幸せというのは他人に決められるものではない、はずよ?
まさかの神父様にバレるとは思いませんでした。えぇ、思いませんでしたとも。いや、近道がてらに我が畑を通ってるなどと予想できるか!?
「ひとまずは、えぇ、納得しました。納得せざるを得ないでしょう」
顔を抑え、うんうんと頷く神父様。ゲロった私は不貞腐れて地面に転がってる。
「リタ、地面でゴロゴロしてたらイネスさんに怒られるよ」
「大丈夫、帰る時は綺麗にしてからだから、問題ない」
「綺麗すぎたら、問題だと思うけど」
それもそうだ。畑に行くと言ったのに綺麗なままはダメだ。怪しまれる。
「いや、帰りに教会に寄ったことにすればいいんじゃない」
「そうだね」
「色々と待ちなさい。貴方達はもう少し私に整理する時間を寄越しなさい」
あーしようこーしようとナチョと話してたら、神父様から待ったがかかった。けど、神父様の方はまだ整理でききれてないらしく、一旦沈黙したかと思うと場所を移しましょうとそのまま教会へ。まぁ、そうでしょうね。
「それで、アデリタさんは前世の記憶がある。そして、魔力適性は全てにおいて最高値である」
「最高値であるとは限らないけど、まぁ、あってる」
この世界が向こうではゲームの世界であったということは黙っている。これにはナチョも何も言わなかったし、それでいいのだろう。
神父様は私の答えに一息入れるためだろうか口に水を含んだ。こくんと喉が動く。言葉を発しない神父様に私やナチョも出されたミルクを飲む。なんで、ミルクなんだろう。成長期ということを加味されてるんだろうか。別に同じ水でも文句言わないんだけど。それともナチョに出すこともあって、私のはついでか。うん、それなら納得だ。ナチョの成長大事だよね。いずれは王様になるんだろうし。
「なにゅ」
「いや、変なこと考えてそうだなって」
ムフフと成長をしたナチョを妄想してたら、ほっぺを突かれた。にっこりと笑ったナチョはとっても眼福だけど、なぜ目が笑ってないんでしょうね。怖いよ。
「アデリタさん」
「んー?」
「全適性を持っているということは正直、前代未聞です。いえ、確か初代の聖人様は持っておられたとされていますが。それでも、おいそれと現れる存在ではありません」
「前置きが長い。結論は?」
「ふぐ、前置きというものではないのですが」
「いいから、何が言いたいの。なんとなーく、わかるけど、正直わかりたくないんだけど」
「……聖女になる気はございませんか」
「ありませんね!!」
前置きから推察はできた。できたとも。でも、確証はなかったから、神父様の言葉を待ったけど、案の定だった。勿論、解答はない。やりたくもない。
「聖女というのは名誉なことでして」
「それは私の幸せですか?」
「そうなる、とは思いますが」
「全くお話になんないですね。以上」
言葉に詰まる神父様はどこか教会に自信がないよう。けれど、私の回答には納得ができてないらしく眉を顰めている。ナチョも不思議そうにしている。
「この世界で確かに聖人聖女とは尊いものなんでしょう。それは勿論わかるよ。わかるけど、私の幸せは人に尊ばれることではない」
世界的な価値観からしても聖女に選出されるということは素晴らしいことなのだろう。けれど、選出された人にとってそれは嬉しいものなのか。神父様もナチョもそこを考えたことがあるのだろうか。いや、まぁ、生まれた時から選出されることは嬉しいものであると教育されてるのであれば、嬉しいものだと思うのが当たり前なのかもしれない。
「私の幸せは父さんや母さんや村のみんなと一緒にここで生きていくこと。時折、珍しい薬草とか見つかれば最高だね」
私がもし孤児だったり、不遇な生活を強いられてたりしたのならば、そこの考え方は変わっていたかもしれない。確かな衣食住を手に入れるために喜んで聖女になっていたかもしれない。けれど、今、私は家族がいる。村の仲間がいる。それなのにわざわざ聖女になる必要はない。
「神父様は聖人に選出されたら幸せ?」
「え、いや、それは」
言葉を濁す神父様。そりゃそうだろう。神父様としてここに派遣される前には騎士をやっていたらしいし、目指すところが違う。それにどこか思うところもあるみたいだから、尚のこと選出されても喜べないのだろう。
「聖女に選ばれて喜ぶ人も当然いると思うよ。でも、私は喜ばない人間。だって、絶対に聖女とかめんどくさいでしょ」
場合によっては結界を張り続けなければいけないとか、常に人に見張られる生活だったり、逆に孤独な生活だったり、前の人生で色々と小説を読み漁ってたからいろんなパターンが想像できるよ。ボロ雑巾のようにこき使われるのは絶対に嫌。
「家族に給付金が出ますと言われても嫌だね。必要なら自分で働いて養うし」
うちは困窮しているわけでもないし、わざわざ大好きな家族と別れる理由がない。まぁ、困窮してたらナチョを引き取ることもできなかっただろうけど。
「ちなみに聖女というのは強制なの?」
「いえ、そうではなかったはずです。それに現在、一名ほど聖女に認定された子がいます」
「なら、ここはシーッということで」
神父様だってきっと大変だよ。誤審してしまったのなら罰を受ける可能性だってある。まぁ、なぜ、どうしてと究明してくれるならいい方かもしれないけど。もし、それがなかった場合、ただただ罪人という烙印だけが押されるだけになってしまう。ぶっちゃけ、私が隠してたんだけどさ。
「内緒にしてくれるなら、ちゃんと見せるよ」
「見せる、というのは」
「あー、あの水晶はいらないよ。なんか、ちょっと怪しいし、やだ」
水晶で判定を見るということだろうかと神父様は保管しているだろう棚に目を向けた。けれど、私は首を振る。あの水晶、なんかね怪しいのよ。多分ちゃんと判定用ではあると思うのよ。思うんだけど、判定に使うにしては吸収される魔力が多すぎるというか、なんというか。
「銀のトレイとかある? それでいいよ」
ちょちょいのちょいとできることだし。自分だけで見ようと思えば、“ステータスオープン”と言えば、見られるし。ナチョにもそう説明したけど、それだけではナチョは見ることができなかった。条件があるのだろうかとも考えたけど、よくわからなかった。もしかしたら、イメージの問題かもしれないけど。
「えっと、ステータスオープンを鍵に吸収を発動させて、吸収率は最小にして、そこから適性だけ抽出したらいいか。表示時間はどうするか、ちょっと長めに設定しておけばいいか」
銀のトレイを借りて、私はそこに純度を高めるために自家製の聖水を流し、魔法を組み合わせる。表計算ソフトをもう少し勉強してればなと思ったよ。ネットがあれば、調べられるのになぁ。こう表示のさせ方とかはそれをイメージするとすごくやりやすいんだよ。
「え、殿下、アデリタさんは一体何を」
「んー、魔法を組み合わせてるらしいよ。なんか、そういう法則的なものがあるみたいでさ、一度聞いたことあるけど、ちんぷんかんぷんだった」
「もしや、判定の水晶も」
「多分、そうなんじゃないかな。なんとなく、魔法の組み合わせ方を理解してるんだと思う」
「なんて子だ」
「本当にね」
なんか、ナチョと神父様がコソコソ話してるけど、聞き耳立ててる余裕がない。だって、細かいところはちょっと間違うとゴッと魔力が抜かれることもあるからね。もはや精密機械だよ。誰だよ、ちょちょいのちょいと言ったのは、私だったわ。
「よし、できたー。“ステータスオープン”」
自分の手を翳し、魔法を唱えれば、水面に私の魔法適性が映し出される。うん、相変わらずおかしい。六角形のグラフなんだけど、みっちり端まで色がついてて、ただの六角形にしか見えない。どういうことだろうね。
「あの、これは」
「久しぶりに見たら、さらにおかしくなってた」
机の上を滑らせて神父様に見せたけど、神父様も困惑。そうだよね、私も困惑してる。前はもう少し隙間があったんだよ。あったはずなんだけど。
「リタ、これ、ただの六角形なんじゃ」
「違うのよ、それであってるの」
形しか見えないのにナチョも苦言。私が嘘ついてるみたいじゃん。そうじゃないのよ。ちゃんと抽出されてるんだって。
「“リセット”」
そう唱えると水面から六角形が消える。私はさっと抽出方法を変更する。グラフではなく数値設定にして再度ステータスオープンとしたものの。
「「「……測定不能」」」
火、土、水、風、光、闇と書いてある横に本来であれば数値が並ぶはずなのにそこに並んだ言葉は一言「測定不能」。どういうことだよ!!
「“リセット”」
もう私のはいい。諦めた。私のは考えないことにしよう。そうだ、それがいい。私はそう考えて、ちょっと組み合わせを変更する。吸収の対象者を発動者ではなく、それとは別に手を翳しているものに。それから、抽出形式は数値化ではなく先ほどの六角形のグラフに。それから、ナチョに説明をして手を翳してもらう。
「“ステータスオープン”」
吸収が正しく、ナチョから行われ、水面にナチョの適性が表示される。綺麗な六角形のうちに歪な六角形がある。
「上と下がそれぞれ光と闇で左右に分かれて、火、土、水、風となってるだけど、普通の人だと多分光と闇に適性が出ないので、三角が二つできるのかな」
まぁ、先端にそれぞれの属性を表すように色が示されてるからなんとなくわかるだろうけど。とりあえず、説明したのだけど、驚いた表情をナチョと神父様に向けられた。
「殿下に光適性が出てるのですが」
「リタ」
「えー、ナチョには言ったじゃん。聖水飲んでたおかげで光適性が出たんでしょうって」
「聖水? それを飲んでたとしても適性が出ることはいないと思いますが」
出たという報告は受けたことがないという神父様。そりゃあ、コーティングされたお水では厳しいでしょうよ。え、またここから説明しないといけないの。めんどくさー。
「……もう、私は何を信じれば良いのかわかりません」
「まぁ、リタから話を聞くとそうなるだろうね。うん、諦めなよ」
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