自由時間だ、バンザーイ
教会に行くようになってから、ナチョと離れる時間が増えた。悪い意味じゃないよ、どこをとってもいい意味だよ。
離れる時間と言っても、私は教会の一室で本を読んで勉強し、ナチョは教会の外で神父様から剣を教わる。その程度だ。でも、それだけでも、十分だし、必要なことだと思う。なんだかんだ、皆私がナチョの傍にいるから遠慮してるみたいだったし、おかげで教会に来ている時を狙ってナチョに話しかけにいく子を見るくらいだもん。ナチョも色んな子と話せるようになって、コミュニケーションの向上にも繋がるでしょ。良いことだよ。
「うーん、やっぱり普通の聖水は一ヶ月と保たないな」
勉強の傍らで私はお小遣いで購入した聖水をテーブルの上に置いて観察する。これは一ヶ月前に購入したものだけど、すでに光属性の効果は殆どなくなっていた。最初はほんの少しだったけれど、その少しの剥がれの部分から徐々に剥がれ落ち、現在では聖水という名前のただの水に変わり果てていた。これじゃあ、使ってもあの黒蛇なんかに効果がないわけだ。そして、私はその聖水の隣に一ヶ月前に自分で作ってみた聖水を置いてみる。
「全くもって違う」
光魔法を混ぜ込んでいることもあって、効果は少し落ちるかもしれないが、通常のよりは断然問題はなさそう。むしろ、今の段階でも出来立ての聖水よりいいかもしれない。やっぱり、作り方に問題があるんだなぁ。神父様にお願いして作っているところを見させてもらったけど、一つ一つ瓶を手で包んで光魔法をかけてる感じだった。当然のことながらそれは周りを覆うだけになっていた。上手く意識してすれば、粒子に纏わせることもできるだろうけど、中々これが難しい。やっぱりかき混ぜながらかけたほうが上手くいくんだよね。まぁ、私の意識がそれで固定されてしまったせいかもしれないけど。でも、これなら、大量の水も一気に聖水化できるし、コップに入った水もすぐに聖水化できる。ぶっちゃけ、片手間にやってたりする。コウガにも言われたのよ、少しでも呪いを弾けるように飲ませとけって。まぁ、知らなくていいかなって飲む本人には全く伝えてないけど。
「そういえば、濃度によっても効果に差ができるって言ってたっけ」
キラキラが少ない場合だと軽い呪いくらいまでしか対処できないけど、日々飲む分にはちょうどいい。少し多めのキラキラからペカーまでは浄化や厄除けにいいらしい。なんで、闇魔法関連だろうコウガがそんなに詳しいのかはわからないけど、間違ってない気がする。ちなみに飲む人の状態によって味が違うらしい。普通の人には水程度にしか思わないらしいんだけど、少し呪いとかが根深くある人は苦いとか。うちの周りの人でそれとなく試したけど、苦いとかいう人はいなかった。残念。いや、苦いっていう人がいなかったことはいいことなんだけど、それはそれってやつですよ。
「ただ、どこにもそういう記載はないっていうね。伝説とかでもあってもいいと思うんだけど」
コウガのことを信じてないわけではないけど、そういうのって少なからず伝承やらなんかで残ってそうなんだよね。でも、教会にある本にはそういう記載はない。消されたか、知られていないか、この教会にないだけか。まぁ、現段階ではどうすることもできないね。最低でもあと六年くらいは手詰まりかな。
この村では十二になると大人として認められる。とはいえ、国で正式に大人として認められるのは十六。国と村でなぜ違いが出るかというと、平民と貴族の差かもしれない。貴族は学園とかもあるらしいから。ともあれ、簡単な理由は冒険者登録だろう。冒険者登録は十二歳からとなっている。そのため、十二歳を大人の基準として採用しているのだと思う。
「そういや、ビトは冒険者になりたいとか言ってたな」
男としてのロマンだとか、なんだか言ってた気がする。でもまぁ、冒険者になる人は多い。生活が貧しくて家族を手っ取り早く養うためだったり、物語や先人の冒険者に憧れて目指したり、諸国を巡るためだったりと様々な理由がある。薬師で冒険者登録している人もいる。父も私ができるまでは登録していたらしい。貴重な薬草などを探しに行く際にちょうどいいし、情報を得るのにも役立つのだとか。まぁ、確かになと思わなくもない。
ーーカツン。
何かがぶつかる軽い音。意図的なその音に私は並べていた聖水を素早く片づけ、読んでいた本を子供向けの伝記集に持ち替える。
ふぅと座り直す頃にぴょこっと顔を覗かせたのはナチョ。そう、先程のはナチョが来るのを知らせるための音だったのだ。こういう時にコウガと契約していてよかったとここ最近思うことが増えた。きっと、契約してなかったら、すぐにでもバレてたことだろう。
「リタ」
「なぁに?」
「もう夕暮れだよ。帰ろう」
「もうそんなじかんなの? もっとはやくおしえてくれればよかったのに」
マジか、そんな時間経ってたのか。心の中で焦りながらも、表面上にそれが出ないように注意する。
いや、それよりも、それよりもだよ、重要なことを見つけてしまったんだが!?
「ナチョ、そのままでかえるつもり?」
「うん、家は隣だし、大丈夫でしょ。ダメかな?」
「ダメにきまってるでしょ!! はい、そこ、すわる。タオルとかは、もってない、そう。もう、しょうがないな」
ポタリと金糸の髪から滴が落ちる。汗を流してきたらしいんだけど、ここに乾かさずに来ていた。隣の椅子に座らせて、タオルはあるかと聞けば、持ってきてないと苦笑い。
「さわるよ」
「うん、いいよ」
行儀は悪いけど椅子の上に立って、私はナチョの頭に手を伸ばす。手には温風を纏わせている。つまり、ドライヤーだとも。
水気を吸ってベッタリだった髪が温風効果でサラサラに戻る。指の間をすり抜けるこのサラッと感。ヤバい。最初の時は傷みなんかでとてもじゃないけどサラサラピカピカなどとは言えなかった。けど、うちで生活するうちに傷みもなくなり、艶が出てきた。うんうんと頷いてると視線を感じて、スッと目線を下げれば、ばちりと紅い目と目が合う。
「……みないで!」
「見てたのはリタでしょ」
「みてないもん!」
バッチリ間近で紅い宝石を見てしまった。ホント綺麗だわ。髪と同じ金に縁取られ、紅が美しく輝く。それがまた白い肌に映えてうっとりとしそうになる。
「えー、見てたよ」
そう言ってクスクスと笑うナチョ。少し痩せぎみだった頬は子供らしい膨らみを持ち、ほんのりと朱が彩る。そして、程好い厚さの唇にスッと通った鼻筋。これ以上、可愛くなったりかっこよくなったら私が大変なんだけど!!
「まぁ、リタにだったら幾らでも見てもらっていいんだけどね」
ぶわっと吹き出る色気。十歳の癖に大人顔向けの色気を装備してるなんて、恐るべし攻略対象者。いや、流石王族と言うべきなのだろうか。将来、魔性の男にならないことを祈るよ。
とりあえず、私の反応を眺めてるナチョの髪を盛大に掻き混ぜておいた。恥ずかしかったわけじゃないよ、うん。
「ちょ、リタ、ヒドイよ」
「はい、おしまい。あしたからはちゃんとタオルでふいてね」
「もう」
お返しだとばかりにナチョに髪をグシャグシャにされる。やり返してはやられてと騒いでると神父様に何をやってるんですかと呆れられてしまった。そして、神父様に髪を整えてもらって家に帰る。
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
柔らかく微笑むナチョに私は首を振る。ただ、なんか、やたら、ナチョの距離が近くなってるのは気のせいだと信じたい。
だって、色んな関係を夢想したところでナチョはいつかは必ず王都に戻ることになるのだから。もしかしたらという期待も希望もしてはいけない。
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