黒猫ツバキと『魔女たちの秘密基地』(後編)
最初の2行が前編の終わりと被っていますが、これは、わざとですので……。
ポツリと、ツバキが呟く。
「ご主人様、浮気をしているみたいニャ」
ツバキの発言に、ギョッとする黒猫たち。
「まさかニャン!」
「でも、そにょ可能性も……」
「もしも、そうにゃら、絶対に許せないニャ」
「だいたい、『秘密基地』って言葉の響き自体が、うさんくさいニャン」
「断固、抗議にゃ」
「ここは使い魔の黒猫どうし、団結するニャン」
「《使い魔労働関係調整法》にもとづき、ストライキ権を行使するニャ!」
「エイエイオー、にゃん!」
「エイエイ、にゃ~!」
黒猫たちのシュプレヒコールは、ヒートアップしていく。
そんな興奮気味の使い魔たちに〝待った〟を掛けたのは、一同の中でもっとも年長な黒猫サクラであった。
「まぁまぁ、落ち着くニャン」
「けど、サクラ様!」
長年ズッと魔女に仕え続けているサクラは〝ベテランの使い魔〟として、他の黒猫たちからとても尊敬されているのである。
「アナタたちのご主人様は今、【小四病】を患っているのニャ」
「【小四病】ってニャニ?」
首を傾げるツバキに、サクラが説明する。
「小四病というのは小学校4年生……10歳くらいの人間の子供が罹る、一過性の病ニャン」
「にゃ? ご主人様は病気なニョ?」
心配そうな顔になる、プリン。
「大丈夫ニャン。本当の病気じゃ無くて、ただ単に自己を客観視できなくなり、カッコつけて騒いでいるだけニャン。熱に浮かされて、調子に乗ってるのニャ。あとで我に返って恥ずかしい思いをするのはご主人様自身にゃんだから、使い魔である私たちは、温かい眼で見守ってあげるのが最良にょ選択にゃん」
ツバキが言う。
「う~ん、良く分からないニャン。小四病になったご主人様たちは、〝秘密基地〟で何をやっているニョ?」
「たいしたことは、していないはずニャン。少し変わっただけの、ど~でも良いような場所を『秘密基地』と称して、そこに集まって無駄にキャイキャイしているに違いないニャン。非生産的な行為にゃ」
「ど~でも良いような場所?」
どんなところなのだろうか?
ツバキの疑問に対し、サクラは丁寧に答えを返してくれた。
「『使われていない掘っ立て小屋』とか『公園にあるドーム型の遊具』とか『橋の下の薄暗い空間』とか『物置』とか『押し入れの中』とか……そんなところニャン」
「で、でもご主人様たちは、成人した立派な魔女なんにゃよ? そんな幼稚なマネを――」
プリンが〝信じられニャい!〟という表情になる。
サクラは〝ニャ~〟と溜息をついた。
「人間の女性が魔女になるにょは、とても大変なにょニャ。アナタたちのご主人様は魔女になるため、小さい頃から、ズッと頑張ってきたニョ。それこそ10代は遊ぶ暇も無く、勉強漬けだったに違いないニャン。そしてようやく魔女になった今、経験できなかった〝小四の自分〟を取り戻そうとしているのニャ。過ごせなかった10歳の夏の日々の幻想に浸る……それが【小四病】の正体にゃ」
ツバキは、脳裏に思い描いた。
――掘っ立て小屋の中に他の魔女たちと集まり、胸を張って威張りながら『ここが、私たちの秘密基地だ~。名称は〝ベースキャンプ・マジカル乙女〟にするぞ。マジカル・サマーで、魔女っ子に変身!』と嬉しそうに宣言しているコンデッサの姿を。
「ご主人様……」
ツバキの眼から、涙が溢れ出す。
いつの間にやら、他の黒猫たちも泣いていた。
「うう……ご主人様は、失った青春を取り返そうと足掻いていたんニャね」
「20歳を超えたご主人様が、10歳の心に戻って……」
「辛すぎるニャ」
「胸が痛いニャン」
「そんにゃ哀れなご主人様の心情を察してあげられなかったニャンて、わたしは使い魔失格ニャ」
「〝秘密基地〟のことは、大目に見てあげるのニャ」
「これからは、温かく送り出してあげるようにするニャン」
「そうするニャ」
集会所に、黒猫たちのすすり泣きの音が響き渡る。
実は黒猫サクラは先月の集会のあと、魔女たちが〝秘密基地〟を幾度も訪れることで使い魔たちが愚痴をこぼしている状況を、主人である魔女ジンキミナに報告していたのだ。
ジンキミナは魔女たちの長老で、コンデッサの師匠に当たる人物である。
「困ったもんだ。猫カフェに行くのは構わないが、そのことで使い魔たちに不満を抱かせるようじゃ〝主人失格〟だね。魔女として、未熟すぎる」
ジンキミナは猫カフェに顔を出してはいないが、仮に訪ねたとしても、率直にサクラへ告げるだろう。ジンキミナとサクラの間には、長い年月の間に培った強固な信頼関係があるのだ。
ん?
それなら、コンデッサとツバキの信頼関係は――
「ジンキミナ様。どうしましょうニャン?」
「サクラ。次の集会のとき、こう言いなさい」
サクラは、ジンキミナのアドバイスに従った。結果、黒猫たちの不平不満は無事に解消された。かなりオカしな形ではあったが。
♢
後日。
コンデッサは、また猫カフェへ出かけようとしていた。楽しみな様子ながらも、ツバキに対して少しばかり後ろめたい感情があるのか、ソワソワしている。
「ご主人様。お出かけするニョ?」
「ああ、ツバキ。今日も、秘密基地に行かなくちゃならないんだ。前にも言ったけど、秘密基地は本当に特殊な場所だから、お前と一緒には行けないんだよ。スマナイな」
ツバキは、コンデッサの足もとへトコトコと歩み寄った。そして、同情を含んだ視線で見上げてくる。
「良いんにゃよ、ご主人様。アタシは、全てを分かっているニャ」
「え? 何を分かっているんだ? ……って、ツバキ。なんだ? その慈愛に満ちた瞳は。やめろ! そんな生温い眼で私を見るな!」
「ご主人様。何も、心配は要らないニャン。思うぞんぶん、秘密基地で青春を謳歌してくると良いニャ」
「どうして、そんな優しい……10歳の子供に母親が語りかけるような、優しい口調なんだ。やめてくれ! 私を、子供扱いしないでくれ!」
「ひと夏の思い出は、宝石よりも貴重なモノにゃんネ。不憫なご主人様……」
「違う! 私は、不憫な――可哀そうな存在じゃ無いぞ! 今も昔も、充実した生活を送っている魔女なんだ!」
「よしよし、良い子にゃ。そうにゃんネ~」
「…………」
「…………」
「うわ~ん。ごめんよ、ツバキ~。私が、間違っていたよ~」
コンデッサとツバキのやり取りと似たような出来事が、猫カフェに足を運んでいた、どの魔女の家でも起こった。そのため、魔女たちの猫カフェ訪問の回数は急速に減少し…………それが回復したのは、使い魔を同伴するようになってからだった。
なんと猫カフェは――使い魔となっている黒猫に限って、入店OKだったのである。
♢
猫カフェにて。
「最初から、アタシを連れてくれば良かったのにゃ。別に、怒ったりしないニョに」
「そうだな。気を回しすぎた。反省している」
コンデッサとツバキは、この夏も仲良しである。
コンデッサ「〝マジカル・オレンジ・サマー〟の呪文で、夏みかん魔女に変身! 私を甘く見るな! マーマレードは無敵なり~」
ツバキ「ご主人様の小四病が悪化しているニャ……」
※次回は「黒猫ツバキと打ち上げ花火――国王陛下即位20周年記念式典――(前編)」です!