髪は女の命って言えばそうだろうけど、別に切っても死にはしない
「リタの髪で作った、タッセルピアスが欲しい」
あれから数ヶ月後、なんか言い出しやがりましたよ、この人。いや、確かに紺色とかは色が出しにくいって聞きますよ、聞きますけど、なぜに私の髪。
じっくりと話を聞けば、どうにもテルセロさんと数回お話し合いをしているらしいんだわ。そこで、紺色のタッセルを何個か見せてもらったみたい。だけど、ナチョのお眼鏡に適うものはなかったよう。ではどうしようかなった際にテルセロさんから髪を使う手を教えてもらったのだとか。いや、それが確かに手っ取り早いんだろうけど。けどもさ、なぜ私の髪よ。
「何処かの集落には戦地に向かう夫に己の髪を切って持たせていたと聞いたよ」
「うん、そういう話があるのは知ってるけども、私はナチョの妻ではないよ」
「今はまだね」
「なに?」
「いや、なんでもないよ」
そもそも戦地に向かうってなんだよ。確かにナチョはいずれは伏魔殿とも思える王宮に帰らなきゃいけないだろうけどさ。いや、ある意味で合ってるのか。王宮はナチョにとって戦地のようなものだろうし。まぁ、そうなると私が妻でないということ以外は間違ってないかもしれない。
まぁ、別に髪を切ること自体私には抵抗はない。他の人は嫌がるだろうけど。ほら、なんていうの昔からよくいうじゃん髪は女の命とかって。
「人の髪を身につけるとか気持ち悪くない?」
「全然? だって、身につけると言ってもリタの髪だし。そもそも、それをいうなら動物の毛だって身に纏うんだから、大差ないんじゃないかな」
いや、うん、まぁ、そうなんだけど。確かに村長がつけてるカツラも人毛だったな。
「リタが傍にいてくれると思えて、すごくいいと思うんだけど」
ダメ、かな、と見るからにしょげるナチョ。やめて、その顔。凶器だよ。顔面凶器。ダメと言えるわけがないじゃないか。
「ありがとう、リタ」
近距離で笑顔を発動させないでよ。尊すぎて眩しい。
『ふむ、なるほど。確かにリタの髪であれば、多少は魔除けになるであろうな』
あ、そういうこと。コウガの言葉に私はすごく納得した。確かに王宮に戻れば、また呪いがかけられる可能性もあるか。ともなれば、私の髪で魔除けの効果があるのなら、安くついていいね。
「……となると、髪は来年まで伸ばしておかないとね。いや、整える必要もあるから来年よりも少し前に切っておかないとダメか」
行商の人にお願いしても髪を切ってお願いしてもいいだろうけど、それはお金かかりそうだな。大部分の原料は私として、それを束ねるものと台座があれば私でも作れるのでは? いや、王子様がつけるものを私なんかが作っていいのか? でもなぁ、自分の髪を人の手に渡して加工してもらうのもなんかね。
「リタ?」
「ちょっと、カンデ姉さんのところに行ってくる」
「え、それなら僕も」
「ナチョはウリセスさんに用事あるでしょ」
「いや、そうだけど、それくらい後回しにしても」
「ダメ、はい、ナチョはあちらにゴー」
背中を押して、教会にナチョを押し付けると私はその足で広場を通り抜け、村の中腹にある養蚕場へと向かう。
養蚕というけれど、実際に飼っているのはひーると呼ばれる魔蟲。まぁ、姿形は蚕そのものに近いのだけど。いや、性質的なものも蚕に近い。誰かに世話をしてもらわなければ生きていけない。けれど、そこはほらファンタジー世界。ひーるは回復魔法が使えるらしいのだ。まぁ、回復魔法と言ってもすごく軽いもので擦り傷などを治せる程度なのだそう。そして、蚕と違うのは成虫になっても糸を出す個体がいるということ。なので、繭の状態をお湯でぐつぐつしなくていい。それから、ひーるは成虫になって出てきても、繭が白いままな上に皺も出来ないので普通に糸を取り出すことができるらしい。
で、そんなひーるを養殖しているのがカンデというお姉さん。まぁ、多分、お姉さんという歳は過ぎ去ってるだろうけど。だって彼女のご家族もいるし。
「こんにちわー」
「はいはーい、ちょっと待っててちょうだい」
入口から声をかければ、おっとりとした声が奥から響いてくる。そして、パタパタと駆ける音がして、スカートを器に幼虫を入れたカンデ姉さんが姿を現した。うん、超うにょうにょしてる。見る人が見れば卒倒ものだね。私はまだ平気な方かな。ダメな人はほんと村育ちでもぶっ倒れるから。
「カンデ姉さん、よう虫、おいてきなよ」
呆れる私にカンデ姉さんは声がリタちゃんだったから大丈夫だと思ったのよとけろりと言ってくれる。やめて、私が他の人を連れてくる可能性だってあるじゃないか。
「リタちゃんがナチョちゃん以外を? 想像できないわねぇ」
さらっとそう言われてしまった。いや、確かに私も想像はできないんだけどさ。でも、ナチョもダメだと思うよ。初めてカンダ姉さんのところに連れてきた時は工場の方を見せてもらったせいもあってかナチョ卒倒したし。どうにも、今でも虫本体は慣れないらしい。
「それで、ご用事は何かしら」
「あぁ、じつはねーーーー」
ナチョに私の髪を使ったタッセルピアスが欲しいと言われたことを伝え、軽く私の考えも伝える。それにカンデ姉さんはそうねぇと呆れ混じりと相槌を打つ。まぁ、呆れるよね。わかるよ。
「……大事な子達だからはいどうぞとは渡せないわねぇ」
「やっぱ、そうだよね。おてつだいするから、分けてもらうのもダメ?」
「一応、仕入れた段階ですでに買い手はいるのよ。だから、必ずしもリタちゃんが必要な分が出せるわけでもないわ」
何かあった際の予備、蓄えとしてもとっておかなければならないからと丁寧に説明してくれる。まぁ、そりゃそうだよね。いうなら、もっと早い段階。仕入れる段階でお願いしておかなければいけなかったということだ。
「ん、ありがと、カンダ姉さん。何かほかにないかさがしてみるよ」
いい手だとは思ったんだけどなぁ。ほら、ナチョって王族じゃん。だから、少しでもそれに相応しいものを身につけて欲しかったんだけど。ひーるの生糸は高価だって聞いてたし、うちの村の税を大半賄ってくれてるのがこれだ。それにここのは上質であるため、行商などと契約もとっている。勿論、儲けもあるため、他の家が手を出さなかったわけじゃない。ただどうにもカンダ姉さんに使用しているひーるの餌(サンユウの葉)が良いらしい。ただ、それはうちが卸しているのだが、量が量のため、他の家まで回らなかった。そのため、他の家は手放さざるを得なかったということらしい。勿論、普通のひーるの餌でも育つし、作ることができたのだけど、はっきり言って生糸の質が全然違うらしい。だから、求められる質のものが提供できないということで他の家はやめた。まぁ、それがいいと思うよ。生産が偏ってしまうと村が保てなくなるかもしれないし。よくなることはいいことなんだけどね。
「リタちゃん、ちょっと待って」
「なに?」
「ほんとはこういうのダメなんだけど」
そう言ったカンダ姉さんはそこにいて頂戴ねと言って奥に引っ込んでいった。そこでゴソゴソしたかと思うとカンダ姉さんが持ってきたのは一つの箱と少し古びた糸巻き。
箱からはゴソゴソと物音がする。
「この子ね、もうだいぶ弱ってるの。多分、繭になるくらいが精々ね」
質も期待できないから、早々に朝鳥(ニワトリに近い魔鳥のこと)の餌にする予定だったらしい。それなら譲ってもとなったらしい。ただ、生物が死ぬという経験をすぐにすることになるだろうから、躊躇いがあるみたい。
「いいの?」
「多分、リタちゃんが使いたい分くらいはできるんじゃないかしら」
もしできなかったら、お手伝いして頂戴という。つまり、そういうことだ。足りなければ、捻出してあげると。
「ありがと! だいじにする」
「えぇ、そうしてくれると嬉しいわ。それから、これは糸巻きよ。繭からとる時はこれを使って。あ、お湯を使うことになるから必ずラモンさんかイネスさんと一緒にやるのよ?」
「うん!」
箱を受け取り、糸巻きも受け取る。すごく有難い。それにしっかりと注意もされた。まぁ、お湯くらいならと思ったけど、確か熱湯を使うんだよね。台所の高さと自分の身長を考えても、そうだね、両親を頼ろう。今回ばかりはナチョも身長が足りないから頼れないからね。
それから、ナチョちゃんとお食べとお菓子ももらって、帰宅した。
「サンユウの木は確か、私の畑にもあったよね」
畑の中央にドーンと構えてるサンユウの木。伐採もせず、どこかに移すということもしないのはこれが生薬にもなるからだ。根っこに実に葉っぱに枝まで余すことなく利用ができる。そのため、伐採も移動もさせない。父の畑に一部はサンユウの木畑になってるけど。葉の多くは先程のカンダ姉さんのうちに行くことになる。父のところのを使えなくもないけど、自分のところで賄えるならそれが一番だと思う。
「気に入ってくれるといいんだけど」
家でひーるの幼虫の家を作ってあげると畑へと向かう。ちょっと家から距離があって、山の中っていうのが難点だけど、家までは一本道だから問題はないでしょう。まぁ、たまに野生化した朝鳥と出くわすことがあるけど、攻撃されたことはない。むしろ、たまに卵を差し出されるんだけど、なぜなんだろうね。有難いけど。
そして、畑は相も変わらずキラキラと輝いている。毎日、聖水をあげてたら、こうもなるわな。
「サンユウちゃん、サンユウちゃん、あなたの葉っぱをくださいなー」
まさかの手が、届かない。私の畑のサンユウは背が高かった。きっと、長生きさんなのだろう。それはとってもいいことだ、いいことなのだけど、私はあなたの葉っぱが欲しいのです。
そんな気持ちでぴょんぴょんジャンプしながら、声を出してたのだけど、ふと葉っぱが取れた。
「おー、取れた、ありがとー」
なんか、見てられないとばかりに枝が垂れ下がってきたように思えたのだ。だから、お礼を言った。
「うぼっ」
ガサッと葉っぱのたくさんついた枝が私の顔に直撃する。さぁ取れとばかり。
「あの子、そんなに食べられないと思うから、もう少しだけもらうね」
助かるよとお礼を言いながら、葉っぱを取り終えれば、枝はまた手の届かないところに戻った。
待って、よしよしと思ったけど、お礼も言ったけど、私今、木と意思疎通してなかった!? え、反応してくれたというか、助けてくれたというか、有難いけど、すごい不思議体験よ。まぁ、ファンタジーの世界だし、あり得るのか。
『あやつらめ、俺様の主人に媚を売るとはいい度胸だ』
なんか、コウガが言ってるけど、知らない。てか、安心しなよ、媚を売られたことはないから。
コウガにちょいちょいナチョの報告をもらい、帰宅。帰って早々、挨拶も程々に部屋に飛び込むとひーるの家に葉っぱをおいてみる。それがサンユウの葉だとわかるのだろうひーるは一直線に葉っぱに向かい、むしゃむしゃと食べ始めた。一生懸命食べてる姿、かわいいな。床に座り込んで観察する。そんなすぐに死んでしまいそうにないんだけど、わからないものだね。
「リタ、入るよ」
「いいよー」
そう言って、入ってきたナチョだったけど、ひーるを見ると驚いて飛び退いていた。ほんと、虫ダメなんだね。
「り、リタ、それ」
「うん、ひーるだよ。貰ったんだ」
「そう」
そーっとひーると目を合わせないように移動すると私を後ろからぎゅっと抱きしめる。首筋に顔を埋めるのやめてくれないかな。息がかかってこしょばいのだが。
「今は十日目ぐらいらしいよ」
「うん」
「だから、あと一ヶ月くらいで繭になるんだって」
「うん」
貰う時に聞いた情報をナチョに語るけれど、ナチョの返事が変わらない。よほど、見たくないんだね。
「よいしょっと」
ひーるが驚かないようにゆっくりとお家を持ちあげ、机の上に置く。抱きしめられてるから、しっかりと持ち上げられず少し腕がプルプルしたのは内緒だ。
「ほら、ナチョ、もうひーるは上に上げたから大丈夫だよ」
「うん」
いや、うんって。離れなさいよ。
「……ウリセスさんに虐められでもした?」
そんなことはないだろうと思うし、ウリセスさんからそんなことしませんよとツッコミの思念があったりしたけど。
「リタに嫌われたかと思った」
「なんで、そうなるよ」
「今日、ウリセスに言ったら、まぁ、うん」
言葉を濁らせるナチョ。まぁ、どうせ、女性にとって髪を切れと強要することはどうのこうのとでも言われたんだろうね。ウリセスさん、貴族出身だし、言い聞かせられてきたんだと思うし。
「言っておくけど、私は別に髪を切ることには抵抗ないからね」
「でも、髪は女性にとって大事だって」
「まぁ、色んなアレンジもできるし、髪型ひとつで印象も変わるから当然だと思うけど」
私は気にしないという。それに切るにしろ切らないにしろ、私が決めることだとも伝えておく。確かに最初はナチョのお願いだしとも思ったけど、最終的に別にいいかと思ったのは私だ。だから、ナチョがしょげる必要はないし、罪悪感を抱かなくてもいい。
「もう、怒られたからいらない?」
「いる」
「じゃあ、それでいいじゃん」
それに私は髪全部を切るつもりはない。内側を切って、外側は伸ばすつもりだ。髪を下ろせば、短いとは思われないだろうし。それに成長期だし、今髪が短くなったところで、すぐに伸びるでしょう。
「あ、そうだ。これからはひーるのお世話もあるから、暫くは一緒にいないからね」
「え?」
どうして、そんな絶望顔をするの。暫くって言っても一ヶ月とちょっとぐらいなんだけど??
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