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短編集

南鳥島監視中

短編小説第八作目です。

日本本土へ帰還する飛行機から降りてきたのは全身黒ずくめの男だった。


丸坊主でサングラスを掛け、近寄ってくるだけで恐怖心が芽生える程ガタイもいい。


その男は無言で俺の元へと歩いてくる。


こんなに暑いのに何故光を吸収しやすい黒の服を着ているだろう。もしかしたらあの男の体温調節機能は壊れていて、暑さ寒さを感じないのだろうか? それとも単にあれが制服というものなのだろうか。はたまたただ雰囲気を出すだけにわざわざ暑さを我慢して着ているだけなのかも知れない。


視線を変え、飛行機を見る。飛行機と言っても何百人も乗せる様なものではなく……そう、より正確に言うのならば小型プロペラ機だ。だからあの男以外に誰かが乗っている気配は感じられない。


となるとその黒服のせいで熱中症にでもなられて、フライトに支障をきたされるのはとても迷惑だ。7日間もここで過ごしたのだから、これ以上ここで過ごすのは勘弁して欲しい。(色々と不気味な事もあったしな)


だから俺は近づいてくる男に『暑くないですか? 』と聞こうとした。


聞こうとしたのだが、聞けなかった。


なぜならその男は内ポケットから拳銃を取り出し俺に向かって発砲したからだ。


その弾丸は高速回転しながら俺の頭に向かってくる。そしてそのまま俺の前頭葉から後頭葉を貫通しながら頭の反対側から出てくる。


脳みそとドス黒い血が飛び散る。


俺は死んだ。死を経験した。死を理解した。死とはなんなのか────────







ブルルルルルルルルルというプロペラが回る音で、俺は目を覚ました。なんだ、今の夢、妙にリアルだったな。死に対してなにか理解した気がしたのだが、忘れてしまった。


「見えてきたましたよ」


操縦席に座るパイロットは前方を見ながら話す。


「日本から1800キロ、日本最東端の島。『南鳥島(みなみとりしま)』です」


俺は席から窓の外を見る。


圧巻の景色だった。


一辺が2キロ程の三角形の島で、住んでいる人は今はいない。自然豊かで気分転換には持ってこいの環境がある。しかしこの島に一般人が行くことはできない。ではなぜ俺がここにいるのか。





「はい、ではまた一週間後にお迎えに行くので、それまでよろしくお願いしますね」


「はい、ありがとうございましたー」


俺は飛び立っていくプロペラ機を一人ポツンと残された島から眺める。


そう、これは何の変哲もへったくれもないただのアルバイトである。一週間住み込みバイトで50万。時給2,976.19047619円。日本から1800キロ、ネットが使用出来ない、ただひたすらに孤独、という条件を考慮してもこのバイト代は高いと思う。


まぁ何はともあれ宿舎に行くか。


俺は滑走路を歩き遠くに建つ宿舎へと向かう。


食料は一週間後どころか一ヶ月程生活出来る分備蓄されている。電気水ガスもあるので料理も出来なくはないが元々料理をしない俺にはどうでもいい。この一週間はカップラーメン三昧になる。


一週間か……今日が6月6で、帰りは6月12……


まぁこんなバイト滅多に出来ないからな、楽しもう楽しもう。


ちなみにバイト内容は至って簡単、島内の監視である。まずこんな孤島の監視など全くもってする意味は無いし、たとえサボっていてもバレることは無い。つまりこのバイトは神バイトということである。


だから俺はとりあえず島の散策に行くことにした。監視も兼ねてな。


島内は一番高い標高でも9メートルしかなく、平坦な土地が広がっている。そして何も無い。いくつか建物もあるがほとんどは自然。


一人黙って島内を歩いていると、おお、これは俗に言うトーチカと言うやつか。少し調べたが、昔はこの島も戦争で使われていたらしい。だからほら、あそこには何十年も前に破壊されそのままにされた戦車の残骸が残っている。草に包まれ長い間手付かずということはすぐに分かる。パシャリと写真を撮っておこう。


さらに歩くと海が見えてくる。ただ南鳥島周囲は海洋が深く、流れが激しい。なので泳いでキャキャウフフするには適していない。元々そんなことする相手はいないが。


…………俺はボーっと砂浜に体育座りし、地平線に隠れようとする太陽を眺める。


周りには誰もおらず、聞こえてくるのは波の音だけ。この場にいると何もかもがどうでもいいように思えてきた。あーもう一生ここにいてもいいかもなー。


もう少ししたら宿舎に戻ろう、そう思いつつ俺はこの孤独の時間を過ごす。





来島した被験者は問題無く一日目を終えた。恐く明日から副作用が出るだろう。ここからの監視は更に注意深く監視する。





朝。その日は不気味な程に霧が深かった。昨日まで見えていた地平線は霧のせいで何も見えない。


島内も同じだ。視界不良。


さて、一応昨日はバイト初日ということになり必然的に今日はバイト2日目になる。バイト2日目に無断欠勤するのは如何なものだとはもちろん理解している。


いや、住み込みでバイトしているなら今も俺はバイト真っ最中ということになるのだろうか?俺がバイトをしているということは俺は今この島の監視をしているということになるのか。なるほど分かった。つまりこのバイトはここにいるだけでいいのだ。だから住み込みで50万円が出るのだろう。なるほどなるほど。


ならば俺が今このカーテンを閉めて二度寝してもなんら問題もないということなる。


まぁしかし、それをするとこの島に来る前の俺と全く同じなのでここはしっかりと時間の浪費をしよう。


俺は布団から起き上がり宿舎にある服を着る。朝食を軽く済ました後、俺は島内の監視を開始しようとする。





不法侵入者なんているわけないと思っていた。そりゃいないだろ? 普通に考えて常識に考えて当たり前に考える必要すらない程に。


でも確かにそこに人はいた。


「こども?」


パッと見小学生低学年程の少女が宿舎前の道路に立っていた。


白いワンピースを着ていて、髪はショートヘア。体は細く、叩けば壊れてしまいそうなほど脆そうに見える。だが何よりも感じたのは、恐くこの少女は人間では無いということだ。


「君は?」


「君は? ってどういう意味ですか?」


「あぁ、君の名前を聞いてるんだ、あとどこから来たのかそして何者なのかも聞きたい」


少女は黙って俺の元へと近づいてくる。そして俺を見上げる。


「……めんどくさい大人ですね」


ウギ!俺がめんどくさい大人だって? そんなこと生まれて初めて言われたんだが、俺ってめんどくさいのか?


「まぁいいです。こんな幼い少女に名前と住所とパンツの色を聞くなんて相当の犯罪者予備軍だと思いますがお答えします」


ん?なんだって?


「私の名前はあかり、この島に住んでいた人間です。あとパンツの色はお答えできません」


お答えできないのはまさかそう言うことなのかな? じゃなくて、この島に住んでいた人間?“生前“住んでいたの間違えだろ。


「あー、あかりちゃん?それであかりちゃんは俺に何か用事でもあるのかな?俺はこれからこの島の監視をしに行かないといけないんだけど」


「何用かと聞かれれば特に用事は無いんですが……もう少し聞くべきことがあるんじゃないんですか?」


「聞くべきこと?下着の色とか?」


なんちゃって。


「違いますよ。私の存在についてですよ」


少女はニヒルな笑みを浮かべながら後ろで手を組む。ツッコめよ。


「こんな碧楽の地で尚且つ、この無人島になぜ少女一人でいるのか、下着の色より気になりません?」


私、気になります。あとさっきから喋り方が小学生低学年じゃないんだよなー。


でも多分俺の予想は当たっていると思う。


「幽霊だろ?」


「…………まぁ、そんなような者ですよ……」


あからさまに落ち込んでるじゃん。そんなような者って、今更認めない必要は無いだろ。


「そうだろ? 生憎俺は幽霊とか信じてないから、もう話すことは無い」


「おじさん、それ幽霊の話をしている人に言う言葉であって幽霊に直接言う言葉じゃないですよ?」


あぁそっか目の前にいるのが幽霊なのか。幽霊ってのはもっと幽霊っぽいのかと思っていたんだが、どう見ても人間なんだよな。


それから俺は監視のため島を歩き回った。何故かあかりちゃん幽霊もついてきたが、害意はなさそうなので放っておく。


霧が濃い事以外昨日と何も変わらない島内にはやはり俺以外の人間はいなかった。


宿舎に帰る。一日中歩くのは引きこもりにはきついな。早く帰ってゆっくりしよう。


「バイトお疲れ様ですおじさん」


俺はおじさんと呼ばれる程の年齢では無い。


「どうです、この島にそろそろ慣れてきました?」


「慣れるも何も、ただ歩くだけのバイトだぞ? あぁそれとも生活について言っているのか?」


少女は俺を見て嘲笑う。


「違いますよ。言ったじゃないですか? ()()()()()()()って」


…………俺は何を言いたいのかよく分からなかった。


「まぁこれからも頑張ってくださいね、さようなら、おじさん今日一日楽しかったです」


別れの言葉を残して、少女はゆっくりと姿を消した。





本日の被験者はまるで誰かと話しているかのように独り言が多かった。恐く、『幻覚』の症状の影響であると考えられる。しかし実験は継続する。更なる監視の強化を。





4日目はバイトをサボってしまった。なぜなら本当に洒落にならない程信じられない程認めたくない程動きたくなかったからだ。筋肉痛、というのもあるがそれだけでは無いだろう。





朝。俺は体を起こす。ふむ、今日はいけそうだな。さすがに二日連続でサボるのは如何なものだと思うので、今日はしっかり仕事をこなす。


起きた時からやけに飛行機の音がうるさいと思っていたが、外に出て空を見上げて気づく。飛んでいたのは飛行機では無く、爆撃機ということに。


爆撃機? 爆撃機だと? 見間違えかと思い再度確認する。しかしあれはどう見てもアメリカ爆撃機、『B-29』だ。何故70年も前に使われていた爆撃機が現代に飛んでいるのかという疑問より、爆撃機が飛んでいる理由なんてどうでもよかった。まぁ爆撃機が飛んでいる理由なんて戦争以外のなんでもないが。


やれどうしたものかね。あれを幻覚の類として忘れるか、それともバイトなんてしてる場合では無い緊急事態と捉えるべきか。


しかし、迷うことは出来なかった。なぜならこの島には外部に連絡する手段が何ひとつとしてないからである。





被験者は本日も幻覚を見たのであろう反応を見せた。しかし既に被験者は幻覚の症状を発症している。この副作用については気にする必要は無い。実験は最終段階に移行する。被験者の動向を全て記録せよ。





6日目。


6日目? 5日目はどうした?





この世から2024年6月10日が消えた。想定外の事だが実験は成功したということだ。しかしこれは禁忌な行為である。より一層厳重に慎重に厳密に機密に命を懸けて実験を行うように。一歩間違えれば世界は無に成る。





この光景には既視感があった。


プロペラ機から降りてくるガタイのいい黒服の男……


バイト最終日、日本本土へ帰還する時間。なんやかんやあったこのアルバイトも遂に終了する。しかし待て。よくよく考えてみれば日本に帰るのは13時、つまり13時にはこのバイトは終了するということだ。なのに一週間住み込みで50万というのはつまり今から今日が終わる11時間分のお金は何もせずとも貰えるということになるのか。


そりゃいい。


…………だがやはりこの既視感は気になる。夏休みの宿題でもし忘れたか?


これから嫌なことが起こる気がする。それも人生史上最大の出来事だ。


男は俺に近づいてくる。


そう、男は次にどこから武器を取り出すのだ。そしてそれを俺に向ける。


「…………撃たれる」


気が付いた時には、既に俺は死んでいた。





世界は停止した。


つまり、世界はループし、先に進まなくなったということだ。陸上競技場のトラックを何度も回るようにグルグルグルグル同じ光景を見せる。


それは俺をこの島に連れてこさせた誰か、もしくは悪の組織が行ったのだろう。思い返せばおかしなことは多々あった。『謎の少女』『謎の爆撃機』『消えた一日』。


全てはこのループ実現の為に行った実験の影響なのだろう。いやループ実現の為では無い。本当はタイムリープ、タイムマシーンを作ろうとしたが実験は失敗し、世界は同じ一週間を繰り返す“詰んだ“世界になったのだろう。


同じ一週間を繰り返すということはつまり誰の記憶にも記録にも残らない、ならば世界がループしていると認識している人間は誰もいないということだ。それは悪の組織も例外では無い。


だから世界をこのループから救い出す事ができるのは前の記憶が残る俺だけということになる。


何をすればこのループが終わるのかは分からない。しかし永遠にこの島で過ごすのは御免なので、俺は世界を救う行動を開始する。

ご精読ありがとうございました。

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