黒猫ツバキ、女神アマテラスの夏休みの宿題を手伝う(前編)
登場キャラ紹介(コンデッサとツバキ以外)
アマテラス……天照大神。太陽神にして最高神。
ウズメ……天鈿女命。芸能の神。
タヂカラオ……天手力男神。力持ちな神。
オモイカネ……思金神。頭の良い神。
高木神……高御産巣日神。アマテラスの後見役にして教育係。
ダルマ……赤くて丸い人形。縁起物。モデルは、インドから中国へ仏教の『禅』を伝えた僧侶・達磨大師。
※テーマは「宿題」です。
※豆情報
・柱……神様の数え方。
季節は夏。
日本神話における天上世界《高天原》。
「これより、夏休みの宿題の内容を告げます」
そう述べるのは、高木神。白い顎髭を垂らした、威厳のある老人(老神?)の姿をしている。
高木神の前には、4柱の若い神が横並びになって、おのおの椅子に腰かけていた。
タヂカラオ――体格の良い少年の姿をしている、天界でもっとも力持ちな神である。
オモイカネ――賢い顔つきの少年の姿をしている、天界でもっとも頭の良い神である。
ウズメ――踊り子風の衣装を身に纏った少女の姿をしており、天界でもっとも芸事に秀でている神である。
アマテラス――巫女服を着た10代半ばの少女の姿をしており、天界でもっとも……もっとも……取りあえず最高神ではあるので、1番偉いはずである。
その偉いアマテラスが、ブーブー文句を言う。
「夏休みは本来、休むためにあるものじゃろう? にもかかわらず〝宿題〟などという苦行があるのでは、本末転倒ではないか」
「アマテラス様。屁理屈を述べないでください」
諫めるウズメに、タヂカラオとオモイカネも同調する。
「夏休みの宿題を苦行なんて考えるのは、アマテラス様だけだよな。力は、全ての問題を解決するぜ!」
「せっかく別天津神の1柱である高木神様が先生をしてくださっているんですから、僕たちは有り難く教えを受けなければ。ま、優秀すぎる僕に、これ以上の勉強が必要かどうかは疑問ですけど」
どうやら高木神が教師、アマテラスたち4柱は生徒――そのような立場になっているらしい。
「騒がないで。皆に〝夏休みの宿題〟を申し付けるにあたり、特別講師をお呼びしています」
高木神の発言と同時に〝ボン!〟と音が鳴り、神々の眼前に赤い人形が、いきなり出現した。
高さは、高木神の腰までくらい。全体的に丸く、コロコロしている。手や足が無い代わりに、顔がやたらと大きい。
アマテラスが呟く。
「ダルマさん……かの?」
「そのとおり。我輩は、ダルマである。承知のこととは思うが、我輩は達磨大師をモデルに作られた置物であった」
「達磨大師……禅宗のお坊さんですね」とオモイカネ。
「うむ。だが、我輩は、ただのダルマでは無いぞ。達磨大師に憧れ、修行を積んで悟りを開いた〝スーパーなダルマ〟なのだ」
威張る、ダルマ。
アマテラスは、首を傾げる。
「スーパーのダルマ?」
「違う! 〝スーパーなダルマ〟だ。〝スーパーのダルマ〟では、スーパーマーケットの店内で展示されている縁起物のようでは無いか!?」
「スマン」
ダルマが怒りながらボインボインと跳ね回るので、アマテラスは謝った。
「まぁ、良い。ともかくこのたび、高木神殿に頼まれて、臨時講師をすることになった。我輩が夏休みの宿題として、お主等にしてもらいたいのは、水墨画を描くことだ」
「水墨画……墨一色の絵画ですね。禅の精神を表現する技法ですから、確かに〝ダルマ講師〟が出す課題としてはピッタリかもしれません」
しきりに頷く、オモイカネ。
タヂカラオは、ダルマに尋ねた。
「それで、俺たちは墨で何を描けば良いんだ?」
「お題は『煩悩退散』である!」
「『煩悩退散』……難しいテーマじゃな。妾の中のどこを探しても〝煩悩〟と呼ぶべきモノは、そもそも存在しない故」
困り顔のアマテラスに、ダルマが質問する。
「天照殿に訊こう。目の前に、ケーキ・シュークリーム・おはぎ・栗饅頭がある。どれを食べたい?」
「全部、食べたいのじゃ!」
「……更に、訊こう。1日24時間のうち、眠りたいのは何時間?」
「14時間じゃ!」
「……最後に訊く。美しいイケメン・爽やかなイケメン・セクシーなイケメン・渋いイケメン、このうちの誰と付き合いたい?」
「誰とも付き合いたくない。面倒くさいのじゃ」
ウズメとタヂカラオ、オモイカネがコソコソと話す。
「アマテラス様、煩悩まみれですね」
「食欲と睡眠欲に、歯止めが利いていないな。でも、恋愛方面の欲は無いみたいだぞ?」
「あれは、単に情緒が未発達なだけでしょ」
「それでは皆、ダルマ殿の言いつけに従い、水墨画を描いてくるように。提出期限は10日後です」
高木神は締切日を示し、その日の授業を終了した。
♢
ここはボロノナーレ王国の端っこにある、魔女コンデッサの家。
「……ということがあったのが、9日前なのじゃ」
「提出期限まで、あと1日しか無いじゃないですか! ノンビリしていて大丈夫なんですか? アマテラス様」
コンデッサは慌ててしまう。
1柱でひょっこり遊びに来たアマテラスが、ゴロゴロしているためだ。
黒猫のツバキが、コンデッサへ語りかける。
「心配すること無いニャ、ご主人様。アマちゃん様は、きっと既に〝水墨画〟ってモニョを描き終えているに違いないニャン」
「ああ……そうだよな。思わず、早とちりしてしまったよ。考えてみれば、当たり前か」
「課題は全然、やってないぞ」
アマテラスがキッパリと言う。何故か、誇らしげだ。
「あれより9日……月日は、嫌と言うほど強引に流れてしもうた。『強引、嫌のごとし』とは、まさにこの事じゃな」
「それは『光陰、矢のごとし』の間違いです」
コンデッサが訂正する。
「何はともあれ、今からでも始めましょう」
「む、むう。意外とコンデッサは先生っぽいの?」
「ご主人様は昔、家庭教師をやっていたこともあるニャン」
アマテラスが紙を広げる。当然ながら、真っ白だ。
「このまま提出したら、ダメかの? 『煩悩が無くなった、透明な世界』とか言って」
「ダメに決まっています。それは〝水墨画〟では無く〝怠慢画〟ですよ。ほら、アマテラス様。墨をする!」
「コンデッサが厳しい……あ、墨が無い。どこかに忘れてきてしまったみたいじゃ」
「弱りましたね。我が家には、墨汁しかありませんが」
「墨汁で構わんじゃろ」
「しかし、本格的な水墨画では……」
「ご主人様。アマちゃん様に本格的な水墨画を描く技量は、もとから無いニャン」
「それもそうだな」
「アッサリ納得されると、妙に腹が立つの」
「アタシが墨汁を持ってくるニャ!」
ツバキが張り切って駆け出し、しばらく経って、2足歩行でヨロヨロしながら戻ってきた。両前足を使って、墨汁が入った容器を抱えている。
「お、おい、ツバキ。無理はするな」
コンデッサが声を掛けた瞬間、ツバキは転んでしまった。その拍子に容器の蓋が外れ、アマテラスが用意していた白紙の上に、墨汁がドボドボと流れ落ちる。
「あ~!!! 妾の紙の上に、墨汁が!」
「ごめんにゃさい、ごめんにゃさい!」
「ツバキ、後始末は私がやる。お前は無闇に歩き回るな。紙に足跡がつく」
「妾の紙に、ツバキの肉球がペッタンペッタン~!」
「ごめんにゃさい、ごめんにゃさい!」
♢
宿題の提出期限、その当日。
神々とダルマが、前回と同じ場所に揃った。
「さて、お主等が仕上げた水墨画を見せてもらおう。どんな風に『煩悩退散』というテーマを表現したのか、楽しみである」
ダルマは、生徒たちが提出した宿題の水墨画を点検しつつ、イチイチ感想を口にする。
「ふむ。鈿女殿は〝美しい深山幽谷〟の風景を描いたのか。心が洗われる作品である」
「手力男殿は――〝手力男殿が自ら邪鬼を踏んづけている〟絵であるな。邪鬼の額に書いてある文字は〝ボンノ~〟……かなり直接的な示し方ではあるが、面白い」
「思金殿は、我輩のモデルである達磨大師の姿を絵にしたのか。背景に星々――銀河を添えるとは、凝っておるな」
ウズメ・タヂカラオ・オモイカネが描いた水墨画は、いずれも高評価のようだ。
「で、天照殿は?」
「う、うむ……」
口籠もる、アマテラス。
高木神は顎髭をしごき、〝ヤレヤレ〟といった表情になった。
「天照様。お忘れになられたのですか?」
「そうなのか? 天照殿」
「最高神である妾が、そんな失態を犯すわけが無かろう! 妾のは、コレじゃ!」
後編に続きます。