じの魔力だったけどね」
「邪悪?」
モグリーナは、眉をひそめた。
「邪悪な魔力の波動ではなさそうだけど……」
壁を微かに光らせている魔力の波動は、仄かに温かみを感じる。
「じゃあ、違う人がこのトンネルを掘ったのかも……」
「第一、何でこんなトンネルを掘る必要があるんだ?暇だから掘って明かりをつけましたってレベルじゃないぞ」
かなり広いトンネルが続いている。
何か目的がなければ、こんなにも大きなトンネルは掘らないことだろう。
「あれ?分かれ道があるわよ」
突然、メルティナが声を上げた。
まっすぐ続いているこのトンネルの途中に円形のホールのような場所があり、正面と左右にそれぞれ一本づつトンネルがある。
「どっちへ行けばいいんだろう?」
まっすぐなのか。
右なのか。
左なのか。
左右のトンネルも同じような広さで壁や天井が淡い光を放っている。
「とりあえず、まっすぐ進もうじゃないかい」
モグリーナは、あっさりと決断していた。
「どうして?」
「どうしてって……途中で右へ行ったり左へ行ったりしたら、自分の居場所が分からなくなって迷子になるだけだ。まずはまっすぐ進んで行き止まりだったら戻ってきて左右のどちらかに進めばいい」
確かに、その通りかも。
あっちこっちに行ったら迷う自信はある。
僕たちの前には、まっすぐなトンネルが続いているんだから、先にまっすぐに行ってみるのがいいのかも。
僕たちは、モグリーナが決断した通りに、そのまままっすぐに進んでいった。
トンネルはカーブすることなく、本当にまっすぐに作られている。
何のために作られたのか、よくわからない。
かなり長いこと、歩いたような気がする。
再び円形のホールのような場所に出た。
「上に行く階段があるね」
目の前に上りの階段が姿を現した。
「何だか、私たちが入って来たところと同じような感じの階段ね」
「とりあえずは、上に行ってみるかねぇ~」
モグリーナを先頭に階段を登って行く。
この階段も、まっすぐ上に続いている。
「鎖があるねぇ~」
階段を登り切った先には、壁があった。
けれど、岩壁からダラリと垂れた鎖がすぐに見つかった。
「ヴィオ、メルティナ。下がってな」
モグリーナは、鎖を引っ張った。
ゴゴゴゴゴゴ……と音を立てて目の前の岩壁が横へとスライドしていく。
明るい光が差し込んできて、目が眩んだ。
「眩しい……」
薄明るい地下トンネルにいたので、あまりの明るさに驚いた。
「ん?ここは?」
モグリーナは、開いた岩壁から身を躍らせた。
僕もメルティナも後に続く。
僕たちが開いた岩壁から出た先には、草原が広がっていた。
ゴゴゴゴゴゴ……と音を立てて大きな岩壁が閉まっていく。
振り返ると、長方形の大きな岩がそこにはあった。
あまりにも綺麗な長方形をしている岩だ。
どう見ても自然にできたものではないはずだ。
その長方形の大きな岩の一部が扉のようになっているようだった。
「あれ見て、ヴィオ君」
目の前の長方形の岩壁から少し離れたところで、メルティナが何かを指さしていた。
僕は彼女に駆け寄る。
「あれ?街だ。ランドレイクの街だよね?」
僕たちの目の前には、大きな湖が広がっている。
その先に見えるのは、三つの島だ。
そして、さらにその先には、ランドレイクの街が見えた。
「……ということは、湖を挟んでランドレイクの街の反対側に出たってこと?」
「そういうことじゃない?」
位置関係的には、ランドレイクの街があって、街に隣接するように大きな湖がある。
その湖の真ん中に島があり、その島の左右に一回り小さな島がある。
島からある程度の距離を離れた湖のほとりに僕たちはいる。
つまり、真ん中の島の地下トンネルを通って街の反対側の湖のほとりに出たということだ。
「船を使わなくても、ここからあの真ん中の島へは行けたんじゃないかしら?」
「そうだね。でも、ギルドの人は地下のトンネルのこととか何も言っていなかったから、知らないんじゃない?」
「……ってことは、途中で左右の分かれ道があったのは、あの左右の島に行く道ってことか?」
そうかもしれない。
位置関係的には、それっぽい。
「ヴィオ、これからどうする?」
モグリーナに尋ねられ、僕は考え込む。
人食い鬼は、退治した。
あとは行方不明の冒険者と同行者を探すだけだ。
でも、この地下トンネルも気になるので探索はしたい。
陽は、まだ高い位置にある。
「一旦、トンネルに戻って、左右の島を探索しよう。その後に真ん中の島に戻って、冒険者たちの探索をするよ」
これからの行動を口に出してみる。
「冒険者たちが見つからなかったら、どうするの?」
「その時は、船で街へ戻ろう。人食い鬼を退治した報告だけでもしたいし、見つからなかったら仕方ないもん」
「わかった。それで行こうじゃないかい」
次の行動が決まれば、即座に行動に移すだけだ。
モグリーナは、長方形の岩のオブジェのところまで足早に戻ると、岩壁から垂れ下がる鎖を引っ張って入り口を開けていた。
僕とメルティナは、モグリーナの後に続くように追いかけた。
トンネル内を戻り、左右の島へと続くトンネルを通って、島に上陸して探索を行った。
左右の島は、島の周りを木々が囲っているだけで中央部分は広場のようになっていた。
屋台などを並べて、人々が集まるには十分な広さがあった。
人っ子一人いないし、魔物の姿も確認できなかった。
なので、右の島も左の島も探索を終了し、中央の島へと戻ってきた。
「本当に冒険者と同行者ってのは、この島に来ているのかい?」
モグリーナが、尋ねてくる。
「ギルドマスターは、人食い鬼を退治しに冒険者と同行者がこの島に向かったまま帰ってこないって言っていました」
「でも、冒険者たちが乗って来た船が桟橋になかったんだよね。どうしてなんだろう?」
「船で渡ったって言っていたのかい?」
モグリーナにそう言われ、改めて考えてみると、船で渡ったって言われていない気がする。
「言われてないかもしれない」
「だとしたら、あたい達が通って来たトンネルを通って来た可能性があるかもしれないねぇ~」
「だったら、なぜ、私たちには船を用意したんでしょうか?トンネルのことを教えてくれればいいはずなのに……」
う~ん、それはわからない。
ギルドもあのトンネルのことを把握していないのかな?
そこが分からないと、何とも言えない。
「まあ、考えてもわかんないから、そこは後回しにしよう。この真ん中の島を探索して、何も見つからなかったら一旦ギルドに戻って報告しよう。日が暮れる前には、街に戻りたいよ」
「そうね。人食い鬼の死体が転がっているような場所で一夜を明かしたくはないわ」
三角形の岩のそばには、ミーティアとフェリアーナとモグリーナがそれぞれ退治した人食い鬼の遺体が転がったままになっている。
そのそばで野宿なんてのは、まっぴらごめんだよ。
「じゃあ、さっさと探索しようかねぇ~」
モグリーナを先頭に僕たちは歩き出した。
お祭りを行う会場は、あの開けた広場のような場所で間違いないだろう。
そこには、トンネルへの入り口である三角形の大きな岩と人食い鬼の死体と地面からうっすらと生え伸びる草花しかなかった。
だから、その広場から離れた場所……木々に覆われたところ、つまり島の外周を重点的に歩いて探索してみることにした。
中央の島は、そこそこ広く感じた。
木々の合間を縫って歩くと、島の端に行きつき、目の前には湖が広がっている。
陽の光を受けて微かに揺れる水面がキラキラと輝いて見えた。
僕たちの視線の先には、先ほどトンネルを通って湖のほとりに出たあの長方形の岩壁がはるか遠くに確認できた。
「さっきトンネルを通って出た場所が……あれだよね?」
長方形の岩を指さして確認のために、二人に尋ねた。
「そうだと思うわ」
「あんな不自然な岩がそういくつもあるわけないだろう?間違いなくそうだねぇ~」
「結構、距離があるね?」
こうしてみると、かなりの距離があり、泳いで渡るのは難しそうだった。
「でも、街からこの中央の島の桟橋までは、船だと近いかもしれないわね」
確かに。
メルティナの言う通り、街の船着場からこの島の桟橋まではかなり近い気がする。
「でも、あのぼろい船だと、いつ沈むかわからなくて怖いけれどね」
「そうね……船は、ぼろかったわね」
メルティナも賛同してくれた。
それほどまでに、ぼろい船をギルドは用意してくれていたんだ。
あのトンネルのことを知っていたら、多少遠回りになるかもしれないけれど、トンネルの方を選んだかもしれない。
「んっ?何だ?」
突然、モグリーナが声を上げた。
「どうしたの?モグリーナ?」
何かを見つけたみたいで、モグリーナは駆け出していた。
僕とメルティナも後を追う様に駆け出した。
「ヴィオ、メルティナ。こっちに来るんじゃない」
不意に立ち止まったモグリーナは、怖い顔をして怒鳴った。
「えっ?何?何?」
困惑しながらも、僕は足を止めた。
急に立ち止まった僕の背にメルティナはぶつかって、二人して前のめりに地面に倒れこんでしまった。
「うえっ……ペッペッ……」
口に入ってしまった草や土を吐き出しながら立ち上がる。
「急に立ち止まらないでよ、ヴィオ君……」
メルティナも同じように口に入ってしまった草を吐き出しながら文句を垂れていた。
「だって、モグリーナが来るなって言うから……」
口を尖らせる僕。
「あの……何かあったんですか?」
恐る恐るといった感じでメルティナが、モグリーナの背に声を掛けていた。
この周辺は草が結構生い茂っている。
僕の腰のあたりくらい……メルティナで言うと太腿あたりくらいに長く草が伸び呆けていた。
だから、何があるのかは見えなかった。
僕とメルティナは、モグリーナとは十数メートルくらい離れている。
モグリーナは屈み込んで何かをしているようだ。
「モグリーナ?」
僕が声を掛けると「二人とも、そこで待っていな。こっちには絶対に来るんじゃないよ」と振り向きもせずに、モグリーナは声を荒げていた。
様子がおかしい。
何かあったのは間違いない。
しばらく待っていると、モグリーナは立ち上がって僕たちの方へと歩いて戻って来た。
「こいつを見てみな」
モグリーナは、手にしていた紙切れを僕たちに見せてきた。
「あれ?これって……」
「冒険者証明書だわ」
モグリーナが手にしていたのは、冒険者ギルドが冒険者に発行している『冒険者証明書』だった。
冒険者の名前や討伐した魔物の種類と討伐数、請け負った依頼とその成否、中には称号などが記載されていることもある書類で、冒険者の証でもある。
それをモグリーナが持って来たってことは……。
「三人の遺体がある。恐らく、鬼王にでもやられたんだろう。酷い有様だ。お前たちは見ない方がいい」
モグリーナは、真剣な表情でそう言ってきた。
どんな状態なのか気にはなるけれど、モグリーナが僕とメルティナを近づけさせたくないってことは、相当ひどい状態で殺されているってことだろう。
「どんな状態なんですか?」
メルティナも気になるようだ。
「金棒で何度も殴られたんだろうねぇ~。爆ぜ割れたスイカのようだよ」
モグリーナの表現に僕もメルティナもなんとなく想像がついてしまい、ちょっとだけだけど吐き気を催しそうになってしまった。
「とりあえず、冒険者と同行者の遺体はこのままだ。回収はギルドの連中にやらせればいい。証拠になるこの紙を持って行けばギルドは動くことだろう」
確かに、冒険者証明書は三枚あった。
二枚は冒険者の物で間違いないはず。
もう一枚は、同行者の物だ。
確か、同行者は元冒険者だと言っていたから、冒険者をやめた後でも証明書を持っていても不思議ではない。
「そうだね。残念な結果だけれど、報告はしないとね」
モグリーナから冒険者証明書を受け取り、メルティナに手渡す。
メルティナは、身を震わせていた。
亡くなった冒険者のことを悲しんでいるのか、むごたらしい死にざまに怯えていたのかは僕にはわからない。
「そろそろ陽が落ち始める頃合いだ。船のところまで案内してくれ。すぐにでもこの島を離れるよ」
モグリーナに促され、僕は船を係留した桟橋の方へと向けて足を進めた。




