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イグナシオ・イバルラという子供★

 父はアティリオ・ビドリアレス。母はプルデンシア・イバルラ。そして、イグナシオ・イバルラ。それが僕の名前。父は国王。母は王妃。僕は第三王子。第三、つまり上にはすでに兄が二人いる。兄二人の母は共に側妃で第一王子マウリシオ・ロルダンの母はビルヒニア・ロルダン様。第二王子エウスタシオ・スルバランの母はルフィナ・スルバラン様。第一王子ではあるけれど、側妃の息子であるマウリシオ兄上と王妃の息子である僕は王位の関係でよく衝突させられた。僕が僕だと理解できる自我が出来上がる前は多分仲が良かったのだろうと思うけれど、自我が生まれてからは会うことも話すことも殆どなくなった。あぁ、いや、兄たちだけでなく、他の大勢の人たちとも。

 僕が呪いに侵されたから。

 壁を隔てた向こうから母である人と父である人が大丈夫かなんて声をかけてくれる。けれど、嬉しいと思うと同時に虚しく感じた。抱きしめてほしい、愛してほしい。けれど、呪われたせいでそれは叶わない。

 教会の人間たちが聖水を降りかけてくれたりするけれど、呪いがいなくなるのは一瞬だけ。すぐに奴らは僕の元に戻ってきた。そして、最終的には手の施しようがないと匙を投げた。

 最初は傍にいてくれる人もいた。けれど、呪いがうつった、気分が悪くなったなどと言ってどんどんと離れていった。そして、近づくと呪いがうつる。なんて遠巻きにこちらを見ながら囁かれるようになっていった。外に出れば、悲鳴を上げられ、避けられ、僕は段々と自分の部屋から出て行かなくなったし、呪いも強くなったのか多くなったのか息苦しく苦しむことが増えた。

 唯一最後まで傍にいてくれた乳母は僕に自分のことは自分でできるように指導してくれた。けれど、そんな乳母も彼女の家族によって僕から遠ざけられた。


「……っく、どうして、なんで」


 時折、そうして涙が零れる。何もしていないのに呪われ、人は離れ、僕の傍には誰もいなくなった。一人で過ごしている中、弟ができたらしい。らしいというのは使用人たちの話を小耳に挟んだだけだから。実際にそう母や父から教えてもらったわけでもないし、彼らと会わせてくれたわけではないからだ。僕と母を同じくする弟とマウリシオ兄上と母を同じくする弟。盛大に誕生を祝われたらしいし、その後の誕生日も毎年祝われた。僕は、僕には何もなかった。誕生日を祝われることも。教育すら間接的なものだった。ただ、流石に教育を受しないというわけにはいかなかったみたいで、遠視鏡を使っての授業。そもそも教師が僕のところに来るのを嫌がったせいなのだけど。聞こえてないだろうと思ったのかよく僕に対する愚痴を零していた。みんなみんな、そうだった。いっそのこと死んでくれたら、切り捨てればいいのに、気持ち悪い、口々に皆が言う。どんどんどんどんと虚しさだけが積もっていった。





 ある時、僕は連れ出された。


「おい、触らないようにしろよ、触れたら、呪われるぞ」

「分かってるって」


 毛布か何か分厚い布で覆われ、抱えられて連れていかれる。母である王妃曰く遠くの自然豊かな地で療養させると言うことらしいけど。それにしても、扱いが荷物だ。いや、僕の存在自体が王家のお荷物だし、間違ってないか。

 馬車の中に転がされ、ガタンゴトンと音を立てて、何処かへと向かう。捨てにいくのかな。あぁ、その方が楽かもしれない。そんなことを思う。人が覗き込む様子がないからと起き上がってみたけど、真っ暗で何もわからなかった。窓もないようで、壁をいくら擦っても見つけることはできなかった。暗闇の中で踞り、鬱々とする。

 流石に馬車の中で死なれたら困ると思ったのか、時折食事と水が馭者台の小窓から放り込まれてきた。食事といっても固いパンに干し肉や乾魚(ひうお)

 外に出たのは用を足すためぐらいで基本的にはずっと馬車の中だった。出たのは夜が多かったから、日にちが全くというほどわからない。食事の回数を考えると三日か四日ほど経つのだろうか。


風鳥(ラファガ)水狼(リウビア)火猫(カリマ)


 三種の魔法を使って、それぞれ鳥、狼、猫を作る。それを馬車の中でふわふわと動かして遊んだ。火猫(カリマ)の火がぼんやりと暗い馬車の中を照らす。


「……ッ」


 無意識に明かりに手が伸びる。けれど、明かりたる火猫(カリマ)はすいっと避けてしまい、僕の手は空を切る。触れることもできない。

 光に見放されている。僕は一生暗闇の中で生きていかないといけないのだろう。寂しい、悲しい、つらい。ただただ、僕は普通に生きていたいのに。

 ガコンと馬車が止まる。休憩かと思えば、終着点だそうだ。

 外は暗く、やはり夜だった。人の目に晒されるのが嫌だったから、いいのだけど。


「ほら、さっさと入れ」


 促され、僕は目の前にあった古びた屋敷へと足を踏み入れた。家の中は外から見るよりもしっかりと整理されていて、綺麗にされていた。


「どの部屋だったか」

「あぁ、ここじゃないか」

「そうみたいだな。おい、ここだ」


 男たちに言われた通りに部屋に入れば、外からガチャリと扉が閉められた。


「これからはここで過ごすことだ。安心しろ、陛下方には田舎で元気に暮らしてるって定期的に伝えておくさ」


 安心ってなんだっけ。ここで過ごせと言われても、何もないじゃないか。僕の言葉を聞くことなく男たちは足早に去っていった。

 部屋をぐるりと見渡し、黒い靄がいるのを見つけた。

 あぁ、そうか、そういうことか。僕にはここで誰に見つかることもなく、一人寂しく死ねということか。

 襲いかかってきた黒い靄に僕は何も抵抗はできなかった。

 首がぎりぎりと締め付けられる。苦しい。


「……だ、れ……、……けて」


 誰も助けてくれないことはわかってた。それでも声に出ていた。勿論、誰も助けにはきてくれなかった。知っていることだ。





「ていやぁ!」


 ガスっと音がして、苦しいながらも目を開ければ、そこにいたの一人の女の子だった。金色に輝く目がとっても綺麗だった。


「……な、……こども? ……に、げ」


 僕よりも小さな子だきっと逃げた方がいいと気づいたら口にしてた。けれど、彼女は僕の言葉に嫌悪を露わにする。え、なんで。


「お断りします! 苦しんでる子を見捨てるほど、非道な人間じゃないので」


 まるで大人のような口調でそう言い切った少女はさてどうしようかとうーんと唸っている。そして、床に彼女の持ち物なのだろうバッグから草っぽいのと瓶に入った水を取り出していた。

 そして、やることを決めたのかよしと頷くと、草を僕の方に投げつけてきた。ただ、当然、飛距離が足りなくて草が口の中に入ってきた。けれど、どうしてか、喉元が楽になった気がした。呼吸がしやすい。けど、他の場所はいまだに絞られている感じがする。

 女の子は何かに気づいたか、もしかしてとブツブツと呟いていた。その横顔は間違いなく子供のものじゃなかった。


「後で、乾かすから、許して」


 そう言って次に水が振りかけられた。あぁ、多分、これは聖水かな。一時的に楽になった体。けれど、すぐに僕の体に何かが纏わりつく。


「…無駄だって、聖水は、効かない」

「うん、そうみたいだね! でも、この聖水が効かないだけでしょう」

「どの、聖水だって、おんなじだ。僕のことは……ほっといてくれて、いい」

「貴方の顔、ほっといてっていう顔じゃないから却下」


 わかってたことだと僕は息を落としながらそう言えば、女の子は何を言ってんのかと当然のように僕の言葉を否定して、僕は驚いた。それと同時に諦めない彼女の様子に少しだけ嬉しく思ってしまった。だって、皆すぐに諦めて離れていったから。


「あの聖水は――――、――――ない。ということは――――」


 ブツブツとまた何かを呟く。考察してるのかな。でも、僕よりもまだ小さな女の子なのに。


「水球」


 ごぽりと言って、空中に水の球体が生まれた。今まで見たこともない大きな水の球。この子はどれだけの魔力量を持ってるのだろう。いや、その前に判定の儀受けてるんだよね。受けてなくてこれだとしたら、伝説になる聖人様みたいだ。

 そんなことを考えている間にも水球は形を変え、その中に渦を作る。そして、再び同じ形に戻った時には何かキラキラしたものがあるような気がした。


「なに、それ」

「アデリタちゃん式聖水だよ」


 待って、聖水って瓶に入れた水に光魔法をかけるんじゃなかったっけ。そんな大きな水の球にかけられるなんて聞いてないよ。それになんで、それをこんな小さな子ができてしまうわけ。きっと、気のせいだと思う。思いたい。


「では、お覚悟!」


 キリッとした女の子はそんな言葉を口にする。待って、それ、僕にかける気!? 嘘でしょう!?


「ちょ、ま――ごふっ」


 言葉をかけようとしてたから、口の中にも水が入ってしまった。思わず、ゴホゴホと咳き込む。少し飲んでしまったみたいだ。疲労感はすごいけど、体はいつも以上に軽くなった気がする。

 女の子はよしとやり切ったとばかりに頷く。落ち着いた僕は彼女を観察した。紺碧の髪に金色に輝く目。子供らしい愛らしい顔。服装はどこか動きやすさを重視しているのか、そもそも彼女の周りがそういう所なのか質素なもの。アデリタちゃんと先程言っていたから、名前はきっとアデリタというのだろう。


「……」


 口を開くも、女の子は僕の濡れた服などを乾かすためにまた魔法を使ってくれたのだろう。温かな風が僕を包み、彼女に声をかける前に眠りへと誘われてしまった。





 次に目を覚ました時、僕の目の前には乳母の次に僕の傍にいてくれたかつての近衛騎士が泣きそうな顔でいた。

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