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第16話 奪われたチョコ

翌朝窓をあけると

一面の雪景色が、目に飛びこんできた。


ふわふわ雪が舞っている。


どおりで夕べは寒いとおもった。


ひろは百回クシで髪をといた。


髪はいまだかつてないほど

サラサラになった。


「えらく早いな」


起きてきた両親が

ひろをみて驚いた。


ひろは準備を整えると

傘をさし、学校へむかった。



早朝の、ガランとした教室に

ひろはひとり席についた。


かばんの中には、きのう用意した

チョコがはいっている。


キンと冷えた真新しい空気が

落ちつかぬ胸をひきしめた。



席は少しずつ埋まっていった。


広い教室に、ボソボソ話し声が漂う。


ひろは戸口に現れる

クラスメイトを確認しては

また気を入れ直した。


黙ってしずかに降る雪が

窓のそばから見守っている。


時が過ぎるにつれ

クラスは目が覚めたように

にぎやかになっていった。


むこうで誰かが、椅子から転げ落ち、

「ダッセー」とまわりから爆笑が起きた。


ひろは気持ちを途切れさせぬよう

何度も大きく深呼吸した。


しばらくして、指先がジンと痛むのに

気がついた。


手足がしびれて、冷たくなっている。


ひろは温めようと、体をゆすった。


だが冷えきっているのか、ちっとも温まらない。


それどころか歯まで、カチカチ鳴りだした。


ひろはさらに体をゆすった。


なんだか今朝の強い気持ちまでが

どこかに、かき消えてしまった気がした。


「あ、雪村クン! 手伝ってくれ〜」


石井の声に、ひろはギョッと顔をあげた。


声をかけられた雪村が

教室のなかほどで立ち止まっている。


「英語の宿題忘れちゃってさ〜。

頼むっ。ノート見せてくれっ」


手を合わせる石井に、

雪村は「まあいいけど」と軽く答え、

今持っているかばんから

ノートを取り出そうとした。


が、その前を女子たちが立ちはだかった。


「 やめなよ、雪村。

バレたら先生に怒られるよ」


「そうそう、石井のためにならないし」


制止する女子たちに、

「なんだよ、てめーら、関係ねーだろっ」

と石井が哀れな声をあげた。


女子たちは無理やり石井に辞書をひらかせ

やいのやいのと宿題をさせはじめた。


雪村はさっさと退散し

逃げるように自分の席へやってきた。


ドサッとかばんの置かれた音に

ひろの背中がビクリとゆれた。


ファスナーを開ける音がして

雪村がかばんから荷物をだしはじめた。


今日使う教科書やなんかを

机の中にしまっていく。


あれ以来、お互い口もきかず

避けるように過ごしている。


いきなり話しかけて大丈夫だろうか…。


今さらながら不安がよぎった。


無視されるか、

ヘタしたら怒りだすかもしれない。


中身を出し終えた雪村が

かばんを机の横にかけた。


いま言わないと…!

…早く、

…もう考えるなっ、

…行けっ!


ひろは、しぼりだすように声をかけた。


「雪 …」


思わず口から

手榴弾しゅりゅうだんが飛び出たみたいに

ひろはビビって

自分の声にふたをした。


となりで雪村が立ちあがる。


ひろは隠れる穴もなく

その場で身を縮めた。


が、待てどもなにも起こらなかった。


こわごわ目をあげてみる。


向こうで鈴木たちがたむろしているなかに

雪村がいる。


あとから男子が、マンガ雑誌を持ってきて

雪村たちにひろげだした。


数人で頭をよせあい

何事もなかったようにマンガを読んでいる。


ああ…

さっきのは聞こえなかったのか。


ひろはクタクタになって

ほへっと息をついた。


しばし目をとじる。


雪村がひとりのときなら……。


あの雪の日の校庭みたいに…

まわりにだれもいなくて

ふたりきりなら。


いつからいたのか、

ひろのまん前に、ハズミが立っていた。


ハズミは自分の席の手前で

かばんを肩にかけたまま

じっとひろを見ている。


なにか…言おうとしている?


ひろは伺うように目をやった。


ハズミのほっぺは、ひろと同じく

うっすら指のあとがついていた。


ハズミもひろのほおを見ている。


探るような互いの目が、かち合ったあと、

ハズミはいつものように

黙って席についた。


ハズミの頭は自然にカールし、

立てていなかった。


ひろにはそれが

少し優しげにみえた。


「なあ、みんなで雪合戦しねえ?」


鈴木がみなに呼びかけた。


クラスのほとんどがグラウンドにでた。


ひろも手袋とマフラーをつけてでた。


でてきた者から、こっちと向こうに分かれ、

わあわあ雪を投げあって遊んだ。


雪村もいた。


雪が肩に当たって白くなっている。


ゆりが飛んでくる雪玉に

きゃあと逃げまわっている。


向こうにハズミもいる。


ハズミの雪玉が、石井の顔面に命中した。


後ろのほうで、呑気にくっちゃべっているのは、

富田林とんだばやしたちだ。


飛んでくる雪玉を、足元でいなし

ときおり前に出てって、投げ返している。


雪はたっぷりとあった。


まるめては投げる。


雪のかたまりがびゅんびゅん飛んでくる。


ガシガシ雪をかいては、玉に固める。


かがんだ瞬間、ボカッと肩に雪玉が当たって

口の中まで飛んできた。


あがった息ですぐ溶けた。


お返しの雪玉をお見舞いする。


夢中になって、みなで遊んだ。


チャイムが鳴っても、

ギリギリまで雪を投げあった。


終わったら服も髪も

グシャグシャになった。



   ⚪    ⚫



ぜったい渡すと決めていたのに

三時限目も、四時限目も、チョコは依然、

ひろのかばんの中にあった。


雪村が、ひとりになるタイミングが、ない。


雪村は前みたいに

ひとりで校庭に行くこともなくなっていた。


午後には雪もやんで、青空までみえた。


こうなったら呼び出しをしようと

授業中ノートをちぎって、手紙も書いた。


となりに座っている雪村の机に

ポンと乗っければいい。


でも結局それもできなかった。



どうしよう。


今日最後の授業となる

教科書を用意しながら、

ひろは情けなくおもった。


半分あきめながらも自分をはげまし

別の方法を考えはじめる。


学校で無理なら、帰り道はどうか。


帰り道ならいつかひとりになるし

できそうな気がする。


ただ…まわりの生徒に気づかれないで

うまくあとがつけられるだろうか?


からかわれたり、噂になるようなことは、

もう…絶対避けたい!



教室に、熊田先生がはいってきた。


「きりーつ」


週番が号令をかける。


そのとき、先生が手をあげた。


「よーし、みんな。そのまま立ったまま、

机の中のもの、かばんの中のもの、

ぜんぶ机の上に置けぇ」


エ…。ひろは呆然ぼうぜんと顔をあげた。


耳をうたぐった。


抜き打ちの持ち物検査だ。


「げ〜、マジでぇっ」


ブーイングが起こるなか、

ひろは震えだした手を小さくにぎった。 


鈴木が抗議するようにいった。


「オレまだ1個も、もらってません!」


先生は満足げにうなずくと、

「鈴木がもらってないってことは、

みんな規則を守ったってことだな」

と、容赦なく手をたたき、みなをうながした。


ひろは真っ白になっていく頭のなかで

前に先生が、バレンタインの話をしていたことを

おぼろげに思い出した。


生徒たちは不満を口にしながらも

それぞれ持ち物を出しはじめた。


「ね、ね、これ 学校に持ってきても

良かったっけ?」


「どうだろ?

学校で使うもの以外はダメなんだよね?」


みなの机に、教科書をはじめ、

どんどんモノが積まれていった。


ひろは、スイッチが切れた人形のように

動けなかった。


手にねっとり汗がはりつき、

つっと流れた。


先生は腕を組み、

探るように生徒の様子を見まわしている。


誰もが言われたとおり、

荷物を出している。


ひろはギクシャクと身をかがめ、

まず机の中から教科書を出しはじめた。


最後に筆箱を出し終えると、

もう机の中は空っぽになった。


ひろは頭の中も空っぽみたいになって

今度は机の横にかけてある

かばんに手をのばした。


台の上に乗せ、汗ににじんだ自らの指で

閉じたファスナーをジヨジヨひいていく。


するとかばんの奥から、キラリと、

クリアケースのはしが見えた。


「先生っ」


突然のハズミの声に、

ひろの体がビクリとゆれた。


「どうした。水沢」


教卓にいる先生が、こっちを向いた。


他の生徒も、なんだろうと顔をあげる。


とたん…、天地がグランと大きく傾き、

ひろの体も倒れそうになった。


とっさに出した手足で支える。


なんとかふんばり、身を起こすと、

周囲は変わらず、平静だった 。


つまり傾いたのは…大地ではなく、

自分自身だったのだと、

ひろはようやく気がついた。


ハズミが、先生に見せるように、

手に持った何かを突きだした。


赤い布と、青いヒモのようなものが、

ハズミの手にある。


「 コレ、水泳帽と、えっとぉ…

ボールを入れとくネットです」


ハズミが言った。


先生は、せない顔で「ああ」と 答え、

「水泳帽なんて、なんで持ってきたんだ?」

と、ハズミにたずねた。


それには答えず、ハズミは、

赤い水泳帽を頭にかぶり、

はみ出た髪をいれはじめた。


さらにブルーのネット上からかぶり、

すっぽり肩まで引き下ろす。


と…やおら胸をはり、

周囲にとどろく、大音声だいおんじょうで言った。


「スパイダーマン…!!!」


ハズミの後ろ手が、

ネットのヒモを引っ張った。


ネットはきれいに、頭の形に縮まった。


先生はピクリともわらわなかった。


教室は水を打ったように静まり返った。


コトッ…とどこかで

消しゴムの落ちたような音が

きこえたほどだった。


拾うものは誰もなかった。


ハズミの新ネタは不発だった。


しかし、それはのちに伝説になった。


先生は水泳帽とネットを持ってくるよう

厳しい顔でハズミに命じた。


ハズミが何もしなければ

きっと没収にまで、ならなかったろう。


ハズミは素直に従った。


しかしその様子は、命じている先生より、

強く、堂々としてみえた。


先生は最後まで

厳しい顔をハズミに崩さなかった。


ハズミのことが終わると

先生は場を仕切り直すように、

大きく二回、手を打った。


ボーッとなっていた者たちも、

今なんの時間かを思い出し

自分のすべきことに戻っていった。


ひろも、机にのせたままになってる

自分のかばんに目を戻した。


半分あいたファスナーの口から

ブルーのリボンが見える。


ひろは確かめるように

残りのファスナーをあけていった。


クリアケースにおさまったチョコロが

キラッと、顔をのぞかせる。


リボンだってすこしも崩れず、

きれいなままだ。


先生が席を順にまわりはじめた。


むこうでだれかが、

マンガ雑誌を取りあげられた。


でもそれは、別空間の

遠い出来事のように感じられた。


まわりの音も遠のいて、

今は自分と、チョコロだけがあった。


お腹の中が、石が入ったみたいに、

ズン…と、くるしい。


なだめるように息をつく。


自分が落ち着いてるのが、

ひろにはわかった。


さっきまでの自分と、全然ちがう。


色鮮やかなチョコロたちが

かばんの奥から見あげている。


チョコロが示す、赤と、青は、

スパイダーマンの色だ。


ギシギシと、床のきしむ音が近づいてくる。


ひろの心臓が、大きく打つ。


先生に取りあげられるんなら、

……いま渡す!!


ひろの腕が、弾かれたように動いて、

かばんに手を入れた次の瞬間……

サッと横から、別の手がのびてきて、

中のチョコが奪われた。


驚いて目を追うと、それは雪村だった。


雪村はくるっと後ろ向き

上着のすそをめくりあげた。


そして箱をズボンの中に挟み込むと

何事もなかったふうに前を向いた。


ひろはあっけにとられ、雪村を見つめた。


雪村のおなかは、へんな具合にでっぱっている。


それじゃ見つかる!


ひろが言おうとしたとき、

目の前を、先生が立った。


ゴクンとのどへ、言葉を押しこむ。


「こら 古田、かばんの中はどうした」


ひろはあわてて、

かばんから残りの物をだした。


先生はひろの机の中と、かばんを調べると

次に雪村へ目を移した。


雪村は、顔色ひとつ変えず、つっ立っている。


先生は同じように、

雪村の机の中と、かばんを調べると、

なんにも気づかず、向こうへ行ってしまった。


ひろは雪村に目をやった。


雪村もひろを見ると、

照れたような困った顔をした。


ひろは胸が熱くなった。


「それ、雪村のだからね」


おもったより小さな声になったが、

「サンキュー」とかすかな返事がかえってきた。


「よーし、誰も持ってこなかったようだな。

みんな座れえ!」


先生が教卓の前でどなった。


先生もけっこう抜けている。


ひろはこらえても、こらえきれないで

こみあげてくる笑みを

そとから隠すように席についた。


そのとき、ベコッと音がした。


ふりむくと雪村が、中腰でおなかを押さえ、

妙な顔をしている。


耳ざとい先生がこっちを見た。


「う……」

雪村が低くうめいた。


とたん、コトーンと床が鳴り、

赤いチョコロが、

ズボンのすそから落ちてきた。


ひろはアッと口をおさえた。


「雪村、どうしたんだ?」


先生がまゆをひそめる。


生徒たちが、雪村のほうへ顔を向けた。


「なんでもありません」


雪村が座ろうと腰を動かしたとき、

ゴトゴトゴトゴトッと派手な音をたて、

チョコロがいっせいにこぼれてた。


チョコロは床にころがっていった。


驚いたまわりが、足をあげてよけた。


先生は、なにが起こったか

わからないといった様子で

ボケッとこの光景をながめている。


チョコロは、ゴロゴロ床を鳴らしながら

散らばっていき、

みなの足元をくぐり抜け、

あちこちに、コツン、コツンと当たっては

方向を変え、

遠く、四方八方までひろがると、

やがて、

しずかに、

うごかなくなった。



……プハッ!


ひとつの声が、しずけさをやぶった。


クックとこらえるように

ハズミの背中がゆれている。


ひろは、ゆれる背中をポカンと見つめ、

それから続いて、クハハッと笑った。


遅れてドッと大きな笑いが

ふたりの声をのみこんだ。


クラスは豆がはじけたみたいに

笑いのパニックになった。


新聞部のゆりが

このありさまを、すばやくカメラに収めた。


フラッシュに目をしばたいた先生は、

ようやく事態を把握はあくし、

どなり散らして、みなを静めた。



チョコの箱は、

雪村のおなかでふたつに折れ、

ふたがポッカリあいていた。


「これを持ってきたやつは誰だ」


先生が問いつめた。


きっとみんなわかってる。


「オレです」


雪村がいった。


「オレが鈴木くんにあげようと

持ってきました」


あちこちで笑いをこらえる声がし、

鈴木がむこうで、「おまえなーっ」

と叫んでいる。


「うそをつくな!」


先生が声を荒げた。


「持ってきたやつ、

いるなら名乗りでろ!」


ひろは静かに立ちあがった。


「古田、おまえが持ってきたのか?」


先生がきいた。


「ちがいます」


先生が首をかしげた。


「どういうことだ?」


「雪村くんが、わたしにチョコをあげようと

持ってきたんです」


ワアッと歓声があがった。


雪村はコノヤローッといって、

机に顔をつけた。



結局チョコは没収された。


ふたりともきつく怒られたあと、

廊下に立たされた。


窓の列から西日が差し込み、

廊下は金色に染まっている。


あのとき…ハズミはもしかして

かばんのチョコに気づいたのかな。


廊下で黙って

雪村と並びながら、

ひろはふと、そんなことを思った。


クックとゆれるハズミの背中と、

そのとき一瞬のぞいたハズミのほおの色は

ポッと灯った希望の火のように、

ひろには映った。


教室では授業がはじまり、

みなの音読する英語のリーディングが

背中ごしにきこえてくる。


ひろは今度は、雪村のことを考えた。


きっと許してくれたのだと思うけど

そうした気持ちに黙って甘んじるのは

虫が良すぎるだろうな。


「あの、ごめんね…。

わたしのせいでからかわれて、

そのぅ…殴ったって…」


となりに立つ雪村に

えんりょがちに声をかける。


雪村はひろを見、ひろの言葉に考えたあと、

「ああ、あれか…」とにがい顔をした。


「いいんだ。富田林とんだばやしのやつ、

前からガツンとやってやりたかったし」


ああ…それ、トンダ囃子ばやしだったんだ…。


ひろはわるいと思いつつ、

相手がトンダ囃子ばやしときいてホッとした。


顔にでたのか、

雪村は同意するように笑みをみせた。


ひろはめいいっぱい、

さきの言葉にふさわしい顔をしていたのに、

つい、ほおがゆるんでしまった。


そして厚かましくも、

トンダ囃子とそれからどうなったのか

ききたくなったが、それはやはり、

またの機会にしておこうとおもった。


正面の、窓の日差しに目をほそめる。


あ…。あの怪文書、今やってるとこかも…。


耳をすます。


やっぱりそうだ。


いま教室で、音読しているのは、

ひろが記した教科書のページに

間違いない。


先生の音読に合わせ、

生徒たちが続く。


ああ…トンダ囃子はあの印に気づくかな?


それとも意味が分からないまま、

最後は消しゴムで消されてしまうかな…。


できれば、そのほうがいいと、

ひろは願った。


「それにしても…」 雪村がいった。


「先生があれだけしつこく

チョコ見つけたら没収だぞって言ってたのに

よく持ってきたなあ。

しかも、あんなデカイ箱で」


「う、うん」


ひろはかゆいみたいに

背中をモゾモゾさせた。


前に先生が

バレンタインデーの話をしていたとき、

途中から聞いてなかったのだ。


「古田って、すごい性格してるよな。

チョコがバレたのに笑いだすし、嘘つくし…。

わたしのこと好きなくせにーって、

自分で言うし…」


だしぬけに痛いとこをつかれ、

ひろは手持ちのカードを

一気に取り落としたみたいに

頭の中がワチャワチャになった。


「ア、あ、のときはっ…、

その…ホントにごめんね!

わたし、あのぅ…」


雪村が途中でさえぎる。


「いいよ、もう。

でも、よくあんなこと言い切れるな。

普通なんとなく気づいてても

言えないぜ」


納得がいかないという顔だ。


ひろは、どう答えようか、

悩ましげに首をひねった。


イヤ、でも…

ここで打ち明けてしまおうか。


「じつはね…。席替えの日、

雪村たちが話しているの、聞いたのよ。

そのぅ…一年生のときから、好きだって…」


「え? なんのことだよ」


雪村がキョトンとする。


「オレ、一年のときなんて、

おまえのこと知らないぜ」


「エエッ? 三学期の席替えの日よ?

ホラ…鈴木たちと好きな人の話、してたでしょ。

朝の、誰もいない教室で…。

あの日は初めて、雪が降ってて…」


「エエッ…??」


雪村は、本当にわからないみたいに

しきり首をかしげ、

記憶をたどるふうに、天井をにらみあげた。


「あの日は…オレ…

来たらまず席とって…それから…。

ああ! 外にいてた。ずっと」


雪村は、はっきり思い出したように

うなずいた。


ひろは訳がわからなくなった。


「だって…席っ!

わたしのとなりに、したじゃない!」


「はあ? 古田があとから来たんじゃないか」


ひろはますます

訳がわからなくなった。


教室から、英訳をしている石井の

たどたどしい声が聞こえてくる。


「じゃあ……」


ひろは言葉が続かなかった。


今まで自分のしてきたことを思うと

めまいがした。


「古田」


雪村が呼んだ。


「ほら、これ」


差しだした手のひらに

金と銀のチョコロがあった。


「まだ腹んとこで

ひっかかってた。食う?」


そういって、金のチョコロをひろに渡した。 


銀のチョコロは、雪村の口へはいった。


西日に照らされて、

銀のチョコロは、

金よりもずっと金色になった。


ひろもチョコロを口にいれた。


舌の上でしばらくころがす。


コチコチのチョコはゆっくり溶けて、

やがて甘いチョコレートクリームになった。


陽の光が銀紙みたいに

ひろたちを包んでいる。


ひろは、

雪村が銀のチョコロを口にいれた光景を

一生忘れられない気がした。



❄️ ⛄ ❄️ ⛄ ❄️ ⛄ ❄️ ⛄ ❄️ 

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