第2話 旅は道連れ メルティナとともに
ピョンピョンピョン
「早い、早い」
ピョンピョンピョン
はしゃぐ僕の声に気分を良くしたミーティアは、スピードを上げながら跳ねる。
ミーティアは、大きなうさぎだ。うさぎと言っても、ただのうさぎじゃない。僕の召喚獣だ。
えっ?僕は、誰かだって?
僕は、ヴィオ。12歳の男の子だ。
身長はかなり低いので、同年代の子と比べると幼く見えるみたいで、いつも7~8歳くらいの子供と間違えられる。まあ、これから大きくなる予定だから、別に気にしてはいない。
その僕は、うさぎの召喚獣の背に跨っている。
ここ最近は、ミーティアと一緒に旅をしているので、ミーティアの背に跨って移動することもある。
僕を背に乗せて移動できるくらいだから、かなり大きなうさぎであることは間違いない。
だから、ミーティアのことを見た人は、魔物と勘違いすることもたまにはある。
大きな町だと普通に召喚獣を連れている人も極まれにいるので驚かれることは少ないけど、召喚獣を子供が連れまわしているとは誰も思わない。
僕は、ミーティアの背に乗ったまま移動中だ。川沿いを進んでいる。ミーティアは、うさぎなのでピョンピョンと跳ねながら爆走中だ。そのため、結構、上下に揺さぶられる。
「うっ…ミーティア…止まって…」
僕の声に反応して、ミーティアは急制動をかけた。その途端、僕はミーティアの背中から投げ出されるようにして、弧を描いて川の中に派手な水しぶきを上げてダイブした。
ゲロゲロゲロ…
川から顔を出した僕は、ゲロを吐いた。
ミーティアの背で激しく揺さぶられたせいで気分が悪くなってしまい、そのまま吐いてしまった。ミーティアに川から引き揚げてもらい、川に向かってゲロを吐く。その背中をミーティアは申し訳なさそうにしながら擦ってくれた。
しばらく吐くと、気分は落ち着いた。
天気も良く、温かいので、川に落ちて濡れたが、しばらくすれば乾くと思う。なので、川のそばで休憩することにした。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
濡れた服が乾き始めたころ、女の人の悲鳴が突然、聞こえた。
辺りを見回すが、人影はない。ちょっと先の方に大きな岩がいくつかある。その岩に隠れて見えないだけかもしれない。
僕が駆け出すと、ミーティアも可愛らしくピョンピョンと跳ねながらついてきた。
岩を回り込むと、地面にへたり込んでいる人がいた。黒く長い髪の女の人であることは、後ろ姿で分かった。
その女の人の前には、大きな大きな狼が佇んでいる。白いというよりは、薄い水色っぽい感じの毛に覆われた狼だ。何だか珍しい体毛をした狼は、今にも女の人に襲い掛かろうとしていた。
「ミーティア」
僕の後ろを飛び跳ねながらついてきた、うさぎの召喚獣に視線を送って叫ぶ。
彼女は、僕が言おうとしたことを理解しているかのように移動速度を上げて僕の横をすり抜けると、狼に向かっていく。僕たちの存在に狼が気づいたみたいだ。でも、ミーティアの行動の方が一足早かった。
大地を力強く蹴り上げたミーティアの足が狼の右頬を直撃して軽々と吹き飛ばす。
短い足だけど、クリーンヒットした。
「やったー」
喜びの声を上げる僕に対して、女の人は「えっ?」と驚きの声を上げた。何だか、聞き覚えのあるような声に聞こえたけど、気のせいかな?
「でっかい、うさぎさん…?」
ミーティアに視線を向けながら女の人は呟き、その後、何かを探すように周囲を見回す。
そして、僕と目が合う。
「ヴィオ君…?」
僕は、驚いた表情をしていたかもしれない。
「メルティナ?」
僕の見知った人がそこにいたからだった。
数日前に、キラーベアーという凶暴な熊の魔物に遭遇した際に知り合った新人冒険者の人だった。
僕は、メルティナに駆け寄る。
ミーティアの足蹴りで吹き飛ばされた大きな狼はゆっくりと立ち上がると、顔に受けた痛みのためか顔を歪めていたけど、僕たちを鋭い眼光で睨みつけてくると、口を大きく開けた。
刹那。
狼の口の中から無数の小石くらいの大きさの氷の粒が飛び出してきた。
メルティナは、お尻を地面に落としたままへたり込んでいて動けない。
僕もとっさのことで動くことができなかった。
氷の粒が僕らを襲う。
しかし、その氷の粒は防がれた。
僕とメルティアを庇うように、ミーティアが自らの身を挺して氷の粒を受けてくれた。
倒れこむミーティアの背中は氷の粒が張り付き、所々が凍り付いていた。こんな状態では、まともに動くこともできそうにない。
「ミーティア、大丈夫?」
僕が心配そうな顔を向けながら頭を撫でると、『無理』といった表情をしながら首を左右に振っていた。
「一旦、聖獣界に戻って休んで」
僕の言葉にミーティアは小さく首を横に振るが、僕は有無を言わさず地面に魔法陣を描くと強制的に聖獣界に送り返した。
ミーティアは、召喚獣だ。いつでも僕が描いた魔法陣で呼び出せば、その召喚に応じてこの世界にやってくることができる。
もともと召喚獣は、聖獣界というところに住んでいるらしい。どんなところかは行ったことがないので、わからないけれど、召喚獣がいっぱいいるらしい。そこにいれば、どんな大怪我をしても徐々に治ってしまうらしい。ミーティアには、ゆっくりと休んでもらうことにする。
「ヴィオ君。うさぎさんが消えちゃったわよ?」
突然、目の前からいなくなってしまったミーティアに驚き戸惑うメルティナ。
ゆっくりとした足取りで狼が近寄ってくる。
ミーティアと違い、僕とメルティナが弱いと認識したみたいだ。
「どうしよう…」
「どうしようって、どうにもならないわ。あれはブレスフェンリルよ」
「ブレスフェンリル?」
聞いたことない魔物の名前だ。
「知らないの?凍える息を吐きだす狼系の魔物よ。それもあんなに大きいものがこんなところに出るなんておかしいわ。この間のキラーベアーといい、なんでこんな凶悪な魔物に出会うわけ?」
メルティナは、少しパニックになっているようだ。
目の前にいるブレスフェンリルは確かに大きな狼の魔物だ。大人の男の人が三人くらいは背中に跨って乗れそうなほど大きい。町からそんなに離れていない場所にこんな大きな魔物が現れることなんて滅多にない。
メルティナは、よほど運がない人なのかもしれない。
「凍える息って…?さっきみたいな氷の塊を吐き出すってこと?」
「そうよ。獲物を凍らせて動けなくして食べるって聞いたことがあるわ」
聞いたことがあるってことは、実際には初めて見たってことだよね?
腰を抜かしているけれども、手には小さなナイフ一本を握りしめているメルティナ。まるで、お守りのように握りしめている。そんな状態じゃあ、ナイフなんて役に立たないよ。そう、言いたかったけど、こんなに大きな狼に襲われたのなら仕方ない。
僕はブレスフェンリルの方に向き直ると両手を前に突き出す。そして、手のひらに意識を集中させて力を籠める。
前方の地面に淡い光が浮かび上がり、それは縦横無尽に動き出すと光の魔法陣を描き出す。
「僕の声に応えて、現れ出でよ。フェリアーナ、召喚!」
僕の声に呼応し、魔法陣がひときわ輝く。
光が霧散したその場に現れたのは、ミーティアと同じくらいの大きさの狐だった。
僕が背中に乗っても平気なくらいの大きな狐だ。ブレスフェンリルの方が大きさで言えば二回りくらい大きい。
銀色に輝く体毛は、陽の光を受けてキラキラと輝いている。まるで、金属でできた狐のようだ。
「えっ?今度は、キツネさん?」
目の前に現れた銀狐に目を丸くしているメルティナ。狐につままれたようなとは、このことかな?
「フェリアーナ、あいつをやっつけられる?」
ブレスフェンリルを指さしながら叫ぶと、銀毛の狐は視線を僕に向けて一度だけ力強く頷いた。
驚き戸惑っているのはメルティナだけではなかった。ブレスフェンリルも同様だった。
でも、すぐに敵とみなして口を大きく開けた。
あの氷の粒を吐いてくるみたいだ。
その挙動を見ながらもフェリアーナは微動だにしない。
薄い水色の体毛を揺らしながら、ブレスフェンリルの凍える息が吐き出される。
フェリアーナは、大きく息を吸う。
刹那。
炎がフェリアーナの口から吐き出された。
氷の粒と炎がぶつかり合う。
一瞬にして氷の粒は蒸発して消えてなくなる。
ブレスフェンリルは、氷の粒を吐き出すのをやめ、素早く横に飛びのいた。その脇をフェリアーナが吐き出した炎が掠めていった。炎は薄水色の体毛を少しだけチリチリに縮れさせ、着弾した地面を焼いて黒くすすけさせる。
フェリアーナの炎の威力の方が数倍も勝っているようだ。
ブレスフェンリルは、四肢に力を入れるとフェリアーナに飛び掛かってきた。左に飛びのいてフェリアーナは華麗に躱す。
しかし、その動きに反応してブレスフェンリルは追いかける。
はるかに体格が大きいのに柔軟かつしなやかな動きでブレスフェンリルの方が早い。
フェリアーナは、数回に分けて炎の塊を吐き出すが、当たらない。薄水色の体毛が多少縮れる程度だ。
再度、炎の塊を吐き出す。
炎をすり抜けて躱し、ブレスフェンリルは加速して、体当たりを喰らわしてきた。
フェリアーナは直撃を受けて吹き飛び、地面を2~3回、転がった。
ヨロヨロとフェリアーナは立ち上がる。
「フェリアーナ、大丈夫?」
僕の問いかけに、何かを訴えるような視線を向けてくる。その視線の意味を僕は瞬時に理解した。
僕は両手を前に突き出すと、フェリアーナを召喚した時と同じポーズをとり、フェリアーナの足元に淡い光の魔法陣を描き出す。魔法陣が輝きを増す。
「我、汝の封印を解き、解放する者なり。封印よ、退け。メタモルフォーゼ!」
呪文を唱えると、光がフェリアーナを包み込んで消えていく。
光が消え去った後には、人が佇んでいた。
銀色の長い髪は足元まで伸びているが、陽の光を受けてキラキラと輝いている。頭には狐の耳が付いていて可愛いが、とても美人のお姉さんだ。チャイナドレスっていう服装に身を包んでいる。前に中華料理を専門に出しているお店で同じような服装を見たことがある。そのときの女の店員さんは、スカートの丈がものすごく短かったけれど、こちらは足元までを覆い隠すほど長い。しかし、腰のあたりまで入ったスリットから両方の太ももがチラチラ見えているのがセクシーだ。セクシーってものが僕には良くわからないけど、そんな感じだ。
「ヴィオ様。ご指名いただき、ありがとうございます」
フェリアーナが恭しく僕に向かって頭を下げてくる。透き通った鈴の音のような声が、僕に安心感を与えてくれる。
「フェリアーナ、あんな奴やっつけちゃって」
拳を振り上げて叫ぶ。
「お任せください。ヴィオ様のために」
フェリアーナは、楽しそうに微笑む。
薄く引いた口紅が印象的で、不敵な笑みを形作る。
「まっ…また、召喚獣が人間になった?どうなっているの?こんなの聞いたことないわよ…」
目を白黒させながらメルティナは、人型になったフェリアーナを凝視している。
「僕の召喚獣は、普段は動物の姿をしているけれど、封印を解くと人間と同じ姿になれるんだよ。強いし、頼りになるし、フェリアーナはとっても美人だしね」
僕が絶賛すると、「ヴィオ様にそう言われると、とても嬉しいです」とフェリアーナは心から嬉しそうに微笑んだ。そんな余裕をかましていて大丈夫なのかな?と僕が思った矢先。
フェリアーナの顔つきが変わった。拳法のような構えをとる。
様子を探っていたブレスフェンリルが、意を決したように四肢に力を込めて薄水色の体毛を揺らしながら、フェリアーナに向けて疾走していく。
フェリアーナは、両方の拳を強く握りしめて微動だにしない。
最高速でブレスフェンリルが大きな口を開けて噛みついてきた。
フェリアーナは、少しだけ膝を屈めて態勢を低くし、牙を躱す。それと同時にカウンターを喰らわす。
力を込めた渾身の拳をブレスフェンリルの喉元に減り込ませる。ブレスフェンリルの口から赤い液体が舞う。
フェリアーナの双眸が怪しく光る。
ドドドドドドドドドドドドドドドド…
目にも止まらぬ速さの拳がブレスフェンリルの全身を襲い、肉を叩く鈍い音だけが響いてくる。
両方の拳から絶え間なく打ち出される衝撃を全身くまなく浴び、拳の跡が刻まれる。
「マグナムショット!」
フェリアーナは、叫び声とともにとどめの一撃を腹部に減り込ませた。深々と減り込んだ拳は肘のあたりまで埋まり、拳を中心に毛皮が渦を巻いている。拳に回転がかかっていたようだ。風車のように回転しながら巨大な狼の身体は風に吹かれたかの如く吹き飛び、近くの大きな岩に叩きつけられた。
ブレスフェンリルが直撃した岩は粉々に砕け散り、こと切れた薄水色の毛皮をまとった肉の上にパラパラと降りかかった。
「フェリアーナ。凄い、凄い!」
興奮して歓喜の声を上げながらフェリアーナに抱きつく。
「お怪我などは、ありませんか?ヴィオ様」
戦っていた時の少し怖い顔とは違い、優しい微笑みを向けながらフェリアーナは僕の頭を撫でてくれる。『僕は、子供じゃないよ』と心の中で思いながらも、そこは口には出さない。フェリアーナは、起こると怖そうだからね。
「メルティナも怪我はない?」
腰を抜かしたままのメルティナに気づいた僕は声をかけた。彼女のことは、すっかり忘れていたよ。
「ええ、またヴィオ君とその召喚獣?…に助けてもらっちゃったね。ありがとう」
手を引っ張って立ち上がらせる。
僕は、メルティナが腰を抜かしていた辺りをじっと見つめている。
メルティナは、不思議そうな表情で僕を見る。
「今日は、おしっこ漏らしてないね?」
「いつも漏らしていません」
ちょっと怒ったような声で言い返してきた。
そんな時。
「何だ?今の音は?」
誰かが僕たちのいる方に駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。大きい岩が周りにあるのでそれを回り込むようにして、鎧を身に着けた男の人たちが姿を現した。その人たちは、僕たちと目が合うと「この間のお嬢ちゃんとボーズじゃないか?」と声を発した。
数日前に近くの森で出会ったおじさん三人組の冒険者だった。
また、このおじさんたちと会うなんて…。
まあ、町からそんなに離れていないし、この間出会った森からもそんなに離れていないので、顔を合わせても不思議じゃないけどね。
そう考えると、街からそう遠くない川べりをフラフラしていた僕が、メルティナとまた再会したのも同じことかも。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ…お嬢ちゃん、今度もどえらいもんを退治したなぁ~」
「これって、ブレスフェンリルじゃないか?」
「なんでこんなところにこんな凶悪な魔物がいるんだ?しかも、特大サイズだろ?これ?」
全身の骨は折れ、ボコボコに叩きのめされてひっくり返っている薄い水色の体毛の巨狼の塊を見て口々に声を上げ、三人のおじさん冒険者たちはメルティナを見ている。
羨望の眼差しを向けられるメルティナは、私じゃないと言いたげな顔をして、激しく首を左右に振っていた。
三人のおじさん冒険者に出会えたのはラッキーだった。
退治したブレスフェンリルをおじさんたちが運んでくれるということになったからだ。
しかも、冒険者ギルドで買い取ってもらえるように交渉してくれる上に、一人のおじさんは街まで戻り、ブレスフェンリルを乗せるためだけに馬車まで用意して来てくれた。
そのため、僕たちが街まで運ぶ必要がなくなったので、楽ちんだった。
しかし、先日のキラーベアーに続いてブレスフェンリルが街の近くに現れたことは異常事態だという。ブレスフェンリルは雪山や寒い地方にいるらしい。なのに、こんな暖かいところに出没するのはおかしいということで、街の人たちに警戒するように呼び掛けるとのことだ。
僕と人型のフェリアーナは、メルティナを伴って街の冒険者ギルドに来ていた。
ブレスフェンリルを運んでくれた三人のおじさん冒険者も一緒にだ。
おじさんたちは、ブレスフェンリルを見せびらかし、ギルド内にいた冒険者たちにメルティナが倒したと言い回っていた。
そこここで称賛の声が上がるたびに、メルティナの表情は絶望色に染まっていっているように見えた。
今回も対応してくれたのは、前回キラーベアーを買い取ってくれる際に対応してくれたあの眼鏡のギルド職員だった。ブレスフェンリルを目の当たりにして一番大喜びしていた人だ。魔物マニアなのかな?
カウンターの奥から、眼鏡のギルド職員が戻ってきた。
皮袋に入ったお金を渡してくるので、僕が受け取る。
メルティナには、紙切れを渡している。冒険者証明証だ。冒険者の印でもあり、冒険者個人の情報や実績などが記載されている厚手の破れにくい紙だ。
「いやぁ~、メルティナさん。実にお強いですね。感服いたしました。まさか、ブレスフェンリルまでも退治してしまうなんて」
興奮気味に早口でまくしたて、尊敬の眼差しでメルティナを見ている。
そのメルティナは、自分の手の中にある折り畳まれた状態の冒険者証明証を虚ろな瞳で見つめたまま、呆然としている。
まあ、見なくてもわかる。証明証の魔物の討伐記録にキラーベアーに続いて、ブレスフェンリルが追加で書き加えられているからだろう。
メルティナ自身、何もしていないけれど、なぜか討伐記録が増えていく。困惑するのは仕方ない。だって、自分の本当の実績じゃないからね。人に見せたら、もの凄く強い冒険者だと思われてしまうもの。
でも、僕は子供だ。誰が見てもブレスフェンリルなんか倒せるとは思われない。
フェリアーナは「私は、ヴィオ様の保護者です」と言い切って押し切っていた。自分が倒したとは頑として言わなかった。
そのため、新人冒険者だけど、キラーベアー2匹の討伐実績(実際に討伐したのはうさぎの召喚獣であるミーティアだけど)の記録がある冒険者証明証を持っているメルティナが再び、大快挙を成し遂げたという方が自然な流れで周囲の人たちが勝手に盛り上がって受け止めていた。
面倒ごとに巻き込まれたくないので、メルティナに押し付けたみたいな感じだけど、僕は罪悪感は感じていない。メルティナが実力をつけて強くなればいいだけだと思っている。
これ以上、ギルドにいてもしょうがないので「じゃあ、僕たちは行くね」と、立ち尽くしているメルティナに声をかける。
スタスタと歩いて冒険者ギルドからフェリアーナとともに出ていこうとすると「ちょっと待って」と呼び止められた。
呼び止めてきたのはメルティナだ。小走りに僕たちのもとへと駆け寄ってくる。
「ヴィオ君たちは、どこへ行こうとしているの?」
「僕たち?ん~…」
僕は顎に右手の指をあてて考え込む。特に行く当てなんかない。いつも気まぐれでフラフラとあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと自由気ままに旅をしているだけなので目的は何もない。
「特に行くところはないよ」
「ヴィオ様の行きたいところへ私はついていくだけです」
フェリアーナは、どこまでもお供しますと、そっと僕の肩に両手を置いて微笑んでくれた。優しい微笑みなので、僕は好きだ。
「じゃあ、私もついて行って良い?」
突然、メルティナがそんなことを言い出す。
フェリアーナの表情が一瞬だけ曇ったように見えた。
「こんな魔物の討伐記録を残されても、私…困るもの。仕事を受けるときに、これを見せたら絶対に勘違いされるもの。助けてよ」
まあ、メルティナがそう言うのもわかる。あの討伐記録を見たら、すごく強い冒険者だと思われるに違いない。いくら駆け出しの新人と言っても危険な仕事しか回ってこない可能性の方が高い。
「どうする?」
僕は、フェリアーナに尋ねる。
「ヴィオ様の判断に委ねます」
そう言ってくるってことは、僕が決めてしまっても良いってことだよね?そういうことだよね?
僕は、少し考えこむ。
まあ、メルティナがいれば都合の良いこともあると思う。
召喚獣を連れた子供が一人で旅をしていると色々と面倒くさいこともある。誰と来たのか?とか、どこから来たのか?とか、何をしに来たのか?とか聞かれて答えても子供の一人旅なんて信じてもらえないことが多いからね。召喚獣の存在だって知らない人の方が多い。おとぎ話の中の存在だと思っている人の方が多いくらいだ。だから、召喚獣を連れて歩いていると魔物と勘違いされることもあった。さらに僕は背が低いので年相応に見られることがない。
面倒なことはメルティナに押し付けてしまえばいいかな?いいよね?それなら…
「うん、決めた。一緒に行ってもいいよ」
僕がそう決断すると、メルティナは安堵に似た表情で嬉しそうな声を上げて「改めてよろしくね」と握手をしてきた。
その横では、ちょっと不服そうな顔をしているフェリアーナの姿が視界に入ったが、触れないことにした。
嫌なら、嫌って言ってくれればいいのに。