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第3話 オーク討伐依頼

「このお肉、美味しい~」

 お皿に山盛りになっているお肉にフォークを刺して、次々に僕は自分の口に運ぶ。

 僕たちは、宿屋の1階にある飲食スペースで朝食を食べているところだ。

 先日、一緒に旅をすることになったメルティナと僕の二人は、これからどこに行くか決めようとしていた。

 そんな時、一人の女の人が宿屋の入り口から入ってきた。スタスタと一直線に僕とメルティナが腰かけているテーブルに歩み寄ってきた。

「お食事中、失礼します。メルティナさんで間違いないですよね?」

 女の人はメルティナの前に立ち止まると、そう声をかけてきた。

 メルティナは、嫌々「そうですけど…」と小さい声で答えた。

「私は、冒険者ギルドの職員をしています、ドレルナと申します」

 ドレルナと名乗った女の人は、冒険者ギルドの制服に身を包んでいた。だから、メルティナは嫌そうな顔をしていたのだろう。ギルドの職員がわざわざ宿屋までやってきて声をかけてくるなんてことは滅多にない。何か面倒ごとではないかと感じ取ったためだろう。

「メルティナさんに依頼したい仕事があるのですが…」

「依頼?」

「あなたを優秀な冒険者と見込んでの依頼です。それなりの報酬をお支払いしますので…」

 ドレルナは、依頼の内容を話し出した。

 依頼の内容は、凄く単純なものだった。魔物を討伐してほしいというものだ。

 この街の北側にある街道を進んでいくと森があり、それを抜けた先に山へ入る道があるのだが、その周辺で大きなオークを目撃したという報告が何件か情報として寄せられたらしい。オークは知能は低いが力は強く、群れなどを形成すると厄介な存在だ。こん棒などの武器を持って暴れられたら、手が付けられない魔物だ。現在、何体のオークがいるか正確な数がわからないので、その調査と発見をしたら討伐をしてほしいというのが依頼内容だった。

「おっ…オークですか?私じゃなくても…」

 メルティナは依頼を拒否しようとするが、ドレルナは「物資の流通に影響が少なからず出ますし、街に迷い込んできたら大変なことになってしまうかもしれません。優秀な冒険者であるメルティナさんの力が必要なんです」と早口で話し、メルティナに反論の言葉を上げさせない。

 メルティナは、困った表情のままドレルナの話を聞いている…いや、右から左に聞き流している感じだ。

 ドレルナの押しの強い物言いに何も口を挟めないからだ。

「引き受けてあげたら?」

 僕は、面白半分に口を挟む。

 メルティナが口を開くよりも早く、ドレルナは彼女の手を握りしめると「受けてもらえるんですね。ありがとうございます」と言って、待ち合わせ場所と時間を告げると一陣の風のように去っていった。

 呆然とするメルティナ。

「引き受けるって言ってないのに…」

 力なくポツリと彼女の声が漏れる。横目で僕を睨んでくるが、僕は気にせず朝食を食べ続けた。


 僕とメルティナは、約束の時間よりも少し早めに待ち合わせ場所に指定された場所…街の北にある街道に続く門の出口を出たあたりで待っていた。

 宿屋では邪魔になってしまうので、召喚獣を連れていなかったが、町の外に出かける際は必ず召喚獣を呼び出してそばに置くようにしている。

 僕は、両手を前に突き出して魔法陣を描き出す。魔法陣の輝きが消えると、狐の召喚獣フェリアーナが姿を現した。

 銀色の体毛をした美しい狐の召喚獣だ。陽の光を受けた体毛がキラキラと輝いている。僕は、その狐の背中に跨る。僕を背に乗せても、軽々と歩き回れるほどの大きな狐だ。

 僕たちが待っていると「メルティナさん、遅くなって申し訳ありません」と背後から男の人の声がかけられた。振り返ると、ヒョロヒョロの体格で、眼鏡をかけた20歳前半くらいの男の人が息を切らせながらやってきていた。この前、キラーベアーの時とブレスフェンリルの時に対応してくれた冒険者ギルドの職員だった。

「ギルドからの依頼を快く受けてくださり、感謝申し上げます。私が随伴いたしますので、よろしくお願いいたします」

「随伴…?」

 何のことかわからず、僕とメルティナは顔を見合わせながら首を傾げた。

「ああ、メルティナさんは、まだ新人冒険者でしたね。キラーベアーやブレスフェンリルなどの凶悪な魔物を討伐しているものですから、ついベテラン冒険者と思って対応してしまいますよ。ギルドからの依頼を受けたのは初めてなんですね?」

 眼鏡の職員の言葉に僕たちは頷く。

「ギルドから依頼を冒険者にした場合、ギルド職員が1名一緒についていくことになります。今回の依頼はオークの調査と討伐になります。現地でオークが発見されなかった場合は、私の判断で追加調査または調査終了を判断します。この場合、オークが発見されなくても調査の必要経費ということで依頼料はお支払いします。しかし、討伐の場合は討伐対象を討伐できた場合のみ、依頼料をお支払いいたします。討伐できなかった場合は、違約金を支払っていただくことになります」

「違約金?」

「違約金は、同じ依頼の報酬に上乗せされることになり、報酬が増えるという仕組みになっています。まあ、討伐できずに冒険者が亡くなってしまうということもあるので、ギルドとしてはその冒険者の身の丈に合った依頼しかしませんのでご安心ください」

 メルティナにとっては、安心などできるわけがない。自分の身の丈に合っていない依頼なんだから、『オークよ、出てこないで』って顔しながら拝んでいる。

「でも、何で一緒についてくるの?危険じゃない?」

 ギルドの職員が一緒についてくる必要がないのでは?と思った僕は尋ねてみる。

「先ほども言ったように、調査の場合は追加調査か調査終了を私が判断します。それと同じで、討伐の場合も確実に討伐されたことをギルド職員が確認することになっています。討伐してもいないのに討伐したと嘘の報告をする冒険者も稀にいるのです。決して、メルティナさんが嘘の報告をするような人と思っているわけではないですよ」

「じゃあ、キラーベアーの時に会った冒険者のおじさんたちと一緒にいたのって…」

 僕は、キラーベアーを討伐した時に会った三人のおじさん冒険者とこの眼鏡のギルド職員のことを思い返した。おじさん冒険者の馬車の荷台には何もなかったけど、あの時は討伐失敗したのかな?

「あの時は、討伐依頼をした魔物が発見されなかったので、私の判断で依頼終了の判断をしたんです。それで、街に戻る途中でメルティナさんにお会いしたんですよ」

 この人は、メルティナの方ばかり向いて話をしている。僕のことは眼中にないみたいだ。まあ、いいんだけど。

「もちろん、ギルド職員である私が依頼終了を判断したので、討伐完了した時の半額の報酬はお支払いをいたしました」

 つまり、まとめると。

 調査依頼の場合、調査対象が発見できなかった時は、追加調査か調査終了をギルド職員が判断する。調査終了の場合は、報酬はもらえる。

 討伐依頼の場合は、討伐対象を討伐すると報酬がもらえる。討伐対象が発見できない場合は、ギルド職員が討伐中止を判断したら報酬の半分がもらえる。討伐対象を発見したが討伐ができなかった時は、違約金を払わされることになるみたい。

 そういえば、今回の違約金っていくらなんだろう?僕の疑問と同じことをメルティナも思ったみたいで聞いていた。

「今回の違約金っていくらくらいなんですか?」

「討伐の報酬金額が1200ゼルで、違約金は800ゼルになっています。調査の報奨金は600ゼルですね」

 ギルド職員の答えに青ざめるメルティナは、コソコソとお金の入った皮袋の中身を確認している。多分、違約金払えるほど持っていないんだろね。

 ちなみに『ゼル』っていうのは、僕たちが普通に使っている通貨の単位だ。

「ヴィオ君、何とかなりそう?」

 メルティナが小声で耳打ちしてくる。

「メルティナが何とかしてくれるから、心配してないよ。だって、凄腕の冒険者なんだもんね」

 僕が意地悪く言うと、メルティナに睨まれた。


 狐の召喚獣であるフェリアーナの背に跨った僕と徒歩のメルティナ、眼鏡のギルドの職員…ちなみにこの職員の人はオムニという名前らしい。

 街道を歩きながら、しばらくの間、僕が跨っている狐の召喚獣を物珍しそうに眺めてきていたけど、召喚獣であることを告げたら興味を失ったみたいだ。一人でずっと魔物の生態やすばらしさをしゃべっている。魔物のことをしゃべっているオムニは生き生きとしている。そんなに魔物のことが好きなの?どこが良いのか僕には全く理解できなかったし、メルティナもうんざりした顔で適当に相槌を打っている。

 街道は森へと入り、何事もなく森を抜けた。

「おおおおお、オークだ」

 森を抜けて視界が開けた瞬間、眼鏡のギルド職員のオムニが大きな声を張り上げた。歓喜の声を上げている。

 数十メートル先に大きな人型の生物が集まっていた。腕や足が筋肉で膨れ上がり、手には木のこん棒を持っていた。その数7体。その中に倍くらいの体長のオークが1体いた。

 オークの群れが、オムニの声に反応して振り返った。

「見てください、メルティナさん。オークが7体もいますよ」

 一人でテンション高く興奮している。

 僕とメルティナは、それについていけない。しかも、大声を出すから見つかってしまった。

「素晴らしい肉体美だ。あのひと際大きいのはジャイアントオークですよ。こんな間近で見られるなんて、なんて大きいんだ」

 オムニは興奮絶頂でオークの群れの方に駆け出していく。興奮しすぎで分別が付けられないみたいだ。もしくは、メルティナが何とかしてくれるという安心感のためだろうか。危険すぎる。無防備に近寄って行ってしまっている。

「フェリアーナ」

 跨っているフェリアーナに声をかけるとオークの群れへと駆け出した。

 メルティナは、ナイフを取り出して構えるとゆっくりとした足取りで歩を進めていた。

 駆け寄ってくる眼鏡のギルド職員を不審げに見ながらオークたちが動き出す。こん棒を振り回しながら唸り声を上げた。その唸り声を聞いてギルド職員は我に返ったみたいだ。

 悲鳴を上げると逃げ出し始めた。

「コーン!」

 フェリアーナが声を上げた。僕はフェリアーナの背から飛び降りて着地する。それを確認後、フェリアーナはオークの群れに向かって疾走した。

「オムニさん、危ない」

 メルティナが叫んだ。

 1体のオークがギルド職員に向かってこん棒を振り下ろした。職員は逃げる際に石に躓き倒れこむ。ギリギリでこん棒が後頭部を通り過ぎる。ギルド職員は、そのまま地面に倒れこむと石に頭をぶつけて気を失った。

 そこへオークのこん棒が叩きつけられる。

 いや、一瞬早くフェリアーナがオークの身体に体当たりをしていた。オークはこん棒を落として尻もちをつく。フェリアーナは右へ左へと進路を変えながら、口から炎の塊を吐き出した。1体のオークの持つこん棒に当たり、燃え上がる。

 次々に炎を吐き出すフェリアーナ。

 動きがそれほど早くないオーク2体が顔面に炎を喰らって慌てふためいている。

 ひときわ大きいオークであるジャイアントオークにも炎の塊が飛んでいく。ジャイアントオークは右手に金属製の棒を持っていた。それで炎の塊を弾き飛ばした。弾き飛ばした炎は地面を焼き、仲間のオークの身体などに当たってオークたちは混乱した。それが災いした。

 無我夢中で暴れるオークのこん棒が手から滑り落ちて飛んでくる。僕の方にだ。気づいた時には眼前に迫っていた。避けられるタイミングじゃない。

 僕と飛んでくるこん棒の間にフェリアーナは飛び込み、身体を張って僕を守ってくれた。

 倒れ伏した後、ヨロヨロと立ち上がるフェリアーナの右前足が変な方向に曲がっている。

「フェリアーナ、大丈夫?」

 そっとフェリアーナの右前足に触れると身体をビクンと振るわせて痛がった。

「これじゃあ、戦えないよ」

 立ち上がって戦おうとする意志を見せるフェリアーナ。

「無理をしちゃだめだよ。一旦、聖獣界に戻って休まないと」

 僕の言葉に首を左右に振るフェリアーナ。

「これ以上、フェリアーナに傷ついてほしくないんだ。だから…」

 僕は、両手を前に突き出すと力を籠める。前方に魔法陣が浮かび上がり、フェリアーナの身体を光が包み込む。光が消えるとそこにフェリアーナの姿はなくなっていた。

 強制的に召喚獣が住むという聖獣界に送り返した。聖獣界にいれば怪我は自然と治るらしい。しばらくはフェリアーナは呼び出せない。

「ヴィオ君、キツネさんいなくなっちゃったわよ?どうするの?」

 慌てたような声を張り上げるメルティナに「別の人に助けてもらうよ」と僕は答えて、再び魔法陣を描き出す。魔法陣はひときわ輝きを増す。

「ポンティーヌ、召喚」

 僕の声に応じて魔法陣の光が霧散する。その魔法陣があった場所に大きな狸が現れた。狐の召喚獣であるフェリアーナと同じくらいの体長の狸の召喚獣だ。全体的に薄茶色の体毛に覆われ、目の周囲と短い手足の毛は黒っぽい。おなか周りの体毛は白く、プクッと膨れた風船のような尻尾が特徴的だ。

「えっ?でっかい、たぬきさん?」

「ポンティーヌ、あいつらをなんとかできる?」

 狸の召喚獣であるポンティーヌは、7体のオークと1体のジャイアントオークを一瞥して、『無理です』といったように首を横に振った。しかし、すぐに自分の額に葉っぱを乗せると、その場で宙返りをした。

 その意味を僕は知っているのですぐに分かった。

「成獣化すれば行けるってことだよね?」

 尋ねると、元気よく頷いた。

「じゃあ、行くよ」

 僕は、前方に両腕を突き出す。魔法陣が現れて輝きだす。その中心にポンティーヌの可愛らしい姿が立つ。

「我、汝の封印を解き、解放するものなり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ!」

 呪文を唱えると、狸の姿のポンティーヌの全身が眩い光に包まれる。狸の姿から人型に変貌していく。

 そして、光が消えると人型になったポンティーヌがそこにいた。

 成獣化は、僕の召喚獣ができる特技だ。動物の姿の時は幼獣と呼ばれる状態で、能力は低い。

 しかし、成獣化させることで人型に変身し、幼獣の時と比べるとはるかに強い戦闘能力を発揮できる状態にすることができる。

「ご主人様、わたくしにご命令を」

 ポンティーヌは、僕の前に跪いて指示を待つ。

 人型になったポンティーヌは、異国風の暗殺者の格好をしている。確か、くノ一という暗殺や諜報活動などをする女の人のことだったと思う。

 茶色い髪を一つに束ねて馬の尻尾みたいだ。胸のあたりが大きく開いている服装だけど鎖帷子っていう防具を着込んでいる。ものすごく軽装なので、オークのこん棒などで叩かれたらひとたまりもない格好だ。

「ポンティーヌ、あいつらを全員やっつけちゃって」

 僕は、オークの群れを指さしながら叫んだ。

「はっ!お任せください」

 短く答えると、ポンティーヌは素早く動き出した。

 一瞬にして近くにいた1体のオークを切り刻んだ。胸や首、顔面からどす黒い血が噴き出して仰向けに倒れて動かなくなる。

 いつの間にか、ポンティーヌの左手には小刀が逆手に握られている。

 仲間のオークがやられたことに気づき、こん棒を振り上げるオークたち。

 ポンティーヌは、自分の眼前に右手の中指と人差し指を立てた状態で意識を集中している。

 刹那。

「忍法、木の葉乱舞」

 ポンティーヌの叫びとともに、オークの群れに向けて無数の木の葉が渦を描いて飛んでいく。数えきれないほどの木の葉に視界を遮られ、オークたちの動きが止まる。

 その動きの止まったオークたちの喉元を次々に切り裂き、絶命させていく。

 オークは残り、1体。そのオークの頭が突然ザクロのようにひしゃげた。

 ポンティーヌは、動きを止めてその場から大きく後退する。視覚を遮るように舞い散る木の葉が地面に落ちていく。あっという間に地面は木の葉だらけだ。

 視界が開けると、ジャイアントオークの金属製の棒がオークの頭を粉砕していた。多分、視覚が奪われていたので適当に振り回したものが当たったみたいだ。

「残りは、あのジャイアントオークだけ?すごい!」

 ナイフを片手に構えたまま、メルティナはいつの間にか僕の横で立ち尽くしている。

「ポンティーヌ、そのでっかいのも、やっつけちゃって」

 興奮気味に僕が叫ぶと「御意!」と短く返事が返ってきた。

 ポンティーヌは、自分の豊かな胸元に手を入れた。取り出した右手には緑色の葉っぱが一枚握られていた。その葉っぱは、淡い光を帯びて硬質化している。恐らく、魔力で硬く強化しているようだ。その葉っぱをジャイアントオークの顔めがけて投げつける。身体を逸らして躱すが右目の瞼からちょっとだけ赤黒いものが散る。体勢が崩れている。

 ポンティーヌは、一気に駆け出すと突っ込んでいく。

 半ば強引に振り回される金棒を屈んで躱し、ジャイアントオークの筋肉質な腹部に小刀を突き刺した。

 いや、刺さらない。

 ちょっとだけ傷をつけただけで、はじかれてしまった。

 少し驚いた表情を見せたジャイアントオークだが、ポンティーヌの小刀が自分の身体には無力なことを悟ると、勝ち誇ったような雄たけびを上げながら金棒をブンブンと勢いよく振り回す。

 素早い動きで、それをすべて紙一重で躱していく。

 躱すだけでは倒せない。

 ジャイアントオークがポンティーヌを攻撃しながらも僕とメルティナ、そして少し離れたところで気を失っているギルド職員の近くまで迫ってきた。

「ポンティーヌ、大丈夫?」

 僕は、心配になって声をかける。

「ご安心ください、ご主人様。これで終わりにします」

 ポンティーヌは、背中に背負っていた刀を抜き放った。直刀の両刃の忍者刀だ。その忍者刀の刀身にまとわりつくように風が渦巻く。

 ジャイアントオークが、大きくこん棒を振り上げると力いっぱい振り下ろしてきた。

 それに合わせて、ポンティーヌが忍者刀を右下から左上に切り上げた。忍者刀から鋭い風の刃が飛び出す。

 音もなく、ジャイアントオークの腹部がえぐり取られるように切り裂かれ、こん棒を持ったままの腕が切断されて宙を舞う。

 切断された腕は、こん棒と一緒にギルド職員の近くに落ちてドスン!と音を響かせる。

 その衝撃で足をもつれさせて、ナイフを右手に握ったままのメルティナがよろけた。

 僕とメルティナの鼻先にジャイアントオークの身体が倒れこんだ。

「きゃあっ!」

 短い悲鳴を上げたメルティナが、そのあとに倒れた。その拍子に、絶命したジャイアントオークの左目に握りしめたナイフが刺さった。

「おおお…メルティナさん、ナイフ一本でジャイアントオークを倒すなんて」

 ほんの少し前まで気を失っていたギルド職員のオムニは、メルティナとジャイアントオークの状態を目の当たりにして声を張り上げた。

 気絶していた彼から見たら、ジャイアントオークの左目にナイフを突き立てた状態でメルティナが倒れているのだから、とどめを刺したように見えたみたいだ。冷静な判断ができるのなら、ナイフ一本では無理だろうと思うはずなんだけど、この人の目にはそうは映らないようだ。

 倒れているオークの群れとジャイアントオークを見回しながら、メルティナのことを絶賛している。

 僕は、音もなく近寄ってきたポンティーヌを元の狸の姿に戻す。

 ギルド職員の意識はジャイアントオークや倒されたオークに向いているので全く気付いてすらいない。

「さすがは、メルティナさんだ」

 メルティナをもてはやし、討伐されたオークの群れに興奮状態のまま収拾がつかないので、僕が声をかけた。

「ねえ、このオークの素材は、いくらで買い取ってくれるの?」

「オークの素材?」

 職員は首を傾げた。

「オークの素材は、お金にはなりませんよ。肉もまずくて食べられないし、何の価値もないので買取りはできませんよ」

「魔物は、全部買い取ってもらえるわけじゃないんだね?」

「ええ、ギルドに有益な富をもたらす魔物にはお金を出して買い取りますが、オークやゴブリンなどはお金にならないので価値はないです。まあ、珍しい武器や道具を所持していた場合は別ですけど…」

「じゃあ、このオークはどうするの?」

「あとで、私の方から処理係を派遣して処理させます。このまま残しておいても邪魔ですし、ほかの動物や魔物に食い荒らされて集まられても困りますからね」

 僕の方を向いて眼鏡のギルド職員が首をかしげている。

「おや?狸…でしたっけ?一緒に来たときは狐だったような気が…」

 僕の横にいるのは、キツネの召喚獣のフェリアーナではなく、狸の姿の召喚獣であるポンティーヌだ。

「眼鏡を新しく買い替えた方がいいかな?」

 この人はそんなことを呟きながら、眼鏡を右手でクイクイと動かしていた。

 魔物には凄い興味を抱くのに、僕の召喚獣には全く興味ないんだね。まあ、面倒なことにならないだけいいんだけど。


 街に戻ってきた僕とメルティナは、冒険者ギルドにいる。

 オークの討伐という依頼内容だったが、ジャイアントオークもいたことから、報奨金が少しだけ多くもらえた。しかも、メルティナの冒険者証明証には、ジャイアントオーク1体を討伐した記録が新たに書き加えられていた。

 オークは、何体倒しても記録には残らないらしいが、ジャイアントオークは強敵なので記録対象だったみたい。

 また一つ、自分の実力ではない実績が書き込まれたことにメルティナは困惑している。

「そういえば、メルティナさん。ジャイアントオークとの戦いでナイフが壊れてしまいましたが、どうされるんですか?」

 メルティナは、柄の根元からポッキリと折れてしまったナイフを取り出した。

 一目で超安物とわかる雑なつくりのナイフだ。

 おそらく、ジャイアントオークの左目に刺したのが、使用した最初で最後だと思う。

「新しいのを購入しなくっちゃ…」

 溜め息交じりに呟いている。

「それなら、腕の良い武器屋さんを紹介いたしますよ」

 眼鏡のギルド職員はそういって紹介状を書いて渡してくれた。

 ギルドを出た後に紹介された武器屋に行ってみたが、どれも高くてメルティナの持っているお金では買えなかった。どうせ、使うこともないだろうと一人呟きながら、メルティナは安物のショートソードを1本購入していた。

 冒険者なんだから、いい装備を身にまとって、戦う気構えを見せてほしいものだよ。

 そんなことを思いながら、僕たちは宿屋へと帰っていった。

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