働け脳内メモリー
カチャカチャ、ゴリゴリと乳鉢と棒が擦れ合う。私はそれをジッと見つめる。
「リタ、そんなに見つめられるとやりづらいんだが」
「おきになさらず」
「全く、どこで覚えたんだ、そんな言葉。ナチョも面白くないだろう」
外で遊んでおいでと言外にいう父。残念だが、私は遊びに行くつもりはない。やっと、父から工房に入っていいという言質を取ったのだから!! この機会を逃すはずがないでしょうよ。ナチョは私にくっついてきただけである。
我が家は薬屋兼住宅。一階が薬屋と工房、倉庫で二階が生活圏。倉庫は薬草の乾燥などでも使うし、貯蔵庫としても使う。工房では乾燥された薬草を粉にしたり、混ぜ合わせたりして薬を作っている。そして、完成した薬はなんの薬か書いて売り場の棚に出す。村の大多数は文字が読めないけれど、うちは先祖代々文字の書き方、読み方を教わるようで父は当然できる。母は嫁入りだったけど、父について習ったとか。今の子供たちには神父様が時間を見つけて教えている。読めるのと読めないのとでは違うからと。
で、私は基本的に危ないからと言って工房や倉庫への出入りは禁止されていた。まぁ、扱うのは薬草だけじゃないからね。当然の対応だと思う。けれど、今回、ナチョというお目付役もいるからというよくわからない理由で許可が下りた。条件として父が作業している時のみってついたけど。それでも十分だとも。
「とうさん、これでおわり?」
「いや、まだ終わらないからな」
「それなら、はやく、ねぇ、はやく」
「あー、はいはい」
全く誰に似たんだろうなぁと父は零しながら、乳鉢で混ぜ合わせたものを特殊な型に流し込み、重石を乗せる。聞けば、押し固めるそうなのだ。先程混ぜていたのは薬品と凝固剤。つまり、今の作業は錠剤を作っていたということ。
この世界の薬は基本液体か散剤らしい。錠剤というものは存在してないのだけど、少しでも持ち運びが楽に、飲みやすくというのを考え、模索してるんだって。ちなみに祖父の代からこそこそと。
「おくすりじゃないの?」
「今は薬じゃないな」
栄養剤で試しに作ってるらしい。栄養剤なら自分で試せるので、どの割合にすればうまく固まり、体内で消化できるのか探ってる範囲なんだとか。期待はずれでごめんなと父は謝るけど、謝る必要はない。なぜなら、私にとって勉強になったから。この世界のことを私は知らないというのがよくわかった。前の世界と同じようなものも当然あるし、名前も似てたりもする。けれど、当然ないものも存在している。これはもう少し世界を知る必要があるな。なんたって、前世の記憶があろうとこの世界のことは全くと言っていいほど知らないし、ナチョに教えてもらうか神父様から学ぶのでもいいかな。むしろ、教会ならそういう本とかありそうだな。明日にでも行ってみよう。
「うーん、よし、あれならリタでもできるかな」
「なに? リタでもできるのある?」
「リタの期待に少しばかり沿えなかったようだからな」
リタにも手伝ってもらおうと言う父。案内されたのは工房の地下。待って、地下なんてあったの!? 聞けば、地下は冷蔵室と資料室に利用しているのだとか。資料は患者のカルテからその年に流行った病などを記録したものなどこれまでの遍歴、記録が保存されているらしい。もう少し大きくなったら、見せてくれるって。上にあった薬草の資料などは基本的なものらしい。なるほど、初級編だったわけか。そして、冷蔵室には薬品が保存されている。勿論、薬品になる前の材料の段階でも冷暗室が好まれるものに関してはこちらに置くんだって。
「ちょっと、寒くなるからな。二人とも、これを羽織っておくように」
父から手渡されたのはちょっと厚手のポンチョ。さっと着られたナチョに対し、私は体が小さいこともあって悪戦苦闘。見かねたナチョが助けてくれた。
「ありがとー」
「うん、上手に着られたね」
にっこり笑顔に心臓がぎゅっと鷲掴みされた。可愛いがすぎるんだけれど。何故、この世界にはカメラという素晴らしい文明の利器がないのだろうか。残念すぎる。しっかりと脳内に焼き付けておかなければ。どう足掻こうともいずれは会うこともなくなるだろうしね。わかっていることだし、弁えてもいるよ。
「よし、じゃあ、入ろうか」
父に先導され、冷蔵室に。ひんやりとした空気にキュッとナチョにくっついてしまうのは仕方ないことだろう。わざとじゃないよ。ほぅと息を吐けば白い息が出るほど寒かったからだよ。
「さて、リタにはここの棚にあるものを混ぜてもらおうか」
冷蔵室には植物が入った状態のまま瓶が並べられた棚となにも入ってないけれど色のついた液体の入っている瓶の棚が別々に並んでいる。そして、他にも加工前の植物や材料らしきものもちらほら床に積み上げられていた。その中で父が私たちに指示したことは棚の瓶を混ぜること。混ぜる瓶は植物が入った状態のもの。何やら、瓶の前には多角形の板がぶら下げられていて、そこには二日目や三日目の文字。段の端にも板があり、こちらには一週目、二週目と書かれている。そして、色のついた液体の方も同じように板がぶら下げられているけれど、そこにはいついつまでと期限らしいものが書かれていた。
「まぜまぜ? ぼうないよ?」
「棒はいらないぞ。こうやってひっくり返すような形で振るんだ」
「しゃかしゃか」
「そう。ただ、思いっきりやらなくていいからな。ゆっくり馴染ませるようにしてくれ」
「うん」
混ぜると言っていたから、棒を突っ込んで掻き混ぜるのかと思えば、父は瓶を一つ手に取ると蓋と底を押さえ、ひっくり返しては元に戻してと実演してくれる。そして、父はある程度振るとそれを棚に戻し、板の表示を一日目の表示にした。父から瓶を手渡してもらい、ナチョと二人で父の言うように中を混ぜる。
「おんなじのたくさん」
「そうだね。あの、ラモンさん、何かわけが?」
「あぁ、それはだな、そろそろ時期だからだ」
時期? と二人揃って父の言葉に首を傾げれば、父は笑って説明してくれた。この世界には日本のような四季がある。まぁ、日本で開発されたゲームだったし、当然ながら取り入れられたものなのだろうけど。四属性の名をとって、風節、火節、土節、水節と呼ばれている。そして、その節目節目には風邪が決まって流行る。まだ季節の半ばではあるけれど、薬とは一日一夕ではできないもの。先んじて用意しているらしい。つまり、私やナチョがお手伝いしているこれはいずれ風邪薬になるということ。出来上がったものは密封した状態であれば、一年は保つらしい。
「リタはおいおい覚えていこうな」
「うん!」
教えてくれる予定があるらしいので嬉しそうに頷いておこう。ちなみにナチョは風邪薬と聞いて、不思議そうに瓶の中を覗き込んでいた。まぁ、普通に生活してたら元の形を見ることなんて早々にないよね。泳いでいる魚とかも見たことなかったみたいだし、当然といえば当然か。
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