黒猫ツバキと海のおばけ(前編)
登場キャラ紹介
コンデッサ……ボロノナーレ王国に住む、有能な魔女。20代。赤い髪の美人さん。
ツバキ……コンデッサの使い魔。言葉を話せる、メスの黒猫。まだ成猫ではない。ツッコミが鋭い。
※テーマは「海と船」です。
物語の舞台は一応、ヨーロッパ中世風・異世界。ただし、設定はかなりテキト~です。
季節は夏。
ボロノナーレ王国の魔女コンデッサ(とっても美人さん)と彼女の使い魔である黒猫のツバキは、豪華客船で海の旅行を楽しんでいた。
ちなみに船は中古であんまり大きくなく、船員は数人、客はコンデッサたちだけだった。
黒猫が、主人の赤毛の魔女へ尋ねる。
「アタシたちが乗っている船、けっこうボロいけど……どこが『豪華客船』なニョ?」
「馬鹿だな、ツバキ。『豪華・客船』と考えるから、不可解に思えてしまうんだ。この船は『豪華客・船』なんだ。分かるだろ?」
「分かんにゃい」
「つまり〝豪華な客〟――ボロノナーレ王国で最も高名な魔法使いの1人であり、偉才有能・容姿端麗・空前絶後の私、コンデッサを乗せている〝船〟……ということなのさ。この際、船のグレードは関係ない。私が乗っている時点で、紛うことなき〝豪華客船〟なんだ」
「ご主人様の自己賛美はツッコミどころが多すぎて、聞いていて、痛々しさを覚えてしまうレベルなにょニャ。でも、アタシは賢くて優しい使い魔だから、海のように広い心でスルーしてあげるニャン」
「何か言ったか? ツバキ」
「ニャニも言ってないニャ」
甲板でしょ~もない会話をしているコンデッサたちのところへ、1人の船員がやって来る。
「船員さんニャン」
「黒猫さんと魔女様。当船はこれより〝魔の海域〟へと入りますので、ご注意ください」
船員の言葉に、コンデッサとツバキは顔を見合わせる。
「魔の海域とは何だ?」
「おどろおどろしいネーミングにゃん」
「圧倒的なパワーを誇る、海のモンスターが出没するエリアなのですよ」
「海にょモンスター?」
「はい。我々、海に生きる者たちに最も怖れられているスーパーモンスターです。超常世界を含む大海原の生態系……その頂点に位置する存在と言えるでしょう」
「それは……よほど強大な力を持つモンスターなのだろうな」
さすがのコンデッサも警戒心を覚え、身震いしてしまう。
「船員よ。今のうちに、モンスターの正体を教えておいてくれ。推測するに、クラーケンか? シードラゴンか? ひょっとして……悪魔の海蛇か?」
「古代の巨大サメかもしれないニャン。お魚さんだけど、アタシは大嫌いニャ」
「メガロドンはこの前、私が退治したじゃないか。ついでに料理して丼物にし、お前に食べさせてやっただろ?」
「ご主人様が作ってくれたメガロ丼……ちっとも、美味しく無かったニャ。普通のイクラ丼やウナギ丼のほうが、良かったニャン」
「贅沢なヤツだ」
コンデッサとツバキがノン気なやり取りをしていると、船員が声を張り上げた。
「違います! 魔の海域に生息しているモンスターは、真の意味で怪物なのです! その脅威の前には、レヴィアタンやメガロドンであっても赤子同然」
「凄いニャン」
「まさしく神話級の魔物だな。いったい、どのようなモンスターなんだ……」
緊張した面持ちになるコンデッサへ、船員はついにその名前を告げた。
「モンスターの名は……妖怪《バケツくれ~》です」
「…………にゅ?」
「なんだソレ?」
「大きさは、人間の大人の2倍ほど。姿は人間の男性そっくりですが、青色の肌をしているのです。そして、頭はハゲており、時々ワカメが引っ付いています」
「海坊主っぽいな」
「妖怪《バケツくれ~》は前触れも無く海の中から現れて『バケツをくれ~』と、しつこく要求してくるのです。とっても困ります」
「名前のままのセリフにゃん」
「何のひねりも無いな」
「断ると怒りだし、海に大嵐を起こしてしまう……」
「迷惑ニャン」
「それでやむを得ずバケツを渡すと、そのバケツで海水を汲み上げ、せっせと船の中へ流し込んできます」
「地味にイヤな行いだ」
「いくら『止めてくれ!』と頼んでも、妖怪《バケツくれ~》は水汲みを続けます。挙げ句に船を〝沈没原因になりかねない、とんだ災難だ〟――略して〝チンゲンサイだ〟状態にしてしまうという、恐怖のモンスターなのですよ。実際に沈んだ船は、まだありませんが……後で時間を掛けて排水しなければならず、本当に苦労させられます」
「船がチンゲン菜に……お浸し向きの素材になってしまうのか」
「沈むのも水浸しになるにょも、怖いニャ~。アタシ、水が苦手で泳げにゃいのに」
小さな体を縮こまらせる、ツバキ。そのシッポが、後ろ足の間に入り込んでいる。
魔女は、己が使い魔の頭を優しく撫でた。
「ま、いざとなったらツバキの面倒くらい、私がみてやるさ。……とは言え、この船の者たちは、どうするんだ?」
「ご心配には及びません。我々も海のプロ。対抗策は、キチンと考えています」
そう言って、船員は意気揚々とバケツを取り出した。
コンデッサが首をかしげる。
「え? 正直にバケツを渡してしまうのか?」
「魔女様、このバケツをよく見てください」
ツバキがバケツの中を覗き込む。
「あ! このバケツ、底が無いニャン」
「ハイ、その通りです。これは、底が抜けているバケツなのです」
船員は得意げな表情になり、コンデッサは納得した。
「なるほど。底が無いバケツなら、モンスターに渡しても安心だな。絶対に水は汲めないわけだし。しかし、念のため……」
客室へと戻る、コンデッサ。ツバキはトコトコついていく。
魔女は座り込み、何やらゴソゴソしだした。
「ご主人様、魔法を使ってニャニをしているニョ?」
「うん。一応、万が一に備えて……次善の策を用意しておこうと思ってな」
後編に続きます。
全12回を毎日、投稿いたします。