アデリタ・メディシナという不思議な少女★
アデリタ、リタは印象はとても不思議な子。初めて会ったあの時の仕草や喋りはとても大人びていた。けれど、二度目に会った彼女は年齢に見合った言動をしていた。まるであの時のは僕の見た幻だったのかもしれない。そんな風に思うほどだ。
「あのね、リタもこわいゆめみたの」
そう言って、潜り込んできたリタはとても小さくて暖かかった。僕より四歳下だとウリセスが言っていた。四歳下、腹違いの弟がそうだった気がする。弟もこのくらい小さくて暖かいのだろうかなんて、そんなことを思った。そして、不思議とリタは僕が辛い夢を見た時に限ってやってきて、布団に潜り込む。まるで、知ってるかのような行動。でも、彼女はそんなことを一言も尋ねることもなく、自分が怖い夢を見たからと必ずそう言った。
そして、家の中も村の中もリタが案内してくれた。拙い言葉で一生懸命説明しているその姿がとても可愛かった。村の子たちとは最初こそ壁があったけれど、リタがいてくれたおかげで一ヶ月が過ぎる頃には親しく言葉を交わせるようになっていった。けど、ただ一人、村長の末息子であるビトという子だけは僕にやたら噛みついてくる。むしろ、弟だったら、彼の方が近いのかもしれない。そんなことをぼんやりと思ったこともある。
「リタにちかづくな!」
「リタにさわんな!」
「さっさとじぶんのいえにかえれよ!」
ガウガウと噛みついてくるビトに僕が返答する隙のない程素早くリタが「ちかづいてるのはわたしだから、ビトにとやかくいわれたくない」とか「じじょうってもんをりかいしたほうがいい」などとビトに言う。少し情けないなって思ってしまうこともあるけど、リタが好きでいてくれるんだと思うとそれが嬉しくて仕方ない。
「…………」
ただ、数ヶ月過ぎる頃になると、リタの元気がなくなった気がした。時折、ぼんやりと考えている様子を見ることが増えた。
そして、その横顔はどことなく大人びたもので最初に見たリタが過る。けれど、声をかけるとすぐにそれは霧散して、いつものリタになる。気のせいだったのだろうか。
変わらず、ずっとリタの傍にいた。本当は適度な距離に離れた方がいいのだろう。だけど、一度離れてしまえば、それまで。そんな気がして、僕は怖くて離れることが出来ずにいた。
それでも、リタが工房に入れるようになってから彼女は教会に足を運び、自主的に歴史を学ぶようになった。その際、手すきだろうと僕はウリセスから授業を受ける。その時に必ずと言っていいほど適切な距離をとるようにと注意される。僕だって、わかっているんだ。ムッと唇を尖らせれば、ウリセスはクスリと笑って、わかっているのならよいのですと言う。いつかは離れなければならない。僕は一応王子だし、彼女は何の地位ももたない村の娘だ。ちゃんと理解しているさ。
それでも、離れがたいと言うか、離したくない。そう思っていたせいか、その日の夜、僕はリタを奪われる夢を見た。
「ナチョ、だいじょうぶ?」
そんな声に目を開ければ、心配そうなリタの顔。ここにいる。リタはここにいると思いっきり抱き締めれば、くるしいよと言いながらも、リタは僕の体をとんとんと宥めてくれる。気づき、謝ればだいじょうぶと笑うリタ。
「ねぇ、リタ、一緒に寝てくれる?」
初めて言ったかもしれない。その言葉にリタは驚いたようで、ちょっと迷ってからいいよと頷いてくれた。何を迷ってたのかはわからない。でも、そばに居てくれるとわかると途端僕は嬉しくなった。現金なものだよね。ベッドを整え直し、一緒に眠った。
ゴソゴソと動くものを感じて、僕の意識が浮上する。リタが抜け出したのに気づいて、目を開けようとして、やめた。
「詳しく」
はっきりとした口調でそう言うリタ。大人なような口調で、誰かに尋ねていた。でも、その誰かはわからない。うっすらと目を開けてみたけれど、そこにはリタの姿しか見えない。
「……追加されたんだ」
溜息を吐くように零されたその言葉。追加とは何のことだろうか。不思議に思うも、すぐに次の言葉で何となく理解した。
「確かに、適性があったとしても忌避されてるから公にする人も少ないんだろうね」
適性があっても忌避される。恐らく闇魔法のことだろう。あれは多くの人が呪いを扱うイメージを持ってるはずだし。僕も呪いと聞いたら、闇魔法を思い浮かべる。
その後もリタは姿の見えない誰かと言葉を交わしているようで、呪い返しやら呪いのことを口にしていた。そして、僕のことも。
「まぁ、結界が張ってあるのは当然じゃないかな。要所であるわけだし」
結界について言われたのかリタはうんうんと頷いていた。けれど、何を言われたのかリタは次の瞬間には息を呑んだ。
「ナチョは内側から呪われてた?」
ドクンと心臓が嫌な音を立て、思わず胸元をぎゅっと握る。
リタの言葉から、結界というのは呪いを寄せ付けないのだろう。そして、要所という言葉から、王城や王宮には結界が張られているのだろう。だけど、いくら強固な結界を張っていたとしても内側から呪われたのだとしたらそれすらも意味がない。そもそも、僕は結界という存在を知らなかった。リタの言葉で初めて知った。もしかして、僕だけが教えてもらっていなかった?
「でもさ、普通そうであるなら、誰かしら気づくと思うんだけど」
あぁ、そうだ。僕が知らなくても、教会の人間や王である父たちは知っていただろう。気づけただろう。でも、何故、何も疑問に思わなかった??
「……いや、待って、結界の存在を忘れるとか、自分の武器を防具を忘れるってことじゃん。ない、ないわ」
頭を抱えるリタ。それもおかしいけれど、僕がここにいるということに何も言ってこないこともおかしいと呻く。連絡をしていないということを含めても定期的な連絡は本来であればあって然るべき事項であるし、連絡がないとなれば、調査するのが当然のことだ。ただ、それがないというのはーー。
「ナチョの情報がどこかで握り潰されてるのか、すげ替えられてるんだろうな」
めんどくさっと言いながら、うんうんと唸るリタ。彼女が口にしたことがどう言うことなのか、彼女は理解してるんだろう。六歳の女の子が辿り着けるものじゃない。そもそも、結界の内側から呪われていただろうことに辿り着くことも普通はあり得ない。あり得ないけど、リタなら、と納得している僕がいた。
「王宮に結界があることを知っていて、王宮の中に魔術師を呼び込め、ナチョの情報を握り潰すもといすげ替える事ができる人間」
魔術師の追加は恐らく結界の外側に出たということを含めて外部発注。けど、その前に呪われていたというのであればと誰かが誰にも違和感を持たせることなく結界の中に引き込んだということ。ブツブツというリタは僕の身近にそういう人間が潜んでいることに心を痛めていたけど、僕の心はとても落ち着いていた。かつては寂しいと一緒にいてほしいと手を伸ばしていた家族。けれど、それはもうどうでも良くなっていた。だって、今は僕を暖かく迎えてくれるラモンさんやイネスさん、リタがいるから。
「とりあえず、いずれのことも踏まえて対策を考えておかないとダメだね」
呪いへの耐性などと考えているリタ。なんだか寂しくなって、わざと音を立てる。こっちを向く気配を感じて、呼ぶようにリタがいたところで手を探らせる。
「ひとまずは現状維持で。おやすみ」
そう言って、スッと潜り込んできたリタを僕はぎゅっと抱きしめる。起きてるかと疑われたかもしれないけど、僕は気にすることなく寝たふりを続けた。そうしていると疑いがなくなったのかリタの体から力が抜け、すぅすぅと可愛い寝息が聞こえ始めた。
あの夜から僕はリタがそれらを隠していることを確信した。けれど、僕やラモンさん、大人たちの前ではそれを決して出さない。もしかしたら、一人の時に出ているのかもしれないけど。ただ、観察していてわかったことがある。リタの魔力量はおかしい。一応、周りの大人を見て、使っているようだけど、何で参考をそこにしてしまったのだろう。大人と子供では魔力量は大きく違う。成長と修練で変化するのだから。それなのにリタは現段階で大人と同じように魔法を使っている。僕でもウリセスたちみたいに魔法を使うのは厳しいのに。
「リタは疲れないの?」
森の中にある畑でラモンさんもおらず、二人だけだったということもあって思わず聞いてしまった。聞いたけれど、リタはその質問を不思議に思わなかったらしい。首を傾げ、特にはと答えた。しかも、その間リタは彼女専用の畑に水を撒いていた。土の中に埋めた瓶に水を溜めて、それを風魔法で運ぶ。風魔法で運ぶだけならと思うだろうけど、彼女専用の畑はすでに小さなものではなく大きく広がっている。つまり、広くなっていることは魔法を使う範囲も広範囲な上に魔力もそれだけ必要になるということ。リタはそこに気づいていないようだった。それに彼女の畑の植物たちの成長が早い。ラモンさんはそのことに気づいているようだけど、リタとの相性がいいのだろうと特に尋ねる様子はなかった。
「どうかしたの?」
小首を傾げるリタに可愛いと思いつつも、ここはいっそのこと尋ねてしまった方がいいだろうと僕は口を開いた。
「リタ、魔力量多いよね。ウリセスは少ないとかって言ってたけど」
「え、あ、そんなこと、ないとおもう。しんぷさまのいうとおりだと、おもう、よ」
戸惑いか恐れか、おどおどするリタ。その言葉はいつもの自信満々な彼女から出た言葉だと思えないくらい弱気なものだった。何かを怖がっているそんなふうにも思えた。目を合わせようとしないリタ。きっと、リタは言ったら嫌われるとか怖がられるとかそう言うのを思っているかもしれない。それがわかっているから、リタは魔力も彼女自身も隠そうとしているのだろう。
全てを受け入れよう。いや、受け入れるとも。だって、リタはリタだし。僕を救ってくれたのはリタだ。恐れることなどない。僕はその決意の元、口を開いた。
「リタ、本当の君を教えてほしい」




