黒猫ツバキと謎の漂流物ナウマニコ(前編)
※テーマは「浜辺の漂流物」です。
あと『黒猫ツバキと打ち上げ花火』でも述べていますが、コンデッサたちが暮らしている世界は、現代より数億年経ったあとの地球――そういう設定になっています。
季節は夏。
ボロノナーレ王国の南にある海岸で、魔女コンデッサは散歩をしていた。仕事の関係でこちらの地方へ出向いてきたため、ついでに浜辺へ足を延ばしてみたのだ。
コンデッサの使い魔である黒猫のツバキも、一緒である。
コンデッサは立ち止まり、雄大な海の青さに目を細めた。ツバキはコンデッサの足もとで、遊んでいる。砂を掘って貝を見付けたり、カニを前足でチョイチョイしてみたり……。
「よし、ツバキ。もう少し、先の方へ、行ってみよう」
「ハイにゃん、ご主人様」
魔女と猫が再び浜を進んでいると、前方に奇妙な物体が転がっているのが見えた。
「ニャニかな? アレ」
「う~ん。どうやら海より流れ着いたモノらしいが、それにしては……」
かなりデカい。横倒れしたピーナッツみたいな形をしており、高さは大人の腰ほどもある。
「近寄って、確かめてみよう」
「ニャン…………うわ!? これ、気持ち悪いニャ!」
側まで寄ったツバキが悲鳴を上げた。無理もない。その漂流物(?)の表面は、極めて異様な形状をしていたのだ。
全体がトゲだらけでありながら、見るからにプニっとしている。トゲトゲとプニプニ――相反する2つの要素が両立している状態は、ある意味で凄すぎるとさえ言えた。加えて、赤と青と黒が混ざったような不気味な色合いをしている。
コンデッサが、手を伸ばす。
「ご主人様! 危ないニャン。触っちゃダメにゃ!」
「ツバキ、大丈夫だよ。これは生き物でもなければ、なんらかの魔法物質でもない。単なる〝像〟だ」
「にゅ? 像?」
「ああ。彫像だ。触れてみろ。この表面、一見ドゲトゲプニプニしているようだけど、実は硬いぞ。材質は何かな? 硬い素材から、こんなにトゲプニした形態を掘り出すとは――素晴らしい腕前の彫刻師だ」
「でも、この形……悪趣味としか思えないニャン。おまけに、大きいし。こんなニョがあったら、浜辺さんも迷惑に違いないニャン」
「まぁな……」
しかし、これはいったい何を表現している彫刻なのだろう? 極太キュウリに無数の針を突き刺し、赤と青と黒のまだら色の液体をぶっかけ、プニプニ状態にしてから固定化し、そのまま巨大化させたような…………どのように考えても、意味不明すぎる。
さすがのコンデッサも、こんな物体は初めて見るし、関連する噂話を聞いたこともない。イメージ元を推測することも、全く出来ない。
「ご主人様。気になるニャら《お喋り魔法》を掛けてみたら、どうかニャ?」
「ツバキ、よく考えてみろ。この変なトゲプニがする話、お前は聞いてみたいと思うか?」
「…………遠慮したいニャン」
「だよな……けれど、このまま放置して帰ると、夢に出てきそうな予感が――」
「ご主人様。怖いことを言わにゃいで!」
散々迷った挙げ句、コンデッサは《お喋り魔法》を使用してみることにした。少し距離を置いて、魔法を放つ。ツバキはコンデッサの背後へ回り込み、いつでも逃げ出せる体勢をとっていた。
トゲプニの漂流物はブルブルと震えだし、ついに喋りだした。意外に男らしい――イケメンボイスで。
『おお! まさか、話せるようになるとは! 感謝するぞ、見知らぬレディよ』
「ソーセージの出来損ないがトゲプニ化したみたいなヤツなのに、なんでそんなにハンサム声なんだ?」
「頭が混乱するニャン」
『早速だが、海に来たからには水着になることを、お勧めするぞ。何故、そんな暑苦しい格好をしているんだ? 美女と黒猫よ』
「私は魔女だから、この格好がフォーマルなんだ」
「アタシは猫だから、この格好がフォーマルなニョ」
「ツバキは、単にいつも裸なだけだろ」
コンデッサが、トゲトゲプニプニへ眼を向ける。
「とにかく、お前の正体について、教えてくれないか?」
『我か? 我は……〝ナウマニコ〟だ』
「は?」
「ニャ?」
『はるか数億年前のこと、神聖なる海の底で〝大いなる戦い〟があった――』
「コイツ、なんか語り始めたぞ」
「どんにゃ、戦いなニョ?」
『〝ウニとナマコの戦い〟である』
「え?」
「にょ?」
『あれは激烈な戦いであった……。ウニの軍団はナマコに対して「プニプニするな~!」と、ナマコの軍団はウニに対して「トゲトゲするな~!」と、互いに攻撃を仕掛け合った。種族のプライドを懸けた、譲ることなど出来ぬ戦争――これこそが、世に伝わる【第一次海底戦役】なのである』
「いや。別に、世に伝わってはいないが」
「〝第一次〟ってことは、〝二次〟もあるにゃんネ」
「ウニとナマコの喧嘩……じゃ無くて、戦争――その決着は、つかなかったのか?」
『うむ。ウニの陣営とナマコの陣営、どちらにも〝戦争の天才〟が現れたのだ』
「ウニの天才……」
「ナマコにょ天才……」
『ウニの天才は、地上世界における古代中国・周王朝の軍師〝太公望〟に匹敵する知略を有しており、「太公望ニ」と呼ばれた』
「たいこうぼウニ……」
『一方ナマコの天才――こちらも、地上世界における古代中国・三国時代の蜀の軍師〝諸葛孔明〟に比肩する軍事的才能を持っており、「ナマ孔明」と呼ばれた』
「ニャマ――ナマコうめい……」
「〝太公望〟やら〝孔明〟やら、誰なのかは知らんが、そもそもウニやナマコが、何故そんなに地上の歴史に詳しいんだ? 不可解すぎるだろ? 知能は、どうなってるんだ? ウニやナマコに、脳みそは無いよな? それなのに……」
コンデッサの疑問を、ナウマニコはスルーする。
『太公望ニは、まずウニ軍団の旗印を考案した。「疾きことウニの如く、徐かなることウニの如く、侵掠することウニの如く、動かざることウニの如し」――略して【ウニウニウニウニ】と特記した旗を掲げ、ウニたちの戦意は大いに盛り上がった』
「〝ウニ〟ばっかりニャン」
『対抗してナマ孔明は、【ナ】の一文字を大書した旗をナマコたちに与えて、士気を鼓舞した』
「ナマコの〝ナ〟にゃのネ」
『両軍団は、相互に水攻めを繰り返し……』
「海底で戦っている訳なので、〝水攻め〟は当たり前だよな」
『ウニ軍団が太公望ニの指揮のもと《鋒矢の陣形》で三段トゲ突撃を敢行するや、ナマコ軍団はナマ孔明の指図に従い《衡軛の陣形》となることで包囲殲滅を狙い……』
「だから、なんでウニとナマコがそんなに賢いんだ!?」
『太公望ニとナマ孔明は、天才軍師であるからして――』
「だいたい、〝ウニやナマコに天才が居る〟という状況が理不尽すぎる」
「ご主人様。それを言っちゃ、元も子もないニャン」
『膠着した戦局を打開しようと、太公望ニはナマコ陣営に内部分裂の罠を仕掛け――』
「ナマコは体を半分に切ったら、両方が再生すると聞いたぞ。分裂させても、増殖するだけだろ」
『ナマ孔明はウニ陣営に、〝足抜き〟の誘いを掛けた』
「〝足抜き〟――〝脱走〟をさせようとしたのか」
「〝トゲ抜き〟じゃ無いにょネ」
「さすがに、ウニが〝トゲ抜き〟に応じる可能性はゼロなはず」
『太公望ニとナマ孔明の軍師としての能力は互角、【第一次海底戦役】の終わりは見えなかった……が』
「が?」
『突如、地上世界より《日本人》という恐るべき敵が、海底へ侵攻してきたのだ。ヤツらは「ウニとナマコ~! 三大珍味のうちの2つだ~!」と喚声を上げつつ、ウニとナマコの陣営を蹂躙していった。日本人の戦力は圧倒的で、ウニもナマコも、手も足も出なかった――』
「もとより、ウニにもナマコにも、手足は無いだろ」
後編に続きます。
※注 《お喋り魔法》とは、無機物を会話可能状態にする魔法です。
※豆知識
鋒矢の陣――戦国八陣の1つ。矢印のような、攻撃重視の陣形。
衡軛の陣――戦国八陣の1つ。2列縦隊を段違いにした、防御重視の陣形。