第34話 トンネル
白銀に煌めくハンマーと漆黒の金棒が火花を散らして、ぶつかり合う。
何度もぶつかり合い、高質な音が周囲に響き渡った。
細枝のような細身の体格のモグリーナに対して、鬼王はまるで岩と言っていいほど大きく、二人の間にはかなりの体格差がある。
それでも互角の打ち合いをしているのは、単純にモグリーナの膂力が圧倒的だからかもしれない。
鬼王が横薙ぎに金棒を振れば、モグリーナも相対してハンマーを横薙ぎに振るい、ぶつかり合って弾かれる。
金棒が上から振り下ろされれば、下から掬い上げるようにハンマーが打ち上げられ、ぶつかって弾かれる……の繰り返しだった。
「どうした?その程度かい?」
余裕の笑みを浮かべるモグリーナに対して、鬼王の顔からは楽しげな表情は消失していた。
なぜこんなにも細身の人間が、自分と互角に打ち合っていられるのか?
そんな疑問に彩られたような顔色をしていた。
横薙ぎ、叩きつけの動作から、鬼王は突然、金棒を持った腕を後ろに大きく引いた。
力押しでは押し切れないと思ったのかもしれない。
突如、攻撃パターンを変えてきた。
引いた腕を一気に前に突き出してきた。
金棒の先端に突き出した三角錐の突起をモグリーナに向かって最速で突き出した。
突然の突き攻撃に、モグリーナも一瞬遅れてだけどハンマーを前へと突出させて対応していた。
金棒とハンマーがぶつかり合う。
やや遅れたため、力が入り切らず、踏ん張り切れなかったモグリーナの身体は後ろへと飛ばされ、よろめいた。
そこを狙って袈裟懸けに金棒が襲い来る。
「くっ!」
身体を無理やり逸らせて金棒をやり過ごす。
しかし、振り下ろされた金棒をすぐさま翻して鬼王は横へと薙いだ。
身体の対応が間に合わず、モグリーナは寸でのところでハンマーで受け止めるのがギリギリだった。
やや体勢が崩れた状態で金棒を受け止めたため、モグリーナの身体は力負けして吹き飛ばされた。
その時に、ハンマーがモグリーナの手から離れて、零れ落ちてしまった。
ゴロゴロと重厚感漂う音を立てながらハンマーは二転三転と地面の上を転がり、柄を上に向けた状態でその動きを止めていた。
チャンスと見るや、鬼王は金棒の猛攻を仕掛けてきた。
地面を転がりながら、金棒を避けるモグリーナ。
金棒はしつこく追いかけてきては、モグリーナのそばの地面を叩く。
地面に穴を穿つ金棒を蹴りつけて、その勢いで素早く起き上ると、軽い身のこなしで飛び跳ねて大きく距離を取った。
地面に落ちたハンマーから遠ざけられる形になってしまった。
「ちっ!」
立ち上がって体勢を立て直すモグリーナは、武器を失ってしまい舌打ちしていた。
鬼王は勝ったとばかりに、地面に転がり佇むモグリーナのハンマーの柄に手を伸ばした。
「!?」
驚きの表情を見せる鬼王。
モグリーナのハンマーは、地面からほんのちょっとしか持ち上がらなかった。
モグリーナは細枝のような右腕一本で軽々と振り回していたけれど、丸太のような極太の腕を持つ鬼王は、まともに持ち上げることすらできなかった。
必死の形相で持ち上げようとしているけれど、モグリーナの様に持ち上げることができないでいた。
「どうした?持ち上がらないのかい?そんなにでかい図体しているのに情けないねぇ~」
嘲笑う様にモグリーナは言ってのけた。
数度、持ち上げようと鬼王は試みていたけれど、微かに地面から数センチ持ち上がる程度で振り回すまでには至らなかった。
いったい、どれほどの重量があるハンマーなのだろか。
鬼王ですら持ち上げられないようなハンマーを片手で軽々と振り回すモグリーナの膂力は鬼王以上ということになる。
一向に持ち上がらない白銀のハンマーに鬼王は憤慨したようで、モグリーナのハンマーを汚い脚で蹴りつけた。
しかし、ハンマーはピクリとも動かなかった。
「あたいのハンマーを足蹴にするとは、いい度胸だよ」
自分の大切なハンマーを足蹴りされ、モグリーナの瞳が吊り上がる。
鋭い眼光で睨みつける。
一瞬だけ気圧されたようで。
「ゴガァァァ」
自らの強さを誇示するかのようにバカデカイ咆哮を鬼王が張り上げた。
「うわっ」
あまりの耳を劈く雑音に僕もメルティナも両手で耳を塞いだ。
モグリーナも同じだった。
鬼王は巨体を振り乱しながら、モグリーナへと一気に走り迫る。
金棒が頭上より叩きつけられる。
かなりの大ぶりのため、モグリーナには避けるだけの余裕があった。
右に大きく飛んで躱す。
「メルティナ、あんたの斧槍を貸しな」
モグリーナは、メルティナに向かって叫ぶ。
そのモグリーナの背後から、振り下ろした金棒を横一線に翻して鬼王が襲い掛かる。
身を屈めたことで頭上を金棒が通り過ぎていく。
一瞬遅れて風圧が通り過ぎ、モグリーナの茶色い髪を揺らしていた。
「えっ?あっ……はい」
慌ててメルティナは背負っていた斧槍を下ろすと、先端に取り付けられた槍刃とその下部の斧刃を覆っていた鞘代わりのカバーを取り外した。
槍刃も斧刃も鋭く尖り、切れ味は抜群なので、普段は危ないため、この両方の刃部分はカバーを取り付けて保護している。
ワンタッチで簡単に取り外せるようになっているので、外すのに時間はかからない。
「メルティナ、モグリーナに向けて投げて」
カバーを取り外し、斧槍を右手に持って立ち上がるメルティナに向けて叫ぶ。
「モグリーナさん、受け取って」
メルティナは、モグリーナに向けて斧槍を投げた。
ピュ~ンと斧槍は弧を描いて飛んでいく。
「どこに投げてるの?メルティナ?」
メルティナが投げた斧槍は、モグリーナとは関係のない明後日の方向に飛んでいく。
暴投もいい所だ。
「そんなこと言われたって」
もう投げてしまったんだからどうしようもないと抗議の視線がメルティナから僕に向けられていた。
金棒の猛攻をかいくぐり、モグリーナは落下軌道を描く斧槍に向かって走っていく。
それを鬼王が阻止しようと追いかける。
地を蹴り上げて飛び上がり、空中で斧槍をキャッチしたモグリーナに、下から振り上げるように鬼王は金棒をフルスイングした。
その金棒を両手で握った斧槍で受け止めるが、何せ空中では踏ん張りがきかない。
モグリーナの身体は、木の葉のように吹き散らかされた。
それでも空中で態勢を整えて、華麗に着地を決めるとヒュンヒュンと音を立ててバトンのようにモグリーナは、斧槍を両手で器用に振り回した。
「あたいには、軽すぎる」
モグリーナが扱っていた鈍重そうなハンマーと比べれば、斧槍は細く貧弱な武器にしか見えない。
その斧槍で黒光りする金棒と渡り合えるのだろうか?
太く黒光りする突起付きの金棒は、あまりにも凶悪な武器に見えた。
対して銀色に輝くメルティナ愛用の斧槍は柄が細く長い長柄武器だ。
まともに打ち合えば、簡単に拉げてしまいそうに感じた。
「その金棒で何人を殺したんだい?」
鬼王の持つ漆黒の金棒は、よく見れば黒く変色した血の跡のようなものが所々に見てとれた。
「ゴアァァァ」
お前も殺すと言いたげな咆哮を鬼王は上げると、力任せに金棒を振り回した。
モグリーナは、臆することなく突進していく。
しかも、ハンマーを手にしていた時よりも動きが早い。
すり抜けるように金棒を回避すると、すれ違いざまに一閃を放つ。
鬼王の左腕に長い傷跡が刻まれ、そこからどす黒い鮮血が飛び散った。
鋼のような強固な肉体を持つ鬼王の腕をあっさりと切り裂く。
斧槍の切れ味は鋭い。
ただそれだけではなく、モグリーナの戦闘センスも相まっての結果だと思う。
ただ力任せに斧槍を振り回しても、同じように傷を与えることはできないはずだ。
苦鳴に喉を鳴らしながら、鬼王は金棒を掬い上げるように放つ。
「遅い」
クルリと横に一回転して身を躍らせながら金棒を躱し、袈裟懸けに斧槍を振り下ろした。
「グガガガガガ」
悲鳴を張り上げる鬼王の胸元からおへその辺りまでが斧槍の槍刃で深々と切り裂かれた。
派手にどす黒い体液が大量に飛び散り、地面の草花を汚していった。
片膝をついて、鬼王の動きが止まった。
ダラダラと胸部から腹部にかけて流れ落ちる血液は、止まる気配を見せない。
あっという間に、足元がどす黒い血の海へと変貌していく。
ふらりとふらつくけれど、金棒を支え代わりにして倒れることは免れたようだ。
けれど、この動きが止まってしまったことが決定打になった。
「止めだ」
モグリーナは、鬼王に向けて斧槍を勢いよく突き出した。
モグリーナの大きな声に鬼王は、ハッとなって顔を上げた。
寸分違わず、眉間深くに突き刺さった槍刃は、額を爆ぜ割りながら後頭部から突き出ていた。
鬼王の巨体は、ぐらりと揺らぎ、額に斧槍が突き刺さったまま、仰向けに地面に倒れ込んだ。
舌を出し、身体をビクビクと痙攣させながら、鬼王はだらしない姿を晒していた。
「倒したの?」
僕の声に「ああ、ぶちのめしてやったよ」と斧槍を引き抜きながら、モグリーナが答えてくれた。
「凄いや、モグリーナ」
安全とわかり、僕は飛び出してモグリーナのそばへと駆け寄った。
そのままの勢いで彼女に抱き着く。
「怪我はないか?ヴィオ。メルティナも」
僕を片手で軽々と抱き上げながら、尋ねてくるので「うん」と答えた。
「私も大丈夫です」
身を隠していた木の裏から身を躍らせ、モグリーナに歩み寄ってくるメルティナ。
「そうかい」
安堵にも似た溜め息を吐き、「こいつは返すよ」と鬼王の額から抜き取った斧槍をメルティナに向かって投げ渡した。
それをうまくメルティナがキャッチできるはずもなく、斧槍は地面にブスリと槍刃が突き刺さっていた。
それを引き抜いて、鬼王のどす黒い血に塗れた刃部分を拭い取ると、メルティナは鞘代わりのカバーを取り付けて背中に背負った。
「しかし、まあ、何でこんなもんと戦うことになってんだい?」
鬼王の頭を蹴り飛ばして、動かない躯になり果てたことを再度確認したモグリーナは、地面に転がる白銀のハンマーの柄に手を伸ばした。
僕は簡単に、ランドレイクの街に辿り着き、ギルドで行方不明の冒険者と同行者探しをすることになった経緯を話した。
同時に、この島に巣食う人食い鬼を退治することも請け負ったことを話した。
「行方不明者の捜索と人食い鬼退治かい?」
モグリーナは、ハンマーを抱え上げながら周辺を見渡している。
ミーティアが退治した人食い鬼は、地面に顔を減り込ませた状態で動かない。
首の骨が折れているので動きようはない。
次いでフェリアーナが退治した十体あまりの人食い鬼は身体の所々が吹き飛び、風穴が開いた状態で地面に転がっていた。
どいつもこいつも、命は絶たれている。
「そういやあ、こいつと戦い始めた際に地面に潜った先で空洞を見つけたんだが……」
思い出したようにモグリーナが呟いた。
「空洞?」
「ああ、人工的に作られたトンネルのようなもんがあったな。この地面の下に……」
トントンと足を踏み鳴らしてモグリーナは、この下だと主張していた。
「もしかして……人食い鬼は、そのトンネルを通って出てきたのかもしれないわ」
メルティナが声を荒げた。
「そうだね。急に出てきたもんね」
「確か……あの岩の裏側からだったわよね?」
メルティナは、三角形の岩の方を指さした。
「人食い鬼の隠し持っているお宝があるかもしれないから、トンネルへの入り口を探そう」
僕は、三角形の岩の方へと駆けていく。
「待ってよ、ヴィオ君」
慌てて、メルティナも僕の後を追い駆け出した。
「人食い鬼のお宝ねぇ~。ガラクタじゃないことを祈りたいがねぇ~」
やれやれといった感じで呟くモグリーナの声が聞こえたけれど、それは気にせずに走った。
三角形の岩の裏側に回り込んだ僕たちは、注意深く岩の表面を観察していた。
ゴツゴツした灰色と黒が入り混じったような岩の表面だ。
どこにでもある岩と何ら変わりない様子だ。
これと言って、特に変わったところはなさそうだ。
よくよく考えれば、この三角形の岩はとても大きなものだ。
人食い鬼が、この後ろに隠れていても何ら不思議ではない。
たまたまここにいただけかもしれないと、そう思った時だった。
「何かしら?これ?」
メルティナが、ぼそりと呟いた。
メルティナの目の高さ付近の岩の表面に鎖のようなものが二十センチくらい飛び出して垂れていた。
岩から生え出てきたかのようになっていた。
メルティナは、反射的にそれに手を掛けると引っ張っていた。
ガコンと鈍い音がして、ゴゴゴゴゴゴ……と重たそうな音を立てて、岩の一部が口を開いた。
「隠し扉?」
なんか見つけちゃったと言いたげな表情でメルティナは、僕とモグリーナに視線を向けていた。
「下へ行く階段があるね。モグリーナが言ったトンネルに繋がっているのかな?」
「多分……そうじゃないかしら?」
僕とメルティナは、覗き込むようにして階段の下を見下ろす。
「明かりが……あるのかしら?」
うっすらと階段の下が光っている。
「この壁……やっぱり誰かの手で掘った形跡があるねぇ~。それに壁にヒカリゴケのような魔力の光が灯っている……」
内側の壁を手で触れながらモグリーナは注意深く観察していた。
確かに、壁から微弱な魔力の波動を感じる。
その魔力が、うっすらと壁を光らせているみたいだ。
こんなことができるのは、よほど高度な魔法技術を持った人間でしかない。
そう言えば、前にダインダーレスって人が作った迷宮ってのに行ったことがあったけれど、あそこも壁や天井が光を放っていたっけ。
明かりがあるのは、ありがたい。
松明などを用意しなくて済むからだ。
まあ、松明を灯して洞窟内を歩き回るような人はいないと思う。
真っ暗な洞窟内で松明を使っても広範囲を見通すことはできないからね。
魔法の明かりが用意されているのは助かるよ。
「もしここが、人食い鬼の巣だったら危険だ。あたいが先に行く。後からついて来な」
勇ましく、階段を一歩一歩踏み締めてモグリーナは降りて行く。
「うん」
僕は返事すると、モグリーナの後ろから階段を降り始める。
恐る恐るメルティナが、階段を降り始めるとゴゴゴゴゴゴ……と音がして戸が閉まってしまった。
「モグリーナ、閉まっちゃったよ」
慌てた声を上げる。
「多分、大丈夫だ。そこを見てみな」
モグリーナが指さす方向に視線を向けると、先ほどメルティナがおもむろに引っ張っていた鎖のようなものが岩壁から飛び出して垂れていた。
「これを引っ張ったら、再び開くってことですか?」
「多分、そうだと思うねぇ~。だから、心配せずに先に行くよ」
モグリーナは、気にした様子もなく下へと降りていく。
「出れなかったら、どうしよう」
不安を口にすると「その時には、あたいがぶっ壊してやるよ」とハンマーをこれ見よがしに見せながら力強くモグリーナが宣言した。
モグリーナが、本気で岩壁を壊しだしたら、トンネルまで壊れて生き埋めになりそうな気がしたけれど、そういったことは考えないようにしようと僕は頭を振った。




