第32話 上陸
冒険者ギルドが用意してくれた手漕ぎ小舟。
僕とミーティアとメルティナの三人が乗って少しだけスペースに余裕がある程度の小さな小舟だった。
「この船、小さいね?」
「そうね、小さいわね……」
船の先頭には僕が座り、真ん中にはメルティナ、船尾にミーティアが座り込んだ。
「ご主人様、見つけた冒険者と同行者は、どうやって連れ帰るんでしょうか?」
ミーティアが疑問に思ったことを僕も思った。
「それ、僕も今思ったよ」
「確かに……他に三人なんて乗れないわよね?」
三人で顔を見合わせてしまった。
「あっ?でも、冒険者の人たちは何日か前に船であの島に行っているはずだから、その船があるんじゃない?」
僕たちが、これから向かう先の島を指さした。
「ああ、そう言えばそうね。その船を使えばいいわけだから、こんな小さな船を用意したってことかしらね?」
それにしたって、もう少し良い造りの船を用意してほしかったとも思う。
穴は空いてはいないものの、ちょっと使い古している感は否めない小舟だった。
島に辿り着く前に沈没したりしないか不安になるような船だ。
「かもしれないね。とりあえず、あの島まで行ってみよう。ミーティア、お願いできる?」
僕は振り返って、ミーティアに声を掛けた。
「お任せください、ご主人様」
ミーティアは、両手にオールを持つと漕ぎ始めた。
ゆっくりと船着場から離れていく。
湖の水は透き通っていて、すっごく綺麗だ。
さすがに水深が深いのか、湖の底までは見通せないけれど、小魚やそれなりに大きめの魚なんかが優雅に泳いでいる姿が多々見られた。
この魚を街の食料としているんだろうね。
だから、豊かな恵みを与えてくれるこの湖に感謝するというお祭りが開催されようとしているんだろう。
「ねえ、ヴィオ君。変だと思わない?」
湖の上を滑るように進んでいく小舟から手を伸ばして水面の水を手に感じながら、湖の中を泳ぐ魚の群れを覗き込んでいた僕に突然、メルティナが声を掛けてきた。
「何が?」
「私たちが今から行く島って、湖の真ん中に位置しているじゃない?どうやって人食い鬼は住み着いたのかしら?」
確かに、そうだ。
湖の真ん中にある島だから、船で行くか、泳いでいくしかない。
さすがに人食い鬼が空を飛べるような話は聞いたことがないので、空からあの島に渡っていったとは考えにくい。
「人食い鬼なら、泳いで行けそうな気がするけれど……」
冗談めかして僕は言った。
「泳いで行ったとして、人食い鬼があの島に行くメリットって何があるのかしら?」
「薬草が欲しかったとか?」
「わざわざ、あんな島に行かなくても薬草くらいどこにでも生えていそうなんだけれど……」
「そうなると……何か財宝でもあるのかな?」
「あ~……それはありそうね。人々から奪った財宝を隠したり、守る習性があるって話を聞いたことがあるわ」
冗談で言っただけなのに、メルティナは顎に人差し指を当てがいながら呟いた。
「それなら、冒険者と同行者を見つけて、人食い鬼もやっつけて隠し持っている財宝も貰っちゃおう」
「まだ人食い鬼が財宝を持っているって確認できたわけじゃないでしょう?」
「それはそうだけれど、テンション上げて行こうよ」
「本当に君は、お気楽でいいわね」
メルティナは、呆れたような表情で僕を見ていた。
いいじゃん。
お宝があるかもって思ったら、やる気も上がるってもんだよ。
そんなやり取りを僕とメルティナがしていると「ご主人様、そろそろ島に辿り着きます」と舟を漕いでくれていたミーティアから声がかけられた。
僕たちは船着場からまっすぐにこの真ん中の島にやってきていたけれど、先に到着しているはずの冒険者と同行者が乗って来たと思われる小舟は見当たらなかった。
「あれ?小舟がないね?」
「どこか違う場所から上陸したんじゃないかしら?」
「ふ~ん……そうなのかな?」
真ん中の島には、桟橋がかけられていた。
僕たちは、そこから上陸した。
わざわざ桟橋が作られているのに、他の場所から上陸する必要ってあるのかな?
まあ、冒険者と同行者がどんな人たちだったのか知らないので、僕たちとは全く違う考えを持っているような人たちだったのかもしれない。
もしくは人食い鬼にビビッて上陸せずに逃げ出したのかも。
そうなるとギルドの同行者も一緒にってなるとおかしいなと思ってしまう。
「係留作業終わりました」
小舟が流されないように、ミーティアがしっかりとロープで桟橋に括り付けてくれていた。
「ありがとう、ミーティア」
てきぱきと作業してくれていたミーティアを労い、僕は島に生える木々に目を向ける。
島にはびっしりと木々が生えそろい、いつなんどき魔物が現れてもおかしくないような状況だ。
所々に大きな幹の木がある。
その陰などに隠れられたら、人食い鬼が身を隠すのはたやすく、こちらから探すのは難しいと思う。
ここは慎重に進むのが得策だろう。
「ヴィオ君、どうする?冒険者と同行者を探す?それとも先にオーガを探す?」
「う~ん……人食い鬼に襲われるのが一番厄介だよね?だったら、人食い鬼を先に退治してからの方が安全に冒険者の人たちを探せるんじゃない?」
「確か、討伐対象の人食い鬼は三匹だったわよね?」
「そう言っていたね」
「先に人食い鬼を見つけることができれば先制攻撃で安全に退治できるかもね」
「そうだね。ミーティアは、人食い鬼と戦える?」
僕が尋ねると「お任せください。私の跳躍力と蹴りで倒してごらんに入れます」と勇ましくミーティアは胸を張った。
「うん、その時はお願いするよ、ミーティア」
「はい、ご主人様」
自信満々にミーティアは微笑んだ。
冒険者ギルドにいた時の不快感を露にしたような表情は、もうなくなっていた。
やっぱり、ミーティアは笑顔の方が可愛い。
「それじゃあ、人食い鬼を探そう」
僕が声を上げると、ミーティアは先頭を歩き始めた。
僕とメルティナは、その後に続いた。
小鳥のさえずりが時折、耳に入ってくる。
小鳥の姿は確認できないけれど、木の枝に青々と茂る葉に隠れるように身を潜めているのかもしれない。
木の陰に隠れながら周囲を見渡す。
動物などが生息している気配は感じられない。
ギルドマスターの話だと、この島には動物はいないらしい。
まあ、湖の真ん中に浮かんでいる島なんだから、いなくても不思議ではない。
薬の原材料になる薬草や木の実などを取るために街の人たちが、この島にやってくるそうだ。
だけど、数週間前に突然、人食い鬼が島の中を闊歩していたらしい。
それを目撃した人は、慌てて逃げ出したそうだ。
その後、冒険者ギルドの職員が調査に向かったところ、本当に人食い鬼がいて、お祭りの開催が間近に迫っていたこともあり、急遽、討伐依頼を出したとのこと。
それを請け負った冒険者二人組と同行することになったギルドの職員は、共にこの島に上陸したはず。
なんだけれど、期限付きの依頼だったこともあり、依頼完了日になっても冒険者は戻ってこなかった。
一緒に同行したギルド職員も戻ってこず。
この人たちは、一体どこに行ってしまったんだろう?
人食い鬼を討伐した経験がある冒険者たちだったらしい。
同行したギルド職員も元冒険者で、人食い鬼を倒せるくらいの実力者だったみたいだから、やられてしまったということはないだろうと思いたい。
でも、何が起こるかわからない。
予想以上に人食い鬼が強かったということも考えられる。
人食い鬼は、頭に角がある人型の魔物だ。
筋肉質の身体で、鍛え上げられた鋼の肉体を持つ魔物と言われることもある。
それほどまでに打たれ強く、また剛腕から繰り出される一撃は当たり所が悪ければ、すぐさまあの世行きになるほどだという。
油断していれば、いかに屈強な冒険者と言えど、返り討ちに遭うことだってあり得る。
だからこそ、僕たちは慎重に行動をしていた。
ミーティアが周囲を警戒し、僕とメルティナはゆっくりとその後をついて行く。
「こんなに木が生い茂った場所でお祭りって……」
周囲には地面にしっかりと根を張った木々が林立している。
開けた場所すらない。
「そうだよね?商人とかが出店を出すとか言っていたよね?」
「ええ……こんな場所でどうやって出すのかしら?」
僕とメルティナは顔を見合わせてしまった。
「ご主人様」
不意に、先頭を行くミーティアが足を止め、声を掛けてきた。
ゆっくりとした足取りで、僕とメルティナはミーティアのそばまで歩み寄った。
「広い場所だね」
「ここがお祭りの会場かもしれないわね?」
木々が途切れ、目の前には多少の草花が生い茂るだだっ広い場所に出た。
お祭りを開催するには、もってこいの広さの場所だ。
お祭りの出店が並んでも、たくさんのお客さんでごった返しても余裕がありそうな広さだった。
その場所の奥辺りに三角形に尖った大きな岩みたいなものがドッカリと鎮座していた。
二十メートルくらいの高さはありそうだ。
誰かが作ったというよりは、自然と出来上がったものっぽい。
「何だろう?あれ?」
僕が指を指すと、「人食い鬼だわ」とメルティナが潜めた声を上げた。
三角形の尖った岩の裏側から一匹の人食い鬼がひょっこりと姿を現した。
全身が緑色一色に染まった人食い鬼は、遠目からだと一瞬、木々の葉と一体化して見えて気づきにくい。
けれど、今回は三角形に尖った岩に視線が集中していたので、その裏からのそりと現れたことによりすぐに気づくことができた。
「一匹だけ……みたいね」
「どうしますか?ご主人様?」
ミーティアに尋ねられ、「あいつ一匹だけっぽいね。先制攻撃でやっつけちゃおう」と僕は決断を下した。
「かしこまりました」
ミーティアは、すぐさま動いた。
木々に隠れながら、人食い鬼に近づいていく。
大きな足音を立てずに、ヒョイヒョイと身軽な様子で木々を左右に避けていく。
気づかれてはいないようだ。
あっという間に人食い鬼との距離は目と鼻の先だ。
ミーティアは、足元にあった小石を拾い上げた。
それを人食い鬼の右手側から少し離れた場所へと投げ捨てた。
ドサッ!コロコロ……と音を立てて草花の上を小石が転がった。
「ガウ?」
人食い鬼は小石の音に気付き、右手側の方に視線を向けた。
刹那。
ミーティアは、人食い鬼の死角になる位置から飛び出した。
木々の合間から開けた場所に飛び出すと、地を蹴り上げて高く飛び跳ねた。
一回転して、三角形に尖った岩の頂上辺りに足を着くと、ぐっと屈み込む。
そして、一気に眼下にいる人食い鬼に向けて飛ぶ。
「メテオキィィィィック」
ミーティアの必殺技だ。
強力な脚力から繰り出される蹴りは、振り返った人食い鬼の顔面を見事に捉えていた。
首の骨があらぬ方向に曲がっている。
そのまま、人食い鬼の顔面が地面に減り込むように突き刺さった。
ズドン!と大きな音を立てて、ミーティアは着地した。
その衝撃はすさまじく、顔面が地面に減り込んだ人食い鬼を中心に大きな窪みができていた。
それはミーティアの蹴り技の威力を現していた。
「やったー」
僕は、浮かれた声を張り上げた。
けれど、それを打ち消すかのように「ヴィっ……ヴィオ君!」と切羽詰まったような声をメルティナが上げた。
「何?どうしたの?」
メルティナの方を振り返ると、目を見開いたメルティナが三角形の岩の方を指さしている姿が目に入った。
僕も岩の方に視線を向ける。
岩の裏側から、新たな人食い鬼が姿を現した。
それも一体や二体じゃない。
十体くらいいる。
「えっ?何で?この島にいる人食い鬼って三体だけじゃなかったの?」
メルティナの方に目を向けると。
「ギルドマスターは、そう言っていたけれど……」
なんであんなに人食い鬼がたくさんいるの?と困惑しているような感じだった。
「ミーティア、気を付けて」
僕が注意を促す。
ミーティアは、ぞろぞろと現れた人食い鬼たちに視線を向けると、即座に地を蹴り上げて跳ね飛んだ。
弧を描いて、僕とメルティナのそばに華麗に着地した。
「ご主人様、さすがに人食い鬼の数が多すぎます。私では対応できないかもしれません」
ミーティアは、申し訳なさそうに呟いた。
ミーティアは、戦いに特化した召喚獣ではない。
繰り出す蹴り技は破壊力抜群だけれど、多数の敵相手ではその蹴り技は生かしきれないところがある。
だから、無理やり人食い鬼の集団と戦わせるようなことをするつもりはない。
「わかったよ、ミーティア。他の召喚獣を呼ぶよ」
「申し訳ありません。ご主人様」
本当に申し訳なさそうにミーティアは頭を下げてきた。
「気にしなくていいよ、ミーティア。ゆっくりと休んでね」
僕は両手を前に突き出し、魔力を籠める。
ミーティアの足元に光が生まれ、その光が縦横無尽に走り出し、魔法陣を描き出す。
魔法陣は光を放ち、ミーティアの身体を包み込んだ。
魔法陣の上に立っていたミーティアの姿は光とともに掻き消えた。
ミーティアは召喚獣たちが暮らす、聖獣界へと帰還させた。
さて、どうしたものか?
人食い鬼の集団と戦えそうな召喚獣は……。
「フェリアーナ、召喚」
ミーティアを帰還させた魔法陣をそのままにしていたので、代わりの召喚獣を呼び出した。
魔法陣の上に銀毛の大きなキツネが姿を現した。
狐の召喚獣であるフェリアーナだ。
銀色に輝く美しい体毛を持ち、トウモロコシを想起させるような大きな尻尾が特徴的だ。
突如、現れた大きなキツネに人食い鬼たちは驚いた様子だったが、ミーティアが倒した緑の人食い鬼が顔面を地面に減り込ませて絶命している姿を見て、何かを感じたようだ。
「ガガウ」
何か会話しているようにも聞こえたけれど、人食い鬼の言葉を僕は理解できない。
けれど、すぐさま僕たちの方へ向かってくる人食い鬼の集団を見れば、僕たちを敵と認識したようだ。
フェリアーナは口を大きく開ける。
狙いを定めて、炎の塊を吐き出した。
炎の塊は、人食い鬼の集団に直撃した。
けれど、人食い鬼たちの皮膚を多少焦がした程度で、大したダメージは与えられていないみたい。
「コン、コーン」
何かを訴えかけるようにフェリアーナが叫んだ。
「やっぱり、そのままの姿じゃあ戦いずらいよね」
僕は両手を突き出して魔力を籠める。
フェリアーナを呼び出した魔法陣はそのままだったので、そこへと魔力を注ぎ込み、呪文を唱える。
「我、汝の封印を解き、解放する者なり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ」
フェリアーナの足元の魔法陣が眩く輝く。
光がフェリアーナの全身を包み込み、キツネの姿から人の姿へと形を変えていく。
輝きを増した光が霧散した後には、人型へと変貌したフェリアーナの姿があった。
足元付近まで伸びた長い銀色の艶やかな髪。
その髪からキツネの耳がちょこんと飛び出している。
切れ長の銀の瞳は、力強さを湛え、鋭く人食い鬼たちを睨みつける。
足首までを覆い隠すチャイナドレスに身を包んでいるけれど、腰のあたりから入ったスリットからチラチラと見える太ももが実にセクシーなお姉さんだ。
戦う気満々な様子で、ファイティングポーズをとっていた。
「フェリアーナ、人食い鬼をやっつけちゃって」
「お任せください、ヴィオ様」
フェリアーナは、力強く返事を返してきた。




