黒猫ツバキと打ち上げ花火――国王陛下即位20周年記念式典――(後編)
ツバキ「芸術は夜空で爆発するのニャ」
国王陛下即位20周年記念式典の日。
祝賀パレード。
豪華な昼食会には貴族のみならず、商人などの庶民も招待された。
演劇や合唱。さまざまな催し物。
国王への奉祝メッセージが読み上げられるとともに、各界功労者への表彰も行われる。
王城の外では、便乗の出店や、値引き販売。
仮装して街中に、くり出す人も居たりして。
――王都はもちろん、国中がお祭り騒ぎになった。
夜。
いよいよ、〝打ち上げ花火〟の時間だ。
花火見物の特別専用会場には、貴族・庶民の階級を問わず、多くの国民が集まり、凄い熱気となっている。
国王やミミッカの姿は、主賓のための席にあった。
「この目で花火を見られるとは……ミミッカよ、余は嬉しいぞ」
「いつも政務に励んでおいでのお父様へ、ささやかですが、ワタクシからのプレゼントです。《花火を打ち上げよう臨時委員会》の皆様には、本当に助けてもらいました」
「メンバーの中には、コンデッサ殿も居られるんだったな。いずれ、恩に報いねばならんな」
コンデッサとツバキは、観客席に居る。
「ご主人様は、花火の打ち上げを手伝わなくても良いにょ?」
「メンバーの皆より、『今日は自分たちで万事を行うから、花火の観覧をゆっくり楽しんでくれ』と言われているんだ」
「大丈夫かニャ?」
「不安なことを今更、口にするな! ……お、始まるぞ」
ド~ン!
「「「わ~!!!」」」
バ~ン!
「素敵~!」「きれい~!」
ボ~ン!
「何故か『たまや~』『かぎや~』と叫びたくなる」
王都の夜空に巨大な花火が次々と打ち上がり、そのたびに観客たちが大喜びする。
コンデッサとツバキも、華麗なる天空のショーを存分に楽しんだ。
「さて、ツバキ。そろそろ、お待ちかねの『〝特製・文字〟打ち上げ花火』だぞ」
「ワクワクするにゃんネ、ご主人様」
「まず最初は『おめでとうございます』だ」
ドーン!
【おめ】
「あれ? ご主人様。『おめ』だけ、打ち上がったニャン」
「…………」
バーン!
【でとうございます】
観客がざわめく。
「『でとうございます』って、なんだ?」
「『出とうございます』……『出国したい』ってことか?」
「どうして、こんな楽しい日に、国を出なくちゃならないんだ!?」
ドーン!
【およろ】
「ご主人様。今度は『およろ』だけ、打ち上がったニャン」
「…………」
バーン!
【こびもうしあげます】
観客がどよめく。
「『こびもうしあげます』って、なんだ?」
「『媚びもうしあげます』……『ヨイショしまくります』ってことか?」
「陛下の治世を称える気持ちはあるが、媚びるつもりは無いぞ!?」
ドーン!
【おすこ】
「『おすこ』だけ、打ち上がったニャン」
「…………」
バーン!
【やかんであらせられますように】
観客が色めき立つ。
「『やかんであらせられますように』って、なんだ?」
「『ヤカンであらせられますように』……『陛下のツルツル頭が、ヤカンのようであり続けますように』という意味では――」
「失敬なことを言ってはヤカン……違った。言ってはいかん!」
ツバキとコンデッサは――
「ご主人様!?」
「だ、大丈夫だ、ツバキ。次は〝漢字・一文字〟の打ち上げだ。タイミングが、ズレることは無い」
「『祝』『幸』『聡』『寿』『恋』『栄』の順にゃよネ?」
「ああ。おめでたい字ばかりだ」
ドーン!
【呪】
「ご主人様! 『祝う』が『呪う』になってるニャン!」
「…………」
バーン!
【辛】
「ご主人様! 『幸せ』が『辛い』になってるニャン!」
「…………」
ドーン!
【恥】
「ご主人様! 『聡い』が『恥ずかしい』になってるニャン! これじゃ、まるで王様が〝国の恥〟みたいニャン!」
「…………」
バーン!
【痔】
「ご主人様! 『寿』――『寿』が『痔』になってるニャン!」
「いくら何でも、間違いすぎだろ!?」
ドーン!
【変】
バーン!
【労】
「ご主人様。『恋』が『変』に、『栄える』が『労る』にニャって――」
「くそ! ツバキは、ここで待っていろ!」
コンデッサは箒に乗って、夜空に飛び立った。
主賓席に居るミミッカは、さすがに無言になっていた。
国王が、おもむろに口を開く。
「ミミッカよ……」
「ハ、ハイ」
「余は、素晴らしい娘を持った」
「ええ!?」
「余が隠していた尻の病について、ミミッカは知っていたのだな」
「???」
「夜空に浮かび上がった、光の文字……あれは『呪ってしまうほど辛く、恥ずかしい痔。その大変さを、お労り申し上げます』という意味で――」
「お父様が、痔……」
「『早く治療をしてください』とのミミッカの願いは、シッカリと余に届いたぞ」
「良かったです」
「親孝行な娘だ、其方は」
「結果オーライ」
「ん? 何か、申したか? ミミッカ」
「いいえ。何も」
その時、夜空に鮮やかな光の文章が描き出された。
【国王陛下、即位20周年おめでとうございます】
【国民一同、心よりお喜び申し上げます】
【これからも陛下がお健やかであらせられますように、それこそが国民みんなの願いです】
箒に乗って空を飛び回る、コンデッサ。彼女が光の魔法を使って、見事な演出をしてみせたのである。
夜空を彩る輝きの芸術に、観客の全てが歓声を上げた。いつまでも鳴り止まない、拍手喝采。
その後も、花火の打ち上げは続き、国王陛下即位20周年記念式典は大盛況のうちに幕を下ろした。
♢
《回復魔法》による国王の尻の治療は、若き乙女(!)のコンデッサに代わり、コンデッサの魔法の師匠である老魔女ジンキミナが引き受けた。
「コンデッサ。治療は終わったよ」
「お師様。ご苦労さまでした」
「やれやれ。この歳で、弟子の尻ぬぐいをするハメになるとはね」
「お師様が拭ったのは、私の尻では無く、陛下の尻だと思うのですが……」
「黙らっしゃい!」
♢
『〝特製・文字〟打ち上げ花火』の失敗について、臨時委員会の実行メンバーたちはミミッカ王女へ平謝りに謝った。ミミッカは、笑って許した。
尻を回復させた国王が、ミミッカに質問する。
「ミミッカよ。記念式典での其方の働きに対し、余は返礼がしたい。何を望む?」
「お父様。それは――」
ミミッカ王女の申し出により、ボロノナーレ王国の王都では今後も年に一回、夏の季節に花火大会が開かれることになった。費用は王室持ちで、国民に楽しんでもらうのだ。
ミミッカ王女の評判は高まり、漢字の当て字で《美美っ花》――『美しい、花火の王女様』と人々から呼ばれるようになる。
♢
王国に、花火が普及して――
「ツバキ、おもちゃの花火を買ってきたぞ。庭で遊ぼう」
「わ~い。嬉しいニャン」
「どの花火にする?」
「ねずみ花火が良いニャン! 追いかけるのニャ」
「ねずみを……猫っぽいな」
「アタシは猫にゃ!」
夏の夜も、コンデッサとツバキは仲良しである。
「王女様は『美美っ花』って呼ばれてるんニャって」
「そうか」
「ご主人様の呼び名『復活のビッチ』とは、エラい違いニャン」
「良いのか? ツバキ。私が『復活のビッチ』なら、お前は必然的に『ビッチの使い魔』ということになるぞ」
「ご主人様を『復活のビッチ』と呼ぶニャンて、アタシ、絶対に許さないニャ!!!」
「…………」
※次回は「黒猫ツバキと謎の漂流物ナウマニコ(前編)」です!