根回し密会★
四年。この村に来て、四年が経つ。
この村に放り捨てられてよかったとすら今では思っている。だって、リタに出会えた上、ウリセスやラモンさんたちに囲まれ、元気に過ごせているから。
「リタを解放しろ!」
「やだよ。そもそもリタに拒否されてるわけでもないし、君に言われる筋合いもない」
村の村長の息子であるビトはリタに惹かれてるのか、僕にそう言ってくることがある。けれど、それはリタにも言ってるようでリタには嫌忌されている。あまりのしつこさに苛立ちが爆発して、光魔法をぶっ放すこともあったくらいだ。
グルルと睨みつけてくるビトだけど、怖いことはない。だって。本当に恐ろしいのを僕はもう知ってる。そんなビトに関わることなく、僕はウリセスのところに通う。
「ウリセス、動きはあった?」
「いえ、特段変わりがないそうです」
ウリセスは現在でも騎士と連絡をとっているようで、王都は勿論王城内の情報をもらってくれる。まぁ、連絡を取り合っていると知ってから連絡が来るタイミングで聞いてるけど、変わりがない以外の返事を聞いたことがない。それだけ、王城内は変わらずなのだろう。
「殿下からの手紙は相変わらず届いているそうです」
「そう、だろうね。でもなければ、変わらずなわけがない」
僕から出した手紙は届かないのにね。試しに何度か出したことがある。けれど、偽物を語るものとして処分させられていたのだとか。まぁ、そうだよね、西にある海沿いの都市からにいるはずなのに別のところから僕の手紙が届くはずがないのだから。家を出られる状態ではないというのだから、尚更だ。
現実にはもうピンピンしてるけどね。呪いも現れず、現在はウリセスから剣術やらマナーやらを教え込まれてるわけだし。
「殿下は、本気、なのですか」
「本気だよ、本気だとも。それが僕の幸せだよ」
いっそのことそのまま忘れ去ってくれた方が僕としては万々歳なのだけど、おそらくそうはならないだろう。だから、僕はまず初めにとウリセスに言っていた。
「僕はこの村で、リタの隣で生きたい」
いきなり、本人にぶつけては恐れ多いなどと言いながら逃げられてしまう。だから、周りから固めることにした。誕生日プレゼントもそうだし、僕の色のものを贈る。それでみんな、僕がリタのことを気に入ってるのを理解するだろう。もしかしたら、妻にと思っているかもしれないと。そうなってもらわないと困る。まぁ、ビトのあの様子を見れば、いい感じなんだろうけど。
「ウリセスは反対かな?」
「反対、したいですが、出来ません」
ウリセスの答えはそうだった。賛成というわけでもないけれど、邪魔もしない。それだけでいい。だって、ウリセスは貴族として生きてきた時間がある。それは貴族の考えが先行するのは仕方ないことだ。わかっている。
「一番の難関はラモンさんとイネスさんだよな」
「まぁ、ご両親ですから。陛下方は」
「あっち? あっちはどうでもいいよ。反対されようが抵抗するから」
やりようはある。どうせ、王位継承者が決まるまでは婚約者も決めれないだろうし。最悪、廃嫡して貰えばいい。それよりもなんで、わざわざ揉めるようなことをしなくちゃいけないんだろうね。王妃の子を王にとか思ってしまったのかな。それにしても伝承に基づく継承戦を行うとか馬鹿すぎる。わざわざそのために僕から下の子は生まれてきたわけだし。そもそもなんで、王妃が懐妊する前に側妃をとってるんだろうね。結婚してからそれほど経ってなかったらしいし、側妃様方は恋人だったのかな。なーんて、下世話なことを考えてもしょうがない。
「正直にいうと、彼らは生みの親ってだけだよ。僕を育ててくれたのはこの村の人たちだ。あの人たちから愛情をもらった覚えがない」
「しかし、それは」
「わかってるよ。僕が呪われてたから。でも、彼らは気付くべきだったんだ。それを気づかなかった」
王であるならば知っているはずだ。王城や王宮が結界に覆われていることを。王城や王宮に呪いを持ち込めないし、外から呪いをかけることができないということを。それなのに彼は気づかなかった。話を聞いたリタが気づいたんだよ? 知っている人間が気づかないというのはおかしい。忘れてしまった可能性もとリタは言っていたけど、それも難しい。王となる人間は毒や魔法が効かなくなる魔導具を常に身につけているからだ。死ぬ時まで外さないのが鉄則だったかな。
「でも、ほら、リタたちは言ったじゃん、『呪いが怖くて薬屋の娘はやってられない』って」
そのリタの言葉に驚いたのを今でも覚えてる。そして、ここで暮らす中で様々な物語にも触れ、思ったのが彼らは王であり王妃であることをとったのだと。物語は物語でしかないと言われてしまえばそれまでだけれど、その中は沢山の愛情に溢れていた。まぁ、彼らも情がなかったわけではないだろう。医者や神殿に依頼するなどしたのだから。けれど、神殿が匙を投げたことでそれがなくなった。無駄だと思ったのかもしれない。あの後から彼らは僕のもとに訪れることも声をかけてくれることもなくなったのだから。ひとまず、駒として確保しておこう程度になったんじゃないかな。ただ、僕を遠くにやったのは自分たちが呪われたくないから。呪い無効の魔道具もつけてるのにね。それでも、彼らは自分が呪いに罹るのを恐れた。
呪いが彼らの愛を阻んだのだと言えば、事実を知らない人にとっては聞こえはいいかもしれない。でも、そうなると呪いがあろうとなかろうと愛を注いでくれるラモンさんやイネスさん、リタたちはなんなのだろうね。昔の僕であれば、まだ両親に愛して欲しいと思っていたかもしれない。けれど、今の僕はもう思うことはない。
「僕が一番欲しかったものをリタがくれた」
彼女が僕に光を与えてくれた。愛をくれた。村という小さな世界だけれど世界を見せてくれた。幸せというものを教えてくれた。
「僕にとって彼女はもうなくてはならない存在なんだよ」
けれど、将来的に一度は離れなければならないという可能性があることにゲンナリはしてる。離れたくない。けれど、リタたちに危害を及ぼすわけにはいかない。その時が来たら、大人しく行くさ。けれど、向こうでも色々と帰れるように金策とかやるつもりだけど。着の身着のままで放り出されても困るからね。対策を講じておくだけ損はないさ。
「それで、ウリセス数点頼みたいことがあるんだけど」
「手助けは――」
「ただ、僕がラモンさんたちと話してる間、リタを引き留めておいて欲しいだけだよ。そのぐらいはしてくれてもいいんじゃない?」
「……わかりました」
「ありがとう。それから――」
その後のことも了承をもらい、帰宅する。
「お帰りなさい。けれど、ちょっと遅いんじゃないかな?」
腕を組んで、にこりと笑みを浮かべてるのはイネスさん。あぁ、怒ってる。彼女は王子という身分を気にすることなく、僕を叱る。ここ最近はなかったけど、リタと一緒に泥だらけになったりして帰ったらゲンコツをもらったこともある。
「ごめんなさい。ちょっと、ウリセスと話してて盛り上がってしまって」
「もう、心配するから、遅くなりそうな時は一度家に顔を出しなさい」
「はい」
すぐに呆れたような表情をして、僕の顔を覗き込み、そう優しく告げる。心配かけたということに申し訳なさと覚えるも心は嬉しさが占める。
「あの、イネスさん」
「何かしら」
「後日、ラモンさんと一緒に時間を作ってもらえないでしょうか」
リタが来る前にこの話をしておかないとと伝えれば、イネスさんはもう話の内容がわかったのか溜息一つして頷く。
「あ、ナチョ、おかえり」
「ただいま」
会話が聞こえたのか、二階から嬉しそうに降りてくるリタ。それから、今日の晩御飯はねと話すリタの言葉に耳を傾けながら、居間に一緒に向かう。うん、とっても幸せだ。
後日、リタと双子はウリセスのところに遊びに行った。予定通りでいいんだけど、珍しい本が手に入ったというウリセスに喜んで遊びに行ったリタにはもうちょっと警戒心を持つように忠告したいところだ。
そして、今、僕の目の前にはイネスさんとラモンさんが机を挟んで座っている。
「それで、ナチョ、何かな」
なんとなく想像がつくんだけどなとラモンさん。
「リタを僕の妻としていただきたい」
僕の言葉にラモンさんははぁと大きな溜息を吐いて、頭を掻く。口を開くけれど、言いあぐねてるラモンさんにしょうがない人ねとばかりにイネスさんが口を開く。
「それは王子として望むの?」
「いえ、一人の人間として、男として」
「あら、そうなの? でも、王子として望めば、簡単に手に入れられるでしょう? 私たちは抵抗できないわ」
「僕はそれを望みません。リタを愛したいし、彼女に愛してほしい。それに彼女は薬屋を大事にしてますから」
王子妃に望むことはないと伝える。そして、まだ僕一人の考えだけれどとリタと一緒に薬屋を営みたいと伝えるとそこは予想外だったのらしいイネスさんとラモンさんは目を丸くした。
「おそらく、一度は王子として戻らなければならないと思います」
「えぇ、そうね」
「ですので、連絡ができなくなると――」
「ならば、断る」
「え?」
僕の口から、戸惑いが零れ落ちる。ただ、ラモンさんの声はそれだけ力強いものだった。
「いつ帰ってもこれるか分からないのだろう。それなのに連絡もなしで、リタを放置するのか? それならば、親として許可できない」
「いや、放置というわけではなくて」
「待っていてくれと言って連絡もなしというのは放置だろう。正直、お前が王都に戻ったとしても、そこでどう過ごそうと俺たちは気にしない。けれど、待っていてくれと言われたリタは連絡の一つもないことにどう思う。親として、そんな娘を見たくはない」
キュッと心臓を締め付けれられる。けれど、王族がやりとりをするとなると検閲は必要であるし、どうしてもされるだろう。そうなれば、詳しいことなどを書くことができない。だから、連絡はなしと考えていた。でも、確かにラモンさんのいう通りだ。
「王位継承戦の話はこの村まで届いてる。けれどな、それが終わるのはいつだ。終わった時、お前やリタが心変わりしないとも言い切れないだろう。おそらく、王位継承戦が終わる頃にはリタは結婚適齢期だろう。それも過ぎることもあるかもしれないだろう」
「…………」
矢継ぎ早に飛び出す言葉に僕は膝の上で拳を握るしかできない。正直、そこまで考えてなかった。いや、良いようにしか考えてなかった。ラモンさんの厳しい目が僕に向けられる。
「連絡は月一でいい必ずしろ。厳しい場合は一言だけでかまわん、それを書け。ただし、それが続くようならこちらから連絡を断つ」
「え」
「正直、お前は検閲を心配してるのだろうがそんなの躱す方法はいくらでもある」
「え、あの、ラモンさん?」
先ほどまで、反対の意向を示していたと思ったラモンさんから提案。いや、これは命令か。それでも、僕は戸惑う声しか出せない。だって、その命令は僕の都合いいようにしか解釈できない。
「ナチョ、私もね、この人もリタが幸せにしてくれるというのなら別に反対はしないわよ」
「反対、しない」
「えぇ、そうよ。それにナチョも合わせて幸せになってくれるなら嬉しいことこの上ないわ」
だってナチョのことも我が子のように思ってるのだからとイネスさん。ちらりとラモンさんに目を向けるもラモンさんは罰が悪いのかふんと顔を背けた。
「だって、さっき、どう過ごそうと気にしないって」
便りがないのは元気な証拠と言われることがあることからだとイネスさんの口から語られる。勿論、連絡があればそれはそれで嬉しいものだと言う。
「それにあの子は不思議な子でしょう。だから、あの子のことを受け入れてくれるの嬉しいのよ。それに大きなひーるもいるし」
「小さいドラゴンもいるだろう」
「この人の言うようにドラゴンもいるらしいからね」
「え、ドラゴン」
「む、信じてないな。リタの周りで時々ふよふよ飛んでいるし、たまに俺が薬を作ってると手元を覗き込んでいる」
信じてないわけじゃない。僕の目にははっきり見えてるのから。それが、ラモンさんも見えてることに驚いてる。もしかして、光属性の適性を持ってる?
「そういえば、お義父さんも言ってたわね。珍しいのがおるって」
「あぁ、親父も見えてたのか」
リタの祖父さんは国中を夫婦で旅しているらしく、ここにはたまにしか帰ってこない。ちなみにリタが生まれてからは戻ってきてなくて、この間戻ってきたのが初めましてだったらしい。いや、それにしても、少しリタの一族について調べてみた方がいいのかもしれない。ラモンさんも見えてたし、その父にも見えていたって。
「まぁ、その珍しいものまでもナチョは受け入れてくれてるみたいだし、あの子があれだけ気を許してるのはナチョと神父様ぐらいだもの。正直、私たちにも何か隠してるみたいだし」
リタ、バレてるよ。これは流石は親と言うべきなのかな。
「言っておくけどがリタを頷かせるのはお前だ」
「私たちは許可を下ろすだけ。後は自分でできるでしょう。むしろ、やってもらわないと困るわ」
「それは、もちろん」
多分、大丈夫でしょうねとイネスさんは笑うけれど、リタを頷かせるのはきっとここまでやってても難しいんだろうな。だって、リタだもの。
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