やりますとも、やってやりますとも
ドーンと大きな音を立てて鍵のかかったドアが吹き飛ぶ。吹き飛ばしたのは私なんだけど。
パラパラパラと残骸と埃が舞う。それではいざと飛び込み、部屋を見れば、何か黒い靄に覆われた少年。やはり、少年だった。年は私より少し年上くらいか。髪は金色かな。
「……うぅっ」
いや、観察してる場合じゃなかった。あの黒い靄ってなんだろ。ていうか、うん? 形あるな、あれ。靄だと思っていたそれは私の目には段々と黒い蛇に見えてくる。
「ていやぁ!」
叩いてみたけど、手応えなし。うむむっ、少年を苦しめてることを考えると幻術とかではないな。なんだろう。
「……な、……こども? ……に、げ」
考えていると少年は私に気づいたようで目を見開いていた。開いた目は紅玉のように紅い。綺麗。いや、そうじゃない。逃げろって言いやがりました? この人。
「お断りします! 苦しんでる子を見捨てるほど、非道な人間じゃないので」
とはいえ、解決法方があるわけでもない。うん、困った。
私の手持ちカードは薬草、聖水、私だ。大人を呼ぶと言うのが一番正しい気もするけれど、そこは私が出来るすべてをやってから頼りたい。ただの私のエゴだ。彼を苦しめる結果になるかもしれないけど、その分どんな結果になっても彼の力になろうと思う。
とにかく迷ってる暇はないか。効力がなさそうだとしたら、薬草かな。だって、薬草だもの。
「うりゃ!」
「……ぶっ」
「あ、ごめん」
勢いよく投げたんだけど飛距離がなかったらしく、少年の綺麗な顔に薬草の殆どが落ちてしまった。申し訳ねぇ。
で、結果はというとダメでした。ですよねー。わかってた。薬草を平気ですり抜けてんだもん。
「……あれ?」
でも、薬草を被った少年の顔の辺りは避けてく。何故?
少年の顔周りをよく見てみると数枚ほど、薬草ではないものが混ざっていた。一枚、取り上げて見れば、それはヒヒラグの葉だった。ヒヒラグは転生前の世界でいう柊のこと。確か、柊は葉の特徴から魔除けに使われてたんだよね。ん? 魔除け。もしかして、闇属性的なアレか。
私はヒヒラグの葉を手に持ったまま蛇へと近づいてみる。すると、予想通り、蛇はスススッとヒヒラグの葉から遠ざかる。
とはいえ、少年を助けるにはヒヒラグが足りなさすぎる。今、複数枚が少年の顔のところにあるから、そこあたりには来ないけれど、それ以外には集っている。一枚ずつにしたところで効果は薄いだろうね。
でも、進展はある。ヒヒラグの葉が有用だということは聖水も効果が見込めるということだ。
「後で、乾かすから、許して」
「は?」
少年の返事を待たずして私は持っていた聖水を少年にふりかけた。けど、飛び散る聖水を見て、私はこれはダメじゃないかなと不安に思う。いや、水は確かに光魔法で囲まれている。ただ、中までは光魔法は溶けていない。バシャッと少年の体を一時的に聖水が覆うも、すぐに効果が切れたのか、薄かったのか蛇達は驚き飛び退くもすぐに少年の体に戻ってしまった。
「…無駄だって、聖水は、効かない」
「うん、そうみたいだね! でも、この聖水が効かないだけでしょう」
「どの、聖水だって、おんなじだ。僕のことは……ほっといてくれて、いい」
「貴方の顔、ほっといてっていう顔じゃないから却下」
元の殻瓶を振っていうけど、少年は弱々しく首を振る。どうやら、どこかで同じように聖水を浴びたみたい。それもあってか、放っておいてくれというけど、顔がね、これまた寂しそうなんだよ。見捨てられ続けてきたのかな。けど、私が却下を言い渡すと驚いたように目を見開いた。紅い目には寂しさばかりだったけど、私の言葉に喜びが混ざった。あぁ、やっぱり、嫌だったんだね。そりゃそうか。
さて、そんな顔をされてしまった私はもう逃げられないね。だって、絶対に助けてやるって思っちゃったんだもの。
「あの聖水は周りを光魔法で覆ってただけだから、効果がなかったのかもしれない。ということは上手いこと水と混ぜ合わせれば効果あるんじゃないかな」
でも、水にどうやって混ぜ合わせる? 砂糖とかを溶かす時みたいにぐるぐるかき混ぜてみようか。まぁ、聖水はもう手持ちにないから、ぶっちゃけ私が作ることになるけど、やってみないよりかはマシだね。
最終手段、私。いざ、勝負だ、黒蛇。
「水球」
ごぽりと言って、空中に水の球体が生まれる。そして、それを風魔法で掻き回し、渦を作った。後は光魔法を水の粒子一つ一つをイメージして、かけていく。
キラキラキラキラ、光魔法が輝く。ペカーと光るくらいになると水の球体の状態に戻してみる。
「……うん、眩しいな、これ」
水の中までキラキラキラキラ。まとまるとぺカー。
「なに、それ」
「アデリタちゃん式聖水だよ」
自分で言ったけどイタいな。まぁ、私式聖水であるのは間違いない。
「では、お覚悟!」
「ちょ、ま――ごふっ」
あ、大きく口開けてたから口にも入ってしまったみたい。ゴホゴホと咳き込み、最終的には咳き込みすぎて疲れきっていた。けれど、彼の周りからは綺麗に黒蛇が消えていた。うん、効いたようで何よりだわ。濡れた箇所がキラキラ光ってるのは見なかったことにする。
「風邪とかひかれたら元も子もないし、乾かさないと」
風魔法に火魔法を加えて、暖風にして、部屋から少年まで乾かす。少年はずっと私を見てて、何か言いたげに口を開いたけど、暖風の効果もあってか、うとうと。乾ききる頃には寝息を立てていた。
『お前、旨そうだな』
ホッと一息ついてたら、低い声が耳元で聞こえた。バッと振り向けば、そこには金色の目を持つ黒い龍の姿。私が認識したことがわかると面白そうに龍はにんまりと笑った。