死にたがり、女神様に謝罪される
なんとかこの世界のお金のことを教えてもらうことができて、かつ森で狩ったフォルフの死体も売れたから僅かながら活動資金は得ることができた。
そのまま出店を回って衝動買いをしてもよかったんだが流石にこの村における物価がなんとなく掴めてきただけの段階で買い物をする気にはなれなかった。存外俺は生きることに執着しているのかね。きっとそうなんだろうが、早く死にたいと思っているの事実だしなぁ…矛盾抱えてんな。いかにも人間って感じだわ。
そして村を見て回っている内に教会が見えてきた。
「この村、教会はあるんだ。」
「そんなに珍しいものでもないみたいですよ?教会は国内であれば大体どこにでもあるって行商人さんが言ってましたし。あ、せっかくなのでカイトさん!お祈り、していきませんか?もしかしたら神様の御加護を賜れるかもしれないですよ!」
お祈り、ねぇ……俺の脳裏には俺を無理やり転生させたあの爺さんが浮かぶ。アレに祈ったら余計に悪化しそうだ。
「ここってどんな神様を祀ってるの?それが知りたいな。」
「えーっと……ルシャール様という風の女神さまを祀っていますね。ルシャール様は風と共に旅をし世界を見守ると言われてるので命の女神フィリシエ様と並んで信仰している地域が多い神様なんですよ!」
なるほど。少なくともあの爺さんではないと。この世界は多神教っぽいな。
「へぇ~、そうなんだ。じゃあ、せっかくだしお祈りしていこうかな。……でも、他の神様を信仰してる場合はどうなの?大丈夫なの?」
「特に制限があるなんて私は聞いたことないです。他の宗教は分かりませんけど、少なくともルシャール教は『祈りにやってくるあらゆる者を拒まず』って教義があるので他の神様を信仰していても教会で祈ることは出来ますね!」
意外と多神教に寛容なのかね、この世界の宗教は。大抵異世界なんて唯一神とか崇めてそうなもんだけど。それかバチバチの宗教戦争か。
「そっか。なら俺が祈っても問題なさそうだし、せっかくのお誘いだしね。行こうか。」
「はい!」
そして協会に足を踏み入れると、神像に向けて膝を折り祈る人の姿がちらほら見える。それと明らかに外とは空気が違うのに俺は気づいた。本当に神様の神聖な力でも満ちている空間なのかもしれない。ともかく俺は神像に向けて祈……あー、えーと(逡巡)……無難なことを祈ることにした。
***
うん?花の香りだ。それに風も感じる…俺は教会で祈っていた(死ぬことではない)はずだが。ふと目を開けると天海の花園といった風貌が目に入った。空は黄昏色にも見えない黄金色。花も咲き誇り、常に花弁が舞っている。そんな幻想的で、多分万人が想像する天国のような世界。
「…ぅ……の⁉…そ、…うちょっ………だと……た…に!!…の準…が」
それに遠くで声が聞こえた。天使からのお叱りでもあるのかな?そして声の主を探そうと辺りを見回そうとしたその瞬間、俺の目の前に一人の女性が現れた。……息を切らして。
「ハァ…ハァ…は、始めまして。異世界の住人である霧崎海斗さん。私はルシャール。転生を司る女神…です。」
ルシャール様か。…ん?転生?風の女神じゃないのか?俺がそのことを聞こうとする前に先手を打つかの如くルシャール様は俺に頭を下げた(!?)
「本当に申し訳ございません!本来は海斗さんの魂はきちんと輪廻の輪に還っているはずだったのに、このようなことになってしまい弁明のしようもございません!」
「え⁉ああ頭を上げてください!?(動揺)何に対する謝罪なのか分かりませんけども神様が頭を下げるのはまずいと思うんですね!?」
このままでは土下座すらし兼ねないほど恐慌状態(?)な女神さまを落ち着けるのに手間取った。結局天使っぽい人が出てきて女神さまを宥めてくれて落ち着いたが。
「すみません……つい、気が急いてしまって……事情を説明させていただきたいのですが…少々長くなりそうなのですが、お茶でもいかがですか?」
言うなり女神様ことルシャール様はお茶会セットを出現させた。その方が落ち着いて話を聞けそうだしお言葉に甘えようか。
「ではお言葉に甘えて。失礼しますっと。」
そうして女神と異世界人の奇妙な?お茶会が始まった。
「それでなぜ、俺に対して謝罪を?多分ですけど初対面ですよね?」
「そうですね。私と海斗さんは初対面ですが…身内の不始末はきちんと清算しなければいけませんから。海斗さんはこの世界に転生する前に誰か別の神と会話しませんでしたか?」
会ったけど……会話っていうか…あれは一方的な宣言じゃないかなと思う。人の話聞く気なさそうだったし。
「やはりそうでしたか…それは、髭もじゃで偏屈そうな老人ではありませんでしたか?」
あれはちゃぶ台ひっくり返すタイプの頑固親父。間違いない。ん?俺今答えてないよな?
「私これでも女神ですので、心が読めるんです。ご不快でしたらなるべく心を読まないように配慮します。」
「読まれて困るもんでもないし気にせずじゃんじゃん読んじゃってください。」
「良かったです。話は戻しますが…海斗さんが会ったその神は……認めたくありませんが私の父なのです。……ホントに余計な事やらかしてくれたな偏屈頑固クソ親父め。」
あー……なるほど?憎しみ強そ~…そっとしておこう。
「こほん。先ほども申しました通り、海斗さんは本来ならば地球で命を断った時点で輪廻の輪へと還り次なる人生へ歩みだすはずだったのですが…輪廻の輪に入る前の段階で私の父こと死の神ドートリアスが海斗さんに、正しく言えば海斗さんの死に方に目をつけてしまったらしく…父は強制的に貴方の魂をこちらの世界へと引っ張ってきたのです。魂の転生に関しては私の管轄なのに!一言すら相談もなく!」
えぇ……(困惑)流石に自分勝手にやりすぎでは…?
「その上、とにかく死に繋がる要因の数々を排除するために固有スキル【幽世人】と【超健康体】を与えてこの世界に放り出していたんですよ!そこで自分の仕事は終えたかのように!なんとか転生ギリギリで私の側仕えの天使ちゃんが報告してくれなければ海斗さんにとてつもないハードモードを強要するところだったんです。」
「つまり、俺が持っているアイテムボックスやら、鑑定やら属性魔法やらのスキルはルシャール様がつけてくれたってことですか。」
「はい。そうなります。本来のシステムならば転生者の方々にはちゃんとこの世界で生きていく上で必要な最低限の知識は授けて、さらに転生特典としてある程度の希望を叶えるという手順を踏むんです。ですが海斗さんの場合はもう既にドートリアスによって現世に飛ばされつつあったせいで知識と転生特典を授けるだけの時間が取れなかったのです。」
「事情は分かりましたけど…そんな勝手な事出来るもんなんです?」
「ドートリアスは地球で言うところの閻魔大王ですから。その上この世界における古き神の一柱なので魂に干渉する力も強大なのでしゅ…です。」
大事なところで噛みましたね?
「忘れてください…///」
えー、ちなみに今から転生を取り消すことは……
「…無理ですね。もう既に海斗さんはこの世界の住人。神は無暗に現世に生きる者に干渉は出来ません。出来るとすれば死後のみ。なので…その…残念なのですが、海斗さんの【幽世人】の効果を消すことも、善行ポイントを0にすることもましてや海斗さんにチートスキルを授けることももうできません。」
「ああいや。気にしないでください。無理なのは分かってて聞いただけなので。それなら俺のやることは変わりませんわ。世界を巡り、俺が死ぬための何かを探す。ついでに異世界道楽の旅をする。それだけです。」
「それを聞いて安心しました。海斗さん、本当に父が申し訳ありませんでした。これからは必要な時に祈ってくださればいつでも私は駆けつけますので気軽にご相談くださいね。っと、もう時間のようですね。…最後に一つだけ。海斗さん、…旅をするなら神聖国アルバトリオンにはお気をつけて。」
神聖国アルバトリオン…?宗教国家クセェ…俺が死にたがりなのはルシャール様分かってそうなのにわざわざ忠告してくれたなら聞いとかないとな。
そして俺の意識は遠のいていった。
***
「…トさーん?カイトさーん!大丈夫ですか?」
「ん……ペトラちゃん、俺どれくらいこうしてた?」
「多分3分くらいじゃないですかね?カイトさんが身じろぎ一つしないので心配したんですよ!」
そりゃ確かに心配になるわな。俺なら絶対呼吸してるか確認するし。
「ごめんごめん。お祈りって初めてでさ。集中してたんだ。」
「さ!カイトさん!お祈りも済んだことですし家に帰りましょう!お母さんもきっと待っていますし。まだまだカイトさんに教えたいこと、たくさんあるんですからね!」
そうしてペトラちゃんは俺の手を引いて歩く。思ったよりも力強いんだけど。それにしても神聖国アルバトリオン…ね。
この世界の宗教について
多神教である。一番母数が多いのは創生教。次点で多いのはルシャール教、フィリシエ教のツートップ。他にも火の神だとか水の神だとか商業の神だとか学問の神だとか色々な神が祀られている。ルシャール様の父親ことドートリアス神も審判の神として祀っている国も少数ながら存在する。宗教単位だと抗争は激しくない。(国家間では別。)
神々の司るもの
ルシャール様:風も司る。現世では一部では輪廻の女神としても知られてはいる。命が巡ることも含めて物事の流転する様を風と共に見守っている、とされているため風の女神。
フィリシエ様:ルシャール様の母親。司るのは生命。というよりも自然そのもの。植物などの明確な意思を持たないものも含めた全ての命の母。家内安全や安全祈願、子宝に恵まれるなど、営みに関する内容で祀られている。
ドートリアス様:ルシャール様の父。1話でも書いた通り。審判の神。現世の事象への審判ではなく死者の在り方による来世を決定づける審判を(自分の主観で)行う。
その他の神様はまた別の機会にでも