第33話 鬼の王
「せいやぁ~」
気合とともにフェリアーナは、銀色の髪をなびかせながら、人食い鬼の集団へと突進していく。
人食い鬼たちの数は、およそ十体。
それぞれ赤、緑、青、黄色とずいぶんとカラフルな体表をしている。
頭部に大きさはそれぞれの個体で異なるけれど、一本から二本の角がある。
それ以外は、色の違いだけで見た目的にはほとんど同じと言ってもいい。
筋骨隆々で、かなり鍛え上げられた身体をしている。
体長も百七十センチくらいはありそうだ。
そんな人食い鬼にフェリアーナは臆することなく果敢に向かって行く。
渾身の力を込めた右ストレートが青い人食い鬼の右頬をとらえた。
フェリアーナよりも一回りも大きな体格の人食い鬼は体勢を崩して尻もちをついていた。
すぐさま手近にいた別の人食い鬼に回し蹴りを炸裂させる。
鳩尾に深く食い込んだ蹴りの威力に驚きの表情のまま、頽れる。
地面に突っ伏した人食い鬼の鼻先に再び強烈な蹴りが入った。
下から掬い上げるように蹴り上げた足先が人食い鬼の首をあらぬ方へと打ち上げてへし折った。
丸太のように太い首をへし折るフェリアーナの蹴りの威力はすさまじい。
「グゲッ」
嗚咽を漏らして、まず一匹が絶命した。
仲間がやられたのを間近で目撃し、人食い鬼たちが一斉に奮起した。
黄色い人食い鬼がフェリアーナに向かって飛び掛かった。
横へと身を躍らせて躱し、その人食い鬼のわき腹にねじ込むように拳を撃ち込む。
鋼のごとく鍛え上げられた人食い鬼の肉体でもフェリアーナの攻撃は十分通用するようだった。
フェリアーナは格闘戦を得意としていて、かなりのパワータイプの召喚獣だ。
けれど、一撃で倒すまではいかない。
「くっ……一撃で無理なら、手数で……」
フェリアーナは、襲い来る人食い鬼たちの攻撃をかいくぐり、隙を見ては拳を振るい、蹴り上げていく。
しかし、決定力不足は否めない。
それに人食い鬼の数が多い。
フェリアーナ一人では、苦戦を強いられていた。
「ヴィオ君、なんだか押されているわよ。大丈夫なの?」
心配そうな声がメルティナから飛んだ。
「フェリアーナを信じるしかないよ」
そう言うしか僕には出来ない。
僕自身には、戦う力はない。
召喚獣を呼び出して、封印を解いて人型にしたり、聖獣界へ戻したりくらいのことしか僕には出来ない。
武器も持っていないし、これまでに一度も武器の扱いなんてしたことがない。
僕の横にいるメルティナは冒険者だけれど、へっぽこの冒険者だ。
背中に斧槍を背負っているけれど、彼女自身がそれを振り回して魔物とまともに戦う術を持ち合わせてはいない。
そのため、フェリアーナの加勢に行かせることはできない。
むしろ、足手まといになるだけだ。
フェリアーナが戦う意思を見せ続けている間は、頑張ってもらうしかない。
無理そうだったら別の召喚獣に交代させるつもりではいる。
「はあぁぁ」
下から抉りこむように振り上げた拳が、人食い鬼の顎を打つ。
のけ反った人食い鬼の腹部がガラ空きになった。
そこへ連続で拳を目にも止まらぬ速さで打ち込んでいく。
いかに強靭な肉体と言えど、連続で打ち込まれる重い一撃一撃は少なからず、ダメージを与えているはずだ。
「せいやぁ~」
大きく振りかぶって、とどめの一撃を腹部へと潜り込ませた。
大柄な体格の人食い鬼の身体が浮き上がり、仰向けにひっくり返った。
内臓を叩き潰すくらいの威力ある一撃だったと思うが、人食い鬼は苦し気に呻いていた。
やっぱり、決定力不足だ。
他の召喚獣に変えることも考えておかなければならないかもしれない。
色とりどりの体表をした人食い鬼たちは、フェリアーナを取り囲むように展開しだした。
それを察し、囲まれるのを避けようと、フェリアーナが動こうとしたとき。
苦し気に呻いていた人食い鬼は、フェリアーナの左足首を掴んでその動きを封じた。
その間に人食い鬼たちに取り囲まれてしまった。
フェリアーナは、自分の左足首を掴む人食い鬼に向けて足を振り上げる。
振り上げた足を喉元を狙って振り下ろした。
ボギッという鈍い音とともに人食い鬼の首はフェリアーナの足で踏み潰されていた。
そのまま右足で人食い鬼の腕を肘の辺りから蹴り飛ばした。
肘は砕けて曲がってはいけない方向に折れ曲がり、フェリアーナの左足首を掴んでいた手は離されて地面を力なく転がった。
フェリアーナを囲んだ人食い鬼たちは、じりじりと間合いを詰めていく。
一斉に飛び掛かられたら、ひとたまりもないはずだ。
だから、フェリアーナは先に動いていた。
地を蹴り、赤い人食い鬼に向かって鋭い肘内を撃ち込む。
鳩尾に決まり、人食い鬼の身体はくの字に折れる。
しかし、決定力不足が仇を成した。
鳩尾に一撃を喰らいながらも人食い鬼は、フェリアーナの両肩を大きな手で掴み上げた。
「なっ?」
その膂力たるや、フェリアーナが振りほどけないほどの力だった。
他の人食い鬼が背後からフェリアーナに襲い掛かった。
フェリアーナは、右足を振り上げる。
両肩を掴み上げている人食い鬼の股間にその足が吸い込まれていく。
「ガホァ!」
悶絶の雄たけびを上げて、硬直する。
うわぁ~……これは痛いね。
両肩を掴んでいた手から力が抜ける。
フェリアーナは、人食い鬼の股下から一気に背後へと身を躍らせると抜け出した。
直後、金的を受けた人食い鬼とフェリアーナの背後から襲い掛かっていた人食い鬼は激突していた。
金的を受けて硬直していた人食い鬼の背後に回り込んだフェリアーナが、背中を蹴りつけたのだった。
人食い鬼の包囲網から抜け出したフェリアーナは、一気に畳みかけていく。
「唸れ、獄炎」
右の拳を握りしめて高々と天へと振り上げる。
魔力が拳を中心に集中している波動を感じる。
刹那。
フェリアーナの右の拳が炎に包まれた。
「フレイムバースト」
炎をまとった右の拳を、ぶつかり合って体勢を崩していた二体の人食い鬼に向かって叩きつけた。
金的を受けた人食い鬼の背中に炸裂した瞬間、ドン!と爆発が起きた。
背中に大きな風穴が開き、向こう側の人食い鬼の姿が傷口周辺が焼け焦げた先に見えた。
それだけにとどまらず、激突した相手の人食い鬼の胸元にも大きな風穴を開けていた。
「凄い、一遍に二匹も倒した」
「でも、まだ人食い鬼は残っているわよ」
フェリアーナは、右の拳だけではなく左の拳にも炎をまとわせ始めた。
両方の拳が炎に包まれている。
「火力最大」
気力を振り絞ると、フェリアーナの拳にまとわりついていた炎は両腕を包み込むように大きな火柱を上げた。
何が起きているのかわからないといった表情をしている人食い鬼たちの顔は次第に恐怖に彩られていった。
二体の人食い鬼の胸元に大きな風穴があいたのを目の当たりにすれば、次は自分がそうなるのかもしれないと想像がついたわけだ。
慌てて逃げ出そうと踵を返しだす人食い鬼たち。
「逃がしはしないわ。バーニングラッシュ」
フェリアーナは地面を蹴り上げると、人食い鬼へと迫る。
逃げ出そうとしていた緑の人食い鬼のわき腹に振り回した拳が触れた。
転瞬。
触れた部分が爆ぜ割れた。
そのまま横へと腕を薙ぐと、炎は人食い鬼の身体をなぞりながら、立て続けに爆ぜた。
内臓を焼かれながら、腹部を破壊された人食い鬼の身体は腹部から二つに裂け、地面に突っ伏した。
フェリアーナは転進し、他の人食い鬼へと追撃を掛ける。
追いつきさえすれば、どうってことはなかった。
燃える拳が触れた人食い鬼の身体は次々に爆砕していく。
その威力は、すさまじい。
人食い鬼の丸太のような腕をあっさりと吹き飛ばし、鍛え上げられた腹筋を破砕し、背中に触れれば爆砕して風穴を開け、頭部に触れれば角の生えた石頭を粉々に吹き飛ばした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
すべての人食い鬼を駆逐したフェリアーナは、その場に佇みながら肩を上下させて荒い息をついていた。
さっきの技は、かなり魔力を消耗する技のようだ。
ものすごい威力のある攻撃技だったのだから、仕方ないことだろう。
「フェリアーナ、大丈夫?」
僕は、フェリアーナに向かって声を掛けながら駆けだそうとした。
その時。
「ヴィオ君、危ない」
メルティナの声がして、僕は背中から突き飛ばされた。
前のめりの倒れ込み、顔から地面に突っ伏す形になった。
「きゃああぁぁ」
メルティナの悲鳴が、倒れ込んだ僕の上を通過して、かなり先の地面に叩きつけられて二、三回転して転がった。
「メルティナ?」
何が起きたのか、わからなかった。
立ち上がりながら振り返れば、そこには新たな人食い鬼がいた。
それも先ほどまでフェリアーナが戦っていた人食い鬼とは比べ物にならないくらい大きな体格の個体だ。
「何?でっかい人食い鬼?」
いつの間に僕たちのそばにいたのか全く気が付かなかった。
フェリアーナと人食い鬼たちの戦いの行方に夢中になっていたからだろう。
新たに現れた人食い鬼は、手に黒光りする漆黒の金棒を持っていた。
その金棒は金属製で殺傷能力を高めるためなのか、コブのようなものがたくさんついていた。
あんなもので殴られたら、たまったものではない。
人食い鬼の剛腕と金棒の組み合わせでは、即死ものだ。
そう言えば、メルティナが倒れた僕の上を飛び越えるように飛んでいったってことは、あれで殴られた可能性がある。
「メルティナ」
声を上げると、「大丈夫よ、この鎧が衝撃を吸収してくれたし、背負っていた斧槍に当たっただけだから……」とゆっくりとだけれど立ち上がっていた。
リベリアの作ってくれたスネークドラゴンの鱗を使用した鎧はかなり優秀だ。
剣などの斬撃に強い耐性を持ち、打撃系武器などの攻撃の衝撃を吸収してくれるので、身体に受ける負担は相当軽減される。
僕もスネークドラゴンの皮で作った服を身に着けているので、それなりには守られるはずだけれど、あの巨大な金棒で殴られたくはない。
痛そうだ。
いや、メルティナはあれで殴られたようだけれど、背負っていた斧槍に当たった上に、鎧の衝撃吸収能力がなければ、メルティナは即死だったかもしれない。
「ヴィオ様」
肩で息をしながらも、フェリアーナが駆けつけてきてくれた。
十体の人食い鬼を倒すために全力を尽くしてくれたので、フラフラしている。
これ以上戦わせるわけにはいかない。
「フゴァァァァ」
金棒を振り上げながら、人食い鬼が吠えた。
その大きな声は、僕たちの身をすくませるには十分だった。
金棒が横薙ぎに振るわれた。
フェリアーナのわき腹に直撃し、彼女は軽々と吹き飛ばされて地面を転がった。
「ううっ……うっ……」
口元から少しだけ赤い鮮血が漏れた。
内臓をやられたかもしれない。
金棒を受けたわき腹を押さえながら、苦痛に顔を歪めている。
それでも、闘志は失われてはいないようだ。
人食い鬼を睨みつけながら、立ち上がろうとしている。
「フェリアーナ、もういいよ。そのままだと死んじゃうよ」
「大丈夫……まだ、やれます……」
がくがくと膝を揺らしながらも立ち上がった。
見ていて戦える状態ではないのはわかる。
「他の召喚獣を呼ぶよ。だから、聖獣界に戻って、ゆっくり休んで」
僕は両手を突き出すと、意識を集中した。
フェリアーナの足元に魔法陣を描き出す。
その魔法陣は光輝き、フェリアーナの身体を包み込んでいく。
人食い鬼は、逃がさないとばかりに金棒を大きく振りあげる。
「間に合え」
僕の叫びと、人食い鬼が金棒を振り下ろしたのはほぼ同時だった。
ズドン!とけたたましい音を立てて金棒が地面を叩いた。
そこにはフェリアーナの姿はなく、ギリギリで聖獣界に送り返せたようだった。
聖獣界にいれば、どんな怪我をしていようとも召喚獣たちは次第に回復していく。
フェリアーナは、もう心配ない。
けれど、僕たちの方はピンチだ。
僕は戦えない。
メルティナも戦えない。
新たな召喚獣を呼ぶしかない。
人食い鬼は、僕とメルティナの方にゆっくりと頭を向けた。
ニヤリと気味の悪い笑みを向けてきた。
「ヴィオ君、この人食い鬼は……鬼王かもしれないわ」
メルティナは、一回りも二回りも大きな体格の人食い鬼をまじまじと観察して声を上げた。
「鬼王?」
「人食い鬼って、群れで活動することは稀らしいの。でも、その人食い鬼を束ねて支配する強力な力を持つ人食い鬼がいて、そいつは人食い鬼たちの王ともいえる存在……だから、あれは人食い鬼たちの王、鬼王よ」
「人食い鬼の王様って割には、悪い顔しているね」
「そうね、とてもお世辞でもイケメンとは言えないわね」
僕とメルティナの意見は一致したようだ。
生き物を殺すことを何とも思っていない……いや、むしろ殺すことを楽しんでいるような薄らにやけた表情をしている。
灰色の体表の鬼王は自分の存在をアピールするかのように足音を響かせて、ゆっくりと僕たちの方へと歩みを進めてくる。
ブンブンと金切り音を上げながら、金棒を振り回している。
僕たちを殴り殺すための素振りをしているようだ。
簡単にやられるつもりはない。
僕には、まだ頼れる召喚獣はいっぱいいる。
両腕を突き出して魔力を集中させ、僕の目の前の地面に魔法陣を描き出す。
次に呼び出す召喚獣は決めた。
彼女なら、いい勝負をしてくれるはずだ。
「モグリーナ、召喚」
僕の声に応じ、魔法陣が光を放った。
魔法陣の上に光に包まれた何かが現れた。
それはもやもやと形を変えていく。
パッと光が弾けたとき。
魔法陣の上に現れたのは、大きな茶色いモグラだった。
ずんぐりむっくりとした体形で、お尻にチョロッと小さな尻尾があるのが可愛らしいが、両手足には鋭く尖った爪がある。
モグラの召喚獣のモグリーナだ。
突然現れた大きなモグラに鬼王は戸惑ったような表情を一瞬見せたが、すぐにおいしそうな餌だと言わんばかりにニヤリと口元を緩め、涎を垂らしながら舌なめずりをしていた。
手にした漆黒の金棒をモグリーナに向かって振り下ろしてきた。
モグリーナは、すぐさま飛び上がって地面に潜っていった。
まるで水の中に飛び込むかのように地面に吸い込まれていくモグリーナ。
モグリーナが飛び込んだ地面には穴は開いてはいない。
身体全体を魔力で覆うことによって、まるで水の中を泳ぐように地面の中を自在に移動できるのが、モグリーナの能力の一つだ。
鬼王の金棒は、数瞬までモグリーナがいた場所を激しく叩いた。
金棒は、土煙を上げながら、地面を抉った。
とんでもない威力だ。
ミーティアの必殺技で地面に窪みを作ったのと同じくらいに抉られている。
こんな威力の金棒で殴られたメルティナが無事であったことが驚きだよ。
本当にリベリアが作ってくれた鎧に感謝だ。
地面に潜ったモグリーナは、鬼王の背後の足元から飛び出した。
飛び出した勢いをそのままに鬼王の後頭部に蹴りを一撃入れていた。
不意の攻撃に鬼王は、体勢を崩してよろめいた。
しかし、すぐさま振り返り、モグリーナの姿を確認すると金棒を横薙ぎに振るう。
でっぷりしたずんぐりむっくりの体型の割には、モグリーナの動きは素早く華麗だった。
身を翻して金棒を躱すと、再び水の中に入るように地面に飛び込んでいった。
地面に穴を掘って移動しているわけではないので、穴は開かない。
水中を移動するかのように行動できるので、モグリーナはあっという間に鬼王の背後に回って飛び出した。
鬼王は振り返った。
まるでモグリーナの動きを予想していたかのようだった。
モグリーナの姿を認めると、やや遅れて金棒を振り回した。
背後から攻撃しようとしていたモグリーナは、すぐさま身をよじって攻撃を諦めて地面に潜って回避した。
金棒は空を切り、ブオンと大きな音を上げ、風圧が微かに僕の頬を撫でた。
鬼王からはそれなりに離れた距離にいるのに、金棒の風圧が来たので驚いた。
「メルティナ、動ける?少し離れよう」
僕はメルティナに駆け寄ると、木々のある方へとゆっくりと離れていった。
鬼王は、地面から現れては、再び地面に吸い込まれるように消えていくモグリーナの方に意識が行っているので、僕とメルティナの動きには気づいていないようだった。
鬼王は、闇雲に金棒を振り回し始めた。
音もなく地面から飛び出すモグリーナの姿をとらえるのはなかなかにして至難の業だと思う。
だから、あてずっぽうに振り回しているような感じだった。
時折、地面を金棒が叩き、土煙が上がっている。
モグリーナも地面から飛び出そうとしたタイミングで金棒が迫り、慌てて地面に潜りなおしたりしている。
鬼王の周囲にはいくつもの窪みができている。
地面を叩くように金棒が当たるたびにその窪みは増えていく。
飛び出すタイミングを見計らいながら、モグリーナもどうしたものかと考えあぐねているようだった。
次第にこの膠着状態にイラつきを見せ始めた鬼王は、さらに激しく地面を叩きだした。
もぐらたたき状態だ。
さすがに、これでは近づくことは難しいだろう。
モグリーナは、地面に潜って鬼王の周辺から離れ、僕の間近の地面からその巨体を飛び上がらせた。
僕の方に振り替えると何かを訴えかけるように顎をしゃくっていた。
なんとなく言いたいことはわかった。
だから僕は、すぐさま次の行動に出た。
「我、汝の封印を解き、解放する者なり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ」
呪文を唱えると、モグリーナの足元に描かれた魔法陣が輝きだしてモグラの姿のモグリーナを光が包み込む。
光はグニャリと歪み、形を変えていく。
モグラの姿から、人型へと光が形作っていった。
魔法陣の輝きに気が付いた鬼王は、僕たちの方へと駆け寄って来た。
ドスドスと地面を揺らしながら突っ込んでくる。
鬼王が叩きつけるように黒光りする金棒を勢いよく振り下ろしてきた。
「ああっ!モグリーナ」
モグリーナの姿が、まだ完全に人型に変わり切っていないところに攻撃を仕掛けてくるなんて、卑怯だ。
金棒が光の塊を叩いた。
ガキン!と硬質な音が響き渡った。
「そんなに焦るんじゃないよ。ゆっくりとあたいが相手してやるよ」
パッと光が弾けたそこに現れたのは、人型になったモグリーナだった。
右腕に持つ白銀のハンマーで、鬼王の振り下ろした金棒を受け止めている。
「モグリーナ」
僕が声を掛けると「このデカブツを相手にあたいを呼ぶとは、いい判断だ、ヴィオ。メルティナと一緒に下がってな」と軽口叩いて、ウインクをしてきた。
余裕をかましすぎじゃないかなと感じてしまう。
鬼王は叩きつけた金棒が受け止められていることに驚愕したのか、腕に力を込めていた。
力で押し切ろうということかな?
でも、モグリーナは細枝のような右腕一本で握りしめたハンマーで軽々と受け止めているように見える。
焦った様子もなければ、力負けしそうな様子もない。
口元に楽しそうな笑みを浮かべている。
そう言えば、モグリーナって戦闘狂だったっけ。
戦うことが楽しくて仕方がないといった表情を彼女はしていた。
「人食い鬼の王だか何だか知らないけれど、この程度かい?もっと力を入れてきな」
押し返すように、腕に力を込めて跳ね上げた。
軽々と跳ね返され、鬼王は三歩ほどたたらを踏んで後退った。
信じられないといったような表情を鬼王はしていた。
ヒュゥゥ……と冷たい風が吹き抜けていき、モグリーナの濃い茶色い短髪を揺らして撫でていく。
小麦色の健康的な肌の上に黄色いアクセントが効いた純白の服を身に着けたモグリーナのスカートは、ものすごく短い。
風に揺られて、チラチラとパンチラしているのはいつものことだ。
なんであんなに短いスカートなんだろうか?
まあ、モグリーナの好みなのかもしれない。
本人は、まったく気にした様子もないので、あえてそこには触れないでいる。
右腕一本で抱え上げた白銀のハンマーを肩に担ぎあげ、切れ長のモグリーナの瞳が相対する鬼王を見据える。
楽し気に彼女の口元が緩む。
モグリーナは、戦闘狂とも言っていい。
強い相手と戦うことに喜びを感じるといった特殊な性癖を持ち合わせているみたい。
だから、強い相手と戦うことは嫌じゃないらしい。
モグリーナは、かかって来なとばかりに左手を前に突き出し、指先を手前にクイクイと動かして挑発している。
鬼王は、モグリーナの強さを測りかねているのか、慎重に様子を見ている感じだった。
「ふん、何が人食い鬼たちの王だい。来ないのなら、こっちから行くよ」
ドン!と脱兎のごとく飛び出した。
大きなハンマーを担ぎ上げながらの軽快な身のこなし。
とても細身の女性の動きではない。
重量がそれなりにありそうなハンマーを抱えて動けるものではない。
鬼王は、飛び掛かって来たモグリーナに向けて金棒を横薙ぎに振るった。
「うりゃぁ~」
まるで対抗するかのように、モグリーナもハンマーを迫りくる金棒に当てるように横なぎに振り回した。
ゴン!と硬質な音を立てて金棒とハンマーがぶつかり合った。
鬼王の金棒は弾かれて、先端が地面を叩いた。
モグリーナのハンマーは力負けせず、その場に残っていた。
地面を蹴り上げて跳ね上がり、中空で一回転してハンマーを鬼王の頭目掛けて打ち下ろす。
咄嗟に鬼王は、上体を逸らして躱した。
躱した後、そのまま頭突きに移行する。
モグリーナはハンマーを振り下ろした勢いを利用して、その場で一回転を決めて着地する。
鬼王の頭突きに回し蹴りで対抗した。
モグリーナの細枝のような足から繰り出される蹴りと鬼王の岩石のような石頭の頭突きがぶつかり合う。
これには鬼王の頭突きに軍配が上がった。
弾かれたモグリーナは身体を捻り、無理やりに着地を決める。
「ふん、やるじゃないかい。面白くなってきたよ」
モグリーナは、心の底から楽しそうに笑みを浮かべた。




