第8話 覚醒
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
だめだ他に何も考えれない
膝から崩れ落ち、地面に額を擦り付けるカイトは辛うじてミノタウロスを視界にとらえていた。
だが、それどころではない。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い…美味い
………美味い?なんだこの感覚は?
体が燃えるように熱いことは変わりない。だが、そんな感覚も、空腹を満たすこの満足感には到底及ばなかった。
美味い美味い美味い美味い美味い!だめだ思考が定まらない。頭が張り裂ける!背中も割れそうだ!
体の一部が外に突き抜けるような痛みに襲われるカイト。更に違和感は口にも現れた。
頭の中は様々な感情が大暴れをしている。
既にミノタウロスの事など考える余地もないカイトの動きは徐々に鈍くなってきた。
やばい、食欲の後は睡眠欲か。それにしても何だこの眠気は、目を開けているだけでも…やっと… パタッ。
強烈な睡眠欲に勝てなかったカイトは遂に、ミノタウロスを前にその場で意識を失った。
「それにしても今回は血の効きがよかったな」
カイトが動かなくなった事を確認すると、ミノタウロスは先程仕留めたダブルネックタートルを捕食し始めた。
焼くことも煮ることもなく、そのままかぶりつく絶対王者のミノタウロス。恐らくこの魔物に太刀打ちできる者は滅多にはいないだろう。力は勿論、動きも早く、少しの異変にも咄嗟に対応出来る野生の勘、そして戦い慣れた動き。そんな非の打ち所がないミノタウロスを陰から狙う者が一人居た。
「…さすが噂に聞くA級討伐対象のミノタウロスね。食事中だというのに全く隙がないわ」
木陰でミノタウロスを監視するこの女の名はベイリー。数時間前、ギルドでカイトを冒険者の道に勧めた案内人だ。
「彼のエクストラスキルの効果を知りたかったのだけど、相手がミノタウロスでは力を出すまでに終わってしまうわね」
彼女の目的は、冒険者カードで最後に目にしたカイトのエクストラスキルの効果だ。索敵に長けた彼女はただ付いてくるだけでは無い。高精度の隠密魔法で気配を完全に断ち、人避け、魔除けの魔法を併用しながら誰にも邪魔をされることがないようにカイトを見守っていた。たが、その魔除けの魔法を掻い潜って現れたのがミノタウロスだった。予想外の事だが、隠密魔法の方は確りと効いている。ミノタウロスはこっちに気付くことはないだろう。
「…ミノタウロスが一匹。私だったらいける。ここで未来有望な戦力を失う訳にはいかない」
カイトを取り戻すべく、ベイリーが足を踏み出そうとした瞬間、事態は悪い方に転んだ。
なんと、ミノタウロスが更に二匹も出てきた。
「不味いな。三匹か…彼を連れて逃げるだけならなんとかいけるか?」
三匹で会話をしているミノタウロスの隙を伺い踏みとどまっていたその時、拮抗を破る一撃が一番手前のミノタウロスの首を一瞬で落とした。
「…なんだ!今何が起こった?!」
状況が把握出来ないベイリー。それはミノタウロス達も同様だった。だが、その答えはミノタウロス達のすぐ近くに立っていた。
漆黒の翼に真黒の角、鋭利な牙。そこに居たはずのカイトは似ても似つかない姿で立っている。体全体から漂うオーラは死と絶望と憎悪を纏い、辺りの空気を支配している。充血した赤い目に、恐らくミノタウロスの首を切り落としたであろう真っ赤に血塗られた長い爪。
その姿は、伝承で語り継がれる魔王の一種『ヴァンパイア』に相違ない。
「…うむ。この血は不味いな」
あれは爪につく血をひと舐めすると、すぐに吐いた。
「そこの下等なミノタウロス風情よ。先程の美味な血は持っておらぬか?」
「な、なんだコイツは?お前、あの男に何をしたんだ!」
「知らんぞ!俺はいつも通りにオーガロード様の血を飲ませただけだ!」
数刻前までは圧倒的な森の王者感を出していたあのミノタウロスさえも、邪悪なあれの前では立ちすくみ、ただ震えるしかない。
彼らも本能的に感じたんだろう
【あ れ に は 勝 て な い】
しかし、ミノタウロスにもプライドはある。仲間を一人殺られておめおめと引き下がる訳にはいかない。
一匹のミノタウロスが震えながらも斧を両手に構えると、まるで組み立て人形の如く、両手と斧がセットで地面に転げ落ちる。
またあの爪でやったのか?ミノタウロスの手首を骨ごと落とすなんて一体どんな強度をしているのだ?
「この血も違いますね…」
あれはまた血を舐めると、先程と同じように吐き捨てた。
吐き捨てた血が地面に到達した頃、ミノタウロスはようやく自分の両手が落とされた事に気付く。
だが、時は既に遅かった。質問に答えないミノタウロスに苛立ちを覚えているのだろうか、それとも見せしめの為か、そこに立っていた黒きあれはミノタウロスに叫ぶ暇も与えず、動く素振りもなく綺麗に首を切り落とした。
「さて、そこの下等生物よ。最後に一つだけ聞くが、先程の血は持っておらぬか?」
だめだ。あのミノタウロスは既に戦意を喪失している。それどころか私の目には、生きる事さえも諦めているように映る。
そして、化け物と化したあれは、最後にミノタウロスを尋問することも無くあっさりと三匹目も片付けた。
最後にはお決まりのように血を舐めては吐いた。目の前の標的は消えた。これで何処かに消えると思った私の考えは浅はかである事を今、ここで思い知らさせる。
「そこの小娘、いつまで隠れているつもりだ?」
どうやら私の存在は既に気付かれていたようだ。
あれの前に出るとハッキリと思い知らされる。格の違いを。