1話 謎の少女
靴を履き、立てかけている傘を持つと僕は勢いよく立ち上がる。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。雨降ってるからちゃんと傘さすのよ」
「分かってるって」
母とそんな素朴な会話をした後、扉を開け、外の世界へと飛び出す。言われた通りちゃんと紺色の傘もさす。僕の名前は雨宮大地。どこにでもいる普通の男子高校生だ。
今日が京都に来て初の登校日となる。去年の冬、突然父を交通事故で亡くしてしまった僕と母は心の療養を兼ねて田舎に住む母方の祖母の家へと引っ越してきたのだ。
引っ越して約5か月が経つ頃には、なんとか前を向くことができる様になり、ああやって元気に会話を交わすほどにまでなった。
とはいえ父さんの形見でもあるこの剣の形をした装飾のついたペンダントを見ると今でも少し泣きそうになるけど。
歩きながら鈍色に光ったペンダントを手で持って思いを馳せる。
元々は母の物だったらしいのだが、私にはもう必要ないからと言って僕にくれたのだ。どうやら母の家では大切な人に代々渡されてきたペンダントなのだそうだ。
お母さんはお父さんの分で使ったからもう良いの、と言われ僕が持つことになった。
少し手に持って眺めた後ポケットにしまい、目の前を見る。
家の前にある大きな坂を下っていくと交差点が見える。そこをまっすぐに進んでいき、その先にある橋を渡っていく。
見える景色は東京で見ていた景色とは違う。道路は舗装されてはいるものの脇には草木が茂り、自然豊かな道を堪能しながら歩いていく。
僕が今向かっているのは家のすぐ近くにあるバス停だ。僕が通う学校はここから少し離れたところにありバスで行かなければならないのだ。その点は少し億劫だが、東京の時も電車通だったしそれがバスになっただけって考えれば直に慣れるだろう。
そうしてバス停に到着したところで僕はあることに気が付く。木製でできたバスを待つベンチの端の方で一人の女性が顔を膝にうずめて体育座りをしていたのだ。
服装は一応制服っぽいけど僕の通う学校のものとは違う。ここら辺に高校なんて他にあっただろうか? そう疑問に思いながらも屋根があるため不要になった傘をたたんで反対側のベンチの端へと座る。
「……」
二人の間に静寂が訪れる。別にそんなことは普通の事だ。僕たちはお互いの事を知らない。会話が無くて当たり前なのだ。ただ、気になる。なぜかって? ベンチの上で顔を膝に埋めて座っている人がいるのだ。気にならない方がおかしいだろう?
少し気になった僕は横目でそのままちらりと女性の方を窺う。
すると、いつの間にか女性は顔を上げており普通に座っていた。人形のように整った顔。そしてその頬には筋がツーッと走っている。そこで僕は初めてこの女性が泣いていたのだという事を知る。
雨の音もあり全然気が付かなかった。だが、気が付いた今、僕は声をかけずにはいられなかった。
「あ、あの」
そう声をかけてもその女性は何も返事をしない。煙たがられるだろう、そんなことは分かっている。ただ、彼女のその姿が1年前の僕の姿と重なり、どうしても放っておけない気分になった。
「その、えっと、どうしてこんなところで泣いてたんですか?」
そこで初めてその女性がこちらを向く。大きな目をさらに大きく開き、口を半開きにしてこちらを見ている彼女はまるで珍しい生き物でもみるかのような表情で。
「私の事が見えるんですか?」
「えっ? そりゃあ見えますけど」
変なことを聞いてくるな。まるで自分が幽霊だとでも言っているようだ。
「あっ、すみません。初対面の人に変なことを聞いてしまいました。人と話すことが久しぶりでつい嬉しくて」
僕が不思議がっていたからだろうか。慌てて取り繕ってそう言う。
「私の名前は龍崎天。あなたのお名前は?」
「僕は雨宮大地って言います」
「天と大地。何だか似てますね」
「ははっ、そう言われてみれば確かにそうですね」
そう言うと龍崎さんは遠くの方を見つめる。
「それでどうして泣いているのか、でしたっけ?」
「あ、はい。ちょっと気になりまして。どうしてこんなところで泣いているんだろうと」
「……寂しかったから、ですかね」
視線を少し下げてそう答える龍崎さん。
「寂しかった?」
「はい。気が付いたらここにいて。どうすればいいのか分からないので取り敢えず来た人全員に話しかけていたんですけど返事をくれる人が一人もいなくて」
気が付いたらここにいたという事は記憶喪失ってことなのだろうか? でも名前は覚えているようだしな。
「もしかして私の姿って誰にも見えていないんじゃと思っていたところに雨宮さんが来てくれたんです」
「そうだったんですか」
うーん、にしてもおかしいな。ここの人はたとえ知らない人であろうと話しかけられたら優しく返事をしてくれる人が多いんだけど、無視されるなんて。龍崎さんの運が悪くてたまたま無視する人に声をかけていたのだろうか。
「そういえば家はどこなんですか? 場所によっては母さんが車で送ってくれるかもしれませんよ?」
ここのバスは一日に四本しか通ってないことを思い出し、これは車で送ってあげた方が良いんじゃないかと思って龍崎さんの方を振り返るとそこには既に彼女の姿はなかった。
「龍崎さん? 龍崎さーん?」
名前を何回も呼ぶも返事がない。もしかして……
「本当に幽霊だったんじゃ……」
そう考えた瞬間、体の全身がゾワリと撫でられるような感覚がする。
その時、ブロロロロッという音が聞こえバスが近づいてくるのが見える。いつの間にか空も晴れているようだ。
「ゆ、幽霊なんかじゃないよな。朝っぱらからそんなのが出るわけがない。きっと龍崎さんが僕をからかってるだけだ」
そう思い込んで僕は到着したバスへと乗り込むのであった。
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