黒猫ツバキ、〝アイスコーヒーの祝福〟を受けて大迷惑をしている少女と出会う(前編)
登場キャラ紹介(コンデッサとツバキ以外)
アマテラス……天照大神。日本神話の太陽神にして最高神。外見は15歳くらい。巫女の格好をしている。1人称は「妾」。ツバキからは「アマちゃん様」と呼ばれている。
ウズメ……天鈿女命。日本神話における芸能の神。外見は18歳くらい。踊り子風の和装をしている。
高木神……高御産巣日神。アマテラスの後見役にして教育係。
チリーナ……伯爵令嬢にして魔女高等学校2年生。コンデッサの元教え子。青い髪をツインテールにしている。身長は低め。コンデッサのことを「お姉様」、ツバキのことを「駄猫」と呼ぶ。
スザンヌ……魔女高等学校2年生。チリーナの友人。
※テーマは「アイスコーヒー」です。
※豆情報
・柱……神様の数え方。
・コンデッサの手作りアイスコーヒー……新鮮で特殊なコーヒー豆を使用しているため、味がまろやかであり、子供舌のアマテラスやチリーナも、ミルク無しで美味しく飲めます。
・アマテラスの暮らし……住んでいるのは、天上世界の《高天原》。一年を通して、休んでいるのか働いているのか勉強をしているのか逃走しているのか引きこもっているのか、よく分からない生活を送っています。
・時代背景……コンデッサたちが暮らしている世界は、現代より数億年経ったあとの地球です。
季節は春。
ここは、ボロノナーレ王国の隅っこにある村。
魔女コンデッサの家で、アマテラスとウズメが寛いでいた。
2柱の女神はコンデッサと旧知の仲であり、たびたび遊びに来るのだ。
悠久の時を生きているとは言え、2柱とも少女の姿をしており、そのためコンデッサやツバキも気安く付き合えている。
まぁ、容姿がど~のこ~の以前に、アマテラスとウズメは性格がとても人なつっこいのであるが……特に、最高神であるはずのアマテラスが。
今もアマテラスは、コンデッサが用意したアイスコーヒーを飲んで、ご満悦である。
「美味しいの~。アイスコーヒーは最高じゃ!」
「本当にいつも、スミマセン。コンデッサさん」
ウズメがコンデッサへ頭を下げる。アマテラスたちはコンデッサの家を訪問するたび、食べ物や飲み物をご馳走になっている。
アマテラスは最近、アイスコーヒーがお気に入りだ。
「コンデッサのところに来ると、いろいろな種類の美味しい飲み物を口にすることが出来る。ありがたい限りじゃ」
アマテラスが、シミジミと述べる。
ツバキは首を傾げた。
「〝高天原〟とかいう場所で、アマちゃん様はいつも何を飲んでいるニョ?」
「妾が普段、飲んでいるのは水……」
虚ろな目になる、アマテラス。
ウズメが説明する。
「高木神様が『天照様は、天界の頂点。だからこそ、質素倹約を重んじていただかなくては。贅沢は敵なり!』と仰って……アマテラス様の嗜好品の飲食について、それを一切、禁じておられるのですよ」
「なので、妾が飲めるのは水や白湯のみなのじゃ……」
「でも、高木神様は、お茶に関しては許可してくださっていますよね?」
「お茶といっても、出涸らしばかりでは無いか! あれでは、白湯と変わらん。いや、白湯を飲むより、惨めな気持ちになる……」
コンデッサとツバキがコソコソと話す。
「神様も、大変なんにゃネ」
「あれは、〝質素倹約〟では無く、単なる〝貧乏性〟だな」
「のう、ウズメ。せめて、信者が奉納してくれる御神酒は飲めないものかの?」
「アマテラス様、お忘れですか? 神代の昔、ご自身の年齢を〝永遠の15歳〟に設定されたことを」
「そう言えば、そうじゃった」
「そして、年齢設定の変更は〝不可〟」
「あ――」
「『お酒は20歳になってから』です」
「つまり妾は未来永劫、御神酒を飲めないのか!?」
「そうなります。ちなみに私は〝外見は18歳、年齢は20歳〟に設定いたしましたので、お酒を飲めます」
「うわ~ん。酷すぎるのじゃ~。ウズメはズルいのじゃ~!」
泣き出してしまったアマテラスを、コンデッサとツバキが慰める。
「アマちゃん様、泣かにゃいで~。15歳でも、アイスコーヒーは飲めるニャン」
「我が家に来ていただければ、いくらでもコーヒーを飲ませて差し上げますから」
「ぐすんぐすん。コンデッサとツバキ、ありがとうなのじゃ。アイスコーヒー、お代わりなのじゃ」
「コンデッサさん。あまり、アマテラス様を甘やかさないでくださいね」
「アイスコーヒーは甘くて苦いのじゃ。そこが良いのじゃ」
♢
数ヶ月後の夏。
ウズメが1柱で、コンデッサの家にやって来た。米俵を背負っている。
「コンデッサさん、こんにちは。これは日頃お世話になっている、お礼の品です。〝高天原産〟のお米です」
「ありがとうございます。それで今日、アマテラス様は?」
「アマテラス様は高木神様の指導のもとで、夏休みの宿題を片付けています」
「夏休みの宿題……」
「神様にも宿題があるんにゃネ」
そこへ、新たな訪問者が現れた。2人の少女で、どちらも魔女高等学校の制服を着ている。
「チリーナじゃないか」
「お姉様。相談に乗っていただきたくて、参りました。彼女は、私の同級生です」
「スザンヌと申します」
一同、居間に移動。
「聞いてください、お姉様。スザンヌは現在、恐ろしい呪いによって苦しめられているんです」
「それは、一大事。どのような呪いなのかな? スザンヌさん」
「コンデッサ様……私は〝アイスコーヒーの呪い〟をこの身へ受けてしまったのです」
「は?」
「にょ?」
「実は私、アイスコーヒーが大好きで――」
「スザンヌさんが、語り始めたニャン」
「朝昼晩、しょっちゅうアイスコーヒーを飲んでいて、お母さんから『コーヒーを飲むのは、1日2杯までにしなさい』と叱られました」
「賢いお母様にゃん」
「カフェインの過剰摂取は、身体に良くないからね」
「私はお母さんの言うとおりにしたんですけど、本心ではもっとアイスコーヒーを飲みたくて……ベッドの中で『神様、なんとか上手いことアイスコーヒーをたくさん飲む方法は無いものでしょうか? あれば、教えてください』と毎晩、お祈りを――」
「カフェイン依存症の一歩手前だな」
「そんにゃことを願われて、神様も困ったに違いないニャン」
「ある晩のこと、夢の中に神様が現れました」
「え!」
「ニャ!?」
「神様は私に告げました。『其方の願いを聞き届けた。今より其方が口にする飲み物の味は全て、アイスコーヒーの味になるであろう』……と。私は〝これからはカフェインの摂りすぎを気にせずに、思う存分、アイスコーヒーの味を楽しめる!〟――そのように思い、喜びました」
「スザンヌさん、あさはかニャ」
「こら、ツバキ!」
「いえ。ツバキさんの仰るとおりです」
スザンヌが項垂れる。
「最初は良かったのです。水を飲んでも、ミルクを飲んでも、ジュースを飲んでも、それらは全て、アイスコーヒーの味になりました。私はアイスコーヒーの味に包まれて、天国の境地を味わうことが出来たのです」
「〝アイスコーヒーの味に包まれている状況〟って、なんか凄いな」
「お味噌汁やコンソメスープは、そのままの味でした」
「汁物の味までアイスコーヒーになっちゃったら、天国どころか、まさに地獄ニャン」
「……で、スザンヌさんは望みが叶ったことを、今では後悔しているんだよな。何故だ?」
「ハイ。私は、アイスコーヒー・パラダイス気分に浮かれて暮らしていました。けれど、そんなある日、家族と一緒にお寿司を食べに行ったんです」
「うん」
「お寿司を頂きながら、喉を潤そうとお茶を飲んで……それが、アイスコーヒーの味でした」
「…………」
「別の日に、おでんを食べている時に水を飲んで、すると、味がアイスコーヒーで」
「…………」
「みかんを食べた後にジュースを飲んだら、アイスコーヒーの味で、口の中が変な感じになって」
「…………」
「麻婆豆腐、酢豚、カレイの煮付け、卵かけご飯、レバニラ炒め、納豆定食などなど、どれもアイスコーヒーと合わなくて」
「…………」
「ウナギの蒲焼きを食べた際に――」
「もう良いよ。充分だ」
「食事が終わって、最後に口直しに1杯、頂く分には何の問題もないのです。でも、食事の途中でアイスコーヒーを飲むと、味を損なってしまう料理が少なからず存在することに、愚かな私は気が付いていなかったのです」
「〝愚か〟とか関係なく、普通に分かりそうにゃものだけど」
「ツバキ。スザンヌさんはアイスコーヒーが好きすぎて、頭の中身もアイスコーヒーになっていたんだよ。若いのだから、無理もない」
「ご主人様。それ、フォローになって無いニャ」
「今になって考えると、私の祈りに応えた何者か――あれは神様を装った、悪魔だったに違いありません!」
「八つ当たりのような気もするが」
「お姉様、スザンヌに掛けられた呪いを解いていただけませんか? 随分と強力なパワーであるため、解呪しようにも、私やスザンヌでは手に負えなくて……」
「承知した」
コンデッサはスザンヌの頭上に手を翳し、何事かを念じていたが、急に難しい顔つきになった。
「これは――呪いでは無いぞ。れっきとした〝祝福〟だ」
後編に続きます。