3節・恐怖の始まりを告げた者の末路
とっさに後ろを振り返った二人の前に立っていたのは身の丈約180㎝はあろう長身、季節に似合わない白いコートに顔を覆うマスク
間違いなくあの女だった。
「私綺麗?」
「あ......ああ......」
レイラの顔がみるみる青くなっていき、小刻みに体全体が震えだす。
昨日体験した恐ろしい出来事が脳裏に焼き付いていた。
「レイラ」
ヒカルはレイラの名前を呼ぶと同時に自分の背中の後ろにレイラを匿った。
「俺の後ろにいるんだ、いいな?」
「はい......!」
ヒカルのその勇ましく逞しいセリフにレイラは顔を赤らめながら自分より一回り大きいヒカルの背中に隠れた。
「私綺麗?」
昨日のように同じ質問を無機質な声で淡々と繰り返す。
(昨日レイラはこの質問に対して綺麗だと答えて、その結果襲われた......それならば、こう答えたらどうなる?まぁ見当はつくが言ってみるか)
「ブスだ」
ヒカルのその一言に女は一瞬ピクリと反応する。
「ヒ......ヒカル!」
レイラがアタフタする、こんな回答をすればこの後どんな恐ろしい事になるか想像に難くない。
「聞こえなかったのか?ブスだと言ったんだ。お前レベルのブスは生まれて初めて見る、心底吐き気を催す醜さだ、その醜い顔を二度と俺たちの前に晒すな」
ヒカルは容赦なく言葉の棘を女に浴びせる。
女の肩がフルフルと震える。
その震えはどんどん大きくなっていき、そして
「な" ん" だ と ! ! ! !」
今までになく大きな声で怒鳴った後、マスクを外して頰まで裂けた口を露わにし、コートの中から巨大な鋏を取り出した。
「キャアーーーーー!!」
レイラが悲鳴をあげた。
「思った通りだ、綺麗と答えてもブスと答えてもどの道俺たちを殺すつもりだったようだな」
女は鋏の刃を開いてヒカルに襲いかかるが
ヒカルは下がってろと言わんばかりにレイラを後ろに押し退け、至って冷静に竹刀袋から竹刀を取り出し中段に構えた。
「わかりやすい挑発に乗るような単純な脳みそと、竹刀を持った俺に挑んだ不運を恨むんだな。」
その言葉と同時にシャキンと鋏の刃を閉じる音が道中に響く。
「キャアッ!!」
レイラは目の前の恐ろしい命がけの死闘を見ていられず、両手で顔を覆い目を伏せた。
勢いよく鋏の刃が閉じる音がしたがヒカルは女の鋏を最小限の動き、サイドステップで躱していた。
女の攻撃を躱すと同時に無駄のない小手打ちで鋏を叩き落とした。
「うぐぅ...!」
そして女が手を抑えて怯んだその瞬間、女の脳天に雷撃のような鋭い面打ちが入る。
「ぐ....げが......!!」
ドサッと女が地面に倒れこむ音がした。
攻撃を躱して小手打ちで武器を落とし、そしてヒカルの得意技の面で女を地面に沈める。
ここまでの時間僅か5秒足らずである。
「........!」
物音が止み、静かになるのと同時にレイラが恐る恐る目を開くとそこには地面に倒れた女の姿があった。
「う......嘘......ヒカル、何をやったの......?もうやっつけちゃった......!?」
レイラからすれば目を閉じている間に時間でも飛ばしたかのように錯覚してしまうほどの早さだった。
「......」
倒れている女に目をやるとピクリとも動かない。
「死んでる......の......?」
「手加減せずに打ち込んだが生きてはいる。」
ヒカルの規格外の強さにレイラはただただ呆然としている。
「とにかく、すぐに警察を呼んで刑務所送りにしてもらおう。こいつを放っておいたらまた犠牲者が増えるばかりだからな」
「え......ええ、すぐ近くに電話ボックスがあるから警察に連絡してくるわね」
「頼む、俺はここでこいつが目を覚まして暴れ出さないよう見張っている」
電話ボックスに向かって走っていくレイラを見届けた後、気を失っている女に視線を移した。
(あまりにもあっけなさすぎる気がするが......いずれにせよ、これでこいつによる殺人事件はなくなるだろう......)
この時ヒカルはこれで全てが終わり、平和な日常に戻れると思っていた。
しかし、この件がこれから起こる本当の『恐怖』の序章に過ぎないと言うことをヒカルは知る由もなかった。