黒猫ツバキ、〝アイスコーヒーの祝福〟を受けて大迷惑をしている少女と出会う(後編)
「これは――呪いでは無いぞ。れっきとした〝祝福〟だ」
「「え!!」」
コンデッサの発言を受け、チリーナとスザンヌは驚く。
「おそらく、スザンヌさんの味覚を〝アイスコーヒー仕様〟にした何者かは、本気で〝善意の贈り物〟をしたつもりなのだろう」
「〝善意の贈り物〟……結果として、私は大迷惑しているんですけど」
言葉そのままの表情を浮かべる、スザンヌ。
一方、コンデッサも当惑気味だ。
「しかし、困ったな。呪いなら解くことも出来るが、祝福では対処のしようがないぞ。なにせ〝除くべき悪意〟が、そもそも無いのだから」
「そんな……」
「解決の方法があるとしたら、祝福の実行者を突き止めて、〝恵みの押し売り〟を止めてもらうことだな。スザンヌさん。貴方の夢の中に出てきた者の正体について、心当たりはないか?」
「それが、記憶があいまいで……相手の姿はもちろん、性別も不明瞭で――」
「まいったな」
「で、でも服装は、そこに居られる方が着ているモノに、似た雰囲気であったような気がします」
スザンヌが指さす方向には、ウズメが居た。
「え! 私ですか!?」
「ウズメ様の衣装に似ている……スザンヌさんに祝福を授けたのは、日本神話の神様なのかもしれないな。ウズメ様。思い当たる節が、あったりはしませんか?」
「さぁ……」
コンデッサから問われ、困惑するウズメ。
「如何に日本神話の神の数が八百万といえど、さすがに〝アイスコーヒーの神〟は聞いたことがありません。〝コーヒーの祝福〟を施す可能性がある者……考えられるのは、飲食関係の神くらいでしょうか?」
そういう訳で。
ウズメの神力とコンデッサの《転移魔法》、双方の合わせ技を用いて、一同はそれっぽい神様たちを訪ねてみることにした。
食物神の大宜都比売。
料理神の磐鹿六雁。
菓子の神の田道間守。
酒造に関わる神である少名毘古那。
コーヒー豆で……神名に『豆』が含まれている意富加牟豆美命と布怒豆怒神。
アイスコーヒーで……神名に『氷』が含まれている秋山之下氷壮夫。
その他の神々。
♢
一行はコンデッサ宅へ戻ってきた。
「どの神様も、違ったな」とコンデッサ。
「お役に立てず、申し訳ありません」
ウズメが皆へ謝る。
「いえ! 悪いのは私で、ウズメ様には何の責任も――」
焦る、スザンヌ。
チリーナが提案する。
「飲食関連や日本神話以外の神様も、考慮に入れてみるべきではないでしょうか?」
「そしたら捜索の範囲が広くなりすぎて、収拾がつかなくなっちゃうニャン」
「ム。そうは言いますが、駄猫――」
「まぁまぁ。ここはひとまず、アイスコーヒーを飲んで落ち着こう」
コンデッサが皆に、手作りのアイスコーヒーを振る舞う。
スザンヌはグラスの縁に口をつけつつ、感慨深げに呟いた。
「ああ……〝アイスコーヒーの味がする飲み物がアイスコーヒー〟って、本当に幸せなことだったんですね」
「本来は、それが当たり前ニャン」
と。
唐突に、誰かが家の中へ入ってきた。
「コンデッサ、邪魔するぞ~。おや? 大勢が集まって、何をしているのじゃ?」
「アマテラス様! また、勉強をサボって抜け出してきたんですね。夏休みの宿題は終わったんですか?」
「ウズメも居ったのか。いやはや、高木神は厳しすぎじゃ。〝夏休みの宿題〟なる案件は、提出期限の3日前から取り掛かるのが常識じゃのに」
「そんな常識はありません」
「ウズメまで小言を述べんでも良かろう……お! アイスコーヒーではないか。妾にも飲ませてくれ、コンデッサ」
「どうぞ」
「ふい~。やっぱり、アイスコーヒーは美味しいのう」
「えっと、アマテラス様? ……も、アイスコーヒーがお好きなんですね」
スザンヌが遠慮がちに声を掛ける。
「その通りじゃ。――そう言えば、思い出した。しばらく前にも、アイスコーヒーに関わることで妾は素晴らしい行いをしたぞ」
「どんニャこと?」
「『アイスコーヒーを飲みたい』と悩んでいる人間を見掛けたのじゃ。それで、慈悲深い妾は《どんな飲み物の味もアイスコーヒーと同じになる》という祝福を与えてやった。相手は大喜びしていたの~。妾って、スッゴく親切じゃ」
「「「「「…………」」」」ニャ~」
「アマテラス様、祝福を授けた相手の顔は覚えておられますか?」
コンデッサが平坦な声音で質問する。
「それがの~。その者の夢の中で会ったため、ぼんやりとしか見えなかったのじゃ。じゃが、相手が誰であったかなど、些細なこと。大切なのは、妾が良い行いをしたという事実で……ん? どうしたのじゃ? 皆、なんで妾をそのような眼で見る?」
「「「「「犯神は、お前か~!!!!」」」」ニャ~!」
アマテラスは、全員からメチャクチャに怒られた。
「悪かったのじゃ~。良かれと思ってやったのじゃ~」
アマテラスは涙目になって謝りながら、スザンヌに掛けた〝アイスコーヒーの祝福(?)〟を解いた。
で。
試しにお茶を飲んでみると、キチンとお茶の味がしたので、スザンヌは安堵した。
「アマテラス様がスザンヌさんにした所業については、高木神様に報告させていただきます」
「高木神に話すのだけは勘弁してくれ、ウズメ。アイツは怒ると、とても怖いのじゃ」
「アマテラス様の自業自得です」
「ウズメ様。アマテラス様を、そんなに叱らないであげてください。私は今回の経験によって、〝アイスコーヒーの素晴らしさを味わうためには、他の飲み物の味も大事にしなければならない〟――その重要性を、学ぶことが出来たのですから」
「そうなのじゃ! スザンヌ殿は、妾にとって《アイスコーヒー好きの仲間》、いわば《類友》! 故に、その事を知って欲しくて、妾は敢えて祝福を――」
「アマちゃん様。全然、反省してないニャン」
♢
ついでながら。
〝高天原でもアイスコーヒーを飲みたい!〟と思った、アマテラス。コーヒー豆をコッソリ持ち込んで、手作りしてみたのだが……何度挑戦しても、アイスコーヒーでは無く、ホットコーヒーになってしまう。
アマテラスは、最高神であるとともに太陽神でもある。自製コーヒーがホットになるのは、避けられない自然現象なのであった。
「ウズメ! 今回の一件、妾は反省のしるしとして、天岩戸の中で謹慎生活を送ることにするのじゃ」
「引きこもり体質のアマテラス様にとって、それは単なるご褒美ですよね?」
♢
「神様と知り合いなんて、お姉様は、さすがですわ!」
「まぁ、あんな〝神様〟だけどね」
「ニャン」
「でもウズメ様は、とても賢そうな神様に見えましたわ」
「もう1柱(1人)のほうは?」
「ウズメ様は、とても優しそうな神様に見えましたわ」
「もう1柱は?」
「ウズメ様は、とても親切そうな神様に見えましたわ」
「もう1柱、居たよな?」
「…………」
「ちなみにアマちゃん様は、最高神だそうニャ」
「『最高』の意味を、『再考』すべきですわね」
「チリーナ、上手い!」
「お姉様に、褒められましたわ!」
追記
スザンヌが挙げている〝アイスコーヒーと合わない料理〟ですが、あくまで作者の個人的な感想です。「コーヒーと合う!」と考える方も、当然ながら居られると思います。実際、お寿司屋さんでコーヒーを出すお店は、ありますしね……。
※次回は「黒猫ツバキ、女神アマテラスの夏休みの宿題を手伝う(前編)」です!